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委員長の真意

 夕日も沈み、空は茜色から薄暗い藍色に染まる。

 学園祭の準備に精を出していた生徒も部活動に打ち込んでいる生徒も、それぞれ帰路につきだす。

 そんな中、教室に京はまだいた。


「よし、片付け終わり。疲れたー……」

 俺が色ペンや工作道具の片付けをしている最中、京は教室の隅に寄せられた小道具の確認を終わらせて、机にだらしなく上半身を投げ出していた。

 その様子に一緒に作業していた飯野さんがため息をつく。


「おつかれさま。と言いたい所だけど、先生に終わった報告があるわよ?」

「うげっ……。もう一歩も動きたくないんだけど……」

「そう言うと思ったわ。代わりに行ってあげるから帰る準備でもしたら?」

「ふぁーい……。さんきゅ委員長」


 色々あるけど、やっぱり何だかんだで仲が良いんだよな。

 それじゃあ、俺も帰る準備を終わらせて帰ろうかな。

 ――なんて思っていたら、飯野さんに袖を引っ張られた。


「んで、高瀬君は私と一緒に職員室に来る」

「え? 何で?」


 何か不味いことをしてしまっただろうか。

 心当たりが何もないんだけどな。

 って、いつの間にか背中を押されている!?


「パンダはパンダだからかわいいのよ」

「へ? ちょっ、飯野さん!?」

「高瀬君を借りている間に、パンダの絵は消しておきなさいよ?」


 パンダ? 何のことだろう? 何を言っているのかよく分からないまま、教室の外に追い出される。

 すると、教室の中から京の叫び声が聞こえた。


「うわっ!? 黒!?」


 黒? 何が?

 気になって振り向いても、既に教室の中は見えない。


「ねぇ、飯野さん。京、何かあったのかな?」

「黒インクが腕についていたのよ。今頃、顔に移ってびっくりしてるんじゃないかしら?」

「ああ、なるほど。それでパンダとか言っていた訳だね」


 頬から目元にかけて黒いインクがついてしまったのだろう。

 それで見た目がパンダみたいになっていて、パンダの絵を消せっていうのは汚れを洗って落としてこいっていう意味だったんだ。


「ん? それで何で俺が職員室にいかないといけないの?」

「女の子が好きな男の子に汚れた顔を見られて、喜ぶと思う?」

「あっ!」

「鈍感なのか、おおらかなのか、どっちなのかしらね?」


 ようやく飯野さんの意図に気がついた俺に、飯野さんは呆れて笑っている。

 どうやら飯野さんなりに、京へ気を遣ってくれたらしい。

 そういうことなら、確かに教室から早く離れた方が良いだろう。

 ということで、俺は飯野さんと並んで、薄暗い廊下を二人きりで歩いていた。

 あれ? でも、俺に気付かれないように気遣いしたのなら、ネタばらししたらダメじゃないか?


「俺にネタばれ言っても良かったの?」

「うん、だって、それを知っても、高瀬君は別に来栖さんのことを嫌いになんてならないでしょ?」

「うん、がんばったんだなぁって思うくらいだよ」


 余裕があったらちょっとからかうかもしれないけど、嫌うことはないだろうし、汚いなんて思わない。


「高瀬君のそういう所、すごいって思うわ。普通、そんな自然に言えないと思う」


 飯野さんはそういうと、ふと足を止めた。

 それに釣られて、俺も一歩先を行って足を止めて振り返る。


「ねぇ、高瀬君。何も聞かないの? というか怒ってないの?」

「何が?」


 呼び出された理由は分かったし、何か特別聞かないといけないことってなかったはずだ。

 それに怒るようなこともされていない。

 敢えて言うなら、昼間に及川さんと一緒に買い出しに行かされた理由が、俺にセンスがないから、っていう扱いをされたことだけど、そんなことで怒る気にもなれない。

 なにせ、本当に及川さんが俺と段違いのセンスを見せたおかげで、とても良い小道具が揃ったんだからさ! 俺ただの荷物持ちだったよ!


「……勝手に高瀬君と来栖さんをベストカップルコンテストに応募したこと」

「あ、そっち!?」

「いや、そんなに驚かれると逆に何を聞くつもりだったの?」

「俺のセンスを信用できないって言ったこと、気にしてるのかなって……」

「……ごめん」

「今の間はなに!?」


 顔まで反らされたよ!?

 俺、そんな残念なセンスの服装とか持ち物してるかな!?


「ふっ、ふふ」

「鼻で笑われるレベルのセンス!?」

「あー、ごめんごめん。そうじゃないのよ。色々なことを考えて、用意していた自分がバカみたいで」


 どういうことだろう?

 いまいち飯野さんの言っていることが分からなくて、俺はただ困ったように首を傾けるしか出来なかった。

 なにせ、ベストカップルコンテストに勝手に応募されたことも、怒るようなことでもなかったんだ。


「ベストカップルコンテストに勝手に応募して、二人に嫌がらせしたみたいになったのにさ。嫌われなかったかなって」

「あはは……。びっくりはしたけどね」


 それ以上に驚いたのは、京を実行委員に立候補させたことだったけどね。

 俺が苦笑いしていると、飯野さんは短く息を吐いて、表情を整える。どうやら、真面目な話しみたいだ。


「来栖さんがいないから言うけど、ちょっとした罪滅ぼしをしたくて」

「罪滅ぼし?」

「私のせいで来栖さんがビッチ扱いされたから、高瀬君と一緒にコンテストに出して、ちゃんとビッチじゃないよって知って貰おうと思って」

「もしかして、実行委員を勧めたのも?」

「うん、もちろん、能力があるって知った上だけどね。あの子の誤解を解くにはちょうど良いかなって」

「なるほど。道理でなんからしくないことをするなあって思っていたけど、そういうことなら納得だよ」


 何だかんだで京と飯野さんは仲が良い。

 でも、飯野さんは京に対して消せない負い目がある。

 飯野さんが言ったことだから何かあるんだよ、って京が言っていたのは、このことだったんだろうな。


「やっぱり、まだあのこと気にしてるの?」

「……まぁね」


 気にするな。とはとても言えない。

 だって、その気持ちは京と飯野さんの間の物なんだから、俺が勝手に割って入って決めて良い物じゃ無い。

 んで、巻き込まれた俺は、あの件のことをどう思っているかというと、俺の事を思い出させるのは色々とまずいというか、かなり気まずいことがあるから気にして欲しくないのが正直なところだ。


 何せ俺のファーストキスを奪われたんだから。

 いきなりの出来事でびっくりしたけど、初めて感じた女子の唇の柔らかい感触はちゃんと脳裏に焼き付いている。


「高瀬君は気にしてないの?」

「えっと、うん、その……俺は嫌がらせを受けた訳じゃないから」

「そっか。あれ、本当に私のファーストキスだったから、高瀬君が悪く思ってないって知れて良かったわ」

「っ!?」


 ちょうど思い出していた所に、当の本人がぶっこんできた。

 あのキスは京をはめるための演技だったはずで、好きでも無かった俺にキスをしたはずなんだ。それなのに、何でそんなに大事な思い出を語るみたいに嬉しそうなんだ!?


「ねぇ、高瀬君」

「な、な、なんでしょう?」


 その柔らかな表情はなんなんだ?

 確かに今はあの時と違って、友達にはなったと思う。

 京を接点にして、お昼ご飯を一緒に食べたり、からかわれたりもするだけじゃなく、一対一でもこうやって話せる程度に仲良くなっている。

 でも、この表情は俺を騙していた時にも見たこと無かったし、友達になってからも見たことの無い表情だ。

 そう言えば、及川さんが飯野さんの俺に対する評価を言っていたっけ?

 見た目は特別格好良くもないし、頭もそこそこだし、性格も真面目で地味、ってそうじゃないだろう!? そんな奴に向ける顔じゃないだろう!?


「来栖さんとベストカップル賞とってね?」

「え? う、うん?」

「告白するとでも思った? 残念、応援です」

「ありがとう?」


 ホッとしたと言うか、拍子抜けというか、さっきの雰囲気には似合わない応援の言葉で、俺はうまく応じることが出来なかった。

 でも、嘘は言っていない気がする。

 多分、嘘だったら、もっとわざとらしいことや、思わせぶりなことを言っていた。

 だから、この違和感はきっとまだ飯野さんに言えてないことがあるからかもしれない。

 一体何を言いたかったんだろう?


「面倒くささの塊だった私が言うのも何だけど、女心って複雑だから。例えば、来栖さんの顔の汚れに気付かないようじゃ、この先危ないかもよ?」

「うぐっ……気をつけます」

「ホント素直だよね。来栖さんじゃなくてもからかいたくなる訳よ」


 飯野さんが呆れたように笑って、廊下を歩き出す。

 その後を一歩遅れて、俺も慌てて付いていく。


「ねぇ飯野さん……。やっぱり俺ってからかいがいがあるの?」

「そうねー。今からかったばかりの私が言うのも何だけど、からかいがいあるわよ?」

「そっか――。って、さっきのアドバイスからかいだったの!?」

「うん。女心が複雑だっていうのは本当だけどね」


 飯野さんはノビをしながらあっさりネタばらしをする。


「なんたって、学年首位の成績を取る女の私でも分からない事って多いんだから」

「そう言われると、一気に難易度が上がった気がするよ」


 果たして俺に女心を理解出来る日は来るのだろうか。

 そんな俺の心配を他所に、飯野さんは前へと早足で進む。

 そのせいで、俺は彼女が職員室の前でぽつりと呟いた言葉を聞きそびれた。


「……今度こそこの気持ちが消えると良いな」

「飯野さん、今何か言った?」

「独り言。ここで無理矢理聞き出そうとすると、女子力検定で赤点よ」

「……何も聞こえませんでした」

「はぁー、ホント来栖さんが羨ましいわ」


 苦笑いしながらため息をついた飯野さんに、俺はこれ以上独り言の内容について何も言うことが出来なかった。

 何か言ったらからかわれそうだってのもあったけど、それ以上に飯野さんの調子がおかしい気がするんだ。


「あ、あのさ、飯野さん、何かあったら相談に乗るから。遠慮無く言ってね?」

「……そうね。その時は遠慮無くワガママ言わせて貰うわ」


 呆れたような視線を向けられる若干の間があったけど、飯野さんの声にトゲは無い。

 何となくだけど、多分喜んでくれたのかな?


「帰り、三人で一緒に帰ってもいいかしら?」


 そう言ってくれたくらいなんだから。


「そして、高瀬君のセンスについて意見を出し合いましょう」

「俺だけ何の罰ゲーム!?」


 うん、いきなりこうなるんだから、本当に女心は分からないなぁ!?

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