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人は夢を見るために生きている

 その醜さたるや腐った臓物と等しい。



 金に目のくらんだ貴族、悪賢い女、暴力、そしてチートスキル。



 俺はこの世の全てが憎たらしい。



 敢えて言おう「全て」を持っていないからではない、俺の場合は全てを()()()()()()()のだ。



 どこまで行ってもこの異世界人というのは、金に目のくらんだ暴虐者共しかいない愚かな野蛮人だ。



 本題に語る前に失礼ながら少し自問自答することを許してほしい。昔俺は何年も前に、まるで、幼稚園児が拙い画力で母親の顔を一生懸命書いた似顔絵の様に愚かで、だけれども希望に満ち溢れた夢を見た。



「貴方こそまごう事なき勇者だ」そんなRPGのおきまりの様な事を言われた3日後の昼だ。



 仲間と共に俺は何をしたか? そう、スレイムと言う弱小モンスターをチートスキル「4倍加速」で殺傷した。


 そして、スレイムという、人に危害を与える種ですらない小さな命が終わる瞬間を仲間と「これから起こるであろう僕たちを巻き込む大きな運命」だのいう、まるでちっぽけな定められた未来に満ち溢れた自己満足の鎮魂歌を歌ったに違いない。



 モンスターといえど、俺のやっていることは快楽による殺戮だ。傲慢と悲しみ以外の何も生み出さない小さな小さな人間の考えることだと振り返り思うのは、強者の余裕という物に浸っているからなのだろうか。いや恐らく違う。そう思いたいものだ。



 そうだ、最初の俺は何をしたかった? 仕事に追われる毎日から心機一転転生した異世界で冒険をしたかったはずだ。



 新種モンスターの発見。強くなっていくパーティ。広がっていく交友関係。


 明日の飯の献立すら楽しかったあの頃も、まるで今考えるとチートスキルを神から与えられ神様の運命の下笑ったり遊んだり悲しんだり恋をしたり……全て決められた運命だったのだ。


 そう考えると楽しかったあの日々は、まるで心の底で池から出る水泡の様に消えていき水の中は罪と後悔の濁りに蝕まれていく。



 俺の場合そんな事がいつも頭の片隅にあり、そして非常に馬鹿らしくなってくるのだ。



 神からチートスキルを与えられ無双する勇者なんて地球でいうアクションRPGゲームの様に何度もリトライすれば誰だって世界を救えるただの「作られた勇者」でしかない。



 本当の強者とは、たまたま拾った強すぎる力で周りをひれ伏し、その何一つ変わらぬ幼い精神で世界を統一するただの暴君なのか?



 本当の強者とは、ゲームの一時の不確定要素に顔を真っ赤にし、コントローラーを投げ出すものの事だったのか?



 違うはずだ。本当の勇者とは如何なる暴力に怯まず、退かず、怯えず、狂気にも立ち向かっていく真の強者のはずだ。



 そんな事を漏らせる相手は俺の周りには誰もいなかった。可笑しいだろ? 世界を救った最強の勇者のパーティに本音を言える仲間すら居なかったなんて。



 そうだ、二度も恥ずかしながら答えよう、俺の周りには仲間など居なかった。



「疲れたよ」



 元居た世界の自分の名前すら忘れて没頭した勇者のお仕事も、もう何も価値を感じない、どころか疎ましく思うほどになっていた。



 俺は自分が知る限り全ての栄光を掴んだ、快楽も少々嗜んだ。とうとう本当の友達は作れなかったが。


 そんなことを思い出しながら俺はこの異世界で一番高い城、アーストラック城の高台に居た。




「そんな俺だ、もう楽しいことは大体楽しんだ」




 この異世界に転生したときに神様に”オマケ”と称して作られた良くできた顔を持っているらしいその顔は、今は失意に満ち溢れ、暗い。




「だからもう……これでいいよな」




 疲れた表情の青年が高台の塀に、その高い身体能力でふわりと観客もいないステージに乗って見せる。



「最後は自殺か、こうして見ると死因は日本にいたころと大して変わってないな」



 暗い顔が少し晴れやかになる。この方法で死ぬと元いた国日本の皆と同じ地獄に行くのかと思うと少し気が楽になる。



 そう思う彼はもう言葉どうり疲れていたのだろう。大抵の自殺願望者が死ぬ前に見せる微かな手の震えさえこの青年にはない。



 すり足で一歩また一歩と石でできた死の階段を登っていく。



「しかし思ったより高いな。魔王城より高い。やれやれ魔王という遮るものがないと人というものは何処までも手を伸ばすも……」



 暗い顔の青年はそう言って奈落の底へ足を踏み外した。



 聞いた事も無いような耳を掠める風の豪音と体を何処までも伸ばせる解放感に青年は少し心を踊らせる。



「さよなら」



 猫がカーテンから足を滑らせて落ちた時の数十倍鈍い音が辺り一面に鳴り響いた。



 数分後、その鈍い音を聞いた衛兵が震源地に近寄る。


 城の庭一面にひかれた石段が大きく欠け、周りに岩屑として散らばっている。


 そしてその周りと比べて一層大きくへこんだその中心に、無傷の青年が先ほどと変わらない、まるで詰まらないものでも見たような顔で立ちつくしている。



「なにを……やっているんですか? 勇者殿……?」



 何事かと駆け付けた衛兵達が、まるで親を見失ってポカンとしている子供の様な寂しさを感じさせる「勇者」に声をかける。



 暗い顔の勇者は先ほどまで考えていたことを悟られないように気を使い、こう答える。



「ごめん、スキル「空中遊泳」を掛けないで空を飛ぼうとしていた」



 勿論、嘘である。その顔はにこやかに笑いつつも寂しげ、少し崩れたその笑顔に、衛兵たちはそうですかとしか言えなかった。



(俺のレベルだとちょっとばかし高い所から落ちる程度では傷一つ付かない……か)



 そんなことを思い青年はため息をついた。





 夢を見た。砂の城の様に淡く崩れ去った。


 夢を見た。腐ったブドウの様に爛れて落ちた。


 夢を見た。錆びたノコギリの様に芯から折れた。



 ……俺は世界平和という夢から醒めた。




「人は夢を見るために生きている」



 これは、この世界のちょっと有名な詩人の言葉だ。俺はこの言葉を初めて耳にした時には、何にも思わなかった。


 日本でもその様に思う者達は幾千人といるだろうしごくありふれた言葉だ。


 しかし今、夢を失った俺からすればその言葉は「では夢を見ていない人は人と言えるのか?」という風な疑問になって返ってくる。


 頭の中では暫くその事を考えるのだが大したことのない脳から出る結論はいつも「この言葉は極論だ。ただの哲学だ」という真っ当なものである。



「勇者様ぁ? 何を考えていましたか?」



 とても広い勇者専用の個室。賢者の木の幹で作られた机、この世界では貴重なガラスで作られた窓、世界に数百しかいない鳥の羽で作られた布団。


 これらの家具は全て俺のためだけに存在しているものだ、どれも一級の職人の手によって丹精込めて作られたもの。


 そしてこの女もまたこの部屋に劣らない顔の出来をしている。



「ああ、ちょっと世界平和について考えていた」



 その可憐な美女にものすごく嘘くさくそして、もちろん全く心にも思ってないことを言い放つ。


 流石に馬鹿なことを言い過ぎたかと普通なら自己嫌悪にすら落ちてもまったく不思議ではない言葉を昼間から勇者は言う。



「勇者様ったら、安心してくださいもう魔王は居ませんよ……?」



「……そうだな」



 ああ、魔王はもういない。俺が倒した。倒してしまった。


 先の一件から少し気分が優れない、頭も妙に冴えている。


 俺が魔王を倒すまでは良かった。この世界の最大の敵魔王を倒してこの異世界はハッピーエンドを迎える……そのはずだった。




「今は私の事だけ……考えてください」




 魔王を倒した後、最高の勇者として祭り上げられた俺はこの世界の現実をほんの少しばかり知った。


 魔王が居なくなればモンスターという脅威がなくなって農民が平和に過ごせると思っていた。


 皆がにこやかに歌や踊りをたしなめる。笑って暮らせる世界が来るものだと思っていた。




「勇者様……?」




 そんな世界は訪れなかった。


 この世界の人類は魔王が死に統率の取れなくなったモンスター達を尚、人間の敵と宣言した。これは後に「血の歴史」と(つづ)られるであろう。


 結局、平和になったのは人間という種族だけでその他の種は貶され駆逐されていった。


 俺たちとは違う耳だから、自分たちより足が二本ばかし多いからという理由で人間は一体どれほどのモンスター……いや、別種族を殺したのだろう、そして今も尊厳を冒し続けているのだろう。



「……おっと、怖い顔をしてたかな? ごめんねアーニド」



 ふと我に返り、自分は大好きな人に何か気に障ることを言ってしまったのではないかと青ざめる美女に俺は謝る。顔に出ていたらしい。



「……勇者様は怖い顔ばかりします。使用人に気にくわない人でもいるのですか? 私が不甲斐ないせいですか?」



 その言葉はあながち当たっていた。


 俺はモンスターというだけで、別種族というだけでまるで邪魔な爪を切る時の様に手の平を返すこの女の簡単に割り切れるところが怒りを覚えるほどに嫌いだ。そうだ、お前が不甲斐ないからだよ。



「いや、誓って君のせいではないよ、少しフランクスの事を思い出していただけさ」



 そう心にもないことを優しげに答える。


 しかし己の僅かな心の隙すら見せない。


 そんなことを何年もやっているからアーニドというものがありながら未だに未婚である。


 本音を吐露できない自分を知ったのはいつ頃であろうか。


 仲間たちと冗談を言い合っても心の底から素直に笑えなくなった。あれから一体どれくらいの時が流れたのだろうか?


 きっと、その沼から俺は永遠に抜け出せないだろう。そんな確信がどこからかある。


「フランクス、彼は最悪です。下品な事ばかり口に出して……勇者様と大違い」


「オスのワーウルフの生殖器には骨があるなんて下品な豆知識は嫌でも頭に残っています。彼は私の純情を汚しました」


「アニードは少し潔癖なところがあるな」



 と表の皮ではにこやかな表情を作って余裕ぶって答える。そうだな。君は異種族にはとても潔癖いや、、冷徹だった。


 なにせ「お前は人との違いが尻尾くらいしかないモンスターの子供を「せめて苦しまないように」との名目でA級魔法の威力の実験台にしたからな」


 と言う言葉が頭をよぎった。その直後に目の前にいるこの女に対して怒りがふつふつと湧いて出てくる。



 ……まだ十に満たない年齢だったろうに。


 俺は忘れない、旅で食料が底を尽きかけた時にただ「目の前にあったから」という横暴な理由で襲った小さな霊猿族の村の事だ。


 お前らは「身振り手振りでも訳を話し食料を分けてもらおう」という意見を、突き詰めれば「面倒くさい」という理由で押しのけ、全てを燃やした。覚えているか? 君は

「人の形をしていてやりにくい」とほざいていたな。人の形をした異種族を面倒くさそうに殺すお前たちの様子はまさに人の形をした化け物だったよ。


 俺は親を殺され、絶望と憎しみという最悪の色の混じった子供たちの瞳をどう見ればいい?


 ふと思い出すと地面に頭を擦り付けて泣き喚きたくなるあの衝動を何故お前らは味わおうとしない。理解しようとしない。見ようとしない。



 決まっている。


 自分が特別だと思っているからだ。


 その高慢が、身勝手が自分たちの住んでいる星すら壊しかねないことを俺は元の世界で知っている。そして



「……知っているのに何もできない自分が一番愚かだ」



 ぼそっと小さく呟いてしまった独り言をアーニドは聞き逃した。



「また難しいこと考えてる」



 聞き逃したのに感じ取ったそれは恐らく長年の付き合いであるからだろう。皮肉かな、例え心が通じ合ってないとしても。



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