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月下鬼人  作者: 七坂 子雨
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三話 日常

 やっと掃除が終わり、来週から解放されると思ったが、今日は金曜日でいつもよりも長く痛い日だ。痛いからと言って逃げられないし仕方ないからバッグを持ってそのままいつもの空き教室で待った。

 人を待たせるのは感心しないと思いながらも、そんなこと言ったらキレられるんだろうと想像できるから言いたくはない。


  二〇分も待たされてやっと来たと思ったらドアを八つ当たりのように激しく開け、罵倒のオンパレードで静寂な教室が一気にうるさくなる。


 ずかずかと私の前にやってきて、屈強な男でもないのに胸ぐら掴んで頬を拳で力一杯に殴られた。少し頬骨に当たり、骨の痛みと頬の肉が拳と歯でサンドイッチされて痛い。

 しかし、今の殴り方は自分にまでダメージが行くダメな殴り方だった。相当腹が立っているとはいえ、自分まで傷つけるとは無計画な人だ。


 開幕殴られたおかげで私以外のテンションが妙に上がっている。変に甲高い声ですごいって叫んだ女子がいて耳障りだった。そんなに男に注目されたいのか。女子ってすごいと思った。

 殴った男子は手を離し、私の身体が床に打ち付けられるのを見下ろして、他の男子と長い茶髪の女子がいい気になって顔をニヤつかせながら近づいて来る。この瞬間だけは慣れなくて心臓が凄い勢いで運動する。そのせいで冷静でいられない。


ーー怖い、とてつもなく怖くてまだ暑くもないこの季節にこめかみから冷や汗が流れた。


 私の身体に影ができて、振り下ろされた足は、脱臼する勢いで肩を踏みつけられた。


「今日もあいつのせいでムカついてたからちょうどいいわ」


「ほんとこのサンドバックには感謝してるし、それを提供してくれたお前のお兄ちゃんマジで尊敬するよ」


「つまんねーな、いい加減抵抗でもしてみろよ、したところでさらにひどくなるだけだけど」


「蹴られてもなんも反応しないしほんと気持ち悪いしつまんねぇな」


「きったねぇ面、ざまあみろって感じ」


 蹴り、踏み、殴り、髪を掴み、黒板消しで顔を化粧するみたいに叩きつけられ、チョークの粉が口の中に入って噎せていたら制服のスカーフを無理矢理取られて首を絞められた。

 何が起こったのか自分でもわからないくらい苦しい。息ができなくて、目の前がテレビの砂嵐みたいに白黒になって意識が遠くなったが、背中を蹴られたせいで気絶することができなかった。


 これが生き地獄っていうものか。なんて他人事みたいに考える暇もなく次の地獄がやってくる。

  今度は精神的な地獄だ。酸欠と痛みで動けない私とバッグを交互に見ながらバッグを逆さに持ち、罪悪感なんてありませんと顔に書いてあるような顔で中身をぶちまけた。


 笑いながら今日の授業で使った教科書やルーズリーフのバインダーを、べたべたと自分のものでもないのに触って汚される気持ち悪さと、汚い床を歩いて、そのままトイレなんかにも行った上履きで踏む足を見て寒気が走る。あの足で私も踏みつけられたと感じた絶望に身体の震えが止まらない。

 普通の人ならボロボロにされたショックで傷つくはずでも、私にとっては勝手に心の中に踏み込まれたような気持ちでとても嫌いだ。ある意味潔癖症予備軍とも呼べるかもしれない。


「うわっ金持ちの家なのに寒い財布だなおい」


「俺の方がまだ入ってるぞ」


「小銭ばっかで札が一枚しか無いとかあの家でどんな貧乏生活してんだよ」


 気持ち悪くて吐き気さえも催す光景に目と耳を潰して何も感じなくなりたかった。

 財布にたくさん札を入れるようなそんな贅沢して生きられるほどいい身分なんかじゃない。いつも肩身を狭くしてあの家で生きてる私のことを知っている風な口で勝手に決めつけられるのがとても嫌だ嫌いだ。


「おっ! 折り畳みあるじゃん今雨降ってるしこれ貰ってこうぜ」

「賛成、こいつがどうなってもいいけど俺らは濡れて帰るのやだもんな!」


ーー気持ち悪い。平然とこんな事をできるこの男子達はどうやって生きてるんだろう。


「おい何寝てんの、出るからはよ起きろやノロマ」


  髪を引っ張って無理矢理目を合わせられるけど、しっかりと目を見たことは一度もない。

  ただでさえ気持ち悪いのに直視なんかできるわけない。そんなことした日には本当に吐いて汚されることが目に見えている。


  仕方がなく怠い身体に鞭を打って起き上がったはいいけれど、最初は無様に床を這いながらバッグの近くに行って物を詰めた。


 学校から出るためにおぼつかない足取りで壁に手を伝いながら教室を出て、やっと廊下を抜けて階段を降りていたのに、後ろから蹴り落とされて階段の手すりに頭を強打してしまった。額が手すりのゴムに擦れて血が滲んでいる。

  痛くて立ち上がれない、目の前も歪んで頭も働かない。


「てめぇさっさと歩けやナメてんのか」


  もう呻くくらいしかできなくて、目の前の誰かに引きずられて階段を降りた。

 この時点でもう苦しくて涙で視界がぼやけて見えない。

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