prologue 来客
冷えた空気に頬を撫でられ目が覚めた。部屋の窓を覆っているカーテンは揺れておらず、風は廊下から入ってきているようだった。部屋を温めるため暖炉に薪を焼べようとして、いつもなら暖炉のそばで寝ている黒犬のカーネディがいないことに気づいた。
「カーネディ?」
部屋を見渡すと廊下に伏せの姿勢で左側をじっと見ているカーネディの姿がわかった。今いる居間を廊下に出てすぐ左側には玄関しかない。持っていた薪をその場に置き、彼の元へ駆け寄る。
その視線の先には開いた玄関の扉、その先に背の高い男が立っていた。風はそこから吹いていた。ベージュのポンチョの様なものを身に纏い、肩に黒い塊が乗っている。顔は逆光でよく見えない。目が合うと彼はすぐににっこりと少年のような笑みを浮かべ、こう言った
「初めまして。私は旅人です 。こちらは相棒のルーン。ヴェーネさん、貴方に会いにきました。」
「色々と話すこともあるんですが、まず」
——フッと玄関から入ってきていた光が消える。暖炉で小さく燃える炎と廊下にある申し訳程度の蝋燭が彼の少年のような笑みを照らす。その奥には地面から大量の砂を巻き上げて近づいてくる巨大な塊。外からの光はその砂嵐によって遮断されていた。
「——戸締りをした方が良さそうですね」
ヒュッという音と共に全身を包み込むように風が吹き、全員の髪をなびかせる。大理石の玄関を砂色に染める。
「とりあえず、入ってください」
彼を招き入れ、玄関を閉める。扉からはパラパラと砂の当たる音がする。服についた砂を払い終えた彼を居間に通し廊下にまで入り込んだ砂を箒でカーネディが咥えるちりとりにまとめる。彼はその間、ソファ(さっきまで私が寝ていた)でくつろいで部屋を見渡している。歳は三十くらいだろうか、カーネディと同じ綺麗な黒い毛先の髪。目鼻立ちははっきりとしていて口元にはヒゲを少し蓄えている。私は彼の顔に覚えがない。それにもかかわらず、彼は私の名前を知っていた。親族であれば写真くらいあるはずだが、今まで見たアルバムに彼のような人はいなかったと思う。
「へるめす......あまるがむ......」
彼はそんなことを言っていたのを思い出す。ヘルメスはギリシャ神話に登場する神の名前だ。
「まさか、ね」
大体の砂を麻袋に入れ終えた私は横にいるカーネディを満足のいくまで撫で回し、彼のいる居間へと向かった。