相談事
放って置くわけにもいかないということで、俺と来栖さんは急いで家に戻った。
まさかと思うけど、香坂さんが仕返ししに来たとかか?
まぁ、みんなの前で思いっきり面子を潰したから、逆恨みされてもおかしくはないけどさ。
とにかく、来栖さんに何か変なことされないよう気をつけないとな。
後ろからぶん殴られて、倒れている間に連れて行かれる、なんて想像するのは本の読み過ぎか。
実際、その心配は杞憂だった。
家の前にいたのは香坂さんではなく、香坂さんに財布を盗まれた子だったのだから。
セミロングの黒髪で大人しそうな雰囲気の顔つきの子だ。
俺達に気付くと、財布を盗まれた子は何か申し訳無さそうに視線をフラフラさせていた。
えっと、この子の名前そういえば聞いてなかったな!?
「あ、来栖さん……その……私……」
「あれ? 和田さんじゃん。どしたの?」
あ、和田さんっていうのか。
来栖さんも意外そうな顔をしているのは、きっと俺と同じで相手が香坂さんだと思っていたからだろう。
だって、和田さんにはわざわざ来栖さんに会う理由なんてないだろうし。
「来栖さんごめんなさい」
「え? 何で謝るのさ?」
「……私、香坂さんが財布を盗んだって知ってたから。……でも、本当のことを言うのが怖かったの……またいじめられたくないから……」
和田さんは途中から嗚咽混じりになりながら当時のことを告白し始めた。
小学校の頃から香坂さんと和田さんは知り合いだったらしく、香坂さんは昔から女子グループの中心にいたらしい。
そして、香坂さんが気にくわない子に対して、集団で無視をしたり、落書きをしたりするイジメをしていたらしい。
和田さんはそうやってイジメられている子をずっと見て来たから、香坂さんに逆らえなかったとか。
「香坂さんが盗んだことをばらしたら、どうなるか分からなかったから……。ごめんなさいっ……ごめんなさいっ」
和田さんが何度も頭を下げながら来栖さんに謝る。
その様子を見て、来栖さんは一度ぎゅっと俺の手を握りしめると、長いため息をついた。
「はぁー、もう泥棒扱いしたことを謝らなくて良いよ」
「……本当に?」
「本当に。さっきみんないる中であいつが犯人だってみんなにぶちまけて、ケジメつけたし」
来栖さんはそういうと、ニカッと笑いながら手をヒラヒラさせた。
あぁ、本当に来栖さんは貯めていた言葉を出せたおかげで、乗り越えられたみたいだなぁ。
和田さんもその様子を見て、何かを感じ取ったのか、ようやくまともに頭をあげて、弱々しく微笑む。
「ありがとう」
「うん、許さないけどね」
「「えっ!?」」
俺と和田さんの声が重なり、ぎょっとした顔で来栖さんを見ると――来栖さんは口元を歪めてニマニマしていた。あっ、これはあれだ。
からかう気満々だ!?
「ゆ、許してくれるんじゃないの?」
「泥棒扱いは許したけど、彼氏との時間を邪魔されたのは許すとは言ってないし? 激おこだし」
「えっ、あっ、ご、ごめん」
和田さんは戸惑いながら俺を見ると、慌てて頭を下げた。
俺は別に気にしなくて良い。どうせからかわれていただけだからと答えようとしたけれど、それよりも早く来栖さんが返事をしてしまった。
「せっかくホテルに着いたところだったのに、マジ萎えたし」
「ホッ、ホテル!?」
和田さんの頭からボフッという音と一緒に煙りでも出るんじゃないかと思うほど、和田さんは顔を真っ赤にさせて飛び上がった。
「そうそう。トラウマに向き合って傷付いた私の心を、彼氏に満たしてもらうつもりだったのに」
来栖さんはそう言うと、赤くした顔で俺の袖を掴んで身体を寄せてきた。
良く言うよ!? 公園でキスを誘う振りして、ニンニク臭いって思いっきり俺をからかってたじゃん!?
うわぁ、和田さんが何かこっちをチラチラ見てくる……。あなたが期待しているようなことは一切してないです……。お願いですから、そんなすごいなぁ。みたいな顔で見ないで下さい。
「も、もうそういう関係なんだね……?」
「一緒に泊まりで旅行にも行ったし、今も家に泊まって貰ってるしね?」
「や、やっぱり、家の中とホテルじゃ違うの? 初めては……家で良い雰囲気になってからが良いなって思ってるんだけど」
「あー、ダメダメ。初体験にロマンチックなのを夢見てると痛い目見るよ」
うわぁ、来栖さんが完全に調子に乗ってる。
和田さんは完全に信じ込んでるし、俺がとんでもないプレイボーイみたいな目でこっち見てるんだけど!?
「ね? ユウ。なんだかんだで気持ちが通じ合うキスが一番気持ち良いよね?」
そこで俺に振らないでよ!?
「そ、そうだね。やっぱり、何だかんだでキスが一番気持ち良い……かな?」
あぁっ、和田さんの視線が痛い。
そんな素敵。みたいな乙女の目で見ないで!?
俺キス以外やったことないだけだから! というか来栖さんもこんなこと言ってるけど、キス以上のことしてないはずだから!
「それで、そんな私の楽しみを奪ったことは許せないんだけど?」
「あっ、ご、ごめんなさい」
「なんてね。冗談。ちょっと意地悪しちゃった」
来栖さんは和田さんと俺、どっちに意地悪したんだろうか……。
チラチラこっちを見て来たし、俺の気がするなぁ……。ムダにドキドキハラハラしたしな!
そう思って軽くため息を吐くと、来栖さんにクスクス笑われた。
うん、やっぱ俺をからかってたんだな!?
「ま、冗談はこれくらいにして、謝りに来ただけなの?」
「えっと、実は相談があって……」
「やっぱりね。何となく予想つくけど、どうせ香坂さん絡みでしょ?」
「うん……」
「いいよ。言ってみて?」
「同窓会が終わってからLINEで私が来栖さんに嘘を吹き込んだとか、私のせいで大恥をかいたとかメッセージが来てて……。それで、私も来栖さんみたいに香坂さんに言いたいことが言えるようになりたくて……」
相談と言われたら香坂さん絡みしかないのは、俺も分かっていた。
とはいえ、俺は香坂さんのことを良く知らない。知っていることと言えば、目立ちたがり屋っぽいことと、女子グループの中心という立場を利用して、和田さんから財布を盗み、来栖さんに罪をなすりつけたことくらいだ。
もっと言えば、和田さんのことはもっと分からない。財布を盗まれた人ということしか知らないんだ。
そういう意味では来栖さんの仕返しの手伝いのように、何かが出来るとは思えないんだよな。
どうやら今回の俺は完全に部外者になりそうだけど、来栖さんはどうするんだろう?
「いいよ。手伝ってあげる」
「ほ。本当に!?」
「で、何が言いたいのさ?」
来栖さんはあっさりと引き受けた。
その姿は男の俺が格好良いと思うほど凛々しくて、頼もしく見えた。
それは中学の来栖さんを知っている和田さんも同じだったようで、かなり驚いているみたいだった。
「来栖さん、変わったね。前から綺麗な人だって思ってたけど、幸薄そうな感じだったのに、今はすっごく頼りになる」
「ユウに格好悪いところは見せられないからね」
「あはは、恋する乙女は無敵ってやつだね?」
「そーいうこと」
来栖さんはそう言って俺の腕に抱きついてくる。
そして、そのままどうやって言いたいことを言うかまとめると、明日香坂さんに会う約束をしてもらい、和田さんを帰らせた。
和田さんの後ろ姿が見えなくなる頃、来栖さんはまるで貯め込んでいた息を全て吐き出すかのように長い長い息を吐いてしゃがみ込んだ。
「はぁーーーー……」
「京はあれで良かったの?」
「まぁ、正直いまさら謝られてもってのはあったからね。他の冗談みたいな理由でちょっとはからかわないと、気持ち的に複雑っていうのはあったから」
「そっちもだけど、和田さんのことを手伝っても大丈夫なの?」
飯野さんが来栖さんのことをスーパービッチギャル子さんだって広めた時に、飯野さんに対抗するための演技をしていたようなノリから受けたから、安請け合いというか無理してないかって、俺は心配になったんだ。
案外、来栖さんは純情なんだからさ。
「うん、正直香坂さんには会いたくないんだけど、私がぶちまけたせいで、あのLINEが来てる訳だし、放っておくのも後味悪そうだなって」
「そっか」
やっぱり来栖さんは優しいな。
その優しさを少しでも俺に向けて欲しいってのは内緒にしておくけどさ。
隙あらばからかおうとしてくるし、隙がなければ隙を作ってくる。
何としても俺をからかおうという気概を感じる時があるよ。それでも好きだって思ってくれているから、何かとっても複雑な気持ちだ。
「それに、頑張る一番の理由はさっき言ったよ?」
「え?」
「ユウが私と同じ立場だったら、絶対何とかしようとしたでしょ? だから、私も好きなユウの真似をしたんだからさ」
来栖さんはそういうと、少し照れた様子で顔を反らした。
あ、あれ? からかっている顔じゃない?
ってことは、本当にそう思ってくれてるってことで……。あ、やばい。何かすっげー抱きしめたくなる。
でも、そんなことしたら、ニンニク臭いっていわれちゃうね!
「……ホント、ラーメン食べて後悔した」
「ぷっ、あはは。しょうがないなぁ。もう二度とラーメン行かないって言われたら嫌だし、ほら、ブレスケアあげるよ」
「あ、ありがとう。って、持ってるならもっと早く欲しかったよ!? キスしようとした前とかに!?」
「だって、欲しいって言われてなかったしー。というか、そんなにキスしたかったんだー。ふふ、そっかそっかー。ユウは私とキスしたかったんだー? 一番気持ちが良いキスしたかったんだー?」
「あぁっ、もう! それ言わせたの京でしょ!?」
「あははは。ホント、ユウ大好き」
ドキッとしても結局こうなるんだから!
ムードも何もあったもんじゃないよ!




