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森勝蔵長可 転生者は家族を守りたいが為、狂い笑う。  作者: 確かな嘘
第2章 出会いと内政チートと敵対
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家臣と稽古

家臣です。

森家の史実でも家臣となる男が出てきます。

ほとんど史実では語られない男が登場。

あれから、2年が経った。

織田家の現状については、1560年に桶狭間の戦いがあった。

まぁ、4歳だし、前世の記憶が戻る前だから、勝ったとしか知らない。

父上に聞いた話だが、父上の森可成は馬で駆け出すお屋形様についていき、毛利元助らと一番槍として桶狭間の崖を下ったらしい。惜しかったのが、本陣に着いたが暗く今川義元を見つけられず、毛利元助の「義元の首取ったー。一番武功はこの毛利元助がいただいた」という声を聞いたらしい。

史実通りの桶狭間だが、森可成は参加してたっけ?あまり記録にないから、そうなのだろうとしか分からん。そもそもその時代から織田家にいたかは意見が分かれるところだ。

ただ、林家と縁戚で、道三が土岐氏を追い出したところから織田家入りしたというらしいから、いないとおかしい。

とにかく、父上が誇らしげに兄弟2人に話すから、そうだと思いたい。

実際に、織田の重鎮ではない新参者の森家が重用されているあたり、そうなのだろう。


そして、1563年に清洲同盟を松平信康様(元松平元康で、その後の徳川家康)と結び、小牧城に拠点を移した織田家は、1565年に織田信清を倒し尾張を統一し、守護の斯波家を追い出した。

1566年の今年、お屋形様が尾張守を名乗った。

これで、尾張の守護代を倒し守護を追い出し、本当に守護様となった。そして尾張守を名乗った(自称)。


これから、本格的な美濃攻めが始まる。もちろんその前から小競り合い程度の戦いはある。それに織田側は優勢であった。

ただ、木曽川を挟み小牧城と美濃でやっている。前哨戦といったところ。これから美濃三人衆が寝返ったり、木下様が一夜城を作ったりだ。

竹中様はまだいない。もう斎藤道三は死んだ。


最近では伊勢も情勢が良くない。長野家と北畠家が戦をして、九鬼水軍と北畠家も戦をしてきた。北畠が勝ち。情勢は北畠でまとまりつつある。

ただし、家中のわだかまりは残った。しかも、そんな状況で長島や美濃と協力して、織田側にも色々と仕掛けている。


最近の私について、言葉使いは少しずつ丁寧にしてきた。まぁ、奇妙様やお屋形様には、前のままが良いと言われて、奇妙様と近しい者だけの時は昔の勝三君にしてある。


まぁ、話を戻そう。

最近は奇妙様の側仕えとして、共に勉学に、稽古に励んでいる。

また、叔父である林秀貞様につき、奇妙様と一緒に他国のことを学んでいる。


記憶が戻ってからは、勉学にも励んでおり、字もかけるようになった。

算術ももともとの能力を発揮してきている。ゆっくりとやらないと狐に憑かれたとまた言われてしまうので、塩梅は難しい。


それでも、優秀な兄や叔父上、父上に教えてもらっており、常識の範囲で上げていくのが功をそうしている。ただし、周りの人から勝三はどうしたと問われているので、


「頭を打ちまして、それまでの自分ではダメだとなぜか思いました。」

と答えている。


兄が優秀なため、また勝三は勉強嫌いで手習いには一切関わらなかったので、

単に学べばできる子として勘違いを受けている。


そのせいか父上は上機嫌で、母上は叔父上にも勝三も優秀だなと言われて、喜んだらしい。そのせいか、最近おかずが増えた。まぁ、奇妙様の側仕えと兄が元服し、父も領地もうまくいっているからであろうとは思う。


そんな森家には新たな子が生まれた。1565年に蘭丸君、1566年に坊丸君だ。

兄弟仲は良くないと書かれていることも多い森兄弟だが、仲が良いよ。

というか兄上も私もただ可愛がっております。


まぁ、当たり前です。戦国史上でもイケメンと言われる蘭丸君(信長様の愛妾とも言われる)

だから可愛いんです。坊丸君も可愛いのです。

しかも前世は一人っ子でしたから、そりゃあ可愛いのです。

兄も優しく。兄弟とはこんなに良いものか!


「あにぃ、来て」

「勝三兄いですよ。乱」

「あぁ」

「坊、傅兵衛兄はどこにも行かんよ」

こんなやり取りを蘭丸君と坊丸君相手に兄と2人で話しかけています。

蘭丸君は1歳になったとはいえ、しっかりと話せるし、兄を認識しているあたり、頭が良いのです。でなければお屋形様の小姓、側仕えとしては働けません。


今日は叔父上が京より帰ってきたので、叔父上に他国の状況や、京の状況の話を聞き、勉学に励みます。まぁ、でも朝から日課の鍛錬です。

兄、父、私の三人に各務元正を含めた四人での稽古です。


各務は史実では、翌年の斎藤家の滅亡により森家にくるはずが、蟄居させられた(ここは史実通り)後、2年後の昨年に我が家を訪れ、父上の説得で我が家の家臣になった。

武力は半端無いよ。この世代の人はマジ鬼ばかり。

そりゃ、新興の織田の兵より3倍強いと言われる美濃兵です。

正確にいうと、指揮が強いんだよね。織田は強い武将や国人は家督争いや、尾張内の紛争で死んだか、処刑にあった人が多いから。

いい指揮官である親の元で鍛錬し、各種の争いを行い生き残る、強くなります。

さらに、宇佐山城では、森可成が打って出て、2日粘った後に攻め込まれるが、宇佐山城に残された各務らが城を守り、連合軍は3倍以上の数で攻めたのに、落とせずに比叡山に逃げ込むことになった。名の知れぬ名将だ。


考えているうちに、

鍛錬での掛かり稽古が始まる。

相手は各務だ。


まずは、隙を見つけるため、刃先を上に少し動かす。

もちろん、相手は動かず、フェイント?えぇそうですが、そんなの嘘と見抜かれる。

兄はつられるんだけどなぁ、各務はダメ。動く気配なし。


しょうがなく、右足を強く踏み込む。

各務はそれに対応するように左足を引き、こちらが刀を上に構えた瞬間を胴払いで狙う。


しかし、こちらもそれは分かっている。そうくることも想定済みだ。

ゆえに、刀を傾けて、横薙ぎにふるう。

これを刃先で、こちらの出を叩かれ、体勢を崩されて、刃は避けられた。

ここで、反撃を受ける。木刀が首筋に沿っていた。

終わった。


「踏み込んだ後に、横薙ぎに変えたのは面白いと思いますが、上からでよかったでしょう。」

「そうだな、勝三は力がある。叩きつけて相手の動きを崩した方が良い。」

各務に続き、父も言う。

「勝三様は変に頭を使う時がありますが、正道が強いのです。」

各務の言葉は重い。

父上の言葉も正論だ。


「まぁでも、その歳で、虚実を使い分けようとするのは素晴らしい。まだ使えきれていないとはいえ、形になってきている時点で、私の8つの時より優秀です。」

「うむ、わしもそんなの使えなかった。あの頃はただ闇雲に刀を振るっておった。やっと刀を思うように使える程度だ」

各務が、父上が褒める。嬉しい。

2人とも笑顔だ。


「よし、今度は傅兵衞がわしと掛かり稽古だ。」

「よろしくお願いします。父上」

兄の顔が真剣だ。弟が褒められれば、悔しいところもあるのだろう。


最近は兄上と一進一退の勝負をしている。勝ち負けは五分五分より私の方が良い。

ちなみに奇妙様とは負けたことがない。この前、前田利家様と模擬戦をしてもらったが、最初は良かったが、時間が経つにつれ圧倒された。

ちなみに佐々様には「利家が案外本気で笑わせてもらった」と言われた。想像の通り前田様と佐々様は仲が悪い。

いや、仲がいいのかも。


「もうご飯の時間ですよ」

母の声で稽古は終わった。



叔父上のところで、京の話や美濃の話を聞きたい。

きっと面白いのだろう。

そういえば、最近、津島にも外国船が来たらしい。

その辺の話も聞きたい。

8歳の勝蔵君の話です。

これから多くの出会いが…


感想を受け、2019.10.9変更

桶狭間にいる理由として、林秀貞の妹を娶った。→ 道三が土岐氏追放した時に織田家入りだから。

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