メイド喫茶
帝国での教師生活をしたり、灰色の騎士として街を救ったりしていたのが一段落したので復帰しました。
二学期初日の放課後、一ヶ月後に控える文化祭に向けて、何をしたいか考えてくるようにと、飯野さんがクラス全体に告げた。
俺は京と帰り道に何がやりたいかという話をしていると、ふと朝のことを思い出した。
「なぁ、京、何でベストカップルコンテストに参加するって言ったんだ? 飯野さんがやったからとか言ってたけど、何だったの?」
「あー、あれね。うーん、ユウに言ったら、委員長に申し訳ないといえば申し訳ないんだよね」
「どういうこと?」
「女の友情的な?」
「……余計意味がわからないって」
うーん、何か男の子相手には言いづらいことらしいってのは伝わるんだが、それ以上はさっぱりだな。
んじゃ、当の本人である飯野さんに聞いてみよう、っていう訳にもいかない。
飯野さんは及川さんに街の案内を頼まれていて、そもそもどこにいったか分からない。それに飯野さんを捕まえられたとしても、京が言えないような自身の事情を俺に言ってくれるとも思えないんだよね。
そうやって、うーんと思考を巡らせていると、京がぽつりと独り言を言うみたいに小さく呟いた。
「本気になっちゃったみたいだからね。ケジメつけたいんだと思うよ」
「本気? ケジメ?」
「なんでもない。それより、出し物考えないとでしょ?」
どうやらこれ以上聞かないでってことらしい。
でも、友達を思ってのことみたいなのは確かみたいだし、これ以上聞くのは京と飯野さんに悪いか。
「文化祭の出し物かぁ」
体育館の舞台を借りられるなら劇とか? といっても、上級生が優先されるだろうから、劇は無理っぽい。
となると教室を使ってやるものになるけど。
「喫茶店とか、お化け屋敷とか?」
「やっぱり、そんな感じだよねー」
安直だけど、王道だもんな。
とはいえ、単純に喫茶店と言っても色々なパターンがある。
普通に制服とエプロンを着ただけの普通の喫茶店形式と、メイド・執事喫茶を始めとする色々な衣装を着たコスプレ喫茶店形式、そして海の家や時代劇に出てくるような茶屋をモチーフとした内装に凝った喫茶店形式がある。
「メイド服着てみてみたいなー。あ、どうせなら、あの童貞を殺す服っぽいのでユウにご奉仕してあげようか?」
「……すっげえ似合いそう」
一瞬想像しただけで胸がドキッとして、顔が熱くなりかけた。
童貞を殺す服と言われたあの服を着て、エプロンと頭に乗せる白いひらひらのプリムをつける。
ふわりと舞うスカート、メニューを差し出すために前屈みになるとぷるんと揺れて強調される胸、そして、最高にかわいい笑顔でおかえりなさいご主人様と言われる――メイド喫茶か。
「若干の間があったのは何でかなぁ?」
「……メイド姿でもからかわれそうだなぁって思って」
「あはは、お望みとあれば、たっぷりオプション付けてからかってあげるよご主人様」
そう言った京はスカートの裾をつまみ、右足を一歩下げて、膝を軽く曲げる女性らしいお辞儀をする。
普段の京からは考えられないほど上品で恭しい姿に目が背けられない。
何と言っても素晴らしいのが、パンツが見えるか見えないかのギリギリの際どいたくしあげ具合がまた最高で、目が離せない。
「ユウのえっちい」
「……お、男の子なんだから仕方無いだろう」
女の子が好きな男の子なら、どう抗ったって視線を持って行かれてしまうんだ。
そのことに気付いて、俺は自分の気持ちに気付いた。
京がメイド姿で他人に給仕して、ご主人様なんて言う姿を見たくないんだな。
さっき素直に似合っているって言えず、言い淀んだ本当の理由はからかわれるからとかじゃなくて、俺がただ勝手にヤキモチを妬いただけだ。
あれ? 俺ってこんなにヤキモチ妬くようなタイプだったっけ?
「童貞だもんねー」
「童貞言うな!?」
童貞を殺す服を着られたらイチコロだけども!
「あはは、でも、そうだなー。メイド喫茶は止めておいた方が良いかな?」
「え? 何で?」
「ユウがヤキモチ妬いて、気が気じゃなくなりそうだから」
「うっ……それは……その……」
「あはは、図星だ」
あぁ、もう、本当に俺をからかう時は活き活きしてるなぁ!
そうやってケラケラ笑って俺の心を見透かすのだから、俺としては諦めて白状するしかなくなる。
「自分でも女々しいって分かっているんだけどね……。あ、もちろん、接客をしてほしくない訳じゃ無くて、そのメイドとして他の人にご主人様っていうのが何て言うか……ちょっとモヤモヤしたというか」
こんな感じにハッキリ言えない辺り、俺はへたれなんだな。
よっぽど彼氏がもてると彼女としては鼻が高い、って言える京の方が男らしいよな。
夏休みの間は二人でいることが多かったから、こんな自分の気持ちの変化に気付かなかったけど、他の人の目が増える二学期になった途端気付くなんてなぁ……。
ちょっと自己嫌悪しそう。
なんてことを素直に言えたら――からかわれるだけだな。
「ねぇ、ユウ。私はユウの彼女のなんだからもっと正直に自分の気持ちを伝えてくれて良いんだよ?」
「そっか。そうだよな」
京になら俺の情けないところを見せたってきっと受け止めてくれるはず。恥ずかしいとか思わず、素直に自分の気持ちを伝えよう。
「そんなにパンツが見たかったのなら、見せてあげるのにー」
「ヤキモチ妬いてる俺が格好悪いって思っただけだからね!?」
「えー、そっかー。興味ないんだ-? 今日黒のレースのやつ履いてるのに。メイドコスプレしたら黒のガーターベルトもつけてあげるよ? 見たくないの?」
「それはとても見たいけど! 何か人には見て欲しくないって悩んでる俺がバカみたいだな!?」
「あはは。必死な童貞君はかわいいなぁ」
「童貞言うなっ!?」
素直に言っても、素直に言わなくてもやっぱりからかわれるんだな!
言っても黙っていても同じだ!
あぁ、もう、悔しがっている顔をこれ以上見せたら、京のにやけ顔がさらににやけるだけだし、顔を背けよう。
「ちゅっ」
「へっ!?」
頬にキスされた!?
何で!? 何の前振りも無いし、ムードもないぞ!?
訳が分からず、キスされた所を手で押さえていると、京は俺にくるりと背を向けた。
「こうしてあげるのはユウだけなんだから安心してよ。さっきのチューはヤキモチ妬いてくれたお礼。ヤキモチって焼きすぎたら苦くて不味いけど、ほどよく焼けてたら美味しいからね」
「オモチとヤキモチは別なんじゃ!? って、そうじゃなくて、えっと!?」
背中越しのせいで京の表情は見えない。
こんな大胆なことをサラッとやってのける京は、今一体どんな男前な顔をしているんだろう。
そう言えば、小さい時は男の子だと思っていたし、案外俺より男っぽいのも割と納得出来るかも。
そんなことを思いながらそっと京の横に立つと、京は顔をスッとまた反らした。
でも、ギリギリ見える頬はすごく赤くて、首筋まで赤くなっているように見えた。
あれ? 京が照れてる? これはもしや普段の仕返しのチャンスでは!?
「京? もしかして照れてる?」
「照れてなーい」
そう言いつつ、口元は緩んでるような? ここは別の切り口で攻めてみるか?
あれ? 何かすごくドキドキするぞ。
「ふふ、ベストカップルコンテストで使うネタみーつけた」
「な……何を企むおつもりでしょうか……」
別の切り口で攻められ思わず敬語になった。胸がさっきとは違う意味でドキドキする。
「その時になってからのお楽しみー。メイド喫茶になったら、今思いついたネタを使うよ」
そんな小悪魔な囁きに俺は頭を抱えた。
これで本当にメイド喫茶になったら、文化祭中ずーっとからかわれそうだ。
そういう意味でも、メイド喫茶になりませんようにと、俺は心の中で強く祈った。
せっかくの文化祭なんだし、ベストカップルコンテストにまで出るんだから、からかわれた思い出じゃなくて、甘酸っぱい思い出が欲しい。
あー、でも、京のメイド姿は見てみたかったなぁ……。
○
そんな俺の祈りが通じたのか、次の日、文化祭の出し物はあっさりメイド・執事喫茶に決定した。
最後の雑念が強すぎたんだろうか……。
後、意外だったのは、真面目な飯野さんとお嬢様っぽい及川さんがメイド喫茶を押していたってことだった。
あの二人はもうちょっとお堅い感じの物を選ぶかと思ったんだけどな。
そして、もっと意外だったのは――。
「え? 私が実行委員長?」
「えぇ、来栖さんならかわいい服の飾り付けとか、出すメニューのレシピとか作れるでしょう?」
飯野さんからの推薦で、京が実行委員長をすることになったんだ。
「まぁ、できるっちゃできるけど、ホントに私でいいの?」
「えぇ、お願いするわ。みんなも来栖さんでいいかしら?」
飯野さんの問いかけにみんなは案外すんなりとOKを出した。
というか、むしろ盛り上がってる。
京に大学生のイケメンを連れてきてと言ったり、エロイの頼むぞとお願いしたり、それぞれ好き勝手言っていた。
「お、おい、京、大丈夫か? 何か変な期待されてるけど」
「ユウ、心配してくれてありがと。でも、実行委員長やってみるよ」
「いいのか?」
「うん、たまにはこういうのも良いかなって」
そう本人から言われたら、止めることなんて出来ない。
それに、ある意味これも京が色々なことを乗り越えた証だと思う。
だから、俺は――。
「がんばって。俺も手伝うから」
「うん、ありがと」
精一杯応援することにした。
そんな俺に飯野さんは微笑みを向けてくる。
「ありがとう高瀬君」
何で俺にお礼? 京の説得に協力したお礼かな?
別に感謝されるようなことじゃないけど、飯野さんは義理堅いなぁ。
「あなたもたっぷり手伝ってもらうから安心して」
「は、はーい……」
飯野さんがとても素敵な笑顔でとんでもないことを言ってきた。
こうして、俺達は文化祭に向けて一歩を踏み出すのだった。




