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季節たちの一瞬の日常

「もう嫌だ、物理なんてこの世から消えればいい」

 そう忌々しそうに物理の教科書を投げ出したのは夏川だった。それに秋野はわずかに笑い、「ばかだなあ」と言った。

「ばかとはなんだ、ばかとは」

と、すかさず夏川が反論する。

「よく考えてみろよ」

と、秋野は夏川のほうへ身を乗り出し、抑揚をつけて喋りだす。まるで園児に諭す教諭のようだ、とは冬森が常日頃思うことであった。

「この世から物理が消えたとして、果たしてこの世界は成り立つのか?」

「そういうことを言っているんじゃない。俺は学問としての物理が消えればいいと思ってるんだ」

「じゃあ仮に消えたとする。そしたらどうだ?物が落下するのもまあ不思議、自転車が加速するのもまあ不思議!と、なってしまうんだぞ、耐えられるか、いや、耐えられない」

「俺はそれでも構わない」

 そうしていつものように二人の口論が始まった。くだらないな、と思わず冬森がこぼすと、二人がいっせいに振り向いて「なんだって!」と怒鳴ってきた。

「いや別に」

 多少勢いに圧されつつ先を促せば、また口論は再開された。ため息を吐く。するとそれに今まで本を読むのに勤しんでいた春海がようやく顔を上げて尋ねてきた。

「なんだまたため息を吐いているのか、幸せが逃げるぞ」

「もうとっくに逃げてる」

 冬森が苦々しげに言った。「お前らと出会った時点でな」

 春海は「それもそうだ」と無邪気に笑い、「でもつるんでいるのは自らの意思だろう?」と猫のように目を細めた。

「まあ、そうだな」

 冬森は今度こそ盛大に息を吐いた。春海はそれに苦笑すると、「おい、そろそろやめろよ。冬森が心労でハゲる」と相変わらず喧々囂々とやっている二人に向かって声を上げた。

 その声に二人は、「おっといけない、ごめんな冬森。このばかが有り得ないことを言うもんだから」、「そうだなそろそろやめよう、冬森のためにも。冗談も解さないカタブツは放っておいてさ」などと互いに相手を睨みつけつつ口々に言い、春海を挟んで同時にソファに腰掛けた。

 まったく仲がいいんだか悪いんだか、と春海は思うが、口には出さずにおいた。また火種になりかねない。

「また物理の点が悪かったのか」

と、冬森が問えば、夏川は「そうなんだ」とげんなりして答える。

「もう悪かったなんてレベルじゃないね。ひどい」

 そうして落ちこむ様は、まるで主人に叱られた犬のようだ、と、やはり声には出さずに春海は思う。うっかり口に出そうものなら、夏川が怒り出すことは明らかだ。

「ならなんで物理を選択したんだ。お前は生物が好きだっただろう」

 そう春海が言うと、夏川は「だってさ」と唇を尖らす。

「お前ら物理じゃん。俺はね、少しでも長くお前らと時間を共有したかったんだよ」

 肘掛けに肘をつき、顎を支えていた秋野がずり落ちた。吹き出す。

「それで選んだのかよ、あほか」

「ばかの次はあほかよお前。口の悪い奴だな」

「お前よかはいいね」

「ふざけんなインテリ」

「インテリは侮辱用語ではない」

「うぜえ!」

 そうしてまた始まる言い争いに、もう止める気は起こらず、春海と冬森は互いに顔を見合わせて苦笑した。

「まあとにかく、少ない時間を目一杯共有しないとならないわけだな、俺たちは」

 諦めたように言う冬森に、春海は「うん」と頷いた。




残された時間はあとわずか。





とりあえずは日常のワンシーンを一編。自分の書きたいところを気ままに書いていきますので、気長に読んで頂ければと思います。


ここまで読んで頂きありがとうございました。

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