彼氏の正体は……
いや、本当に何が起きているんだろう。
「ふふ、何か探偵ごっこみたいでワクワクするね」
「いやいや、だからってなんでこんなことを……」
「だって、来栖さんのこと知りたいんでしょ? 協力してあげるよ。友達として」
今、俺と飯野さんは来栖さんの後をつけている。
悪いことだとは知りつつも、俺はどうしても知りたかった。
来栖さんは俺と別れた後、駅前に向かっていた。
時計は五時を回っていて、帰宅ラッシュが始まっているのか、かなりの人でごった返している。
おかげで来栖さんは俺達の尾行に気付いていないようで、駅前広場で一番目立つ時計台の下に立っていた。
「誰か待ってるみたいだね?」
「……みたいだな」
一体誰を待っているんだろう。来栖さんはガラケーをジッと見つめながら一歩も動かない。
俺達もジッと隠れること十分程度、来栖さんは携帯から目を話した。
そして、そこに現れたのは――。
「わりぃな京。待たせた?」
とても爽やかな高身長の黒髪イケメンだった。
モデルやっていますと言われたら、だろうね! てやけくそ気味に答えるレベルのお兄さんだ。
同じ人間とは思えない格差を感じるよ。
「おっそーい。二十分遅刻だぞ?」
「悪い悪い。ちょっと部活の連中に捕まっててさ。そう怒らないでよ」
しかも、来栖さんとめっちゃ仲が良さそう。
うわっ、普通に来栖さんの頭を撫でてあやしてるし!? これがイケメン無罪というやつか!?
「あの人だよ。噂の早応大学テニス部の彼氏って」
「早応大学ってトップ私立大学だよな……」
それでイケメンで運動も出来るって盛りすぎじゃないかなぁ……。
いや、それくらい盛ってようやく来栖さんの彼氏たり得るのか?
「すごいよね来栖さん。あんな人に告白されるなんて」
「そうだな」
俺じゃあ、あの彼氏には敵いそうにないなぁ。
っと、あれ? どっか行くみたいだ。
「高瀬君、追いかける?」
「……そうだね。追いかけよう」
出来れば追いかけたくない。けど、まだあの人が彼氏だって信じたくなくて、俺は来栖さんを追いかけることにした。
そうして、2人の後をついていくと、美味しいと有名なケーキのお店に入っていった。
店の名前はピエール。
その店の名前を俺は知っている。
というのも、来栖さんに今度一緒にそこへ行こうって誘われたんだ。
でも、お店の中にいる来栖さんの隣は俺じゃなくて爽やかなお兄さん。
しかも、来栖さんはとても楽しそうな表情で、お兄さんの肩を叩いたり、ケーキを楽しそうに指さしたりして、とても仲良さそうにしている。
「高瀬君はあそこまでされてないよね?」
飯野さんが俺の袖をひっぱって、申し訳無さそうにそう言った。
「……そうだね」
俺があそこにいたとしたら、来栖さんにからかわれてニマニマされてケラケラ笑われて、あんな恋人っぽい感じは出せない。
先を越されて悔しいってのもあるけど、負けを認めざるをえないというか、運動会にオリンピック選手が敵として出てきたくらいの差を感じる。
「ごめんね。こんな辛い物見せちゃって」
「ううん、俺も来栖さんのこと知りたかったから、飯野さんは気にしないで」
「一緒に帰る?」
「ごめん。一人にしてもらっていいかな?」
「うん、辛かったら一人で抱え込まないで、私に相談してね?」
「ありがとう」
飯野さんはそう言うと二、三度振り返って人混みの中へ消えていった。
俺のこれから晒す情けない姿を見られたら、きっと同情されてしまうだろうから、すぐに見えなくなったのは助かった。
俺はあの人が誰なのか聞きたい。
俺は……来栖さんのあの言葉が本当であって欲しいと思っている。
でも、簡単に足を踏み出せなくて、ずっとただ二人を見ていた。
そうして、何分かたつと店の中から二人がケーキの入った箱を片手に出てきた。
声をかけるなら今しかない。でも、何て言えば良いのか分からない。
ただ、勝手に手が伸びた。それがいけなかった。
「やぁ、僕達に何か用かな? ずっとこっち見てたよね?」
俺に気付いたお兄さんが来栖さんを置いて、一人で俺の方にやってきた。
「い、いや、そのクラスメイトに似ている人がいたから驚いて」
「あぁ、京のこと? 同じ高校の制服だよね?」
……呼び捨てだと!?
ということはやっぱり――。
「僕の彼女に何か用?」
僕の彼女――。
あぁ、やっぱりそうだ。あなたが来栖さんの彼氏。
「……俺と違ってお似合いだと思います」
「んー? もしかして、君も京に告白しにきたの?」
「あー、えっと、そういうんじゃなくて……」
あぁ、もう、俺は何が言いたい!?
俺は来栖さんに何が聞きたい!?
「そのお兄さんみたいに素敵な人がいるのに、なんで俺も来栖さんに付き合ってって言われたのか知りたくて」
「へ? 君、京に告白されたの?」
「あっ!?」
しまった!?
彼氏にこんなことを言ったら、絶対に来栖さんが怒られる。いや、怒られるで済むならまだ良い。嫌われたり、酷い目に会わされたりするかもしれない。
俺のせいでそんなことになるのは――嫌だ。
「ち、違います。来栖さんに冗談でからかわれて、俺が勝手に本気にしちゃっただけで。別に来栖さんと付き合ってるとかそういうのじゃなくて」
「落ち着いて。君の名前、もしかして高瀬祐作君だったりする?」
「あ、あれ? 何で俺の名前を知ってるんですか?」
「ぷっ、あはは。確かにすっごい普通な子だ。へーそっかー。君かー」
へ? 何か急に笑われた。
けど、からかわれているより、何かずっと探していた物が見つかって嬉しいみたいな笑い方をしている。
「君が彼氏なんだ」
「へ? あれ? お兄さんが彼氏なんじゃ……」
「来栖泰斗が僕の名前って言ったら分かるかな?」
来栖? あれ? 来栖さんと同じ名字? え? もしかして、二人の関係は――。
「お兄さんですか!?」
「惜しい! お父さんでした!」
「若っ!? 20代にしか見えないですよ!?」
「あはは、本当に京に聞いた通り、素直な男の子だ。京にからかわれているのが目に浮かぶよ」
あれ? もしかして、からかわれた?
この笑い方、来栖さんにそっくりなんだけど!?
「僕は京の従兄弟のお兄さんだよ」
「あっ、確かに惜しい」
「だから、安心して。僕は京の彼氏じゃないよ」
あれ? 何かすごいホッとした。
うん、さっきまで勇気が出なかった自分を笑いたいくらいだ。
すぐに聞いてしまえば良かったんだ。
「っと、そろそろ戻らないと京が不安になるか。僕はそろそろ戻るけど、高瀬君は来ない方が良いかな」
「え? 何でですか?」
「だって、デートは新鮮な方が楽しいでしょ? それに京も気付かれたくないから内緒にしていたみたいだしさ」
「へ?」
「はは、だって、京のやつ、最近ずっと僕に、君と行くデートコースの下見させているんだからさ。それなのに今ネタばらししちゃったら京がかわいそうでしょ?」
俺は顔からポンっていう音が出て、火でも出るかと思った。
え? 俺とのデートの下見? なんで!?
「純情だよねぇ? 初めての彼氏との初デートは絶対に楽しい思い出にしたいからってすごい気合い入れてるんだからさ。今日だって男の子が好きそうなケーキを教えて欲しいって理由で来たんだぜ? ケーキを三つも食わされて、家でも確かめるために持ち帰りまでさせられたんだぞ?」
泰斗さんがくすくす笑いながら、手に持ったケーキをさしてそんなことを言う。
初めての彼氏? 俺が?
それじゃあ、やっぱりあの時の告白は――。
あぁ、ダメだ。頭が沸騰しかけて、思考がまとまらない。
でも、ここでしないといけないことは決まっている。一人で帰らないと。
「か、帰ります……。えっと、来栖さんによろしくお伝え下さい」
「んー? 僕も来栖だよ? 僕によろしく言われても困るなぁ?」
あぁっ! もう! 従兄弟とはいえ、さすが来栖さんのお兄さん!
「……京さんによろしくお伝え下さい」
「うん。京はすっごい誤解を受けているけど、君がいればきっと大丈夫。こっちこそ京を頼むよ。高瀬君」
「は、はい。それじゃあ、失礼します」
うわあああああ!?
うわあああああああああああ!?
京って言っちゃった!?
恥ずかしい!? 背中が超かゆい!?
でも、頬が緩んだままツリかけている!?
でも、でも!
あぁ、明日、来栖さんに会えるのが、とっても楽しみになってしまった!
全力ダッシュしてるのに、めっちゃくちゃ身体が軽い。
多分周りから見たらかなり気持ち悪い状態だったけど、そんなことは全然気にならなかった。