剣の記憶
さて、俺は魔王を倒したわけだが魔王、異種族の王には当然王の住処というものがある、俗にいう魔王城と呼ぶものだ。
魔王城は侵入者を拒むための色々な仕掛けがあるのだが俺はそれをチートスキルで突破し、そして王の首を打ち取った。しかし本題はそこではない。
例えば戦国時代、敵将を落とした後やることと言えばなにか? 考えてほしい。
まずは友軍敵軍に城を落とし取ったと報告する事から始める、そして抵抗する敵を殲滅し捕虜とする。そしてその諸々の戦処理を終えた後することと言えば何だろうか?
そう、敵の王の住処、俗にいう城の探索だ。城というのはその国の民の全てが濃縮された場所だと俺は考える。
なぜなら城の形から始まり、地形から櫓、そして宝物庫。これらが集まるまで民がどれほど途方もなく血を流し涙を流し手間を掛けたのかは想像をはるかに超えるだろう。
そしてそれらは無情にも王を打ち取った敵国の物となるわけだが、今回のその魔王城の場合は少し勝手が違った。
何百年という歴史を紡いできたのだから当然と言えば当然なのだが、違う事をあえて言うならば一番の原因はその広さと宝物の量にある。
つまり端を折って説明すると魔王城の宝物探索は未だ難航しており異種族と人間の何百年と続く戦争が終わった後になってもその広大な城の掌握率は6割と満たない。
今回はその魔王城の調査班から人類歴4つ目のS+級宝物を手に入れたという一報が入った。因みに他のS+級の宝物は世界と脳みそと勇者の三つのみである。
そのレベルの宝物が来るとなると仮にその情報を知ってしまえば相当な貴族ですら箝口令が敷かれ、報告で知るものは国栄第二大臣相当以上しかいないお宝中のお宝である。
そしてその宝物をいついかなる状況でも守れる最高の守護者、勇者にも一報が下る。
この情報に珍しく勇者は少し興味を示した。
アーストラック城から飛び降りた4か月後の事である。
様々な貴族、俗にいうお偉いさんの集まる王城最上層で国王アーストラック・ビラニストはその訝しげな顔に謙遜ない声で調査隊の一兵士に問うた。
「して、その宝物というのは?」
「はっ」
王城の最奥で様々な勲章を持った大臣貴族達の集まる中。王の一声の下、兵士が少し震える手で布にくるまれたその宝物の外壁を一枚一枚丁寧に剥がしていく。
大臣貴族たちは人類の中で史上4番目に入ると調査隊から評されるS+級宝物の登場を心躍らせ、口に出すものが少しいた。
勇者は貴族らと少し反応を同じとする王のすぐ隣でその様子を少々魂胆がある瞳で見つめていた。
宝物の最後の布切れが取られた。
様子を見ていた観客たちが声をあげる。
しかし今回は、宝物の外観だけでは観客たちの満足たる物ではないらしい。
布を解かれたそれは小振りな水瓶であった。言ってしまえばそこらの平民の庭にでもありそうな少し寂れた。そして、その瓶に貴族たちがざわめく。
「あれがS+級?」「人類史上のお宝の一つ?」「あり得ない」「名を揚げたい調査隊のホラではないか?」
などと水瓶と調査隊に疑問の声が飛び交う。
そこに全てにおいて公平を求められた成れの果てが一声を発する。
「静まれ!!!」
ビラニスト国王が大きな声をあげ観客を黙らせた。民が信頼を置く王の怒号に貴族たちは声を発せられない。
発言する愚か者が誰一人いないしんと静まった王城内で続いて王が信頼を置くビラニスト国世紀の英雄に皆に声が聞こえるように問いかける。
「……勇者よ、この水瓶。いかに思う? 本当に其方と、いやこの世界と同じ価値があると思うかね? 君に聞きたい」
自らの経験を踏まえ静かさを、そして窮屈さを感じる城内ですらすらと英雄は答える。
「はい、国王。私にはこの様な経験があります。魔物の討伐に更けていた冒険のあくる日、私は牛の顔をしたモンスター1頭と死闘を繰り広げました」
「……ほう、其方程の実力者がたかが1モンスターと死闘を?」
静まった空間の中、王と勇者は会話を続ける。
「はい、敵の実力は完全に私を下回っていました。しかし私は非常に苦戦を強いられた」
周りの貴族、大臣、王は静かに勇者の口から出る言葉を待つ。
「なぜこの様なモンスター一匹にここまで私は力を使っているのか? 戦いの最中少し思いにふけるのは必然でした。そして敵に一つ違和感を覚えたのです」
「……それはなんだ?」
王がたまらず急かして訳を聞く。
「敵は口から血を流し戦っていたのです、最初は私の仲間に傷を負わされ、それが原因だと思っていました」
「……がその割には剣に迷いがなく、傷の痛みによる鈍りもない。いや鈍るどころか敵は剣の精度を更に増して行く」
「その執念に恐怖を覚えた私は全力で応え、敵をやっとの思いで制しました、あのような手強さは生涯十の指に入ります」
「首をはねられた敵の亡骸を見て周りの兵はすぐさま負けを認めました。それはそうだろうあのような強い兵はそうはいない、降伏するのが当然だと私は思いました」
「しかし何やら少々様子が違うのです。敵兵は「蟲玉の力を使ったのに勝てない」と言いました。
あの兵の実力ではないというのです。蟲玉というアイテムを私が破ったことが脅威と言いました」
「その蟲玉というのは?」
貴族の中からたまらず声を揚げ質問する者がいたが、王は許し答えを待つ。
「三つ以上足を持った生き物の胃の中に居れ効果を発動する蟲の卵の塊で出来たA級宝物だそうです。効果は寄生者の肉体の健やかな破壊と戦闘力の爆発的増加」
「それを、なぜ他の物に使わないのか? と聞くと一に数が少ないからと言いました。そして二にこう言いました」
「絶望的な苦しみと妻と子供のため」
「先の通りその蟲玉というものが寄生する時まるで全身の神経に直接酸を塗られるほどの痛みが走るそうでそれで気が狂って一番身近にいる妻と子を敵と勘違いしトチ狂って殺すという代物だったらしく」
「それでも一応A級宝物という事で寄生者の腹の中を裂いて回収を試みました。臓物の中に夥しい白い糸蟲がわらわらと居たので蟲玉とはどの様な醜い物かと思っていたのですが」
「それは白く淡く光る、まるで真珠と間違うほどのまばゆく可憐とも言える光を放つ玉でした」
「其方は何が言いたい?」
たまらず言葉を発した王が問いかけ温度の下がった城内の中勇者は結論付ける。
「つまり今回の、一見、古びたように見える水瓶。もし見てくれで侮り一つ間違えば、その様な効果と可能性を秘めた物の場合もと思いまして」
会場がどよめく、その言葉を聞いた水瓶に近い最前列の貴族達が青ざめた顔をして一歩また一歩と足を下げる。
「……ふむ、なるほど」
王は深いため息をついた。
「……はははははは! 流石ですな、勇者殿!」
勇者の一言に笑いながら両の手を叩き賛辞の言葉を贈る者が居た。勇者はその場に合わぬ演技掛かった拍手に不満げな視線を送る。
「……貴公は誰だ?」
その視線と声を感じ取ったからか手をたたいた男は軽く謝罪をした後、答えた。
「この水瓶の発見者、魔王城第二調査部隊隊長スミフ・クロステルマンでございます。神聖なる場で手を叩いた事及び、勇者様の英雄譚を私めの声で汚してしまったことをお許しください」
周りの貴族が小さな声で話す。「第二調査……? あの変人が集まる第二調査?」「その中でも隊長は頭が狂ってるという……?」
勇者は当然、貴族の声を聴き、そして噂も少々ながら自分の耳にも届いていたのだが、それ等を纏めても自分があった狂人の中でもこのスミフという男はまだ謝罪をしている、面子を保てている分完全には壊れていない「人」のように感じた。
「なるほど、出しゃばった話をしてすまなかった。貴公の、第二調査隊努力の結晶を宝物の程度を聞こうじゃないか。ぜひ語っていただきたい」
心には訃とも怒りを抱いてはいなかったのだが高い身分がその下の物の身分に貶された時に見せる少々気を悪くした風に、周囲が納得するような態度をわざととって返した。
「勇者殿のお気遣い、……本当に心より染み渡ります。賛辞の言葉を他にも送りたいのは山々なのですが込み入った話のため、残念ながら本題に入りたいと思います!」
「まずはこの水瓶がどのような効果をもたらしたのかの説明を」
「魔王城左舷を担当していた私たち調査隊ですが調査の途中少々困ったことがありました」
「隊員が一人ずつ消えていくのです。始めは魔王を倒した後も未だに魔王城に徘徊しているうざったらしいモンスター共に恐れをなし逃げたか、はたまた本当に襲われたのかと思っておりました」
「実際に徘徊モンスターによる被害も大きく、無視できないものですが。まあそれはともかく」
改めたようにクロステルマンは話す。
「その、消えていく原因は解らなかったのですが、私たちの仕事には関係がないものと思い調べていましたら最奥にこの水瓶を発見しました。最初、この水瓶「イコールヒューマン」の中には言い難いのですが、人間のスープが入っていました」
「何故この水瓶にその様なものが入っていたか? と言いますと、それはすぐに発覚しました」
「調査隊の一人が狂ったかのように私たちに向かって剣を振るったのです」
「何人かが倒れ、危うく隊は私を含めて4人になりそうな所でした。運よく警備していた兵隊に私たちは助けられたのです」
一言一言スミフが自分に起った様々な奇妙な話をするのだが、その話とは別に勇者は気付いた。
この男、目が死んでいない。いやむしろギラギラと輝いている。聞いた事がある。調査隊というのは普段このような危険な目に晒されるのが当たり前なので魔王城に行ってまで発掘をする馬鹿は人類の未来を切り開くことに全てを賭けたサイコパスか頭が完全に研究という甘い蜜に蝕まれた気狂いかそのどちらかなのだと。
この男は、このギラギラした目は……
「完全に後者の方か、哀れな」
勇者の最初の見立ては淡く崩れ去った、何故確信に変わったか? それは簡単で、この男、先に話した牛顔のモンスターと同じ目をしていた。
その目に孕むのは狂気か。
「その剣を振るった兵の話によるとこの水瓶を渡したくなかったというのです。この瓶は俺の宝だと言う」
「なぜなら! この瓶に人間を溶かすと死んだ娘に会えるからと大きな声で叫びました!」
「ああ、そんな! 人を溶かし入れると死んだ者に会える宝物とは!!! 素晴らしい宝物があるなんて聞いた事も無い!これは世紀の発見だ! と私はその男を罰としてその場で水瓶に溶かし入れ瓶にこう願いました!」
「この溶かした男の死んだ娘に会ってこの「事」の状況を知りたい!!! この男が何をしたのか知りたい!!!」
「結果的にあの世の娘に合えたのです!!! お父さんとあの世で会えた!! 嬉しい! 全部話してあげるね! と、その子は言いました!!」
貴族たちの中には吐き気を催す者が何人もいた、死人の冒涜だと泣き叫ぶ物も数名いた。むしろ嘘であってほしいという願いすら聞こえる城内の中で男は続けようとする。
「そして私はようやく解ったのです!! この水瓶の効果とは……!!!」
王が大きな声で叫ぶ。
「もうよい!!! スミフ・クロステルマン!!」
スミフは、自分が何をして王の機嫌を損ねたのか解らないというような顔をして黙った。
「この瓶の事は内密の事とする!! そして将来、この宝物は必ず破壊するものとする!」
王はこの言葉をその場にいた貴族及び大臣全てに宣言し帰らせた。
スミフ・クロステルマンの罰が決まり、世界が天文学数値で微量に変わった時
そして人類史上4番目の至宝が人の持つ純然たる悪意に変わった瞬間であった。