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及川さんと二人きり

 文化祭の出し物が決まってから何か凄く忙しい。

 文化祭まで一ヶ月しか準備期間が無いから仕方ないんだけど、物品の準備とか、衣装の準備とか、レシピの準備とか、こんなにも雑用があるのかと驚かされる。

 それを京はあれやこれやと指示を出して、あちこち飛び跳ねる勢いで回っていた。


 かくいう俺はというと、買い出しとか、荷物運びとかそういったので使われている。

 それで今日はテーブルクロスとか、紙皿とかを買いに街へ行くことになったんだけど。


「最近この辺の道もようやく覚えたんですよ? あそこを曲がると本屋さんがありますよね?」


 何故か一緒に及川さんがついてきた。

 もちろん、勝手にという訳でなく、飯野さんと京に早く街の道を覚えたいし、ついていく許可を貰っていた。

 俺は一瞬、え? って思ったけど、意外なことに二人はまったく驚きもしなかったし、否定もしなかった。

 むしろ、良いアイデアだと言わんばかりに押し出したくらいだ。


 なんでも、ユウに任せるよりお嬢様の及川さんの方がセンスありそうだから。

 とのことだ。


 ぐうの音も出ないほど否定できねえなっ!

 という訳で、俺は今、及川さんと一緒にショッピングモールを目指して歩いている。

 話しなんて全く合うわけが無いなんて思っていたのだけど、意外と話すことが出来て驚いた。


「ふふ、みんなが仕事してる中、二人きりで抜け出すと、何か悪いことしているみたいでドキドキしますね」

「これも仕事だからね!?」

「えぇ、分かってますわ。でも、せっかくなら買い出しも、買い出しに行く道のりも楽しまなくてはもったないですよ?」

「何か家から抜け出したお嬢様みたいだよ」


 物語の読み過ぎって思うけど、初めての自由にはしゃいでいるお嬢様っていうのが一番しっくり来たんだ。


「ふふ、案外その通りかもですよ?」

「え?」

「実家に住んでいた時は、こうやって男の方と二人きりで出かけるなんて出来ませんでしたから。高瀬君が初めてです」

「随分厳しい家なんだね。男の人と一緒にいるのさえ禁止だったとか?」

「学校が終わったら車で迎えが来ましたから、誰かと一緒に帰ることもありませんでしたし」

「そっちかよ!?」


 てっきり厳しいご両親がいて、男の影でも見つけようものなら、黒服を連れて何か手を打ってくる危ないご家庭かと妄想してしまったじゃないか。

 物語のお嬢様っぽいなんて思ったけど、さすがにそこまで現実離れしてなかったみたいだ。

 とはいえ、過保護気味な暮らしをしていたのは事実みたいで、こういう普通なことをしたことがないらしい。

 それなら及川さんのテンションが高いのも何か納得出来た。他人の恋話に首を突っ込むのもそのせいかな。


「もちろん、男女の交際も許されていなかったというのもありますけどね。だから、今とっても楽しいですよ?」

「そっか。楽しんで貰えて良かったよ」

「えぇ、私も高瀬君と一緒で良かったです。飯野さんの言う通りでしたね」


 及川さんのドキッとさせてくる笑顔に動揺しかけたけど、飯野さんの名前が出たおかげで気がそれた。

 飯野さんが俺の事を? 何を言っていたんだろう?


「何て言ってたの?」

「見た目は特別格好良くもないし、頭もそこそこだし、性格も真面目で地味だって」


 おおう、俺がいないからって散々な言われようだな!?

 でも、言っていることが図星過ぎて否定出来ないっ!


「あはは……。まぁ、そうだね」

「でも、真っ直ぐで、色々なことを受け止めてくれるとても良い人だと言っていました。私もそう思いますよ」


 おおう……どうしよう。すごく照れる。

 あの飯野さんがそんな風に思ってくれていたなんて。

 しかも、お嬢様の及川さんまでそう思って貰えて、何だかむずがゆくて仕方無い。


「高瀬君はモテモテですね」


 今の及川さんの台詞を京が聞いたらニマニマしそうだなぁ。

 彼氏がもてるのは彼女として意外と鼻が高いとか言っていたし。

 おかしいな。モテて嬉しいと思うより、京のニマニマした顔がちらついて、何か恥ずかしい。


「俺は置いておいて、及川さんも凄くもてそうだよね。というか、もてるよね。すぐにみんなの輪に溶け込んだしさ」


 男の中でも人気者だし、噂が噂を呼んで上の学年の人達も及川さんを一目見にやってくるくらいだから。


「ふふ、そうですか? ですが、私はあんまりもてたくないのですよね」

「え? そうなの?」

「はい。誰か一人からいっぱい、何人分も愛される方が良いなって思います。って、子供っぽ過ぎでしょうか? あはは」


 照れたように笑う及川さんは、いつもの大人っぽさとお嬢様っぽさが抜けて、思わずそのギャップに見とれそうになった。

 遠い世界の存在だと思えた及川さんが、同じ高校生なんだって思えるほどすごく近づいたような錯覚をしそうだ。


「及川さんならすぐ理想の人が見つけられるよ」

「そうだと良いんですけどね。ふふ、高瀬君が恋人なら良かったのに。もう少し早く転校すべきでした」

「へっ!?」


 突然の告白染みた言い方に、ただでさえ及川さんのギャップで揺らいでいた俺の心がぐらっとぐらつく。

 思わず驚いて一歩引いてしまった俺に、及川さんが距離をつめるように一歩踏み込まれて――。


「来栖さんから祐作君のことを聞いて、私も同じくらい愛して貰いたいなって?」


 そんなことを至近距離で上目使い気味に囁かれた。

 俺が少し顔を前に傾ければ、及川さんと唇が触れ合ってしまいそうな距離。

 及川さんの髪の毛が、まるで俺をからかうように俺の肌をくすぐってくる。

 何だこの状況!? 近づいたと思ったけど、物理的に近づいたつもりは全然ないよ!?


「ふふっ、なーんて、これ以上は止めておきましょうか? 来栖さんに見られたら大変なことになりそうですし?」


 俺のあたふたしているのが伝わったのか、及川さんが小さく微笑んでから、俺から一歩身を離す。

 けれど、心臓はまだまだドキドキと早い鼓動を打っていて、頭は混乱したままで何を言っていいか分からない。


「高瀬君のような人を私も早く見つけたいです」


 そうだよな。俺じゃなくて、俺のような人を見つけたいってだけだよな。

 なんて無理矢理自分に言い聞かせて、混乱した頭を落ち着かせる。


「あはは……。突然近づかれたからビックリしたよ」

「ふふ、おかげでかわいいお顔を堪能できました」

「うぐ……何か京が二人になったみたいだよ」

「来栖さん直伝のからかいですから。さすが来栖さんです。高瀬君のことよく分かっているんですね」


 京仕込みかよ!?

 他人を使ってからかってくるとか、新しいからかい方法を開拓しなくていいから!


「ふふ、それじゃあ、買い出しの続きに参りましょうか?」


 まるでさっきまでのやりとりが無かったかのように、及川さんは普通に歩き出す。

 俺は慌ててその後を追いかけると、必要な買い物を済ませるのであった。


 そして結局、及川さんが俺をからかうことはそれ以上なくて、逆にあの時の光景を妙に心に残った。

 あれが幻だって言われた方が納得できそうな、忘れられない夢みたいに。

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