お手伝い
今日は良く晴れ渡っているせいか、日陰にいてもメチャクチャ暑い。
集合場所がファミレス前で助かった。
俺と来栖さんは中に入って、ファミレスの中から和田さんと香坂さんの様子をうかがうことになっている。
おかげで、店の中は冷房が効いていて、とても涼しいし、冷たいジュースが美味しい――。
何て入った瞬間は思ったんだけど、抱きついてくる来栖さんの方が夏の太陽より熱くて、頭がどうにかなりそうだった。
ジュースとか飲む余裕無い。
「ほら、もっとくっついてよ」
「いや、もう十分にくっついてると思うんだけど!?」
腕を胸の真ん中に挟むように来栖さんが俺に抱きついて、もたれかかってくる。
もう当たっているレベルじゃない。押し当ててくるレベルだ。
これ、冷房を一番強くしても絶対暑いやつだ。
変装用にサングラスとキャップを被っているせいか、いつもより大胆になっている気がする。
「だって、くっついてないと、そこの窓から二人の様子が見えないでしょ?」
「その和田さんがさっきから気まずそうな顔でチラチラこっちを見てくるんだけど……」
和田さんは香坂さんを待つ間、不安なのかチラチラとこっちに視線をくれていた。
その視線に来栖さんは最初笑って手を振っていたのだけど、突然ニマニマしだして俺に抱きついてきた訳だ。
「顔真っ赤にして照れてるね」
「どっちがだよ……」
「そりゃ、ユウでしょ?」
「……うん、知ってた」
「あはは。まぁ、でも、和田さんがあんな不安そうな顔でチラチラ中を覗くんだもん。香坂が来た時、中に誰かいるって気付かれそうじゃん」
まぁ、確かにそうかもしれない。
今回の俺達の手伝いは、和田さんが本当のことを香坂さんに言うための後押しだ。
具体的には和田さんが香坂さんに虐められないよう、香坂さんの言動を録音して、虐めを封じ込める材料を作る、っていうのが俺と来栖さんの役割だ。
そういう意味で、俺達が影にいるってことが悟られたら不味い。
それに、香坂さんが来栖さんもいると分かったら、すごいヒステリー起こしそうだもんなぁ。そうなったら、和田さんも言うことが言えなくなるのは簡単に想像出来た。
「だから、こうやってすごくイチャイチャしてるカップルを見て、照れてるっていうことにしてるのよ」
「……ということです。和田さん。あまりこっちをチラチラ見ないで下さい」
机の上に置いてあるスマホに俺は声をかける。
すると、スマホから和田さんの声が返ってきた。
「は、はい……。私、お邪魔ですよね!? 見ないので好きなだけイチャイチャしてください」
ホントごめんなさい。
からかわれる隙を生んだ俺のせいで、真面目な空気をぶちこわしてすみません。
一世一代の大勝負みたいな時に、何見せつけてるんだって話ですよね。
「あ、香坂が来たっぽい」
一人でやってきたみたいで、後ろに誰かを連れている様子もない。
スマホから聞こえてくる声は少し不機嫌そうで、少し怖い――いや、かなり怖い口調だった。
「来たわよ。さぁ、話してよ? 話してくれるんでしょ? あなたの財布を盗んだのは来栖だって話だよね?」
うわっ、何て威圧感だ。顔は遠くから見ていて、声はスマホ越しなのに、逆らったら何されるか分からないような雰囲気を感じる。
「も、もう、止めようよ」
「はぁ? 止めるって何を?」
「そうやって……脅すの……止めようよ。そんなこと続けてたら、昨日みたいになっちゃうよ……」
「和田のせいでしょ!? 和田があそこで私の味方をしなかったから! あんな空気にならなかったのに!」
俺と来栖さんが出て行った後、やっぱりかなり大変な目にあったみたいだな。
和田さんに聞いた話だと、香坂さんはみんなに疑われて、話しかけてくる人がいなくて、声をかけても腫れ物を触れるみたいな対応をされたらしい。
まぁ、そうなるよなぁ。クラス一の人気者が泥棒でイジメの首謀者だったなんて疑いが降りかかったらさ。
そういう意味では、来栖さんがこれで十分だと言ったのも納得出来る。
なにせ、一撃で香坂さんの3年間にわたる人間関係をぶっ壊したんだから。
「私が……味方をしてもきっと変わらなかったよ……。あんな写真があったら……」
「なにそれ? やっぱりあんたも私が犯人だって言うの?」
「それは……」
和田さんが言い淀む。
壁を隔てているのに空気が重いことが伝わってきているせいか、いつの間にか来栖さんは俺に抱きつくのを止めて、祈るように俺の袖を握りしめていた。
言わないといけない本当のことを、言うのかどうか。俺と来栖さんは二人の様子を見ながら、スマホに耳を傾ける。
すると――。
「ち……違うよ」
「はぁー、なら何で昨日言わないのよ? 友達なのに」
「ごめん……友達なら本当のこと言えるのにね……」
本当のことは言えなかったみたいだ。
まぁ、あの空気じゃ言えないのも仕方無いよな。そう思った時だった。
俺の隣からフッと来栖さんの気配が消えた。
「そんなの友達って言わないよ」
来栖さんの声がスマホから聞こえた。
そして、ガラスの向こうに姿があった。
って、来栖さん何してんの!? 変装セット机の上に置いて、出て行ったの!?
「香坂、あんたがどんなけ目立とうとしても、すごい雰囲気出しても、あんたなんて大したことないよ」
腕を組んで仁王立ちしている。風で髪が巻き上がって、何かメチャクチャカッコイイんですけど!?
「誰もあんたと仲良くなろうなんて思わないよ。ただ、相手をしないと面倒臭いから、あわせてあげる振りをしてるだけ。今になって良く分かったけど、あんたに友達なんていないわ」
「来栖! あなたのせいであなたのせいで私は酷い目にあったのよ!?」
「良かった。あなたがあの写真で疑われなかったらどうしようって心配だったから。十分効いたみたいだね?」
「来栖!」
来栖さんの挑発に、香坂さんがキレて走り出した。来栖さんを殴るか、ビンタするくらいの勢いだ。
そんな香坂さんを後ろから和田さんが抱きしめて、無理矢理押さえている。
けど、そんなことはお構いなしに来栖さんは、香坂さんに自分から近づいていく。
あぁっ!? もう!? メチャクチャだ!?
俺も店員にすぐ戻ると声をかけて、慌てて外に飛び出した。
すると、来栖さんは思いっきり手を振り上げて、横凪ぎにその手を振り抜いた。
パァッンと良い音が鳴り響き、香坂さんのうなり声が消える。
うわっ、今のビンタは痛そう!?
あんなのを見ると、近づきたくないけど、来栖さんの側に急がないと来栖さんが危ない。
「昨日で自分が犯人だって認めてくれれば、今のビンタはしなかったんだけどね。この後に及んで私のせいにして、他人を巻き込んで嘘をつこうとするんだもん」
「和田! 早く手を放して! 来栖に仕返ししないと!」
ビンタで一瞬気の抜けていた香坂さんだったが、すぐに気を取り戻し暴れ出す。
それを必死に和田さんが押さえているが、ついに振りほどかれ香坂さんの手が天高く掲げられて――俺の頬に激痛が走った。
パシンッと乾いた破裂音がする。
「ユウ!?」
「いってぇ!?」
来栖さん目がけて振り下ろされたビンタを、割って入った俺が顔面でモロにくらったんだ。
めっちゃヒリヒリして涙出そう。女の子が非力なんて言ったやつは嘘つきだ。メチャクチャ痛いじゃないか!
「来栖の彼氏!?」
けど、俺がぶたれたおかげで動揺してくれたのか、さっきまでの殺意染みた雰囲気は消えたみたいだ。
とはいえ、まだ十分荒れているのは間違い無いんだけど。
あぁ、もう、こうなったらなるようになあれ!
「香坂さん、もう気付いてるだろ? もう京を犯人にしようとしてもムダだって。だから、代わりに良い方法を教えてあげるよ」
「あなたには関係ないでしょ!? 大体あなたのせいで――」
「財布がなくなった事件の真相は、和田さんの自作自演だったんじゃないか?」
俺のメチャクチャな推理に、その場の全員が固まった。
「来栖さんの撮った写真は、落ちていた財布を香坂さんが和田さんの鞄に戻していただけ。財布がなくなったのは和田さんの自作自演だった。そういうことなら、香坂さんが必死に否定するのも納得出来る」
来栖さんはもちろん和田さんも何を言っているんだこいつ? って目で俺を見る。
俺自身も相当おかしなこと言っている自覚があるけど、ここを乗り切るにはこれしか思いつかなかったんだ。
「本当のことは和田さんしか知らないから」
そして、俺は来栖さんに目配せしつつ、最後のだめ押しを放り込む。
そんな俺の目配せに来栖さんはハッとすると、諦めたようにため息をついた。
「そうね。確かに私が撮ったのは財布を拾った香坂さんの写真だけ。それなのに、香坂さんが犯人だと決めつけてせいで、みんなから犯人呼ばわりさせて、ビンタしちゃったら、私とんでもないことしちゃったかも……」
来栖さんは申し訳無さそうに顔を俯かせ、そっぽを向いて視線をずらす。
すると、俺達に裏切られた形になった和田さんは、視線を俺と来栖さんの間を何度も行き来させた。
そんな気まずい空気の中、一人香坂さんが顔を輝かせ始めた。
今まで解けなかった難解な式が解けたかのような、ついに答えを見つけた喜びみたいなのが感じられる声で――。
「そう。そうよ! 何で今まで気付かなかったのかな!? 和田さんが自作自演で財布を隠して、私に犯人を推理させて、お金を盗もうとしたのよ! だから、昨日私の味方をしてくれなかったんだね!」
香坂さんはそう言い切った。
その言葉で和田さんの顔が一層青ざめていく。
無理も無い。何せ、香坂さんに言いたいことが言えるようになりたいと相談に乗ってもらった相手に、自分が犯人扱いされたんだ。
これで青ざめなかったり、動揺しなかったりしたら、心臓がふっさふさの毛だらけだろう。
「あなたが犯人だったのね和田さん?」
「……え、な、なんで?」
香坂さんが和田さんに詰め寄りながら尋ねると、和田さんは後ずさりしながら目を反らした。
あぁ、もう、どん引きするほど、効果があったよ。
「ねぇ、香坂さん、そんなに怖い言い方は止めようよ。俺は部外者だからってのもあるけど、盗まれたのは金額にして一万円だけでしょ? 大したこと無い話しじゃないか」
「ううん、一万円じゃなくて三万円よ。本当のことを言わないのがダメって話だから。ここでも本当のこと言ってくれないなら、もう友達止めようかな」
あぁ、うん、本当に綺麗に引っかかったなぁ。
ちなみに、一万円も盗られたなんて大した話しだと思うし、和田さんの自作自演なんじゃないかって考えも全部でまかせだ。
それに、何で盗まれた当人じゃない香坂さんが金額を知ってるんだろうって話だ。
何にせよ、これで十分準備は出来た。
友達とも何とも思われていなくて、都合の良い奴隷みたいな扱いをされているってことは十分伝わった。
後は和田さん、君が勇気を出す番だ。
「本当のこと、言って良いんだってさ」
俺は胸元からボイスレコーダーを起動しているスマホをチラッと和田さんに見せた。
すると、和田さんもようやく俺と来栖さんの意図に気がついたのか、口をあけてあっと声を漏らした。
「私の財布を盗んだ犯人は……」
「え?」
「香坂さんだよね。だって、その次の日、高くて買えないって言ってたバッグ買ったって写真をグループ内で載せてたでしょ?」
「それがどうしたの?」
「私もあのバッグ買うつもりでお金持ってきたから。三万円したよねあれ?」
「だから、……何? それが証拠だっていうの?」
「ううん、違う。だって、証拠なら香坂が自分で言ったよ? 何で財布の中に入ってたお金を知ってたの?」
「え? だって、あなたが言ったんでしょう?」
「うん、盗まれた本当のお金は言ってなかったよ。みんなには一万円って嘘をついた。でも、何で香坂が本当の金額を知ってるの? 私、ずっと本当のこと言ってくれるの待ってたんだよ?」
昨日、和田さんが言っていたことを和田さんは自分の言葉で口にする。
ずっと香坂さんを怪しんでいて、いくら盗られたかはずっと嘘をついていた
いつか自分から白状してくれるのを待っていたらしい。
多分、今回ポロッと言ってしまったのは、来栖さんと和田さんが煽り、俺が余計な悪知恵に浮かれたからだろう。
「私の財布を盗んだから知ってるんだよね?」
「ち、違うっ! 私はやってない! 友達なんだから信じてよ!?」
「友達だったら本当のことを言ってるし、私の自作自演なんて言わないでしょ?」
「和田ぁ! あんたみたいなのが私に逆らったらどうなるか分かってるの!?」
うわっ!? 泣きそうになったかと思いきや、豹変した!? 怖っ!?
でも、和田さんはひるんでない。すごいな……。
「もう一度私の財布を盗ってみる?」
「ハッ、今度は財布だけじゃ済まないわよ。あんたの友達関係とか全部ぶっ壊してやるわ」
「ようやく認めたね。財布を盗ったって」
和田さんが香坂さんの圧に押されながらも、俺の方に目線をくれた。
その目線の意味をすぐに理解し、俺はスマホの再生ボタンを押す。
すると、先ほど香坂さんが泥棒を白状した台詞が再生された。
「和田さんに何かあったら、今のやりとり全部LINEに流すから」
「あ……」
香坂さんはここでようやく全てを理解したようで、膝から崩れ落ちた。
そんな香坂さんに来栖さんが呆れたようにため息をついた。
「最初から全部素直に白状してくれれば、ここまでしなかったのになぁ」
そういって来栖さんは和田さんを連れてファミレスに戻っていった。
後に残されたのは、俺と呆けた香坂さんだけだ。
この三人のケジメは完全についた。
釘もちゃんと刺したし、これ以上変なことも出来ないだろう。
俺達は荷物を持つと、残された香坂さんに見向きもせずにその場を後にした。
「あーぁ、今回は私が良い所見せようとしたのに、結局ユウに助けられちゃったなぁ。和田ちゃんの自作自演って言ったの、あれ全部嘘でしょ?」
「うん、少しでも和田さんが本当のことを言っても心が痛まないようにって思って言ったことだったんだけど、あそこまで香坂さんが引っかかってくれるとは思わなかったよ」
香坂さんが見えなくなってから来栖さんと俺はネタ晴らしを始めた。
正直、来栖さんが飛び出さなかったら、もっと楽に済んだような気もするんだけどね。
いまだに頬がヒリヒリするし……。
「高瀬さん頼りになりますよね。いいなぁ……高瀬さんが彼氏かぁ」
「あっ、ユウは私の彼氏だからあげないよ?」
「わ、分かってるよ。で、でも、友達になるのは良いでしょ?」
「うん、ただ、和田ちゃんもちゃんと別の彼氏作ってよー?」
そう言って来栖さんが腕に抱きついてくる。
頬が熱いのはビンタされたせいだよな?




