ご褒美
ご褒美回ということで、ちょっとえっちいかも。そういうのが苦手な人はご注意ください。
あの後、無事に和田さん宛にLINE経由の暴言は届いていないらしい。
色々あったけど、今度こそハッピーエンドって訳だ。
和田さんをなだめた後、俺達はそのままどこかへ寄る訳でも無く家に戻った。
ご両親は仕事で家を空けていて、二人きり。
けれど、来栖さんは俺をからかうこともせず、自室へと籠もってしまった。
おかげで俺もすることがなく、あてがわれた部屋のベッドでゴロゴロしていた訳だ。
「……まぁ、そんなもんだよなぁ」
もちろん、少し期待をしていた。
来栖さんの抱えていた悩みがなくなったんだし、悩みで傷付いた心を埋めるために求められることはない。
来栖さんが自分の悩みを誤魔化すために、俺に手を出すのは嫌だと言ってしまったけど、今手を出されたら普通にされるがままにされる自信がある。
いや、違うな。俺が手を出したいって思ってるんだ。
和田さんと別れてから、ずっと来栖さんの身体を抱きしめたいって思っている。
「……へたれだなぁ」
もちろん、そんなことを実行出来る度胸があったらとっくに動いている訳で、今こうしてベッドでゴロゴロなんてしていない。
スマホを取り出し、電子書籍の中身に目を通しながら、もう一度ため息をつく。
あぁ、何かとても眠くなってきた……。
そう思って目を瞑ると意識は簡単に飛んだ。
それから、どれくらい経ったかは分からない。
何となく寝返りを打とうとすると、身体が動かなくて身体がビクッと震えた。
何か重い物に乗られているような感覚だ。これが金縛りという奴だろうか?
あれ? 目を開けても真っ暗? というか、何か被せられてる? 耳に向かってかけられてるしアイマスクか?
「動かないで」
「……京?」
「……うん、今隣にいるから」
「……いや、上に乗ってるでしょ?」
「重いって言ったら、からかうよ?」
「……京は軽いなぁ」
正直に重いとは言えなかった。でも、考えてみれば普通に40キロ後半とか50キロ前半って重いよね!?
それなのに重いって言われて怒るとか、女の子は時折理不尽だと思うよ!?
「ふふ、そのまま動かないでよ?」
「……何してるのさ?」
「……内緒」
人に目隠しまでして、マジ何してるの!? どんな悪戯仕掛けて来てるの!?
「というか、察してよ。ユウの鈍感」
「察してと言われても、何も見えないし!?」
「匂いで分からない?」
「に、匂い!?」
そんなこと言われても!? って、ん? あれ? シャンプーとか石けんの匂い?
何か触れている部分が暖かいのはシャワーを浴びて火照っているから、とか?
えっと、そんな状況で俺に目隠しをして、馬乗りになるってことは――あれ? もしかして、今俺手を出されているのでは?
いやいや、さすがに妄想が過ぎるというか、都合が良すぎるというか、ムードも何もあったもんじゃ無いよな!?
「初めてだから目隠して貰わないと恥ずかしくてさ」
「何をするつもり!?」
「いいから動かないで」
そう言われると、胸の辺りまで来栖さんの重さが伝わってきた。
顎の辺りに来栖さんの髪の毛があたって、どことなくくすぐったい。
けど、むしろその中に鼻先を突っ込みたくなる。
でも、来栖さんは俺の顎に指を当ててきて――。
「ユウは動いちゃダーメ」
「……からかってる?」
うん、これでアイマスクをとって目を開けたら、普通の格好をしている来栖さんがいて、何を期待してたのかなー? みたいにからかうつもりなんだろう!?
「さぁ、どうかしら?」
「やっぱりからかってる……」
俺は呆れたようにそうこぼすけど、来栖さんはくすくすと笑うだけだった。
というか、何か胸元をスリスリ撫でられているような気がする? 手じゃないよな?
額をぐりぐりされてるのか?
本当に何をされてるんだ俺!? と焦っていると頬に来栖さんの手が触れる感覚がした。
「……ユウ、頬大丈夫?」
「あぁ、うん、もう痛くないよ」
「……ごめんね。私が飛び出さなければ叩かれずに済んだのに」
「飛び出さずにはいられなかったんでしょ? なら、仕方無いよ」
「……ありがと。もうあの事件で辛い目に会う人は居て欲しくなかったから……。あれで和田ちゃんを助けられたなら、私も強くなったって胸を張って言えると思ったんだけど、またユウに助けられちゃったね」
「ううん、飛び出した京はすげー格好良かったよ」
仁王立ちで現れた時は、格好良いと思ったのと同時にメチャクチャ焦ったけどね!
「ふふ、惚れ直しちゃった?」
「かなりね。っ!? あははくすぐったい!? 褒めたのに何で!? っていうか脇腹は止めて!?」
「ホント、脇腹弱いねぇ」
一体今の何が不服だったの!? 惚れ直したって言っただけなのにくすぐられた!?
うぅ、でも、声だけ聞くとすごくご機嫌だし、一体なんなんだ!?
やっぱり、からかわれてるのか!?
「お返しに、私の弱いところ触らせてあげよっか?」
来栖さんが俺の上から起き上がったみたいで、重さが腰に集中した。
その状態で来栖さんは俺の手を握ってきて、上に引っ張られた。
何も見えない真っ暗な中、右手の感覚だけが伝わってくる。
細くて柔らかな来栖さんの指と、俺の指が一本一本絡み合い、引っ張り合った。
そして、不意に絡まった指が外れて、掌にトクントクンと脈打つ鼓動が伝わってくる。
「え……?」
「今まで服越しで当てたことはあるけど、生で触らせるのは初めてだよ? さすがに見せるのはまだ恥ずかしいけどさ」
指を少し動かすと、何か柔らかくて弾力のある膨らみに吸い込まれた。
え? これって……。
「うわー、触り方がやらしー」
「け、京さん何してるの? というか、俺何されてんの!?」
「おっぱい童貞卒業おめでと。直接触った感想はどう?」
「っ!? ーっ!?」
驚きのあまり声にならなかった。
ただ単にからかわれていただけだと思ったんだけど、どっちだ!?
実は二の腕を触っていただけでした。
なんて酷い落ちが待っているかも知れないし、目隠しを取るまで分からないよな!?
今まで散々純情を弄ばれたんだぞ? これくらいで動揺したらどんなけ後でからかわれるか分かったもんじゃない!
「はい、それじゃあ、これまで。これ以上は……私が耐えられそうに無いし」
手を押し返されたのか、指から柔らかな感触が消える。
その感触が本物なのか偽物なのか分からず、俺はそのまま手を動かしてアイマスクを外そうとすると――。
「あっ! まだアイマスク取っちゃダメ!?」
そんなこと言われても無理!? 何されてるか気になって仕方無いんだから!
「あ……」
アイマスクを取ると、パジャマのボタンを全開にしている来栖さんがいた。
もちろん、下着もつけていなくて、身体の曲線美が隠すことなく綺麗に映し出されていた。
しかも、来栖さんは俺の手を止めようと前屈みに突っ込んで来たから、目の前でその、思いっきり揺れた。
目の前でたわわな果実が弾けて、思考という思考を全て弾き飛ばされた。
さらに身体は石みたいに固まって、視線は来栖さんの胸に固定される。
「あーぁ、ダメって言ったのに、ユウのえっちぃ」
「ご、ご、ごめんなさい!?」
何が何だか分からないけど、反射的に謝ってしまった。
だって、怒って呆れているはずの来栖さんは超ニヤニヤしてるし、からかわれてるのか本気なのか分からないんだよ!? 謝るか感謝するしか出来ないけど、ありがとうございますっていうのも違うだろう!?
そんな感じで思考がまとまらず、意味も分からないまま、俺は慌てて視線を下に反らした。
反らして――すぐまた別の方に反らした。
「うわぁっ!?」
スカートもズボンもいてない!?
黒いレースの下着しかはいてない!?
何か絶妙に両端が透けていて、黒い布地越しに来栖さんのまばゆい肌が見える!?
うん、これはヤバイ! えっろいです!
「これ、私の勝負下着。どう? えっちぃでしょ?」
「え、えっちいとかそういう話しじゃなくて!? いや、そういう話しだけど!? 俺、男の子ですよ!? こんなん見せられたら」
「あはは。って、ん? 何かお尻に硬いのが当たってる?」
「っ!? 後ろ見ないで!?」
こんなん抑えきれる訳ないだろう!? 無理、絶対無理! 不可抗力だよ!?
自分の彼女がパジャマのボタン全開で、パンツしかはいてない状態で腰の上に乗っかられたら、反応するなって方が無理!?
「え? あー、そっかそっか。男の子だもんね?」
俺の懇願に来栖さんは何があったか気付いたらしく、くすくすと俺の上で笑う。
「恥ずかしがってるんだ? かわいい。んー、この角度じゃ見えないけど、昔と今じゃ全然違うんだろうね? かわいいからキモカワくらいになってるのかな?」
「……何で男の俺が恥ずかしがって、女の子の京が余裕なのか分からないよ」
普通逆だよね!?
あぁ、うん、来栖さんを相手にしている時点で普通なんて通用しないのは分かってるけど、それでもさ! 男の子としてのプライドが! 隠しきれない男気が!
「え? ユウってそういう性癖じゃないの?」
「違うよ!?」
「なら、私の方がユウを好きだからじゃない?」
ニヤニヤと俺を見下しながら来栖さんが俺の胸に当てた手の指で、トントンと胸を叩いてくる。
「……本当にサラッとすごいこと言うよね。いや、言われてすごく嬉しいけどさ……」
「あはは、今心臓がドキッと跳ねたの、手に伝わってきたよ。本当に嬉しいんだ? 嬉しいな」
うん、こんなんだから俺が受けに回ってるんだろうな……。俺のへたれが悪い!
プライドも男気もあったもんじゃないな……。
「でも、ごめんね。今日はここまで。これ以上続けると、私が止まらない気がするし」
えぇっ!? ここまでしてお預け!?
さすがにこれは生殺しが過ぎるって!?
実は照れ隠しでちょっと冗談挟んだだけなんだろ!?
なんて期待をしてみたんだけど、来栖さんはそそくさとボタンを留め始めているし、俺の上からも降りて、ベッドの縁に腰掛けてしまった。
あ、本当にお預けなんだ……。
「ふふ、すごい顔してるよ? 今にも泣きそうな顔してる。写真とって見せてあげよっか?」
「止めて!? っていうか、そういうことじゃなくて、っていや、そういうことだけど!? 何でここで止めるのさ!?」
何でこんな事をしたのかとか、色々と聞かないといけないのに、俺は最低なことを勢いに任せて聞いてしまった。
がっつき過ぎだ。でも仕方無いだろ!? ここで止められたらどうこの興奮を静めれば良いんだよ!?
そんな気持ちが声に乗ってしまったのか、俺の問いかけはかなり必死に見えたみたいで、来栖さんは心底嬉しそうにニマニマしながら俺の胸をつついてきた。
「だって、その子を包むものがないでしょ? 赤ちゃんはいつか欲しいって思うけど、今はちょっと早すぎるって思うしさ。私、今日は危ない日かも知れないし」
そう言って来栖さんは指を俺の胸元から下に向けた。
その先にが、股の所が膨らんだズボンがあって――俺は頭を抱えた。
あぁ、そういえば、いつもなら泰斗さんが置いて行ってくれましたねえ!?
よりにもよって今はいないんでしたねえ!?
何だってこんな時に限って、あぁいう悪戯を仕掛けてくる人がいないんだよ!?
おかげで良く分かったよ! そりゃあ、止められますわ。うん、仕方無いよね! ちくしょう!
胸に触らせてくれたのも盛大な前振りだったんだな!? またまんまとやられたよ!
「……確かにそれはよくないね」
絞り出すように俺は来栖さんの言葉に同意した。
心底ガッカリしながらも、仕方無いと自分に言い聞かせる。
今すぐ恥ずかしさのあまりベッドに顔でも埋めて、うああああと叫びたい。
そんな俺の心情を見透かしているのか、来栖さんはプルプルと震えて、笑いをこらえているようだった。
「ぷっ、あはは。やっぱ無理! 耐えられない。っていうか、ユウってすごくマジメだよね。そういう所、大好きだけどさ。あはは」
どこまでが本当でどこまでが嘘かは分からないけど、楽しんでいるなら何よりだよ。
ホント、いつまで経っても敵いそうにないな。
「はぁー……今回も見事にやられたよ……やってないけど……」
「あはは。童貞卒業はまた今度だね?」
「……そうだね。期待せずに待つよ」
「まぁ、色々な童貞まだ貰ってないし、その童貞貰うのは最後がいいかなー」
「……そっか」
最後かぁ……。先は長そうだ。
「ま、そこはユウ次第ってことで」
「……頑張ります」
今のこの雰囲気で、それじゃあ今から! なんて言う気はもうない。
でも、来栖さんと一緒にいたらいつか卒業出来ると思えた。
だから、もう焦る必要もないし、ガッカリする必要もないはずだ。
よし、まずは昂ぶったこの気持ちを落ち着かせるために、落ち着いて深呼吸を――って、うわっ!?
「け、京? どうしたの?」
呼吸を整えようとしたら、突然来栖さんに押し倒されたんだ。
今度はどんなからかいをするつもりなんだ!?
「ねえ、ユウ。私って照れ隠しでいっつもユウをからかっちゃうけど、今から言うのは本気だよ?」
ベッドに倒れた俺の上に来栖さんが顔を近づけて、真剣な眼差しで見つめてくる。
「――大好き。だから、今はこれで我慢して?」
来栖さんはそういうと俺の唇にそのまま彼女の唇を重ねた。
来栖さんが一番好きだと言っていたキスは、気持ちを確かめ合えるのが気持ちよくて好きだって言っていた。そんな来栖さんの言葉通り、まるで俺のことを確かめるみたいにゆっくりと、舌が俺の中に入ってくる。
好きだって言う気持ちが流れ込んでくるみたいだった。
そうして、短い時間のはずなのに、どれだけの時間が経ったのか分からなくなるぐらいの時が経ち、来栖さんは俺から唇を離した。
「やっぱりキスが一番好きかも。キスより先ってまだやったことないけどさ」
来栖さんが目の前で照れたように笑う。
やっぱり卑怯だよ。そんな顔見せられたら、続きがしたいなんて言えないじゃん。
でも、せめて、この幸せを続けることだけは許して欲しい。
というか、俺の方も抑えられる訳がないだろう!?
「京、キスしても良い?」
「ふふ、ホントにキスだけで良いの? 今日は私の好きな所に触るまではしても良いよ? その先が我慢出来るならね?」
来栖さんが挑発するように聞いてくる。
抑えきれる自信もないけど、頑張ってみよう。
「なら……抱きしめながらキスしたい」
「うん、いいよ? 今だけは頑張ってからかわないであげる」
「そこを頑張るんだ……」
いや、来栖さんらしくて良いけどさ。それに俺だって恥ずかしいし、からかわれないのならすごくありがたいから、喜ぶべきなのかな?
「ユウは性欲を我慢だね? アレが硬くなったら終了だよ?」
「いきなりからかってるよね!?」
「ぷっ、あはは。それじゃあ、へたれなユウにどこまで出来るか、お姉ちゃんに見せてごらん?」
「もう、俺をからかわない気なんて無いでしょ……。そっちの方が京らしくて良いけどさ……」
来栖さんはこらえきれずに笑い出し、俺の上にどさりと身体を投げ出してくる。
その身体に俺は腕を回し、しっかり抱きしめる。
そして、クスクス笑う来栖さんの唇を塞いだ。
笑い声が消え、部屋から急に音が消えた。
息の音すら聞こえない中、トクントクンと来栖さんの胸の鼓動が、俺の心臓を動かしているみたいに、二人の心臓の音が重なって聞こえる。
あぁ、やっぱり卑怯だ。あんなに悶々としていた気持ちが、来栖さんの身体に触れられるだけで幸せだって思えるんだから。
頑張ったご褒美として、これ以上はないって思えるほど、気持ちの良いキスだった。
こうして、来栖さんの中学時代を巡る旅は、忘れられそうに無い、甘い思い出と一緒に幕を下ろした。




