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実家にて

 電車を乗り継ぎ二時間くらい経っただろうか。

 県をまたいで着いた街はその地域の中心地なのか、若い学生くらいの人達も多い。オープンキャンパスの看板が目立つし、どうやら近くに大学があるらしい。

 そんな街に降り立って、俺は来栖さんの後をついて行く。


「中学の時はここに住んでたんだ。ユウと別れてから二回くらい引っ越した後だったかな」

「そっか」


 来栖さんは特にそれ以上言わなかった。

 来栖さんにとって中学時代は不遇の時代だったし、楽しくお喋り出来なくて当然と言えば当然なんだ。

 そんな時を思い出させるところにきて、来栖さんの目にはこの景色がどう映っているのか、少し心配になる。

 良いところだね。と言うのも、辛くないか。と聞くのも、どっちも良くない気がする。

 同級生一人と出会っただけで体調崩したし、下手なこと言ってフラッシュバックさせる訳にもいかないしなぁ。


 そうして、無言のまま駅前を通り過ぎて、静かな住宅街にさしかかると来栖さんはふと後ろを振り向いた。


「こんなに賑やかな街だったんだね」

「そうだね。大学が何個もあるみたいだし」

「昔は全く気がつかなかったなぁ。あ、今度あそこのケーキ屋一緒に行こうよ」


 空元気という訳じゃなそうで、本当に楽しそうに見える。

 あ、あれ? それじゃあ、さっきの沈黙はなんだったんだ?

 もしかして、余計な気遣いだったとか?


「ねぇ、ユウ、私は大丈夫だよ」

「そっか。実はずっと心配してたんだ」


 ここまで来る間、ずっと無言だった訳だしね。

 昔のことを思い出して、落ち込んでいるんじゃないかって心配するのは当然だ。


「いくら私の家でお泊まりだからって緊張し過ぎだよ?」

「そうそう。緊張して眠れる気がしない――って違う!?」


 いや、違わないけどさ!

 下宿先とは言え、もう何度か来栖さんの家に行っているから大丈夫だと思ったけど、家に泊まるのは初めてだった。

 来栖さんのご両親もいる訳だし、粗相がないようにとかメチャクチャ気を遣うんだよね。


「ちゃんと、娘さんを貰いに来ましたってお父さんに言ってよね?」

「間をかなりふっ飛ばした!?」

「お父さんにふっ飛ばされないようにね? 空手の黒帯だから」

「お父さんそんなに凄い人だったっけ!?」

「あはは、ううん、全然、空手はやったこともないはずだよ」


 まさか、こんなタイミングでからかわれるなんて……。

 心配して損したよ!?


「……心配してくれてありがと」


 来栖さんがギリギリ聞き取れるかどうかの小声で、そんなことを言った。

 さっきのからかいは、来栖さんなりの照れ隠しだったのかな。

 いつも通り接して欲しい。多分そう伝えたいんだと思う。

 だから、ありがとうって言葉は気がつかない振りをする。


「ご両親の前ではからかわないでよ?」

「うん、大丈夫。私はからかわないよ」


 何か妙な引っかかりを覚えながらも、来栖さんは笑顔で約束してくれた。

 そして、この約束はちゃんと守ってくれた。

 そう、来栖さんは俺をからかわなかった。



 来栖さんの家は住宅街の庭付き一軒家で、薄黄色の壁だった。

 庭には花壇があって向日葵が咲いている。

 その向日葵の世話をしているのは、来栖さんを大人っぽくしたような金髪の女性だった。

 あ、俺もこの人を覚えている。来栖さんのお母さんのジュディさんだ。


「ただいま。母さん」

「オー! ケイト、お帰りなサーイ」

「ちょっ、お母さん苦しいってば」


 あ、挨拶した瞬間に、来栖さんが胸の中にしまわれている。

 恐るべき包容力!?


「おや、そっちのボーイが例の彼デスネー」

「あ、お久し振りです。高瀬祐作です」

「ハーイ、お久し振りデース。よくも家の娘の純潔をもてあそびマシタネー!」

「弄んでないですよ!? 京はまだ処――俺に何言わせる気ですか!?」

「オー! 純潔は間違い。純情デシタ。娘の純情をもてあそんで付き合ってるユウ君デスヨネー? 娘から話は聞いてマース」

「どっちかっていうともてあそばれてるのは俺ですけどね!」


 今までのからかいの数々を考えれば、何度俺の純情を弄ばれたか分からないぞ!?


「ナルホド。ということは、ユウ君もケイトが大好き、ラブなんデスネ!」

「は、はい。って、どうしてそうなったの!?」


 話の脈絡が何かずれているような気がするぞ!?

 これが父さん達の言っていたジュディさんの話術!?

 肝心の来栖さんは顔真っ赤にして照れてるし、どう会話すれば良いの!?


「あ、あの、確かに最初はケイトだって気付かず付き合いましたけど、純情を弄んだつもりなんてなくて……」

「知ってマスヨー。ケイトからのメールでユウがなかなか気付いてくれないと聞いていたノデ」

「ホントすみません……」

「それでも付き合って、ラブになったのなら十分純情を弄んでくれテマス」


 あ、あれ? もしかして、純情をもてあそぶって、思いに応えてくれたみたいな意味で使ってる?


「あ、あの、純情をもてあそぶじゃなくて、純情に応えたって言いたいんですか? 弄ぶだと純情に対して酷いことしたみたいになりますよ?」

「オー!? それは失礼しまシタ! 日本語やっぱり難しいネ」


 ジュディさんはケラケラと笑いながら手を叩く。

 俺もその笑いに釣られて苦笑いだ。


「ね? 私がからかわなくても大変なことになったでしょ?」

「……そうだね」


 来栖さんがポンと俺の肩を叩く。

 うん、さっきの約束通り、来栖さんはからかってこなかった。

 でも、からかい以上に疲れるなんて聞いてないよ。


「ユウ君、ごめんネ。お詫びに今夜は美味しいディナー作るヨ」

「ありがとうございます」

「それでパワーアップして、お父さんとファイトしてネ!」

「何でファイト!?」

「日本人の男の子は、ガールフレンドのお父さんとファイトするのがお約束だと聞いてイマス。娘はお前にやらんのちゃぶ台返しがついに見られマース」

「いや、今時ちゃぶ台返しなんてやる人いませんよ!?」

「デスヨネ。日本もちゃぶ台じゃなくてテーブルが普及していマス。ひっくり返すと重いし危ないデス。そもそもこれだとテーブル返しデス。ちゃぶ台返しは絶滅デスネ」

「そういう問題じゃ……。いや、それで良いです」


 これ以上この話題を続けるとまた変なことになりそうだ。

 早く家に入ろうと来栖さんにアイコンタクトを送ると、来栖さんはすぐに頷いてくれた。

 来栖さんの顔が赤いのは、お母さんの言動のせいだろう。多分俺を家に入れるからじゃない。

 そもそも来栖さんの部屋には何度もお邪魔してるしね。まさか実家だから照れるって訳もないだろうし。……まさかな?


「ユウを部屋に案内してくるね」

「ハイ、子供が出来たら呼んで下サイ。ご飯に呼びマース」

「お母さん!?」

「アハハ、ケイトもユウも同じビックリ顔してマス。昔からやっぱり仲良しデスネ」


 ケラケラとジュディさんがまた笑う。

 あぁ、なるほど。やっぱり来栖さんのお母さんだこの人。


 でも、これだけからかわれたおかげで変な気負いはなくなった。

 というのも、俺は明日、来栖さんがケジメをつけるために参加する同窓会に行くことになって、実はこっちでも結構緊張していたんだ。

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