事故からのデート
放課後、俺は来栖さんと初めてデートに行くことになった。
腕を組みながら校門を出て、来栖さんは食べたいケーキの話をしている。
そんな俺達に後ろからある人が呼びかけてきたんだ。
「高瀬君待って!」
「あれ? 飯野さん?」
「委員長?」
飯野さんが手に小さな手帳を持ちながら俺の名前を呼んでいる。
一体どうしたんだろう?
「高瀬君、生徒手帳落としたよ!」
「へ? あれ? 本当だ」
胸ポケットにいれていたはずの生徒手帳がなくなっていた。
どうやら飯野さんが拾ってくれて、慌てて届けに来てくれたらしい。
「彼氏君はおっちょこちょいだねー」
「うーん、おかしいなぁ。体育で着替えた時に落としたのかな」
まぁ、見つかったならいっか。
「ごめん。来栖さん、ちょっと貰いに行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい。私はここで待ってるから」
飯野さんを走らせるのも悪くて、俺は来栖さんに断りを入れてから飯野さんの方に向かって小走りを始めた。
そして、飯野さんに近づくと、飯野さんはパアっと顔を明るくして――。
「良かった。気付いてくれて――きゃっ!?」
「あっ!? 危ない!?」
飯野さんが躓いて俺に向かって倒れてきた。
あまりにも突然で、俺は飯野さんを受け止めようとしたけど、耐えきれずにそのまま後ろに倒れて尻餅をついた――だけじゃ済まなかった。
飯野さんの顔が目の前にあって、唇同士が触れている。
え? これ、キスしちゃってる!?
「ちょっと二人とも大丈夫!? あっ」
しかも、来栖さんに見られた!?
「あいたた。ごめんね高瀬君。来栖さんも心配してくれてありがとう」
でも、あれ? 飯野さんは何事も無かったかのように起き上がったぞ。
「委員長もこけることあるんだね?」
「私だって人間だよ。躓いちゃうことくらいあるよ。確かに……高校生にもなって躓くのは恥ずかしいけど」
うん? あれ? こけたことを恥ずかしがっているだけで、キスのことについては全く触れていない?
おかしいな。キスしちゃったのは俺の勘違いだったかな。
「ほら、ユウも立てる?」
「ありがとう来栖さん」
来栖さんが差し伸べてくれた手を握り、俺も起き上がる。
「飯野さんもごめんね。ちゃんと受け止められなくて」
「ううん、おかげで痛くなかったから。私の方こそ上に乗っちゃってごめんね? 重くなかった?」
うーん、何か違うところに当たったのを勘違いしただけか。
うん、もしそうなら俺が恥ずかしい勘違いをしただけで済むから良いかな。
「ううん、重くなんて無かったよ」
「ねぇ、ユウ、そろそろいいでしょ?」
あ、来栖さんが袖を引っ張って、耳元でそんなことを言う。
そうだった。俺は今から来栖さんとデートに行く約束をしているんだ。
あんまり長い間飯野さんとお喋りする訳にもいかないよな。
「ごめん飯野さん。ちょっとこの後用事があるから、また明日。生徒手帳ありがとう」
「うん、また明日。高瀬君、来栖さん」
ぶつかってこけたのはついてなかったけど、ちょっとラッキーだったかも。
そんなことを思いながら、飯野さんが俺達の横を通り過ぎるのを見ていると――。
「初めて……あげちゃった……」
そんな爆弾発言を残して飯野さんは去って行った。
って、えええ!? 俺が初めてを貰っちゃった!? やっぱりさっき触れていたのはキッス!?
「それじゃあ、いこっか」
「あ、うん」
でも、来栖さんは何事も無かったかのように、手を組んでくれた――訳もなく、何か腕が引っ張られているというか、若干痛いような気がする。
事故とは言え……うん、やっちゃったもんなぁ。
そんな後ろめたさで俺は何も言えず、来栖さんの方もケーキ屋までずっと黙っていた。
○
うーん、空気が重い!
あんなに楽しみにしていたデートがまさか事故一つでこんなことになるなんて。
来栖さんもさっきから何も言わないし、からかわれもしない。
いや、からかわれるのはそんなに好きじゃないけど、なければないで来栖さんが心配というか。
「ねぇ、ユウ」
「は、はいっ!?」
声が裏返った!? 格好わるっ!
「ぷっ、あはは。どんなけ緊張してんのさ? デート嫌だった?」
「嫌じゃないよ! すっごい楽しみにしてた」
「そかそっかー、私とのデートそんなに楽しみだったの? 実は昨日の夜も緊張して眠れなかったとか?」
「あはは……実はちょっと寝付けなかった」
「あはは。そかそっかー。それじゃあ、おあずけしちゃかわいそうだし、早速入ろっか」
あれ? ちょっと機嫌が直った?
何でかは分からないけど、ちょっとホッとしたよ。
黙ってばっかりの来栖さんは、ちょっとらしくないからさ。
そうして店の中に入ると、ショーケースの中には色とりどりのケーキやタルトが並んでいて、ついつい目移りしてしまう。
なるほど。確かに初めて来たらどれにしようかすっごく悩みそう。
「ここのオススメはゆずのレアチーズケーキだよ。ちょーオススメだって」
「へぇー。それじゃあ、それにするよ」
泰斗さんの苦労に感謝しつつ、来栖さんの選んでくれたケーキを注文し、店の奥の席につく。
そして、机を挟んで向かい合うように座るかと思いきや、来栖さんはわざわざ俺の横に座った。
ちょっと狭くなるのにわざわざそうしたのは――。
「ほら、一緒に写真撮ろうよ。スマホ貸して?」
「へ? 俺と一緒に?」
「そうそう。ケーキも一緒にね」
確かに思い出になるし、何より来栖さんの写真を合法的に持ち歩くことが出来るのは魅力的だった。
という訳で俺はカメラを初めて自撮りモードにして来栖さんに渡す。
「うんうん、良い写真が撮れたよ。大切にしてね?」
なんてこった。来栖さんのカメラ写りの角度がばっちりすぎて変な笑いが出そうになった。
ガラケー使いの来栖さんは自撮りなんてする機会がほとんどないはずだ。
きっと泰斗さんのスマホを借りて、めっちゃ練習したんだろうなぁ。
そんなことを思いながら写真を見つめていると、ふいに目の前に白い塊が現れた。
「写真の私に見とれすぎだし。はい、あーん?」
さすがにデートの最中にいたずらはしないよな?
さすがの来栖さんでも……まさかな?
「あ、あーん」
あ、普通に食べさせてくれた。
ほどよい甘さにさっぱりした酸味と香りが突き抜ける。あぁ、すごく美味しい。
それに女の子から食べさせて貰うのもあって、すごくドキドキする。
「はい。今度は私にして?」
来栖さんはそういって俺の口からフォークを抜いて、手渡してきた。
これを使ってね? そう言っているみたいな目だ。
って、これは間接キスしてっていうこと……で良いんだよな?
くそう! からかわれなかったと思ったら、二段構えだったなんて……。
でも、ここで緊張したらからかわれる!
緊張するな。頑張れ俺!
「あーん、ほら早くー?」
もう既に口をあけて待っている来栖さんに、震える手を押さえながら来栖さんの分のケーキを運ぶ。
ふぅ、こぼさずうまく出来たぞ!
「んっー! うまぁ! 幸せー」
来栖さんが本当に幸せそうな声を出して、嬉しそうな顔でもじもじしている。
さっきの不機嫌が嘘みたいだよ。本当に良かった。
「ねぇ、ユウ」
「うん?」
「さっき、委員長とキスしたの?」
「っ!? げほ! げほっ!?」
むせた。思いっきりむせた。驚き過ぎて息ができない!
いきなりぶっこんできたなぁ!? これも油断したタイミングを狙ってやったのか!?
「……したの?」
とても不安そうな顔でそんなことを聞いてくる。
あぁ、やっぱり見られていたし、気にしていたんだ。
でも、ずっとそれを聞いてこなくて、黙ったまま我慢してたんだ。
ここできっと嘘をついたら、来栖さんは悲しむかもしれないなぁ。
何たって、こんな俺のために一生懸命デートを考えてくれるほどマジメなんだから。
スーパービッチギャル子さんなんて言われているけど、そんなことない女の子だから。
「……うん。ごめん」
「そっかー。残念! キス童貞貰い損ねちゃったかー」
「その言い方は止めて!?」
せめて、ファーストキスって言って欲しいな!
「でも、ぶつかった拍子の事故だから……」
そんな言い訳が通る訳でもないだろうけど、俺からしたんじゃないってことは言っておかないと。
「事故かぁ。ねぇ、ユウは委員長と仲良かったっけ?」
「えっと、そうでもないよ。最近、何か応援してくれるけど」
「へぇ、そっか。なら、いっかなぁ。キス童貞は諦める」
「だからファーストキスって言って!?」
それにしても、考えてみれば、ぶつかってキスしちゃうなんてラブコメみたいなことが起きるなんてすごい確率だよな。
運が良いのか悪いのか、複雑な気分だよ。
今の来栖さんの様子を見ていると、ちょっと申し訳なく感じる。
なんて思った俺が浅はかだったんだろう。
「ねぇ、ユウ。ここの席って他の場所からは見えないんだよ?」
「え?」
確かに店の中には背を向けているし、仕切りのおかげで人の目は遮られている。
ある意味密室みたいな場所で――つまり、何だ?
「……キスしてほしいな?」
「っ!?」
「キス童貞は委員長に盗られちゃったけど、ユウからするファーストキスはまだでしょ?」
来栖さんは全然めげてなかった。
タダでは転ばないというか、何というか、ここでちゃんとファーストキスって言う当たり本当にずるい。
しかも、来栖さんは唇を指さしながら、いつもの悪戯っぽい笑みをうかべてニマニマしている。
「ほら、ここだよ? 誰も見てないよ?」
あぁ、もう! からかう気満々じゃないか!
「来栖さん……するからね? 避けないでよ?」
「いいよ? きて」
顔をゆっくり近づけていくと、来栖さんの顔が良く見えた。
まつげ長い、目が綺麗、良い匂いする、あ、やばい。超恥ずかしい。
目を開けていると恥ずかしさで逃げ出しそうだったから、俺は目を瞑った。
その瞬間、くすっと来栖さんの笑う息づかいが聞こえて、唇が触れあった。
思ったよりも早いタイミングで触れたから、最後の最後で、多分来栖さんの方からくっつけてきてくれたんだ。
数秒間の触れ合いで俺は唇を離し、目を開ける。
すると、目の前には真っ赤な顔で照れる来栖さんが――いる訳もなく。
「最後の最後に目つむっちゃったね。Pure Boy?」
悪戯が決まって最高に楽しそうな顔でニマニマ笑う来栖さんがいた。
しかも、ムダに発音が良いっていうおまけつき!
「うっ、次は頑張ります……」
「へぇ? またユウからキスしてくれるんだ?」
しかも、次もするという言質を取られた。
本当に来栖さんには敵わないや。
「うん、しても良いって言ってくれたら」
「楽しみにしてるね。じゃあ、ついでにこっちの童貞も先に貰っておくね」
「へ? っ!?」
舌が入ってきた!?
油断していたら来栖さんがいきなり唇を重ねてきて、舌を入れられた。
すごく不器用に俺の中を確かめるように触れてくる。
な、何が一体どうなってるの!?
「大人のキスは私の方が委員長より先にしたからね」
あぁ、来栖さんは本当にタダでは終わらせてくれない。
キスも俺の扱いも本当に悪戯心に満ちている。
「く、来栖さん……今のは……!?」
「えへへ、なんたって、スーパービッチギャル子さんなんて言われてるからさ。キスならこれくらい余裕よ?」
言ってることもメチャクチャだったよ!?
でも、うん、あれ? スーパービッチギャル子さんって自分で言うなんて珍しいな。
そもそも、従兄弟のお兄さんと付き合ってる振りをして、そんなことを言われるようになったと思ったんだけど。
「あ、あのさ、ユウ、さすがにつっこみを入れてくれないと、ちょっと恥ずいんですけどー」
「来栖さんって意外と純情だよね?」
「~~っ!? そんなことないし? ほら、ケーキはやく食べちゃおう? 次に寄る場所もあるんだし!」
そして、意外と照れ屋さんなのかもしれないと思った。