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モモと厳華

プロローグ


「それでは改めて、よろしくね、梅原大和君!」

と、少女は改めて挨拶を始めた。

簡潔で、でもインフォメーションは漏れなく、しかも正確にわたしのニックネームを呼び出した。これはもう、間違いは、なかっただろう。

目の前にいるこの少女、何百回も万回も至った顔の想像を繰り返してきた、この少女。

時は秋、もみじが満開この校内に、薄いが確かに嗅いだ川から水の匂、なぜか心を響かせる。気のせいなのかな、もみじが彼女を回って踊っている。ゆっくりと、降りては舞い上がる。折に私の目を遮る。あ~あ、秋って、こんなに暖かいの、もみじは、そんなに美しかったっけ?わからない。けれども、それはどうでもいいと、今、わたしは思っている。

こうして、一個の物語が終わり、それとともに、新しい物語が動き出した。

でも、その前に……

 第一章 

 

 私の名前は梅原大和。日本中どこにでもいる普通の高校二年生だ。ちなみにわたしの高校は都内でも有名な七瀬高校だ。まぁ、といっても、有名になった原因は世にも知れた歌手二人も出たという。どうしても誇れない原因だ、とでもと言ったら強烈なファンたちに八つ当たられるからここは黙ってあげるか。

 だからと言って、うちの学校はまったく取柄のないわけでもない。進学校と自称しただけがあって、毎年のように帝国七大にうかる生徒も大変居て、わたしが自分の学校を評価するなら、そこそこという程度かな。

 しかし、進学校と自己アピールしたものの、場所的には池袋に近い。これと来たら次は想像できるかな。放課後の高校生という奴?カラオケやらショッピングやらゲームセンターやら進出することはもはや珍しくないが、一応七瀬高校は進学校だから、こんなところ入ったりして本当にいいのかという輿論もあった。それはとても仕様がないと個人はそう思う。何せ池袋だよ。あの、ファッションだの、ファッションだの、ファッションだのが、溢れている街だよ?今の若い者はノーマルであれば誘惑に拒めるはずがないだろう。

 あ、もし貴方がその拒める人種なら私の話を無視していいよ。所詮一般進学校の七瀬高校は、真の、正真正銘の大学目指すの、超進学校こと、執信学園と比べ物にならないからね。その類の人間ときたら、毎日スターディとか、スポーツとか、リーディングとかやっているだろう。自分の青春を学習の神に捧ぐこととかよくあるじゃん。成績こそすべて、今の努力は未来の幸せ、今勉強しないといつ勉強する、こう云々の励み言葉、優等生に限らず、両親達にも愛されているしょ。

 でも考えて見ようよ!成績トップでも、家事できない人一杯いるじゃん!未来は家賃とか子供の学費とか妻のプレゼントとか兎に角金のために苦労しなくちゃいけないだろう?結局幸せになれないじゃん!今勉強しなくても、あ、最後なのはなんか反論できないよう……それはほっといて、つまりなにか言いたいなのか、つまり勉強は不要だといいたいだ。

 「ほう、それは君が昨日、授業をサボってアキバに行った理由なのかな梅原君?」

 げぇー、やっぱダメか!

 あ、事情説明はまだかな。そういえば確かにまだだねぺろ!

 昨日アキバに大型のアニメイベントがあってね、それを参加するために、私は、そう、なんと、授業をサボった。

 寄りにもよって昨日テストがあった。

よりにもよってテスト大重視の七瀬高校の生徒でした。

 「というわけで梅原君、来週から君だけに、宿題をくれてやる、提出忘れないように」

担任の弓長先生はそう審判を下さった。

 「はい、本当に申し訳ございません」

 反抗を諦めて、正直に謝った。

 「梅原君、先生本当にあなたのことが心配だよ。もう二年生だからしっかりしてよ」

 弓長先生は思わずため息をついた。そして、

 「わたしの化学だけが長けている。それはうれしいだが、志望は国公立だよね、しかもあの超難関の東工大だよね。今以上に勉強しないと」

 「私もそう思うが、どうも思うがままになれないですね先生」

 「100%があなたは不勉強が原因だろう」

 「でも私は本気で言ってますよ、勉強しても、未来に保証がないって」

 「それは反対しないが、でもね、」

と、先生は立ち上がった。

 「現実は、勉強しない方が負け側だよ、梅原君」

 「はぁ……」

溜息がうつった。

 私は七瀬高校二年F組の梅原大和。極普通の高校生で、極普通の生活を送っている。

 帰り道一人、往来絶えずの車を睨みながら考えことしている。大したことないさ。先生に説教されたらだれでも(?)することさ。未来についていろいろ考えて見たら、確かに迷いは生える。私達はどんな人になろうか。どんな仕事に就くか。どんな人と結婚するか。それらを頭から払えない。

 「はぁ――」

 もうほぼ毎回のように、先生に注意されるたびにわたしは人生を考え始める。そもそも本当に学びに意味はあるんのか?この質問はどうしても解けない。モヤモヤしている心は出来上がりの答えが欲しい。しかしこの難問はどうだろう。卵がさきか鳥がさきかのような質問だ。

 七月はもうすぐ終わりを告げ、八月がくる。そこには二ヶ月渡りの夏休みがある。しかし成績は及第すら至ってなかったわたしには、山程の宿題が待ちくたびれている。

 「あ!もう!なんでこうなるんだよ!」

 心がバーニングされるように街中慟哭している少年がいる。

 因みにでもないが、ちょっぴり涙が出ている。

 夕暮れに続く夜が訪れ、梅原家はまさに地獄宛ら。

 「大和、俺はもう再三言ってたよね!勉強ファースト、そのほかは二の次、何回懲りたら気が済むというんだてぇめー!」

 今、怒り心頭している中年男性は、私の親父梅原遠太郎だ。医者で、変人で、陰晴不定の気持ちで、とにかくわたしはあまり好まない。

 「もうこれ以上いっても無駄だよお父さん、彼はこういうタイプだからもう放任主義でよいかい?」

 この、冷たくても優しくてもありそうな中年女性は私の母梅原静香だ。同じ医者で、変人で、陰晴不定の気持ちで、とにかくわたしは敬意を持つ女性だ。

 同じタイプなのになんで評価が違う?そこはほら、女性はやはり慈愛が満る生き物なんだから、成績と道徳以外のことなら殆どどうでもいいって。

 しかし親父は違う。どうでもいいことに卵の中に骨を探す。突然理由もわからず怒って母さんを叱って、アンゼルスさんがいったら、「うむ、物語になりそうな人物だ」とでも感嘆するだろう。

 「わたしは何回も言ったけど……」

 「黙れ!隣の奈津香ちゃんに見習え!なんでてぇめーはできないんだ!」

 「っ!」

 奈津香、三日月奈津香、わたしの幼馴染で、「私」という人生の脇役で、気にしなくてもいい人だ。

 つまるところ、わたしはあいつのことが好まないだ。

 両親はいつもわたしをあいつに比べる。家事もできるし、頭いいし、運動万能スタイル上等、誰も彼もこういう女の子に惹かれるだろう。

 だから好まないんだ。あ、そうだ嫉妬だ。嫉妬よりも、私は優等生のいきにえになることに癇癪を起こすんだ。

 そもそも、こういう人格差別のようなことに憤怒しないひとでもいるか!なんでわたしは、赤の他人とくらべらければならないんだ

 「不満があるなら成績で語れ!」

 その一言を置いて親父は部屋に戻った。わたしも、怒りを抱えたまま部屋に戻った。

 「兄ちゃん今日も大変だね」

 と、妹は寝転んで、スマホ見ながら呟く。

 「芳子こそ、大丈夫?来週期末だろう」

 「長男じゃないから、あ、そうでもないか……あたしは絵で食うだから平気」

 「いいな、推薦の偉いさん」

 「不満?」

 「当たり前だろう」

 「虫がいいな、兄ちゃんは」

 「そこは器が小さいじゃない?」

 「妹だからまちがってないい~」

 この女の子がわたしの妹、梅原芳子。高一で、変人で、

 「兄ちゃん、妹のことを、変人でいうのは失礼じゃん!」

 なぜ心の呟きが聞こえる!

 「兄弟だから」

 ご覧の通り、私の心をいつでも見通しているような超人だ。これ以上の話すと嫌われるからやめておこう。簡単にまとめて、隣さん並びの完璧さん、ということだ。

 「本当に簡単だね、もっと詳しく言えないかしら。」

 黙れ!

 今日は本当に色んな意味で疲れたから構わないで!

 「だったら妹の胸でも……」

 「ちょっとアイス買ってくる」

 ウンザリの家から逃げ出して、わたしは駅前のコンビニに向かった。

 わたしの家は大山駅に近い、そこから30分もかかれば学校。駅のまっすぐに商店街があって、近くにある大山高校の生徒の娯楽街だ。わたしは、あまり行かないだけと、なんにせよわたしはネットショッピング派だから。

 最悪の一日だ。学校には先生、家には両親、誰もかれも未来未来ばっかり、現在の幸せ大事ではないとでも言うのか大人達は。

 勉強に勉強、それ以外のことは言えないのかよ。思えば思うほど、腹立たしい。

 「イチゴと、チョコと、バニラ、これでよし!」

 もっとも腹立たしいことは、今この怒りが発散できないこと。そう思うとより腹が立つ。

 なに、平静に見えるじゃないかと?それはそうだ。あの居るだけでイライラするからコンビニへ逃げ出したから、少しだけど、心が落ち着く。すぐ戻りたくないが、芳子がアイスを待っているので、仕方なくここは妥協しかない。

 わたしと芳子の愛食味のアイスを籠に入れて、レジに行くところで。

 「あ、誰だろう?」

 スマホは振動した。

 ポケットから探り出して、親指でスライドしてはラインを開き、そこに新しいメッセージのヒントであった。

 そしてそのメッセージは、今日の苦悶を一掃した。

 「こんばんは!大沢先生、今日も元気?」

 と、元気そうな文字が浮かび上がる。

 「はぁ、元気もなにも」

 と、思わず、

 「ありえない、今日は災難」既読

 と、タイピングして返事した。

 そうしたら、

 「きっとテストだろう~~」

 「なぜわかる?」既読

 「スタンプ(無言)」

 「それはな、こっちも終わったところ」

 「あ、そっちもか」既読

 「うん」

 「だから今暇」

 「スタンプ(歓喜)」

 「いいな。わたし宿題あるんだ」既読

 「……」

 「ええええええええええ!!!!!!!!!!」

 「さてはきみ、テスト60以下だね!?」

 「その通り」既読

 あえてサボったことをサイレントにする。

 「偶には勉強したら?」

 「勉強してないような言い方やめて」既読

 「スタンプ(痛い)」既読

 「スタンプ(嘲笑う)」

 ったく。

 今、スマホの向こうにいる人はネットで知り合った同志である。真名はわからないが、ニックネームはモモだ。え、なんでライン交換したのに真名不明?こっちが知りたい位だ。

 モモもわたしと同じく高校生みたいで、チャットの内容限りじゃ東京都内らしい。具体な場所は聞いては見たが、どうも話してくれない。相手が話してくれない以上こっちから迫ったら逆鱗に触れることなる可能性もあるのでその件はそのまま流しておいた。

 ところで、モモはなんの同志なのか?

 「そろそろかな」

 「なに?」既読

 「スタンプ(無言)」

 「乖離のアニメだよ、今日23時からだろう」

 「スタンプ(ビックリ)」既読

 「今日なの?!!!!!!!!!」既読

 「スタンプ(呆れた)」

 「今日です」

 「スタンプ(やばい)」既読

 「すっかり忘れた!」既読

 「スタンプ(敲く)」

 「スタンプ(まじかよ)」

 彼女はオタクの類で、つまり、わたしと同様だ。

 「それより、アーサー王の現代物語見た?」

 「???なにそれ」既読

 「七月の一番お勧めだよ!知らないの?」

 「いや、知らない……そんなに有名なの」既読

 「人気のない作品だけど、物語は面白いよ!オススメ!」

 「そうなの?」既読

 「そうよ!」

 「スタンプ(よく説明できないスタンプ。とりあえず、二匹の鳥が拍手している)」

 驕りでもないが、わたしは自分がそこそこレベル高いオタクだと自慢している。だが、彼女はわたしを上回るオタクらしい。わたしでも知らないネタやアニメ、ゲームは全部、いつも彼女が教えてくれている。吃驚することはもう日常茶飯事のようになってきたが、やはり彼女はどんな人生(オタク生活)を送ってきたのか非常に興味深い。

 「この前はどっか行った?」既読

 「なに?」

 「写真みたよ」既読

 「海とか?」既読

 「あ」

 「短期合宿だね、部活の」

 「なるほど」既読

 「というかどれがモモ?」既読

 「教えない~」

 「やはりか!」既読

 「教えたら面白くないじゃん~」

 「スタンプ(無言)」既読

 「スタンプ(キラ!)」

 このように、深追いしたら本人の逆鱗に触れるかもしれないというポリシーがわたしはいつも厳守しているものの、好奇心に敵わずしょっちゅうこうしてモモの正体を覗くこともなくはない。しかしやはりこのように、本人は「スタンプ(微笑)」で「教えない」という一言でわたしの好奇心を断ち切る。特に顔について尚更厳しい。故に本人はどんな容態をしているのかぜひ拝見させていただきたい。やはりイメージ通りの眼鏡に三つ編みの学者系なのか、それとも黒ロングに黒ストッキングの先輩系なのか。そんな風に、ほぼ毎日のように変態とも妹に軽蔑されるほど彼女の顔を想像している。

「あ、そうだ、この前見たよ!薔薇少年!」既読

 「以外と面白い!」既読

 「スタンプ(グッド)」

 「だろう!」

 「特に、分かれのシーンがよかった」既読

 「スタンプ(ちょっと待って)」

 「校門前の告白じゃなかったの?」

 「それもよかったけど、やはり別れの方は鳥肌が立つな」既読

 「お前、恋にトラウマでもあったの」

 「スタンプ(まだまだ)」

 「ないないないないない!」既読

 「そもそも独身イコール年齢」既読

 「可哀相に」

 「スタンプ(嘲笑い)」

 しかし根本的な原因はやはり七瀬高校にだべる相手が殆どいないんだ。七高の人間は不思議になる位スポーツを愛している。女も男も、大切な休憩時間にせよ、貴重な放課後にせよ、待ち兼ねの夏休みにせよ、スポーツをやっていなければ、スポーツのニュースをチェックしている。こんな私見たいなインドア&オタクにとって正に地獄。

 故に数少ない同志に、敬愛且親愛な関係を結ばなければならない、ピュアな意味で。

 「ところで、今なにしてる?」既読

 「これからバラエティ見ようと思う」

 なるほど、今日はじめて知った。モモは三次元のエンターティメントも観るんだ。

 「へぇ~どんな」既読

 「アラス」

 なにそれ?バラエティに興味がないわたしにとってこれは日本語かどうかを疑う。

 「まぁ、知らないと思うよ」

 「大沢先生なら」

 「それは、まぁ」既読

 「リアルのものに興味ないつかなんつか」既読

 「スタンプ(まだまだ)」

 「面白いよ!」

「まぁ、時間あれば見るよ」既読

と言っても、これはただの言い訳、見たくないものは鞭で叩かれても見ようとしない、普通は。

「スタンプ(グッド)」

わたし以上のオタク知識を持っているとはいえ、推薦された作品に満遍なく心を惹かれるわけがない。まして、わたしは興味を持たないバラエティだ。それでも彼女は飽きることなく、キャッチセールスの如き、わたしに作品を押し続ける。はっきり言わなかったことはわたしの責任なのだが、少しでも相手の興を冷めさせたくない気持ちもコミュニケーションにおける重要な一環だ。

「本当に面白いから!」

「はいはい、時間あれば絶対見るから安心しな!」既読

暫く経って、モモからのメッセージはないようだ。さて、これからなにを切り出すか。

よくあることに、チャットの流れは途中から途切れて、所謂ブランクタイムである。このまま会話を終えるか、それとも新しいネタを探し出すか。モモはいつも後者を選び、先手を打ってニューネタを振ってくる。わたしもモモが相手であれば常に後者を選ぶ。別に、偏愛ではないからね、ただこの人のことをもっと知りたいだけさ。

彼女と関わる機会は、このライントークにしか存在しない。だからこの機会を大事に活かさなければ、ケアしなければならない。そう思ったが、やはり本人に会いたい。わたしの知り合いに数すくない同志に一度顔合わせしたい。したいが、どうやら神様はその機会をくれないようだ。

 「今度の日曜、あれを任せたぞ」

 「スタンプ(グッドジョブ)」

 やはり先手を打ったな。

 「男一人をBLエリアに行かせる気か?」既読

 「え~いいじゃん!」

 「気にしなくてもいいのに~」

 「いやそこは気にするよ!目線とか!」既読

 「えええええええ」

 「スタンプ(無言)」

 「大体、そんなに欲しいなら一緒に行ったら?いつもわたしだけを行かせて」既読

 「言ってた通り塾無理~」

 「スタンプ(ぺこ)」

 「たく」既読

イベントの日や、新刊発売日も、とりあえず誘っては見たが、塾かアルバイトに被ってしまいという残酷なわけで断れ続けた。まぁ、そもそも相手は女の子だし、気軽そうに男の子と出掛ける方がおかしい。仮にそうではなく、ただアルバイトや塾などを言い訳としてこちらの誘いを拒絶しても、わたしは仕方がないと自分を蔑むことでしか自分を慰めない。本当にどうしようもないことで、どうにかしてと言われても、それは人類が思想改装装置の発明を遂げた後の話だ。

とにもかくも、せめて梅田大和として生きている限り、彼女には会えないだろう。彼女を知る機会も、あう理由もなかったはずだ。

 「あ、そう言えば、再来週わたし学校、あれをやるんだ、学園祭!来る?」

 話を逸らしている。いつものことでもう慣れている。モモは、大事な話でも、つまらない世間話でも、それらを平気で、まるで目に留まる暇もないように、あっさり流しおいて、チャットの主導権を奪い取る。

 そして、今回も、見事にわたしを学園祭に誘うとかの勧誘で……

 ……今、なんと?

 あまりのショック、いや喜びか、いややはりショックか、違う吃驚だろう、心情が混乱して乱れて混ざり合って、はっきり伝えない。

 え?なに?わたし誘われた?今誘われたよね?いや誘われたな。

 思いも寄らず、あちらからの勧誘とは。初めてなのに、かつてない衝撃を受けた。

 だって、あの誘っても誘っても断るモモが、今度は逆、わたしを誘っているよ?男子としてはもちろん大興奮だが、なによりもこいつはわたしの悲願の相手、との言い方は誤解を招くかね、それでも悲願の相手以外の表現は相応しくない。

 「どう?来る?来るよね?来るでしょう!こい!」

 あまりのショック、いや喜びか、いややはりショックか、違う吃驚だろう、の、気持ちで、つい返事することすら忘れてしまった。

 「段々命令形になってるじゃないか!」既読

 そうタイピングしても、言葉とは裏腹に心が躍っている。

 躍っていながらも、尚困惑している。何故?これまでいくら誘っても断るという一択しか出ないモモが、わたしを誘っているよ。これはどんな心機一転だろう。

ふと、あ、もしもだけど、ラノベや漫画によくあるシチュエーションではないか?言うまでもないが、これはもしかしてわたしの春の兆しではないか?長い付き合いの中からようやく生まれた薄い恋心、とか!?

 と、そんなつもりで、一応相手の動機を聞く。

 「それに、どうしてわたしを誘う?」既読

 期待しては駄目だけど、やはり期待してしまう。

 「スタンプ(疑問)」

 「どうして?愚問だな」

 ごっくり、やばい、期待しすぎて耳でもはっきり聞こえる心臓の躍動。

 「せっかく知り合ったから大沢先生はわたしと会いたくないの?」

 「いや、そうではなく」既読

 「スタンプ(なになに)」

 「怖い」

 「スタンプ(なになに)」既読。

 「大丈夫!こっちもそう思うからね~」既読

 いや、そうだけど、そうではない。

 「よかった~」

 そうだ、まだ諦めては駄目だ、欠片の希望だけど、

 「これまで何人も誘ったが、誰も彼も用事があってね」

 ……欠片が一瞬、埃になってしまった。

 「そうなんだ」既読

 まぁ、やはり期待してはいけないんだ、梅原。

 それに、折角の招待だ、わくわくしなくては損だ。

 「楽しみだ」既読

 「スタンプ(よかった)」

 

後ほど家に帰ったら、妹に変な目睨まれたにもかかわらず、わたしは興奮している。

 「兄ちゃん、なんかいいことでもあるの?」

 「え、いいこと?ないよ~」

 「そう?じゃ当ててみるね」

やばい、忘れるところだった。こいつはわたしの心を読める。これ以上の情報を洩らさないようにここで白状するのがベスト。

 「なに、モモに合えるかもしれないさ」

 「えええええええ!そうなの!!!!!!」

 なんだ、こいつ。眼をキラキラしやがって、何故かわたしよりも上機嫌のようだ。

 「だってほら!あの常にお兄ちゃんのデートオファーを却下するモモだよ!」

 「それがどうした?」

 「だってほら!いつも却下してるのに、まさかの、逆ナンパとは」

 「ナンパの使い方が間違ったことはともかく、そこまで不思議なことなの?わたしは普通に喜ぶだけど」

 「そう?普通と冷静のふりをして、実はもう爆発したではないのお兄ちゃん?」

 やにやに半笑いしている芳子。おのれ!どうしてこいつはわたしの心を全部見とおせるんだ。

 「ぜひもなし!妹だから!」

 世に兄貴の心を読める妹はそうそう居ないと思う。せめて、なにもかも読める妹はいるはずがない、かな?

 「居るよ!ひとり位!」

 妹はスルーして、わたしはなにかを思い出したように、スマホのロック画面を解除して、早速モモにメッセージを送る。

「それにしても、そっちの学園祭速くない?」既読

 「誤字、早い」と、丁寧にも訂正してくれた。余計だけど。

 「わたしの学校はレベルスバルタだからこういう娯楽活動は基本休みの時行うだ」

 「変な学校」既読

 「七瀬よりまし」

 「スタンプ(蔑視)」

 わたしは、母校大嫌い、そうだけど、他人が七瀬を批評するのは些か不満である。

 「偏差値低い七瀬で悪かったな」既読

 「スタンプ(嘲笑う)」

 そういえば、こいつはなんの学校だっけ。

 いつも暇そうだから、多分わたしと同じレベル?あるいは以下?もしかして実は超一流?よくいる生徒が、勉強してないよという仮装を装い、裏では必死に何冊も何十冊もの赤本に打ち込んで、テストでトップを勝ち取ったりして、とか。

 けど、こいつは重度オタクのはずだ。どんなイベントでも駆けつける。たとえそれはテストの日も、たとえそれは宿題多かった日も、たとえそれは日直の日も。以上云々からすれば、進学校の憶測だけは外れだろう。いやでも、塾は普通に通っているから、余程勉強好きかも?でも両親の言い成りにやむを得ず行った可能性だってある。

 「そういえば、そっちはなんの学校?」と、疑問に思いながら、指を動かす。

 どちらにせよ、あのスターディ・イズ・ライフの執信だけは排除する。噂によればこの学校、全員がガリ勉どころが、読書以外の趣味は一切ないらしい。休日の活動は読書会を行い、夏冬春休みはどこにも行かず図書館で勉強、あまつさえ一心不乱に学習するためにゲーム機、漫画、ラノベ、映画といった娯楽には一切触れない。まるで、いいえ、まさしく、東大に入るために自分を隅みから隅鍛え尽くす。そんなだから、オタクでいつも余裕にみえるモモはこの学校の生徒ではないと断言できる。

 暫く待っていたら既読はこない。多分取り込み中。もしくはシャワー。モモは偶にわたしを長時間待たせたにも拘わらず返事しない。こういうシチュエーションはふつうの女の子にかかれば90%あなたのこともううんざりとか、五月蠅いと思われた。相手はモモだから、一応そんなことないと安心できる……はず!

 「そういえば、そっちはなんの学校?」既読

 遂に既読来たか。本当になにしていたの?

 「こればわかるよ!」

 「スタンプ(舌出し)」

 「スタンプ(意味ありげほほえみ)」

 「お前な」既読。

 「もう遅いから早くベッドにつけなさい」

 「私の母さんがよ!」既読

 「ハハハハハ!お休み!」

 「お休み」既読

 パパとメッセージを送ったが、まったく眠気が取れない。

 私は七瀬高校二年F組の梅原大和。極普通の高校生で、極普通の生活を送っている。でも、それでも今宵のわたしは、世で一番幸せな人だという手前味噌の評価。




以下の会話はある日曜日に発生し、丁度、モモの学校の学園祭まで後一週間。

 わたしはいつも通り、じゃなくて、いつも通りにできぬ、速筆でホンムワークしている。

 「兄ちゃんも大変だね、唯一無二の七瀬高校宿題生」

 「五月の蠅だ、芳子」

 「蠅じゃない、蝶だ」

 「笑わせるな、お前はただの蛍だ」

 芳子は黙ったまま無言の抵抗をし始めた。妹はほっといて、その底のみえないプリントの山はどうやったら減るんだ?

 「困った?なんならこの七瀬高校一美人芳子様が教えてあげようか~」

 「高一のくせに」

 「英語ならノープロブレム!」

 「おまえの英語ギリギリ合格だろう」

 「それは、先生のIQが足りないから!」

 自分の頭悪さを先生の過ちにする妹が居た。

 こいつの成績じゃ七校一年にも上位だが、どうも英語は弱点だそうだ。例えば、「アップル」を正しい英語で発音すれば「アッポ」のアクセントに似てるが、あいつはどう練習してでも「アップル」しか読み上げない。もっと深行きすれば、簡単な進行形の使い分けさえも今になって朦朧している高校生はいるのか?

 「そこまで悪くないってば!」

 妹から容赦なくチョップを受けました。しかも連発。うむ、痛くないだけど。

 「この!そういえば、先からなに笑ってるの?」

 妹は私を罵倒しようと思ったら急に話題を変わった。

 「あ、あれは。昔から知り合ったネットフレンドが一度あってみたいってさ」

 「モモか?」

 「そうだけど」

 妹はどうもモモのことに興味津々のようだ。彼女の兄さんに友達がなんとできるか、という意味あいで。

 「でも兄ちゃんも嬉しいだろう?四六時中彼女の話から離さないとか?」

 「それは、まぁ」

 右手の人差し指で頬を掻いて、天井を睨み付ける。

 「当然のことだけど、やはり不安かな」

 妹はベッドから起きて、そしたら胡坐かきながらわたしに問い詰める。

 「不安?なんで?友達だろう?」

 いや、事実はそうだけど。

 踵を床につき込み、オフィスチェアを後ろに退けては立つ。わたしは背中を軽く按摩マッサージしてこう言う。

 「もし本人は想像以上に違ったら、例えば、ラインではすっごく健啖家だけど、リアルでは口数の少ない人とか。優しそうに聞こえるだけど、本当は不良なんとか、いや女だからギャル系か、とか」

 「要するに、兄ちゃんの苦手なタイプじゃ困るってまとめていい?」

 妹はあっさりと結論を出した。そうしたら彼女は深いため息をついて、指でわたしを差しながら説教する

 「梅原大和君、いい加減、いろんなタイプの人に触れたほうがいいよ。もう高校二年生なんだから」

 なるほど、妹のおっしゃった通りでござる。が、

 「ごめん、チャラ系の人にはやはり無理」

 「おーにーいーちゃーんー!」

 妹はほおを紅潮させ、敷を強く叩き込んでいる。

 「これだからもてないから!」

 そういえばこいつも最近、チャラ系になったらしい。髪はいつのまに赤くなっているし、ピアス穴あけたし、マニキュアもキラキラしているし。

 「兄ちゃん、これはファッション、ファッションだからな!オタクのあんたにチャラとファッションの区別がわかるもんか!」

 わたしが妹の変化を考えている最中に、妹はいつの間にか空に飛んでいて、右手はチョップの形へ変わり、左手は拳を握り後ろに振り向け、両足は90度に曲がって足裏が上に。敷の波紋はいく層顕現している。その一瞬、床の支えから悲鳴が聞こえる。結構力入りのジャンプでした。まるで時間が止まったように、そして永遠に動き出したくないと乞いながらも。

 「いったい!なにするんだよ!」

 ATK10000のダイナミックチョップを真っ正面に受け止めた。痛い、この痛みは、言葉だけでは表現できないほど痛い。

 「ジャンプするな!チョップもするな!兄ちゃんに優しくせよ!」

 「うるせぇぞ大和!黙ってろ!」

 下から親父の罵り声が聞こえる。さすがにこれ以上の戯けはできまい。

 鬱陶しさを抱えて改めて車椅子に腰を据えては妹を見る。先のジャンプで足が捻じったようだ。関節の部分を鷲掴んで枕になっている。

 いつもなら薬とかをドロアから出してあげたけど、今日はどうやらお仕置きが必要だ。

 スマホの画面をスライドして、先ラインの会話画面のままでいる。じっと、なにもせず、わたしは只々、画面が黒くなるまで凝視していた。

 

 一週間後、8月15日の日曜日。わたしは約束通りこの日の朝8時家から出発し、8時30分の電車を乗った。モモの学校は吉祥寺にあるらしい、池袋駅から行くとして、大体20分位かかりそう。

 「そういえば兄ちゃん、吉祥寺所の学校じゃ、その中で一番有名なのは執信だろう?」

 「吉祥寺じゃなくても、東京圏内も結構有名だ。むしろがり勉中学生達の憧れだ」

 「奈津香姉ちゃんもあの学校だよ、寄って見に行く?」

 「奈津香?誰だあいつ。それに今日はモモの学園祭優先だ、時間が余るかどうかも知らんぞ」

 「兄ちゃん、やはり……」

 「ちょっと寝る。疲れたし」

 「寝るかよ!」

 流石に今日はしんどい。気持ち良くプレッシャーを感じないまま遊ぶために昨日は徹夜して山(宿題)を消滅(完成)した。おかけ様で今あたまはふわふわしている。意識ははっきりしない。これは思い切って遊べても、その気はでない。故に20分の仮眠取らないと太陽に晒されながら校内を歩き回すことはインポッシブルだ。

 「一寸肩かして、ふぁ~」

 「はいはい。着いたら起こすから寝て寝て」

考えせず妹の肩にあたまを寄せて、瞼は抵抗も諦めて閉じた。

 軌道と車輪がぶつけあう音が耳に入ってくる。風のすすり泣き音もする。隣に擦り越えた電車は挨拶しているように戦いもしているように風を切っている。芳子のヘッドホンから歌が聞こえる。まだ夏なのに冬の歌である。夏の暑さを少しでも身から除けたいなのか、しかし歌には夏への思いも混ざっている。どっちがどっちかわからなくきた。

 時間の流れは人を待たん。思い出せば期末テストはまだ七月なのに、今はもうすっかり八月の中旬。まだロングスカートでいた女子達は、趣味だの、アピールだの、一部はショットスカートになりかわった。男子達は相変わらず一年四季ズボンに履いている。ショートパンツの男子もいる。こういう時は変なこと考えてしまう。もし男子がショットスカートに履いたらどうなるだろう。

 「よくも熟睡中そんなこと考えるね兄ちゃん、ほら、着いたよ」

 芳子の呼び声で夢から目覚め、アナウンスから次が吉祥寺だとわかっている。あっという間なのでいまいち実感が湧かない。

 人込みに紛れてドアから出て、モモの指示通りに中央口へ向かう。そっちは準備あるらしいから待ち合わせがパスされた。

 「そもそも、直接場所と学校の名前を送ってくれれば助かりますだけど」

 妹のツッコミはごもっとも。情報が明らかになればなるほど探す手間が省ける。大体そこまでまわりくどくする意味あるかな?

 「それにしても、なんで制服?」

 「あ、これはな」

 どうやら顔合わせしたことがないから、一応わたしは七高だと知っているし、制服ならそっちの方がすぐ見つけ出せる。

 でも例えファッションに縁のないわたしでも、休日に制服なんでちょっと可笑しい。しかも七瀬の制服はとても、超、スーパー、醜いから。

 どこまで醜いなのか。空のような蒼い外套、運動服のようなシャツ、おまけに校章に大いに織られた「七」という漢字――漢字自身は問題ないが、問題なのは漢字だけというとこ。丸の中に「七」、こんなシンプルな校章ははじめて見たしかも緑色。

 「まぁ、そう溜息すんな。わたし達の下には東信があるじゃん」

 「それは確かに」

 執信学園は紛れもなくトップ進学校だ。が、その制服はどうも顔潰しだ。緑色のコートに緑色のシャツ。上着だけならともかく、スカートも、ズボンも、全部なんと緑色。緑色になにが悪いと文句したい人もいるが、ごめん、確かに普通の緑なら問題なし。問題なのは、何故制服の後ろに貴校の校長先生の写真が映っているのか、しかも明晰かつカラフルに映ってある。是非とも校長先生に一度会話したい。

 「制服はともかく、あれは個人によって緑好きなやつもいるしこっちは何とも言えない。校長先生の写真とかないわ!絶対!」

 芳子は指を口に当てて難しい表情している。

「しかもほら、女子全員ボブ髪とか、男子長髪禁止とか、スカートリメイク禁止とか、校則面倒くさい」

 生まれて初めて、七瀬高校に入ってよかったと感心している。

 それはそれとして、

 「中央口から出たけど、これからどうする?」

 と、発信した。

 「あ、引率の人がいると思う。スカートに履いてる男子でシンシン祭と書いてあるボードを持ってるはず。見つけた?」

 周囲に目線を配って、簡単に見つけた。

 それにしても、スカートに履いている……

 「はい注目!これから校内へ案内しますから列に並んでゆっくり進んでください!」

 意外だな。あいつの高校ってもしかして有名なの?中学生はともかく、大人も一杯いる。

 「兄ちゃん、わたし、嫌な予感がする」

 妹は何かを気付いたように私に警告を下さった。

 私はそれをシカトして、

 「なに、ただの学園祭だろう?」

 「そうではなく」

 妹は恐怖を感じているようだ。

 「モモさん、まさかこんなに凄いとは……」

 「どういう事?」

 「着けばわかるさ」

 妹の変化に気になりながらも、引率の人に従って、いくつかの横町を通し、坂を登り、橋を渡った。つまらなくてスマホのメッセージを確認しようと思うや否や、引率の人が着いたと叫んでいた。

 「ここだよね」

 列とともに進みながら私は学校の名前を確認しようとする。しかし人が多かったばからにプレートは見にくい。

 「えっと、執?」

 ダメ、無理、イニシャルしかみえない。

 それにしても、何なんだこの人数。伸びあがってでも黒い頭ばかりで、立ち込める二酸化炭素は空気を加熱している。左でも右でも余っている空間がない。普段嗅げるはずがない匂いは鼻までぶんぶん吹き込んで反吐が出る。

ここはこんなに名高学校なのか。

 「あれ?やまちゃんに芳子ちゃん?」

 聞き覚えのある声がする。

 「おはよう奈津香姉ちゃん!」

 妹は元気よく挨拶をかけた。

 「三日月さん、知り合い?」

 引率の男性がこっちを向いた。

 「うん、この二人は私に任せていい?」

 「助かりました」

 そしたら女に引っ張り出されて、人気少ないある樹の下まで案内された。

 「マジないわ、人が多いわ!」

 芳子はようやくの平和を手に入れたようなリアクション。具体的に言うと、手を合わせて、神様にでも祈っているように祝福(悲鳴)を呟く。

 「来るなら先にあたしに一言連絡すれば特別券あげたのに、もう~」

 女は不満そうな事を言って、台詞に楽しさとしか感じない。

 「なんでお前がいるんだ」

 容赦なく聞いてみた。

 「あれ、ここは私の高校だよ、いることは当然のはずよ、やまちゃん」

 ??????

 ちょっと待ってよ、この女の学校だったら、いやそんなはずが、でも先私の幻じゃなければ「執」の字が見えた。

 「あの、もしかして、モモ、お前」既読

 心にもやもやさせ、いやこういう時は心臓が強く鷲掴みされたようと形容した方がいいか?どうも落ち着けない。

 「着いた?」

 「そんなことよりお前」既読

 わたしはこの一年間、同志と思ったモモ、距離感のないと思い込んだモモ、

 「執信の生徒なの?」既読

 「スタンプ(笑)」

 「そうよ」

 「……」既読

 「スタンプ(無言)」

 地上にスマホを投げ出したい気持ちだった。

 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」既読

 「スタンプ(無言)」

 「落ち着け!」

 「できるわけないだろう!」既読

 「なにそれ、騙された!」既読

 「スタンプ(無言)」

 「スタンプ(無言)」

 「スタンプ(無言)」

 「これで騙すに数える?」

 「当たり前だ!てっきり私と同じく普通の生徒だと思ったのに」既読

 「執信生は変人だと誤解されるような言い方やめて……」

 あーもう、今のわたしは反駁すらできない脱力している。

 真実は衝撃的、なので。

 「スタンプ(怒り)」既読

 「スタンプ(涙)」既読

 「いまどこ?」

 「ちょっと待って」既読

 画面を一旦閉じて女に顔を突き出して聞く。

 「今どこ?」

 そうしたら、気のせいかもしれないがこいつのほおは少し赤くなって、

 「体育館の前の公園。よかったらわたしが……」

 「あ、別にいいよ」

と適当に返事してまだラインを開いて、

 「体育館の前の公園らしい」既読。

 「じゃ、体育館の裏側に来て、私の部の屋台はこっち」

 画面を再び閉じて、スマホをポケットに入れた途端に、女はまだ嬉しそうに近づけた。

 「なになに?逢瀬?」と小悪魔のように笑った。

 「いや、只々の友達」

 流石に一応隣さんだから、ここは社交辞令でも相手にしないといけない。

 「直ぐには戻れないから、三日月さん、妹頼んでいい?」

 「いいよ!」と微笑んでくれた。

 「兄ちゃん、なんかこれ、正妻をほっとけて妾と駆け落ちのようなシーンだよね」

 「面倒見と言えよお前!」

 私の咆哮に妹は唯目をつぶって「ぶー」と舌をだした。

 「浮氣ものを無視してどっか遊ぼう?奈津香姉ちゃん!」

 「はいはい~」

 そうして、お隣さんは芳子を連れてどっか行った。

 その後ろ姿を見て、私はぞっとする。

 「やはり校長先生の写真なんでないよ!」

 

 コマンド通り体育館の後ろまで回ったけど、モモが這入っている「外国語部」の屋代は影すら見当たらない。

 ラインでもどこにいるかを聞いていたが、ずっと未読のままでいる。

 仕方ない、返事がくるまで適当に回ろう。

 場所の確かめがてら、この学校のことも色々聞いた。そこで、執信学園は噂通り生徒達勉強しかやらないことは本当じゃなかったと判明した。

 トップ進学校とはいえ、ここは学校だ。学習だけは学院生活なら学校としてみっともない。

 学園祭は様になっているだけはもう噂は噂でいられない。

 「でも、ボブ髪とロングスカートの話は本当ですよ」

 私を案内している眼鏡を掛けている女子はそう言った。

 「それは怖いな」と思わず感心した。

 それにしても、執信学園はデカいな。途中でこの女の子に話かけられて案内してくれなければ今のところ迷子になりそう。

 今日の人はもう随分多かったのに、それをよくもまぁ収まる学校の広さこそ私を仰天させた。

中には案の定、両親と中学生のコンボがあるし、他校の生徒もちょこちょこ歩いている。執信の英姿をご覧になりたいだろう。

 しかしこれでは失策だ。普通の学校だと思い込んでいたせいで、七瀬高校の人は来ないはずと勘違いしていた。

 「あぁぁ、七瀬一杯じゃねぇか」

 「え?なんでしょう」

 「いや、独り言だ、気にしないでください」

 「はぁ、わかりました」

 それきり、二人は沈黙のまま歩いている。

 あの、なんというか。

 知らない人と直ぐ懐けるほどのトーキングスキルは身に付けていないから。多分そっちもそうだけど、同じ初対面の人と話せないタイプらしい。

 「あの、外国語部はまだですか」

 とりあえず気まずさを何とかして散らすために本来の目的を思い出したように相手に聞く。

 「え、あ、あ~。申し訳ございません。学園祭の途中でハプニングが起きたので今は準備中に戻ったらしい」

 突如の問いに引いただろう。女の子は顔が赤く、体が震えている。

 「そ、そっか」

 「お客様は外国語部をお探しですか?」

 「いや、そうではない、興味があるかなって、ハハハハハ」

 ちょっ、なにうそをついてんのわたし!

 素直に、『はい、そうです』言えばいいのによ。おのれ!

 「そ、そうですか」女の子はちょっと残念そうな顔しているのが私の気のせいかな。

 外国語部はどうやら出展できなくなったらしい。モモからの連絡、ラインは未読のままだ。こんな状態で顔も知らないモモを探し出すことは無理だと断言できる。

 念のためにも、この女子にモモというニックネームを持っている女子生徒は知っているかと聞いたら、どうも相手もピンとこない。打てる手は全部打ったということ。

 「そ、そうだ。何かお勧めありますか。私、実はこの学校に入りたかったから。今なら無念晴らそう」

 仕方がない。モモは依然として見付からないとはいえ、折角の学園祭だ、主旨を変える位で別にいいじゃないかな。

 「あ、あ~、良ければ私が案内しましょうか!」

 「お、お願いします!」

 いや、あの、そもそも君は案内役のはずだろう?

 そんなわけで、女の子を追いかけて――いや、単語間違っていない。こいつ、身長はわたしとほぼ同じなのに、何故か足が早い。まったく案内する気あるかと思ったら、丁寧にも学校の古今東西まで紹介してくれた。

 じっと足を睨んだら、なるほど。上半身とは裏腹に足が太い。けれどもキンキンしている。さては陸上でもやっているだろう。少々肌黒いだが、男を魅せるような黒だ。まるで黒ストッキングの下に澄み切った白い肌があるような黒である。頭をあげてちっと顔を見た。ボブ髪にとても似合う顔だ、それは眼鏡と組み合わせて意外にも整える。切れ長い目に浅い眉毛。心が刺さられそう。

 突然、彼女は止まった。止まった先には三つのビルがあった。

 「えっと、ここがA号館で、高校一年生達のクラスです。お勧めはA組のお化け屋敷です」

 「へぇ~」

 高い。

 「こちらはB号館で、私達二年生、あ、勿論高校ですね。お勧めはB組の占いです!」

 「へぇ~」

 高い

 「こちらこちら、C号館で、高校三年生達のクラスです。お勧めはC組のメイド喫茶ですよ!」

 「へぇ~」

 やはり高い!

 どういう事だ!なんでビルはこんなに高いだよ!エレベーターがないと乗れない位だぞこれ!

 「あの、質問していいですか?」

 「はい、全然いいですよ!」

 「ビル、高くないですか?」

 「高いですか?」

 「高いです!」

 当事者は自覚ないらしい。

 「申し訳ございません。多分毎日エレベーターで上下していますので、気づかなかったかも」

 エレベーターあるんかよ!

 富豪学校!

 「では、中へ参りましょう!」

 女子は理由なくどんどんやる気出たそうだ。

 私は漸漸と失っていくそうだ。世の不平を訴えたい。

 彼女は私を連れて兎に角三つのビルにて一回りをした。その途中でお勧めのお化け屋敷に入り、お勧めのメイド喫茶にもお邪魔して、果てに屋上まで足を運び、伝説?の、執信たこ焼きもいただいた。

 屋上から降りる時、丁度、占卜屋の勧誘に鉢合わせた。

 「よーし、次は占いですよ!」

 やばい!

 「これなら勘弁して欲しいです」

 「なんで占い屋に寄らないわけ!」

 なんか彼女はちょっと不満そうでやがて敬語も諦めた。

 「あ、それは勘弁して」

 私も疲れすぎて敬語はなしに決めた。

 「では、次へ参りましょう!」

 「はい?」

 どういう流れだこれ!?

 彼女の熱情から抜き出せない。仕様がない、後でモモに謝ろうか。

 「んで?次どこ?」

 素直に従い私は彼女に次の場所を訊ねた。

 「えっと、占い屋かな」

 「だから行かないって。なんでそんなに行かせる気?」

 「当然よ、わたしのクラスの出し物だからぜひ行って!」

 なるほど、クラスの出し物か、なら仕様がないな。

 「いやだ!」

 「なんでだ!」

 「当然外れだから行くまい!」

 「結構当たるから行け!」

 二人は通路に争い始めた。通り過ぎるつもりのお客様も声に惹かれてこっち向いている。

 「大体なんで占いをそこまで嫌いなんだよ!」

 言えない!絶対言えるもんか!黒歴史決定の過去は誰にもばらしたことないのに!

 「兎に角行かない!絶対!」

 「あらそう?」

 後ろから嫌みのある笑い声が聞こえる。時計の針が移動するように首を左に回し目尻で覗いたら、女子高生何人かそこに立っている。

 「おお!みんな!力貸して!」

 「はいよ!」

 ……

 約30分過ぎたと推測し、わたしは占卜屋からふらふら這い出た。予想通り、つまらない内容ばかりであった。にも拘わらず1000円もとるなんで。

 「詐欺だ!」

 「そういうな。大変がんばったから」

 彼女は左手で口を抑えて、右手は私の肩を叩いている。

 こいつ、もしかしたら私をからがっている?

 「では次参りましょう!」

 「はぁ……」

 長い戦いになりそうだ。

 つい一時間前は恥ずかしがり屋であったこの女、いきなりキャラチェンジしている。果てに敬語も使わなくなった。

古人曰く、女の心は秋の空、まさしくこういうこと。恐ろしい。

「ねぇ、次なに遊ぶ?」

「判断任せたぞ」と、無力に呟いた。

「では、次の占卜屋に行こう!」

「はぁ!?」

「先は個人用。今から行くのはペア用だよ!」

「ちょっと待って、それ個人用とか分別されているの?」

「占いをなめるな!なめたら罰当たる!」

いやいやいやいや、占いにそんな効果あるはずない、はず。

「任されたから指示に従いなさい!」

「はい……」

仮にもお客様だぞ。そんな言い草大丈夫?


「君は運命に出会った!」

「……」

今、恋愛用占卜屋にいる。

え、ペア用?あれはもう終わったよ。因みに三人用、仕事用、勉強用は全部済ませて、今は六軒目。

執信のやつらはどれだけ迷信を信じるかよ。

「彼女は黒ボブで、もしくは黒ロングで、もしくはポニーテールで、美人だ!」

「あ、はいはい」

「それになんと、彼女は幼馴染で、もしくは同級生で、もしくはそらからの飛んできた、美人だ!」

先から根も葉もないことばかり言っているなこいつ。

しかもあやふやすぎる出鱈目言っている。

「あのう、出ていいですか?」

「勿論、毎度、2000円!」

Are you kidding me?!

クラスから出て、女の子は待ち受けている。

「どう?凄いだろう!」

すました顔でとんでもないこと口にしている。

わたしは死んだ魚のような目で彼女を見詰める。

「すごすぎてなにも言えないだろう!」

わざとかこいつ?

「占いは良いから、何か他の出し物ない?」

「あ、あと少しミス執信だから、運動場に行こう?」

おお、美人だ!

「行く!」

エレベーターに乗り、彼女は一階のボタンをタッチして、ドアはそれを答えるように閉まり始めた。

「大体、えっと……」

「梅原でいいよ」

なるほど、まだ互いの名前知らないんだ。

「じゃ、梅原君。何故そこまで占い嫌いなの?」

「黒歴史あってさ」

「運命の相手なんとか言われて考えもせず女の子を口説くとか?」

「くわぁ……」

図星。

「あぁあ~やはり。男子は脳味噌が欠けるね。」

全日本男子に謝れ!

「真にうけてどうするだよ!」

先まで誰か絶対あたると宣言したっけ?

疲れ気味で反駁はやめた。

「悪かったな真にうけて……」

「あ、自己紹介はまだだね、わたし、執信学園高等部の二年B組の厳華だよ。」

「あ、はい、七瀬高校の」

「先言ってたから知ってる」

……最後まで言わせてください……

「一階です」

エレベーターのアナウンスから一階の提示音が聞こえる。

「いざ、参り!」

厳華さんはワクワクしている。

「のりのりだな君は」

「ミス執信は祭のメインイベントだから、盛り上がらきゃ!」

自分が参加もしていないのに、よくもこんなに活気なふりできるな。

ミス執信か、あいつ、モモ、出るかな。万が一美人の可能性だってある。出たらご容姿、一目拝見できるかな。

そういえば、モモは真名じゃないよな。出場しても点呼する時誰がモモなのか知る由もないか。

スマホを探り出して、ラインを開いてはモモのアイコンをクリックする。やはり未読のまま。祭のことで忙しい中かな。

「あんた、ミス執信に参加した?」と、発信したいところで、

「歩きスマホ禁止だぞ」

「あ、悪い」

仕方ない、とりあえず発信だけはしておこう。返事は後回し。

草場に着いたら、流石のメインイベントだ。望遠鏡まで持って来た人は大勢いる。

「はい注目!今年のミス執信ご来場いただき、誠にありがとうございます!」

司会の人は案の定盛り上がっている。

「早速ですが、今年の選手達を紹介させていただきます!」

参加者の執信学園生徒は六人いる。どれも麗しい女子高生であった。加えて水着履いている。鼻から血が出そう。

綺麗だが、どうも何か足りない。

「ねぇ、ねぇ、綺麗だろう!」

厳華さんは自慢そうに踊っている。

紛れもなくどれもスタイル上等、バランスの良い長い足、スリーサイズはこの目で測る結果としてモデルに近い。整えた顔に、すらすら腰まで伸ばしロングヘアは艶々であった。ハイヒールは彼女達を女神に仕上げた。

けれども、やはり。

「太ももと足触りたい……」

「は!?」

厳華さんは驚いたらしい。こっちを見て全身震えながらほおを紅潮させる。

どうやら自分で自分をフォローしないと。

「なんでもない。初恋の相手を思い出しただけ」

「言い訳下手くそ!明らかにセクハラだ今のは」

「お前の自意識過剰だ!」

わたしをこれ以上突っ込みたくないだろう。彼女は数秒もかかずハイテンション状態に戻った。

「いや~やはり執信学園の美人は最高だな」

「レズ?」

「違うし!美の溢れるものが好きだけ!」

「意味不明」

「わからせるつもりもないし」

「けぇ、おのれ」

「ちょっと、痴話げんかやめて」

どうやら他人の邪魔になったそうだ。

「飽きた。他のどこ行こう?」

「美人に興味ないだと?あんだゲイ?」

「違うし!」

「寛大なるわたしだから照れ隠ししなくてもいいのに」

涎見えそうだけど厳華さん?どういう事?

「と、兎に角、次行くぞ!」


 何だかんだで厳華さんに引きずられるように今日一日中執信全校ご覧になった。いやはや想像以上広かった。足はもうとっくに棒になった。

 運動場の真ん中に座って、夕日を見ている二人が居た。

 彼女は夕日を見詰めて、感謝した

 「今日は本当にありがとう」

 それを聞いてわたしは頭を右に回った。瞳に彼女の顔が焼き付けている。

 「え?」

 彼女の感謝に違和感をする。具体的に言うと今日感謝すべき人はわたしのはずだ。

 「実は今日ちょっと悲しいことがあった。そこでわたしは仕事を投げ出してどこかへ逃げたくなった。とてもとても悲しくて、泣きそうだった時あなたが声をかけてくれた」

 気付けばもう夕方。夕焼けに照らされている厳華さんの顔、本当に綺麗だ。けれども、痛い。

 「わたしはなにもしてなかったよ。只々道迷っただけ」

 「そうだよね、ハハハハハ」

 目尻に涙が掛けながらも、笑い出した。

 私は彼女の顔を見て、彼女はずっと太陽に向かっている。

 本当に綺麗だ。

 もし、モモもそんな顔していたら、わたしは、なんという幸せだろう。

 いや、彼女ガールフレンドでもないし、綺麗な顔しても私には関係ない。

 「そろそろ帰ろうか」

 「そうだね、夕暮れになったもの」

 わたしは草場から立ち上がり、尻の草を叩き落とし、そしたら厳華さんもまだ同じ行動を取った。

「今日はありがとう。色々案内してくれて」

「いいえ、こっちこそ我儘に付き合って」

 「ははは、そうでもないかも」

 それきり、空気はまだサイレントに戻った。

 次の話題を考えながら、ライン聞くべきかもついでに考えている。

 「浮氣兄ちゃん、帰るよ!」

 妹の呼び声に思考は中断した。

 「あら、家族連れ?」

 「うん、妹」

 「シスコン?」

 「違うし」

 軽く別れを告げて、わたしは妹と帰ることにした。

 電車中、さぞ疲れただろう。妹はわたしの太ももに爆睡している。

 ネイバーの三日月さんはどうしたと聞く術もなかったらしい。まぁ睡眠に入る前に掃除があるって伝えてくれたから後でもし両親に聞かれても言い訳になる。

 振り返り。今日は知ったばかりの厳華さんとずっと一緒だった。他人から見ればカップルに勘違いされても仕方ない。むしろ勘違いせよ。長年彼女なしのわたしにとっていい都合だ。そんな酷い考え方して、妹が起きているならなにをつっこむだろう。

 「兄ちゃんの浮氣もの、モモさんいるのに厳華さんまで落としたいなんで、最低、かな?」

 妹の真似をして、少しも暇つぶしにならない。

 窓の外に通り過ぎる樹と電柱は電車の速さを強調している。ガタガタと音を立てる軌道はその力を証明している。見慣れたと思う景色が今に新鮮だと視界に飛び込む。

 彼女は綺麗で、優しくて、しかしちょっと変質な美人だ。一緒に居るととても楽しかった。まるで、この一時のために生きてきたみたい。でも、それでも、二度と会うことはないだろう。連絡方法聞き損なったし、接点もまったくないし、モモのことも知らないし、なにより学校は違う。それでも今日の思い出は大切な宝物だと思う。

 ぼーとしているわたしは、思い出したようにゆっくりとスマホをポケットから探り出した。習慣的に、スライド、ライン、モモのアイコンの順番でスマホを弄る。

 「あんた、ミス執信に参加した?」既読

 「は?ないわそんなの」

 一時間前、丁度、厳華さんと別れた時返事したか。

 今日あいつも忙しかっただろう。

 「そっか。今日はお疲れ」既読

 「特に疲れてないけど」

 「つよがり」既読。

 「ないし」

 スマホを凝視して、暫く経ったらまだ打つ。

 「結局外国語部はどうした?なかったらしい」既読

 「わたしに気に食わない連中の仕業だ」

 「むかつく」

 「わたしは今日のためにどれだけ心血注いだか、あいつら知るか!」

 「わたし、楽しみにしてきたのに、なのに!なんであいつらの一言で中止なんだよ!」

 珍しく、彼女は愚痴っている。

 それは文字だから、気持ちは薄れているけど、確かに怒っている。そして、泣いている。

 「一体どうした」既読

 知りたい、何か私にできることがあれば。

 「まとめて言うと、今日の屋台が当てもないことに潰された」

 モモはいつもそう。肝心なところはいつも言ってくれない。

 助けたい、けど、詳しい内容知らないので、手を出すがない。

 「そんな……」既読

 なにもできない私はいつも通りにこれしか返せない。

 「でも、いいことはあったよ」

 「そう?」既読

 「今日ね、私が一番悲しい時、付き合ってくれた男子が居たよ」

 「マジか?」既読

 ちょっと、がっかりした。

 「いろいろ無理矢理でもちゃんと付き合ってくれた。いい人だった」

 「それはなにより」既読

 「ていうか、お前、今日一体どこ行ったの?」

 先まで悲しそうなのにいきなり私を責め始めた。

 「すっと見つからないから代わりを見つけてテートした」既読

 ちょっとデートという単語使ってみたかった単なる寂しいオタクの気持ちだ、気にしないで。

 「スタンプ(無言)」

 「スタンプ(怒り)」

 「浮氣ものめ」

 「浮氣かよ!?」既読

 実際、浮氣に似ているけど?妹が言うなら。

 「んで、そのいい人はどうした」既読

 「手でも繋いだ?」既読

 「わけないだろう」

 「いい人だけど顔は普通、身長も私と同じ位」

 「へぇ~」既読

 「七瀬の人だよ」

 「うゎ、誰だそのラッキーボイ!」既読

 畜生!わたしが今日一番会いたかったモモをぬけがけしてデートを果たした奴は誰だ!

 リピート、ちょっとデートという単語使ってみたかった単なる寂しいオタクの気持ちだ、気にしないで。

 「教えない~」

 「スタンプ(笑)」

 いや、そもそも彼女でもないのにそんなに気にしてもなんともならない。

 自己中心だ、これは。

 「スタンプ(怨み)」既読

 「楽しかった?うちの文化祭」

 「まぁ七瀬には及ばないだけど」既読

 「奈々祭?」

 「うん」既読

 「そこまで言うなら、わたし、行くよ」

 「マジか?」既読

 「マジ。それに今日結局会えなかったじゃない?」

 「九月七日、待てるね」既読

 「スタンプ(無言)」

 「どんだけ私と会いたいわけ?」

 「お前が来ると言ったのに?」既読

 「必ずとは言ってないし」

 「はぁ……」既読

 「まぁ来るならまだ連絡するよ」

 「はいはい」既読

 さすがに今日は疲れただろうモモは。家に帰っても彼女はメッセージを送ってくれなかった。




浮氣、『広辞苑』の解析は心がうわついていること。心が落ち着いておらず、変わりやすいこと。『大辞泉』には、他の異性に気がひかれ、関係をもつことという解析もあった。

どちらにせよ、今浮氣は主に恋愛の階段で他の人がすきになったことに使われている。

つまるところ、恋愛ではないなら、もし他人に惹かれたとしても、浮氣に数えない。

「でも兄ちゃん、他の異性に気がひかれ、関係をもつことという意味もあるよ。ほら、正に今のお兄ちゃん」

妹は辞書をパラパラとめぐってさり気なくつっこんでくる。

「でも実際惹かれてないし、関係も、モモは友人、厳華さんはただ学校を案内してくれた。それに、もうある機会ないし。とても健全的だと思うが」

「なるほど、遠距離恋愛の恋人と、その隙を突く泥棒猫か」

「おいなんでそうなる。お前はメロドラ見すぎだ。そもそもな、好きじゃないからね!」

「よくあるじゃないか。兄ちゃん大~すきなラノベで~突然現れた女子が~主人公と結ばれるエンドに向かうとか~」

「確かにそうだけど、ていうか結ばれないし」

「大体、なんでモモさんを探さずに厳華さんという方と遊びに行ったのよ」

「仕方ないだろう?ずっと未読のままでいたし、折角の学園祭をあのまま台無しにする訳もないし」

「だれかさんが、モモにあること今日の目的だと言ってたこの浮氣兄ちゃん」

「違うだ!なんであんなる!」

時は八月の末、夜は涼しくて月が綺麗。私は部屋にて学習している。妹も勉強している。しかし、やはり夏休みだからお互いに勉強する気はまったくない。従って雑談でも始まった。

「ところで兄ちゃん、あれ以来モモからの連絡ある?」

「ない」

「浮氣ばれたか?」

「いつものことだ。浮氣とか関係ない」

モモは自ら私とチャットすることは滅多にない。そういう時があったとしてもビジネス連絡のような内容だった。だから私から話をかけないとこのまま互いのことを忘れ去ってしまうだろう。

そんなのが嫌いだからしょっちゅうつまらないことであれ、面白いことであれ、悩み相談であれ、なんでもネタになって彼女のダイアログボックスをこじ開ける。

けれども、いつもうまく行っているわけでもない。アルバイト先で鬱陶しいことがあって相談に乗って欲しい時は何故か会話の途中で既読無視したり、大事な話をしている時前振りもなく他の話を割り込んだり、そんなところが本当にイライラする。

時折情熱なトークを見せてくれて、時折スタンプだけ返してくれて、不機嫌なのか楽しんでいるだろうか、わたしは迷惑だろうかそうではないか、スマホの向こうの彼女はどんな顔しているか、少なくともスマホを通してしか会話できない私には水平線のようだ。

不安、それはモモとチャットする時、喜び以外のもう一つの感情。

「そこまで言っても好きじゃないと徹底するお兄ちゃんも不思議だね」

「すきは神聖な言葉かつ気持ちだ、簡単に何でもかんでもすきにまとめるな。それに、ネットで盛り上がっても現実になったらまったく違うことだ」

私はそう反駁する。

証拠はこのわたしだ。ネットではスタンプか未読から既読までの間を使って返事内容を考えた上の内容を返事できる。要するに健啖家のふりを見せ付けられる。しかし現実ではその場の即時のリアクションが求められる。トーキングシミュレーションのできない状況だ。先週見たく厳華さんとの会話は何回も途切れたことがなによりも説得力がある。

「あれはなお兄ちゃん、二人があったばかりなので話題がないではないの?」

……そう言われてみれば確かにそうだけど。

「でも聞いたかぎりじゃ、二人は腹から違うタイプだよね。厳華さんはなんでも話せる姉ちゃんタイプで、一方、モモは我儘妹タイプ」

「話決めるのは早くない?一日の付き合い位で人の性格を決めつけることは感心しないな」

「冗談だよ冗談、本気になってどうする?」

こいつもだ、真面目な話をしたい時不意にも脱線な寒い冗談を挟み込む。

「兄ちゃん、死にたいのか?いや死にたいだろう」

「アイス買ってくるから許して下さい妹様」

「そうこうなくちゃ!でも、実際お兄ちゃんはどうだ」

「なにか?」

「モモと厳華さんと奈津香姉ちゃんのこと」

「……」

「人が修羅場にいるみたいの言い方やめて」

「実際修羅場だもの」

「大体誰も彼も私なんか好きじゃないし」

「ちぇっ、オタクのくせにイメージすらしないなんで生意気な!」

「全日本オタクに謝れ!って、あれ?」

妹を説教するや否や、スマホから新着の提示音が響いた。

まだ何かの広告だろうと期待抱えずに机の前まで足を運んだ。

「大沢先生いる?」

「いる!」既読

反応するように体が先に動いた。

「これだからツンデレが」と、妹が弱く呟いた。

それをスルーして、私は手をふるわせてスマホを見る。

奈々祭のことかな、あれ以来彼女からの連絡は一度もないし、わたしもアルバイトがあるので、モモと話す余裕もなかった。

「ごめん、やはり奈々祭行けなくなった!」

「あ、そういうことか。気にしない気にしない。そもそもその甲斐もないから」既読

予め言いたいことは知っているにもかかわらず、知らなかったふりをする。これは会話時間をのばす方法の一つとわたしは信じている。

「スタンプ(グッド)」既読

「と、さり気なく相手を慰めるお兄ちゃんだが、本当は失望してる~」

妹が後ろからスマホをごっそり覗き見している。

「それは、まぁ会えなくて少しは残念だけど」

素直に嘆息した。

「そんな兄ちゃんを慰めることが妹の役目だからね!アイス今日あわし奢ってあ・げ・る」

「キモイ!」

その後、妹がアイスを買って行く間、私はいつも通りにモモとアニメのことについて白熱している。

「奈々祭は行かないけど、どんな感じ」

「どうしたいきなり」既読

アニメの話の途中、モモは前振りもなく俄かに私に聞く。

「気になる」

「この前シンシン祭は奈々祭に劣るなんで戯言こと言ってたし」

「いやあれは勢いで」既読。

「実際は幻滅するほどくそゲーだ」既読

「スタンプ(ビックリ)」

「だから、むしろこれなくなってよかったと思っていいよ」既読

「お気の毒に」

「スタンプ(号哭)」既読

 「スタンプ(慰め)」

 「スタンプ(どうでもいいや)」既読

 そろそろ、此度の会話は終わる頃だな。

 一旦、スタンプの投げ合いが始まったら、このトークはもうエンドになる。

 わたしは特に話したいことはもうないので、再開するつもりはない。

 だけど、そっちはそうでもないようだ。

 わたしはスマホをデスクの上に置くや否や、彼女からメッセージが送ってきた。

 開いて見れば、二枚の服の写真が送ってきた。

 「どっちがいい?」

 「なんだ?」既読

 唐突に話しを切り出して、いきなり人に服を選べと命令する奴が居た。いや、いつものことなので、慣れている。しかしモモがわたしに服を選ばせることは初めてだ。これはどうしよう。もちろん、女性から服のアドバイスを求められたことはあるが、妹なので、あれこれとテキトーに指差しただけ。いざ本気に選ばなければならない場合、ファッションと接点のないわたしは誠にどうしようもない。

 そもそも、これは何のための服なの?まさか

 「丁度セールがあってね。どれにしようか迷ってる」

 ……なるほど。

 「なるほど」既読

 「ちょっと待ってね」既読

 送ってきた最初の写真をタッチし、拡大して見る。これはピンクのワンピースだ。そう、ピンクのワンピースだ。ピンクだけど、ピンクだけど……

 その時、わたしは気付いた。どうやらわたしの目に、服はその色以外の絵柄やデザインが映らない。これはまずい、深刻に切ない。いままでわたしはどうやって服を買っていたんだろう。それは後ほどに検討して、今もっともの問題は、色しか認識できないわたしは、はたして正確にモモに打ってつけの服を拾い出せるか。このギャンブルに我々の友誼が掛かっている。

 不安を抱きながら、続いて二枚目をタッチし拡大して見る。

 「よかった!」

なんと、二枚目の写真に撮られた服は白だった。これで色しか判別できないわたしでもきちんと選べられる……はず!

正直わたしは白もピンクも好きなので、2つから一個選ぶなんできわめて難しい。しかし、ここで主観の意見は必要ない。客観的に相手の性格、習慣、趣味を分析し、彼女が好みそうなやつをつきつける。

ならば今の問題は、モモはどんな人?

オタクで、健啖で、面白い人だ。ちょっと相手に失礼かもしれないほど簡単すぎる結論だけど、それでも、口数の少ないイン・リアルのわたしにとって大変よくできたつもりだ。

というわけで、そんなモモだから、きっと白が一番だ。

「白の方!」既読

「スタンプ(疑問)」

「マジ?」

「嘘はつかないわたしだからね」既読

「スタンプ(なによこの人)」

「どうして?」

「白の方は綺麗だと思う」既読

「適当だね」

「これでも真剣に考えたの」既読

「スタンプ(グッド)」既読

「でも、ピンク衣装の葉の絵柄は気に入った」

「そうなの?」既読

「うむ。でも、白のワンピース一着ほしいな」

「困るな」

「やはりこの世に生きたければ金が必要なの……」

「随分、リアルで、シリアスな見解だね」既読

「金は大事だよ金は」

この意見にだけ、わたしは反対するつもりはない。世の中金がなければできないことは山ほどある。俗だけど、凡人たるわたしに商品を買えない高尚は要らない。

「まぁ、そうだけど」既読

「ありがとうね、アドバイスくれて」

「後で一人考える」

「いえいえ、お役に立てばなりより」既読

「もう寝るよ、おやすみ~」

「おやすみ」既読

それにしても、夏休みにしては早いな、寝るのは。

「ただいま!」

芳子はノックもせずぱっと部屋のドアを蹴っ飛ばす。わたしの部屋だからといって、少し優しく開けてほしいな。

「遅いな」

「まだ15分も経ってないのに?」

「あれ?そうなの」

時計を見て確認したらやはり、14分位しか経ってなかった。なるほど、これが伝説の「長かったようで短かった」なのか?実感した。

「なんのことだ?モモ?」

「そのあたり」

「なになに!聞かせてよ!」

「教えない。お休み」

「お兄ちゃんのけち!というか今日寝るのが早くない?」

「たまには早寝でもしないと」

「そう?じゃお休みね」

芳子は買ってきたアイスを舐めまわしながら「お休み」を言った後、すぐスマホを弄り始めた。なにをしているだろう。すでにベッドについているわたしとはまったく関係のないことだ。



 9月、秋が深く。

 前振りもなく、奈々祭がやってきた。

 ここでの「前振りもなく」は文字通りに理解して欲しい。奈々祭の開催時間はいつもギリギリまで告知されて、宣伝時間も、勧誘活動の準備もできなかった。それどころか、開催時間の知らせはいつも夏休み期間出されるために、出し物の準備時間すらなかった。もっとも、夏休み誰も彼も学校に来られるわけがないから、奈々祭に伝統的なクラス出し物がない。

 こうなったら奈々祭に来て何か見えるというの?私はクラスに出し物がないと言っていたが、サークルや生徒会にないとは言っていない。

そう。七瀬高校に出し物が許されたのは生徒会とサークルだけだと頭に刻んでおきたい。私達と違って彼らは四月の頃にとっくに開催時間を知っていた。故に舞台劇だの、手品だの、ダンスだの、どれもこれもパーフェクトに校外の客に展示できる。数多の生徒が七瀬高校を希望にした理由もサークルや部活が楽しいというこれこの一つだけの理由だ。

私達にとって前振りもなくかもしれないが、サークルや部活をやっている人になるとこれはあまりにも長い前振りだった。

なら私達はどうすれば学園祭を楽しめる?いい質問だ。

七瀬高校のカップル率は何故か高い。基本、十人の中にカップルは四つある。十のカップルに校内組(相手は七瀬高校)は七つ、校外組(相手は他の学校)は三つ。結論から言えば奈々祭イコール七瀬高校カップルデート祭だ。むしろクラスの出し物はデートの邪魔になる。

では、恋人のいない人は?

「ゲーム機禁止だから角にでもひっこんでろ」

と、妹が補足説明してくれた。

「こういう時だけおまえが羨ましいな」

ちなみにわたしの妹に彼氏がいる。だから私とは異なり奈々祭を期待している。

「厳華さんとか奈津香姉ちゃんとか呼んだら?」

「気軽に女の子を呼ぶものか!第一、」

「好きでもないのに、はいはい」

最後まで言わせて!

「おのれ、全てはこの満員電車のせいだ!なんで今日手をつないでやつがこんなにいるんだ!ただの奈々祭のくせに!」

「楽しみだな~今日ひろき君は10時位来るよ~」

私の言うことをさっぱり無視して妹が突然のようにふわっとしている。

「紹介すべきじゃなかった」

「もう兄ちゃんったら、適当に奈津香姉ちゃん誘ったらいいのに~」

「あいつ誘う意欲はまずない。知ってるくせに」

「あ~ひろき君にあいたい~」

無視X2。

「どうしようお兄ちゃん~今日化粧ばっちり?服よごれてない?あ~もう~」

のろけ話X3。

早くこいつから離れたい……

でも、七瀬までまだ長い距離がある。

時間に換算すれば後20分。

そんなに長かったっけ?

暇つぶしにスマホゲームをはじめた。

今に若者たちの間で流行っているゲームといえば『運命よ、走れ!』かな。課金しなくてもクリアできるゲームだけど、エロイイラスト絵、強いキャラクター、この二つの理由だけでも課金を促す。加えてこのゲームの基となるギャルゲームは人気作品だから、プレイヤーに叩かれながらも課金ヒートは収まらない。

さてと、今日の日課をクリアしようか。

「酷い、可愛い妹が隣にいるのにゲームするなんで」

うるさい。

「おまえが惚気話でもしなければ話す気はあるか」

「なによ!お兄ちゃんが女の子を誘う度胸がないことを私のせいにするの?」

「度胸もなにも、好きじゃない人を誘うつもりはない」

「この前厳華さんとわいわいデートしてたくせに」

「あれがデートなら毎日妹と登校下校する私は日々妹とデートしてることになるじゃん」

「まさか~私はひろきくんに一筋だよ~あ~ひろきくん~早く会いたい~」

のろけ話X4。

妹と分かり合うのをやめた。

もういい、ゲームに戻る。

「酷い!可愛い妹が隣にいるのに!」

「あーもーしつこい!」

こうして、電車が到着するまで、妹の我儘に疲れるほどいじめられていた。

魂が抜けているように電車から逃げ出して、人混みに混ざる。

妹はひろきを迎えにいくので別の出口に行った。

都合のよいことだ。これ以上のラブストーリーは聞きたくない。

七瀬高校はすぐ駅前だから、どう分流すればいいことに警備員さんは一時的に大変困っていた。

特に学園祭はいまでもリタイアしたい位人が多い。

今日も警備員さん達が絶望感まみれの顔している。

今度ジュースでも奢るか……

いつもは正門から入るだが、学園祭の時に限って往来するカップルを避けたいので後門に回す見立て。

そう、今日も、そうだったはずなのにな。

「居た居た!梅原君!」

聞き覚えのある声に惹かれて、私は立ち留まった。

「厳華さん?」

おもいもつかぬ相手が正門の隣に立っている。

今日の彼女は私服で来ている。

ピンク色をベースにしたワンピース。その美しさを点綴する緑葉は薄くて、所々絵描かれている。ワンピースから両肩が露出して、肌理は顔と裏腹に白い。ワンピースの裾からぼんやり見えるふくらはぎは白い、これは白いストッキングに履いただろう。風に吹かれて一寸翻って、しかし膝の所に止み、まるで見せるようと誘いながらも見せない。その一瞬、白かったストッキングが実は肉色だとわかって、太ったはずのふくらはぎは今や太ももとのバランスがよく、線を引いている。純白のミュールの故に足が目に入る。白々しい足に長く細い足指、麗しい足だ。

下から目を上まで戻すと、やはり今日もボブ髪だ。眼鏡は外している。さてはコンタクトだろう。前回と違って今日は化粧している。眼をアイラインで鈎勒こうろくし、その上目尻を伸ばす。アイシャドウは目の輪郭を深め、より立体的に見える。まつ毛が上がっていて、まるで花を咲かせたように、目を大きくする。ピンク色になりかわった唇からめをそらせない。キラキラしていて、口付けの衝突を促す。

「久しぶりだね」と、相手から挨拶された。

「あ、久しぶり!」見惚れになったわたしも急いで挨拶をする。

「早速だが、案内してくれない?」

前振りもなくいきなり案内を頼んだ彼女は凄い。

というか、厚かましい……

でもわたしはそれを許したうえで、ガイドを受け取った。

そもそもどうして彼女は奈々祭に来るわけ?決して名高い学校の学園祭でもないのに。いや、学園祭自体なら有名だけど。

しかも先の反応からすれば、明らかにわたしを待ち伏せていたはず。もしかしてわざわざ私を会いに来た?

遂に私の春が来たわけ?!

「いや待ち受けてよかったよ!七瀬に知り合いがいないからな~」

「それはそれは、大変だね」

……来るわけがない。

それくらいは予想できたつもりだが、やはり妄想位はする思春期の男だもの。

容易く女性に惹かれて、性格よりもまず外貌に注目する。ちょっと位の親しい行動ですぐ妄想に走る。自分さえも情けないと自覚している。

しかし、やはり厳華さんは綺麗な方だ。例えガールフレンドじゃなくても、ただ隣に一緒に歩くことで満足する位だ。

「そんで、来てくれてありがたいけど、どうして奈々祭なんかに来たの?」

「実は七瀬の外国語部との親睦会があってね。それのついでに奈々祭でお楽しもうと」

「なるほど」

それきり、空気が再び静まりに沈む。

 美しすぎて話すらまとまらないわけではない。私はもとからリアルであまり健啖な人ではないから。まして厳華さんとの仲は一日のガイド位だ。加えて相手は女子、話題の選択にも苦労する。全てではないが、男子とのコミュニケーションに使っていいネタは女子においてはいけなくなる。

 なにか話せることないかな。

天気とかの話はいいから、もっと、女の子を喜ばせるようなテーマを。

相手も同じこと考えているだろう。ずっと黙ったまま、目はまっすぐ前方に向かう。

ちょっと気まずくなった。

「奈々祭の魅力は?」

気まずくなってきた空気を緩めたいだろう。厳華さんは問い掛けてきた。

「あ、そうだね。演劇部の『シンデレラ』かな、今年は」

私も、問題を解くような言い方で、それを答える。

「ふぅ~梅原君のクラスは?どんな出し物」

「いや、奈々祭にクラス出し物はないんだ」

「ないんだ、残念」

厳華さんは「残念」を区切りにして、それ以上のことは言わない。

 段々気まずさに超え、空気が死んだようになっていく。

 「そういえば、厳華さん、この前のお礼として七瀬を案内しようか」

 「えっと、一応本来そういうつもりだが?」

 「そ、そうだね」

 ダメだ。話題が見つからない。

 どうしたらいいだ?

 「じゃ、とりあえず校舎を紹介しよう!」

 結局校舎紹介から始まった。

 「いいよ!」

 と言っても、学校のことにあまり詳しくないので、紹介しようとしても欠ける所が沢山あると予想がつく。

 「じゃ、あのビルは?いつ建ったの?」

 厳華さんはわたしの左斜めのビルを指している。その方向に従って私は見慣れている「心斎舎」を見つけた。

 やばい!見慣れているつもりだが、いざその歴史の話になると私は何も知らない。学校のことに一切興味がない私にとって最大の難問だ。

 「えっと、1886年だ!」

 知っている振りでもしなければ厳華さんを前に頭が上がらない。

 何せよ相手はあの執信学園の生徒だ。求めている答えに応じなければ見下されるかもしれない。

 「そっ?」と、軽くいい加減な言葉遣いで返事した。

 どうやら興味なさそうのようだ。

 「あれは?」

 再び指先にある建物に頭を回すと、そこには毎日上下している二年生校舎であった。

 「私達二年生の校舎だね。いつ建てたか本当に知らないけど」

 今度は素直に知らないと答えたら、

 「自分の校舎なのに知らないんだ」

 と、非難するような口振りだった。しかし感情は含まれている。どうやら素直に答える方が正解?

 「あ、喉乾いた。なんか飲もう?飲食店ある?」

 「あるけど、料理部の」

 まだ二軒の建物しか紹介してないのにもう別の場所に行きたくなった。やはりあれは興味本位じゃなくてただ空気を緩めたい?

 料理部の屋台は体育館の中にある。料理部は毎年ここをレストランにする。出し物はただの序に、本当はこの奈々祭を活かして、新部員の訓練と、新メニューの味試しと、何より金が稼げる。お客様側にも便利だろう。外に出ずに食事、しかも結構安い。味はその、生徒は所詮プロじゃないから、保証はできないが、せめて不味くないはずだ。

 入って適当に座ってレシピはすぐテーブルに貼ってある。ちょっと覗いてみたら、いやはや怪しい名前ばかりだ。

 「貴校の料理部……本当に大丈夫?」

 厳華さんは口を大きく穴をしている。瞼を軽く閉じて、三日月のような彎曲。

 「大丈夫!今まで一人も病院に運ばれることがなかったから!」

 「でもこれ、野菜炒めオレンジジュースとはどういうこと!」

 「オレンジジュースを油の代わりに野菜を炒めるってこと?」

 「怖い!」

 ご飯作らない人間である故、オレンジジュースで野菜を炒められるかどうかは知らないが、そもそも料理において日本人は奇妙な意味で創造力豊かなわけだから、もしかしたらそれもありじゃないか?

 ここはあえて、これを注文しよう。

 「勇者だ!」

 厳華さんは頭を横に振りながら驚く表情を浮かべてメニューを見続ける。やはり変な名前ばかりなのでそれにしようか迷っている。

 「決めた」

 「そう?」

 「普通の奴らがないから、普通に見える奴にしようか」

 「例えば」

 「チキンストライク」

 「はぁ?」

 なんだそれ?

 「ストライクだから、チキン盛りかな」

 「どうかな」

 「これ以上まともな奴ないからこれにする」

 と言って、厳華さんはベルを鳴らした。

 来てくれたのは「マユキ」という名前の店員さんだ。

 「すみません、オレンジジュース炒め野菜一つと、チキンストライク一つと、ゴーストフレッシュ一つと、コーラを一つお願いします」

 「かしこまりました。オレンジジュース炒め野菜一つと、チキンストライク一つと、ゴーストフレッシュ一つと、コーラを一つですね、少々お待ちください!」

 ノートをスカートのポケットにいれて、店員さんは去った。

 さて、何を話せばよいか。

 案の定、ここは趣味の話だよね。

 「厳華さんは週末なにしてる」

 「勉強」

 「週末なのに?」

 「そうでもしないと毎月曜日の小テストに対応できない」

 「そっか、それは辛いな、夏休みは」

 「映画、ショッピング、宿題三昧」

 「そう」

 話は全く捗らない。

 私がふった話題がつまらなすぎなのか、それとも相手はそんなにノリノリではなかったか、それを私は知る由もない。

 ただ、先から厳華さんはスマホを弄りながら私と会話していた。

 「そうそう!これみた?」

 スマホのスクリーンを私に向けて、どうやら来週からとあるショッピングモールのセールらしい。

 「いつもここでショッピングしてる?」

 「まぁね、ここの服綺麗だよ!」

 「へぇ~」

 「この服もさぁ、ここで買ったんだ!」

 「成程!綺麗な服だね」

 「だろう!特にこの店、私の一押しだよな~」

 「本当だ!可愛い!」

 「今週の日曜日行くつもりだよ」

 「ほ?」

 「折角のセールだ、買わなくちゃ損だ」

 「ハハハそれはごもっとも」

 表、私はそちらのセリフに合わせて最適な反応をして機嫌を取る。

 裏、私は心に段々と拡がっていく退屈をできる限り抑える。

 私の趣味知らないから、とりあえず自分の趣味で語るだろう厳華さん。

 しかしいきなりオタク趣味ばらしても得がない。何より相手が話の途中だ、割り込みはよくない。相手がとまるまで待とう。

 「そういえば、梅原君は大学希望?」

 どうやら私の退屈に気づいたように、厳華さんはフラットに話題を変わった。

 未来の話と言った万能話題はいくらなんでも話せるだろう。

 「そう。一応東工大」

 「理系?」

 「そっちも?」

 「いや、文系」

 「やはり東大志望だよね」

 「もちあげすぎ!私は阪大でいいよ」

 「東京離れても結構?」

 「新幹線二時間だしいいよ!」

 「東京離れていやだね、わたしは」

 「ノスタルジア」

 「違うし」

 厳華さんは興味が湧いたようにスマホをテーブルに伏せた。手は相変わらずスマホを握っている。

 「なに勉強したい?」

と、今度から問いかけた。

 「経済かな、金好きだし」

 「金好きだ!」

 「変じゃないと思うが、金がないと生活できない、世はそう構成されたもの」

 「意外と、厳華さんは現実主義者だね」

 「人はだれも金欠になったらリアリストになるもの」

 「金欠してる?」

 「そうでもない」

 「そうでもない?」

 では、どうして金欠になったらリアリストになるとまとめる。

 と、そう聞きたい時。

 彼女のスマホが振動した。それを応じるように厳華さんは伏せた手をねじりスクリーンを自分にむけるようにする。

 「彼氏?」

 試しに、厳華さんに訊ねてみた。

 「わたしにはそんなものがいらない。部活のことだ」

 「いらないんだ……」

 執信の男子諸君に気の毒だと思う。厳華さんも立派な美人だから、そんな美人が彼氏いらないと宣言したうえ、余程心を打たせる男子でなければ目にも入らないだろう。

 「梅原君は?」

 「はい?」

 「ガールフレンドでもいる?」

 「縁のないものだ」

 「お気の毒。好きな人は?」

 「いる。いやいないか、わからない」

 「なにそれ」

 「気持ちがはっきりできないもの」

 この言葉を口にした時、厳華さんはなにも言わずただ私を睨み付ける。その目が語っていることを言語に通訳すれば多分、『こいつなんなの』かな。こういう返す言葉もない時こそ、リアルの世界でスタンプが使えないことが悲しい。

 なにか、今の気まずさを分散できるものはないかな。

 「お待たせしました!オレンジジュース炒め野菜一つと、チキンストライク一つと、ゴーストフレッシュ一つと、コーラを一つです。ごゆっくりどうぞ!」

 困っている最中、先の店員さんがメシを持ってくれた。厳華さんもわたしから視線を逸らして、これから口に入る謎の食べ物に注目する。

 よし、これをきっかけに気を取り直そう。

 そして私も先注文していた食べ物に視線を寄せる。

 「これは……」

 「本当にオレンジジュース炒めだ……」

 緑のはずの野菜の上、明らかにオレンジジュースのような液体がかけられている。名状し難い匂いがぶんぶんする。

 「チキンストライクは?」

 勿論チキンがある。問題は。

 「わさびに、唐辛子……」

 そう、ぼんやりみえるチキンの中身に大量なわさびと唐辛子が詰まっているそうだ。赤と緑のコンボ、まさに舌にストライクの一撃だ。

 厳華さんは手を震えながらフォークを握っている。

 「後は、ゴーストフレッシュ……」

 「なんだ、ただのステーキライスじゃん」

 名前に食材のネームすらなかったこれが、まさかの一番普通とは予想外だった。

 「ステーキライスとゴーストに関係でもある?」

 「さぁ~」と、厳華さんは軽く肩をすくめた。続いてスマホを横に立たせて、そうだと何かたりないと気づいたように鞄からヘッドホンを引っ張り出してはスマホに繋ぐ。そしてまだ何かを思い出すようにわたしに向いて微笑む。

 「ごめん、食事の時何か見ないと食べらんないから、いい?」

 「あ、好きにどうぞ!」

 流石にやめさせたいけど、そんなこと言っていい仲でもないから。それに、もしこれはわたしと話せずに済むための言い訳であれば、わざわざ恥晒しに止めてあげるわけにはいかない。

 故にここは彼女の我儘につきあうしかない。

 しかし本当にこんな類の人がいるものか?例えコミュニケーションしたくなくても、表向きの社交辞令位はすべきだろう?私でさえ不謹慎と思う位だ。もし他人に当たれば厳華さんはどんな目にあうか。いや、私は実際気にしないが、何せ恋人でもない、好きでもない相手だ。ただ綺麗な同級生位の認識で私はなんとも文句を言うまい。でも、こういう知り合い二人が一緒に食事をする時、もっと言葉をかわすべきじゃないか。まして仲の浅い二人であれば、こういう機会をいかして仲を深めるじゃないか?そもそも最近の人はなぜ友達と出掛けるのに食事の時いつもスマホみているか?私の友達だけはそうなのか?それでも全国の人はみんなどうであるか?もしわたしだけであればそれがわたしはコミュ症だからとても申し訳ない且仕方がないと思うが、全国でもそうであればスマホの発明は間違っているじゃないか?どちらにせよ知り合いと食事すれば一杯お喋りしてどうでもいい話を繰り返すことこそが「一緒にランチ」であろう?いや、でももし相手にその気がなかったらこれはただの自惚れだ。まして厳華さんは女の子だ。女の子はしつこい男が嫌いだと佳子が言っていた。だからここはあえてせめないほうがベストだと判断する。

 「見て梅原君!これ!」

 厳華さんは嬉しそうにスマホを私の方に回す。液晶に映るのは猫のビデオだ。

 「おお!」

 「私、猫に弱いだよな~見かけなり触りたくなる~」

 「猫好きだよね」

 「うむ!うちも飼ってるよ!みたい?」

 「みたい!」

 そしたら厳華さんは熟練にスマホを操作して、アルバムを開いては猫のファイルにタッチする。それを応じるように画面が真っ白になり、暫く経ったら猫の写真ばからが画面を充満している。

 「可愛いだろう~」

 「触りたいな」

 厳華さんは嬉しい。指の動きが止まらずスライドしている。

 「かわいいっしょ~」

 「うむ!可愛いよ!」

 が、その嬉しさをどううけとめるか困る私がいる。

 機嫌取るにも、機械のように『そう!』、『めっちゃ!』、『すごい!』といったテンプレにのっている返事方で言葉を返すしかない。

 いや、そもそも、最近の交流もこんなものだろう?一人が、『これやばくない?』、そんでもって、もう一人が『マジやばい!』とかで答える。

 そんなことを考えているとき、いつの間にか厳華はまだ黙った。四月に咲く桜のように、沈黙から健啖そして沈黙に戻る。

 本当に彼女はどういうこと?

 先の言動から、興味を持てないわけでも、私と話したくないわけでもないはずだ。それなのにずっとスマホを弄って、挙句の果てに食事中ビデオも流して、飽きていると思ったらいきなり話かけられて……まだ私の考え過ぎかもしれないか。多分彼女はただの人知らず?もしくは本当に私と話したくないだが、先は猫への愛をアピールしたいため仕方なく私と話した?それともようやく気まずそうな空気に意識して、なんでもいいからとにかくこの空気をぶっ壊す?

 ダメだ!頭が燃えそう。間もなく煙が出そうだ。

 「はぁ…」つい、ため息をついた。

 「どうした?」

ため息に気付く彼女は、ビデオを止めて、私に視線を注ぐ。

「決まってる。これ、とても人間の食べ物じゃないんだ」

素直に『お前の心がわからない』と伝えるわけにはいかないから、言い訳をでっち上げた。

「そんなに不味いとは思わないが…」

「ネーミングセンスだよネーミングセンス、なんだよこの『ゴーストフレッシュ』、ステーキライスに文句でもあるんか」

「そういうならこの『チキンストライク』はまさかの辛いチキンとは想像も追えなかったよ」

 「せめてチキンはちゃんと入ってる」

 「そうでないと詐欺だ」

 「ゴースト入ってないし?」

 「牛のゴーストでも思えば?」

 「お前天才だな!成程!」

 「ハハハハハ、そうなるとなんか怖い」

 「怖くない!ゴーストだろうとなんだろうと、食い物になった以上わたしは恐れない!」

「余計に怖くなった!」

 「なんで!」

 「罰あたるよ」

 「大丈夫!生きてきたこの人生に罰受けない日はない!」

 「あんたはなの人生送ってきたの?」

 「普通の人生!」

 「怖い」

 「どこだ?」

「いろんなとこ」

そうやって、わたしのウソの一つで、会話は再開された。とてもつまらなくて、わけわからない内容ばかりだけど、厳華さんは楽しそうに見える。少なくとも、食事が終わるまで、ビデオは再開されなかった。

 やはり、話したいだよね、厳華さんは。

 一時間ばかりの時間を経っていただろう。スマホの画面を見て、来る時は丁度11時、今はすっかり12時になった。

 「そんじゃ、校内回そうか」

 と、スマホの画面をロックして、私は厳華さんに向けて勧めた。

 「ええ、勿論」

 厳華さんも席から立ち上がって、スマホを鞄に入れる。

 「どっから回る?」

 「いいえ、もう目的地決まってるし」

 「どこ?」

 そういえば、確かに今日厳華が来たのは。

 「七瀬外国語部。案内してくれる?」

 「任せて」

 七瀬の外語部はどこにあるか、私は知らない。知るわけもない。この部は七瀬の不思議の一つ。専用の部室がない、部員数不明、活動時間不明、活動内容も不明。その存在の真偽すら不思議になっている。学園祭の時にどこで、いつ、なにをしているか、この謎解けも奈々祭の余興の一つだ。

「よくもそんな変な部と連絡取れるね、厳華さんは」

「そっちからの誘いだ、後は簡単だろう」

「へぇ~」

 自ら執信の外国語部メンバーを誘うなんで、案外この部のメンバーは凄い?

 でも今はそんなことを考える場合ではない。

 今重要なことは二つある

セカンド、この部を見つけ出す。

ファースト、この『へぇ~』の次はどうすればいい?!

このままだと会話は途切れる。なんとか続かせないと。

「どんな誘い方?」

とりあえず、これを決めた。

「直球だな。まさか執信まで来てとは」

「そこまで執信を尊敬してるんだ」

「まぁね」

「どんな人だった?」

「誰?」

「厳華さん達を誘った人。いい人?」

「まぁいい人だね」

なんか、まだ始まったばかりなのに、もう持ち堪えそうもない。

難しい。厳華さんの反応がどこまでも軽薄だ。そんなでは私も流石に話す気がなくなる。

やはり私と話したくないだろう。そうでもないとこんなに無愛想のわけが……

「そうだ!梅原君!ただ探すでも退屈だし。寄り道でシンデレラでも観に行こう!紹介見たよ!七瀬の演劇部は凄いって!」

……忽ちテンション上がらないで下さい。心臓に悪いだろう。

ていうか違う!先までの軽薄はどこいった!

「おお!私も期待しているよ!なにを隠そう、私、シンデレラ大好きだ!」

「マジ!キモイ!」

「はい?!」

キモイと言われた。

「ハハハハハ、なに冗談だよ!私も好きよ!」

「そっちも?」

「女の子は誰でも王子様に出会いたいものだ。」

「硝子靴可哀そうだけど」

「なんで」

「主役なのにな」

「硝子が?」

「彼がいないと、王子はシンデレラを探す手掛かりすらなかっただろう?」

「なるほど、ドラマによくある友人役ね」

 「友人も可哀そうだからやめて……」

 「ハハハハハ!」

 どうやら彼女は話したくないわけじゃない。ただ、私が語ろうとする物語がつまらない。私の物語より、彼女は自分の物語を好む。だから盛り上がる。

 つまり、私はいつのまに彼女の奴隷になった。

 行動が封じられ、ただ命令に従う忠犬。

 主人が骨を投げ出し、持って来てと言われた。私はこれを聞き、考えもせずに骨を追っていった。行ったが、骨を持ち帰る道筋に自分の行動に疑う。これは私が本当にしたいことなのか。

 答えはイェスだ。自分さえもあり得ないと思う。飼われることに興奮する。命令に従うことに陶酔する。ああ、私はダメだ。こんなに引っ張られて、しかもそれを嫌と思わないほど、喜んでいる。

 つまりなにか言いたい?つまり、

 「厳華さんは女王タイプだね」

 「はぁ!?」

 厳華さんは吃驚した。私のそばから3ミリばから離れて胸を抱きしめた。目は大きく見張っている。

 「な、いきなりなにをいってるの!」

 やばい、口滑った。

 ……とても思った?

 違う、わざっとだ。

 どうやら厳華さんはサプライズに弱い。前振りもないことがあったら慌てふためく。

 ふふ、おもいもつかないだろう。犬が反抗するなんで。

 絶対!滑ったわけじゃないから!

 「驚かせてごめん!」

 「驚かせないで、弱いから、バカ……」

 厳華さんはほおを紅潮させて、顔は筋向うにある花に向けている。まるで西施のように手を胸に当たっていて、苦しそうに見えるが、赤くなった頬は元から綺麗な顔を飾る。弱そうな構えで本来高身長のはずの厳華さんはこのひと時に稚くみえる。

 「女王タイプと言われたら、嫌?」

 「いや、ただ、その……うむ、嫌だ」

 「ごめん!」

 なにか言いたいがそれを止めた厳華さんが居た。

 「どこでやるの、演劇」

 体勢を整えて、厳華さん再び歩き出した。その隣についている私はパンフレットを開いてパラパラとめぐる

 「今年も体育2号館、あれ?」

 「どうしたの?」

 「変なこと。外国語部は今年ちゃんと場所伝えている」

 珍しいことに、外国語部は自ら自分の居場所を公開するなんで、悪い予感しかしない。

 「どこどこ?」

 厳華さんは顔をパンフレットの前に突き込んで、ぼんやりだが、少し背筋が見える。

「体育2館の隣にある、草場?のようだが、今いく?」

「うむ、いこう!」

 厳華さんはやはり嬉しそうだ。線になった目がまつ毛の長さを強調する。心を照らす太陽の様な笑顔で何度見ても飽きられない。

 やはり、彼女は綺麗だ。

 「『シンデレラ』は夜にでもあるし、まぁ行こう」

 そんでもって、私達の行く先は体育2号館からその隣の草場に変更した。

 でも体育2号館に着くまで厳華さん只々携帯を弄っていた。時に笑ったり、時にポーカーフェイスしたり、しかし一度も話しかけられなかった。私も、ようやく疲れたわけでもないが、只々話題を探すのを諦めた。何故かな、多分疲れただろう。

 相手が話したくないか、それでもこちらの話題が無聊と思っているか、私は知りたい。

 知りたいが、知るはずもない。人心は複雑な仕掛けで構成されている。わかったつもりだが、本当はわかっていないかもしれない出来事も沢山ある。

 それを理解して、私は考えをやめた。やめたつもりだけど、やはり厳華さんの気持ち知りたくて、知らずにはいられない。どうしてだろう。

 モモも同じだ。彼女はいつもなにをして返事を遅れたか、なにを考えているか、もっとも、どんな表情をして私とチャットしているか、そのもやもやはどうしても晴らしたい。

 つまりなにを言いたい、つまり私は、

 「女の子の内心を知りたいな……」

 「はぁ!?」

 ……滑ったわけじゃないからね!

 今度は目尻でこっちを睨んでいる。目は前回と同じ丸くなって、しかし今度はなにか汚いものでも見ていた様な目付きだ。

 「いや、メール友の話だ」

 「興味ある」

 「はい?!」

 興味あった!?

 「いや、あったことないから一度会ってみたいだな~って」

 「へぇ~あってどうするつもり」

 「『久方ぶり』とか?」

 「ダサい!」

 「なんで?」

 「毎日チャットしてる?」

 「ほぼ毎日」

 「なら、『やっと、会えた』の方がいいじゃん?」

 「そうなの?」

 「そうなの!」

 先まで黙っていた厳華さんはいきなり先生となり、私に人との接する方を教えはじめた。

 「いいか、梅原君。『久しぶり』はね、長く会えなかった二人が使う挨拶言葉だよ!あんたはそのメール友とほぼ毎日チャットしてるならもう普通に『おはよう』とか、『やほ!』とかでいいよ!」

 「そっ、そう?」

 「後ね、相手が女の子だろう。気軽く呼び出すじゃないわよ!?」

 「呼んだことも出させたこともないけど……」

 「女の子にもね、淑やかでありたい子が沢山いるよ!」

 「だから……」

 「いや、違う!その子もしかしたら彼氏いるかも!だったら尚更ダメだ!」

 「おっしゃった通り!」

 「まったくお……梅原君は、だから彼女いないだ」

 「やめて!」

 そもそもなんでわかった!

 「これだから最近の男子はダメだ。うちの蒼井君がやはり最高!」

 「うちの?」

 いや、だって、彼氏つくる気ないじゃないか?

 なのに……

 「すぐそこ?はいアウト!」

 「ええええ……」

 この女は煩いな、先までのように黙ってくれない?

 「さっさと外国語部を探さないと……確かにこの近くの草場……」

 「そもそも知り合ってからもはや二年経ったのに一度もあったことないなんでおかしいよ!」

 おい、さき気軽に呼び出さないとわたしを叩いたやつは誰だ!

 「男だろう?勇気を出して誘え!」

 おい!!先!気軽に!呼び出さない!とわたしを!叩いた!やつ!は誰だ!

 「外国語部あったよ!」それ以上のことを言わせないために私は大声で叫んだ。

 彼女もそれ聞いて、説教することを止めた。



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