新学期と転校生
第二部になってキリも良いので、来栖京の地の文の呼び方を来栖さんから京に変更しました。
教室に入ると、妙にクラスメイトがざわざわしていた。
どうやら何かあったみたいだけど、何だろう?
とりあえず、目の前にいる人に聞いてみよう。
「何かあったの?」
「転校生が来るんだよ」
「へぇ、この時期に珍しいね」
「だよなー。しかも、かわいい女の子らしいぞ」
「へぇ」
「何だよその反応、彼女持ちって余裕かー?」
「べ、別にそういうんじゃないって!?」
俺の大げさな反応に、隣にいる京は俺に助け船を出さず、くすくす肩を震わせて笑っていた。
こんな彼女がいる手前、かわいい転校生を気にしたら、後々からかわれるのは目に見えているから、なんて言える訳も無い。
もちろん、浮気したいとか、その転校生にもてたいとかは思っていない。
そもそも、俺がもてたように見えたのは、京と俺が幼なじみであって、色々誤解を受けていた京の人間関係に巻き込まれたからだ。
そういう意味では、俺は彼女が出来ても相も変わらず普通の人というか、純情童貞なんて不名誉な称号を与えられていたりする。
そんな俺に余裕なんてある訳もない。
でも、彼女の方はメチャクチャ余裕あるのは何でだろうな!?
「転校生かー」
京も転校が多かったから、何か思うところでもあるかのように呟いた。
相手は女の子みたいだし、絶対俺よりもスッと仲良くなるんじゃないかな。
そして出来れば、京のことを見た目とか噂に惑わされて変な目で見ないであげてくれると嬉しいかも。
そんなことを思いながら席についた京を見ていると――。
「ん? 大丈夫大丈夫。私は浮気しないよ?」
「女の子に彼女とられたら、どうすれば良いか分からないよ……」
「へぇ、よし、じゃあ、次のからかいの案に入れておこっかな」
「やめてよ!?」
「あはは、しないしない。さすがに他の人を好きになったなんてからかいは、からかいじゃ済まなくなっちゃうよ」
からかいにも超えちゃいけない一線はちゃんとあるらしい。
確かにそんなことされたら、笑い話じゃ済まないなぁ。
意外とからかう時に気を遣ってくれていたんだ。って、感心するところじゃないよな!? そもそもからかわなければ良いんだから!
「そういう時は、ちゃんと怒ってね?」
京が珍しく真面目な顔をして、そんなことを言う。
多分、冗談じゃ無くて、本気でそう思ってくれているみたいだ。
「分かった。俺としてはそもそもからかわないで欲しいんだけどね」
「それは無理☆」
「うん、知ってた」
花でも咲いたかのような明るい笑顔で宣言されたら、お手上げだ。
そんないつも通りのやりとりで、京にニマニマ笑われていると、チャイムが鳴って先生が教室へと入ってきた。
けれど、俺も含めてみんなの視線は先生の隣にいるふわっふわな髪の少女に向いている。
ちょっと色が抜けているのか髪の毛は明るく、首元らへんで髪の先端がふわふわっとカールしている。
そんな少女が人当たりの良さそうな微笑みを浮かべ、ゆったりとした動きでお辞儀をした。
マンガの世界からお嬢様が飛び出してきたんだろうか?
そんな錯覚を覚えるほどの子だ。
「ユウ、ごめん。さっきあんなこと言った手前で言うのはアレだけど、女の子の私でもドキッとしたんだけど」
「それがからかいじゃなくて、本気だってのは分かる」
それぐらい俺も驚いている。
というか、みんな驚き過ぎて、ざわめきが完全に消えているくらいだ。
このお嬢様の名前は何なのか、何を言うのか、どんな声なのか、知りたくて仕方無いんだ。
「初めまして。及川柚葉と申します」
鈴の音のような声で名前を名乗った。
澄んでいて、遠くまでよく聞こえそうな声ながら、甲高い耳障りな感じはしない。
そんなたった数秒の出来事だけで、京と俺は同じ事を思ったようだ。
「あの子、すごくもてそうだね」
「俺もそう思う。街歩いてたらスカウトされそうだよね」
「あー、分かる。すごいかわいいもんね。でも、浮気はしちゃダメだからね?」
「しないしない」
だって、俺からすればあまりに遠い存在なのだから。
にしても、芸能人とか芸能人みたいな子がクラスにいたら、って妄想は良くあるけど、実際に遭遇してみると、案外嬉しくもないもんだなぁ。
だって、俺にとっては高嶺の花過ぎて、こっちから積極的に話しかけられる気がしないんだ。
住んでいる世界が違い過ぎて、何を言って良いか分からない感じ。
逆に、向こうからしてみても、俺みたいな普通のやつに声をかけようなんて思わないだろう。
イケメンやかわいい人達と何だかとっても明るくて充実した毎日を過ごすだろうし、わざわざ俺なんかを気にかけることはないだろう。
「引っ越してきたばかりですので、この街のことも、学校のことも分からないことが多くて、皆様にご迷惑をおかけするかも知れませんが、どうかよろしくお願いしますわ」
及川さんの物腰柔らかな挨拶にクラスが沸き立ち、盛大な拍手が贈られる。
ノリの良い奴らは、任せろとか、いつだって案内するよとか、気楽に言っていた。
そんなノリの良いクラスのみんなに対して、及川さんは微笑んで小さく頭を下げた。
これは最初の放課でみんなに質問攻めにあいそうだし、俺が声をかけるようなことは起きないな。
万が一あるとしたら、京が及川さんと仲良くなって、京が話題を振ってきた時くらいじゃないかな。
「それでは及川さんの席は窓際の一番後ろの席です」
って、俺の真後ろじゃないか!?
縁遠い子だと思っていたのに、ファーストコンタクトは俺かよ!?
って、うわぁ……。京がじぃっとこっち見てる!? そんな目をしなくても浮気はしませんよ!?
「よろしくお願いします。えっと、お名前、聞いても良いですか?」
「たきゃしゃ……高瀬祐作です」
まさかの最初の挨拶で噛んだ。
そんな俺のミスを京は口元を手で押さえてプルプル震えている。
さっきじぃっと見ていたのはヤキモチとかじゃなくて、俺をからかうための布石かよ!?
「大丈夫ですか? お顔が真っ赤ですよ」
「だ、大丈夫……。ちょっと噛んだのが恥ずかしかっただけだから」
「ふふ、照れていたんですね。かわいいお顔でした」
及川さんはそういって優しく微笑む。
おかげで、噛んだ恥ずかしさはほとんどなくなった。
かわりに素直に照れて恥ずかしくなったけど。
京もよく俺をかわいいと言うけれど、及川さんのは全然違う破壊力がある。
そもそも京のかわいいは俺をからかって、楽しんだ時に言う台詞だし、こうやって俺のミスを受け止めてくれる包容力が段違いっていうか。
って、何をときめいているんだ俺は!?
俺には京っていう彼女がいるんだぞ! 浮気しないでとか、ちょっとヤキモチを焼いてくれた表情をしてくれた手前、だらしない顔を見せる訳にはいかないよな?
「でしょー? ユウの照れ顔ってかわいいよね」
俺の彼女、ヤキモチ妬くどころか、ケラケラ笑ってるんだけど!?
怒られたり、嫉妬されたりするよりマシ――マシかなぁ!?
「あ、なるほど。そういうことでしたか」
京と俺の反応に及川さんは何か気付いたようで、ぽんと手を叩いて納得したようにしてから席についた。
まさか、これだけのやりとりで俺と京がカップルだって分かったのかな?
そんなバカップルみたいなことはしてない。――してないはずだよな?
「恋人同士だったんですね」
何でばれたんだろう。不思議だ。
この短時間でイチャイチャはしていないはずなのに。
「すごいね及川さん、良く分かったね」
「ふふ、何となく分かっちゃうんです。恋話大好きですから。それに、お付き合いしていることを否定しないなんて素敵ですね」
及川さんは嬉しそうな微笑みを俺と京へ交互に向けてくる。
女の子はみんな恋話が大好き。っていうのはお嬢様でも変わらないらしい。
「あなたのお名前も教えて頂いても良いですか?」
「来栖京だよ。よろしく」
「はい。よろしくお願いします。いっぱい恋話聞かせて下さいね」
京は俺と違って全く噛むこと無く自己紹介をした。
これはまた後でからかわれそうだなぁ。
なんてもちろん口に出していないんだけど、思わず小さく息をついてしまったら、京にくすくす笑われた。
あぁ、もう、呆れるほどに上機嫌だなあ。
これが実は、及川さんに話しかけられても、俺がデレデレしなくて嬉しかったからとか、及川さんより京のからかいの方が俺に届いてヤキモチ妬かずに済んだから、なんてかわいい理由だったら良かったのに。
――あれ? それはそれで恥ずかしいな。
そんなことを思いながら、京のくすくす笑う様子を見ていたら、俺は勝手にしてしまった妄想で自爆してしまったので、京に赤くなった顔を見られないよう外を向いた。




