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ガラケー

 ケジメをつける。

 多分、中学の同級生達とのことなんだと思う。


「大丈夫なの?」


 会っただけであんなに動転していたんだ。

 そう簡単にケジメをつけられるとは思えない。


「大丈夫じゃないかも」


 意外なことに来栖さんは普通に弱音を吐いた。

 引きつった笑みを浮かべながら、頬をぽりぽりかいている。

 まぁ、香坂さんに出会っていきなり過呼吸を起こした来栖さんに、大丈夫って言われても簡単には信じられないけどさ。


「ユウの部屋の匂いが濃くって、ちょっと落ち着かない」

「え、あ、ごめん」


 そっちかよ!?

 い、いや、でも、ちゃんと窓を開けて換気しているはずだし、ゴミも昨日のうちに捨ててるはず。

 消臭剤もちゃんとかけたはずだし。


「イカ臭い」

「っ!?」


「ぷっ、あはは。冗談冗談」

「心臓に悪い冗談はやめてっ!?」


「あはは、男の子だから仕方無いよねー?」


 来栖さんはお腹を抱えて俺のベッドに倒れると、そのまま笑い転がり始めた。

 しかも、タオルケットで自分を包みながら転がっているせいで、ミノ虫みたいになっている。

 うわぁ……楽しんでるなぁ……。俺の心配を返せよ……。


「……ウのにお……が……っぱい」

「タオルケットでくぐもって何て言ったのか分からなかったんだけど。というか、いつまでもくるまってつもりなのさ……」


「……後五分」

「朝の二度寝じゃないんだから……」


 枕に頭を乗せて丸くなっている来栖さんを前にして、どうしろっていうんだよ……。

 いや、でもこれは、この間にパソコンの履歴やファイル名を変更出来るチャンス!?


「それじゃあ、五分後に起こすから」

「おねがーい」


 にしても、何なんだこの状況は!?

 彼女が自分のベッドで丸くなる隣で、俺はいかがわしい検索履歴を削除して、ファイル名を一斉に変更しようとしている。

 あぁ……後で元に戻すときが大変そうだな……。というか、こんな時のためにバックアップとっていれば、削除して復旧するだけで良かったのか……。

 バックアップ超大事だな。


 でも、これで偽装工作は完璧だ。泰斗さんあなたの犠牲を俺はムダにしなかったよ。


 これで来栖さんに見られても大丈夫なはず。

 んで、肝心の来栖さんはまだ気持ちよさそうに丸まって寝転がっているし。

 何かドッと疲れたな……。

 いつもならベッドに倒れ込みたいところだけど、今は来栖さんが使っているし――、ん? あれ? 来栖さんが帰った後、俺このベッドで寝るんだよな……?


 そりゃ、そうだ。ここは俺の部屋なんだし、来栖さんが今寝ているのは俺のベッドだ。俺が使って何の不都合も不自然さもない。

 でも、これ、こんなに来栖さんがもみくちゃにしたなら、来栖さんの匂いがめっちゃ染み込んでいるんじゃないか?

 それはつまり来栖さんと一緒に寝るみたいな感じ……?


「~~っ!?」


 口に手を当てて変な声が出ないように必死にこらえる。

 や、やばい。こんな状況でそんなことを想像したら……。


「け、京、そろそろ五分経つよ。起きて」


 俺の呼びかけに来栖さんがもぞもぞと動き、タオルケットの中から顔だけをにょきっと出す。


「おはようのキスしてくれたら起きるかもー?」


 目を瞑りながらそんな寝ぼけたことを言う来栖さんに、俺はこの子がどういう子だったのかと嫌でも思い出した。

 ドキドキするだけムダというか、からかわれるだけなんだ。たまに本物が混じっているから油断出来ないけど、これはあざとすぎるというか、露骨に冗談だって分かる。


「……人をからかいすぎ。さすがの俺でも……引っかからないよ」

「ちぇっー」


 観念したように来栖さんが起き上がる。

 ふわりと宙を少し舞ったタオルケットから俺の部屋にはなかった甘い香りがやってくる。

 その匂いを俺は最近何度かかいだことがあった。どこでかいだんだっけ?

 確か、来栖さんと二人きりの時――、あぁ……、来栖さんの部屋の匂いだ。


「んっー、キスしてくれないのは残念だけど、ユウのおかげで元気になったよ」

「ど、どういたしまして」


「それにぃ、ユウの匂いがいっぱいで、何かユウと寝てるみたいだったよ」

「っ!?」


 や、やっぱりそうなのかな!?

 ということは、やっぱり夜寝るときに来栖さんの匂いが残ってたら――眠れる気がしないんだけど!?


「ユウ顔真っ赤だよ?」


 口元をニマニマさせた来栖さんが顔を目の前に近づけてくる。

 あ、やっぱりさっきフワッと香ったのと同じ来栖さんの匂いだ。


「何で赤くなってるのかな?」

「へ、部屋が暑いだけだよ……」


「ふーん、なら窓を開けて換気する?」


 あ、来栖さんのこの顔、絶対分かって言ってる!?

 でも、俺だって来栖さんのことが分かってきたんだ。

 こういう時は俺の反応を見て面白がりたいだけ。


 俺が換気しないって答えて、私の匂いを堪能したいの? とか言ってからかうつもりなんだ。

 そして、図星を突かれて俺がドギマギする。

 それを見て、来栖さんはケラケラ笑う。

 俺だってそれくらいは分かるように成長したんだ。いつまでもやられっぱなしって訳じゃない。


 ここでからかわれないための正解は、窓を開けることだ。


「開けなくて良いよ。外の方が暑いし」


 うん、やっぱり欲望には勝てなかったよ。

 来栖さんの匂いが薄れるとか絶対にダメ!

 さぁ、からかいたいならからかうと良いさ!


「私もね。このままの方がユウの匂いがちゃんとして良いな。なんか安心するから。うー、何か恥ずい!」


 ほら、からかった――は? 今なんて言いました?

 あれ? からかわれてないどころか、普通に凄いこと言われた?

 何でタオルケットを頭から被って顔隠してるの!?


「ユウ、隣、座って」

「う、う、うん」


 あ、あれ? もしかして、来栖さんのさっきのニマニマ顔ってからかおうとしていた訳じゃないのか?

 ちょっとした警戒心を抱きつつ、誘われるままに来栖さんの隣に座る。

 すると、来栖さんはタオルケットを被ったまま、俺にもたれかかってきた。

 え、えぇ!? どうすればいいの!? 抱きしめちゃって良いの!?


「ユウ、手を出して。今なら大丈夫だから」


 来栖さん何を言ってるんですか!? 手を出しちゃって良いの!?

 押し倒して、タオルケットを剥いじゃえば良いの!?


「……襲ってって意味じゃないからね?」

「え、あ、はい!? 分かってるよ!? って、これは……」


 俺が来栖さんに手を差し出すと、来栖さんの携帯が乗せられた。

 画面には鞄を漁る女の子が写っている。少し幼いけど、この顔は海で会った香坂さんか?


「……たまたま教室に忘れ物を取りに戻った時に、写真を撮ったの」

「こんな決定的な証拠があるのに、何で疑われたの? 大人に見せたら事情を分かってくれそうなのに」


「見せたよ。でも、これじゃあ証拠にはならないって言われたの。学校指定の同じ鞄はみんな持ってるし、自分の鞄の整理をしているようにしか見えないって」

「あ……」


 そうか。言われて見れば、この写真に盗まれた財布っていうのは写っていない。

 ただ、香坂さんが鞄をあさっている写真でしかないんだ。

 見方によっては鞄を整理しているだけに見える。


「だから、先生にはこの写真をみんなに見せるなって言われた……」

「それ、先生が単にもみ消そうとしたんじゃ……」


「今だとそう思えるよ。でも、あの時はそう思えなかった。でも、ずっとおかしいと思ってたから私はこの携帯が変えられなかった。これだけが唯一の証拠だったから」


 ガラケーだとおじさん受けが良いなんて言っていたけど、それは嘘だっていうのはとっくに気付いていた。

 むしろ、別にガラケーを使い続ける必要なんてないのに、何で使うんだろうって思っていた。

 だから、飯野さんの件が済んで、全部終わったと思っていたのが、俺の間違いだったんだ。

 もっと前、俺が知らなかった来栖さんの中学時代から、来栖さんはまだ完全に立ち直っていない。

 このガラケーがその証だったんだ。もっと早く気付いてあげることは出来なかったと思うけど、気付いてあげれば良かった。


「それに、ガラケーならSNSとかのアプリが使えないって言い訳立つからね。中学の人達には絶対見つかりたくなかったし、見たくもなかったから。ごめんね。本当はユウとも一緒にいろいろやりたかったんだけど」


 来栖さんがしおらしく謝ってくる。

 けど、俺は別にそんなことで謝られても困るというか、事情を知った以上何も言えないというか。


「謝らないでよ。それに、これから先、まだまだいっぱい二人で色々できるだろ? なら、全然気にすることなんてないよ」


 それに、来栖さんは自分からケジメをつけにいくって言ったんだ。

 きっとそれにケリがついたら、来栖さんともっと色々なことが出来るようになるはず。


 来栖さんは一瞬、あ、と口を開ける。

 けど、すぐに開けた口を閉じて、ニマニマと口元を歪めた。

 どんな顔なのかはタオルケットに隠れて見えないけど、ほんのり赤く染まった頬がタオルケットの端からちらっと見えた。


 あれ? もしかして、来栖さん照れてる?


「そうだったね。ユウのまだ貰ってない童貞いっぱいあるもんね。それじゃあ、ケジメつけたらSNS童貞卒業かな」

「そうそう――ってだから童貞言うなっ!? せめて、初体験って言ってくれない!? というか、SNSに関しちゃ俺童貞じゃないし!? 京が初体験なだけだし!?」


 童貞と言われると、地味にこうぐさっと来るから!

 いや、まぁ、あげるのは全然良いし、嬉しいけどさ。

 もう全部持って行っても欲しいとは思うけど、そこは男の子としてプライドがあるので――。


「じゃぁ、初体験の私を優しくリードしてくれるんだよね? 童貞捨てちゃったユウ君?」


 何でこうもいかがわしい言い方をするかな!?

 しかも、わざわざ抱きついてきて、耳元で囁かなくたって良いだろ!?

 もうただでさえ、来栖さんが俺の部屋にいて、ベッドに一緒に座っているって時点で理性がやばいのに。誰かに見られたらどうするつもり――。


「ご飯の準備出来たわよ――あ、あらあらあら、ごめんね」

「母さん!?」


「お父さん、雫ー、お兄ちゃんの部屋は今入っちゃダメよー。先にご飯食べちゃいましょー」


 うわあああ!?

 やってもないのに、何か既成事実化している!?

 まぁ、そりゃそうだよなぁ!? 扉側から見れば、タオルケットにくるまれた来栖さんが俺にだきついているから、俺達の頭しか見えてないし、やってるように見えちゃうよなぁ!?


「ご両親の許可貰っちゃったね」

「……今は手を出さないからね。来栖さんがちゃんと立ち直ったら……その……」


「……うん、ありがと。お礼にもう少しだけギュッとしてあげる」

「……というか、来栖さんがギュッとしたいだけじゃないの?」


 せめてもの皮肉というか反撃に来栖さんがより抱きしめる力を込めてくる。

 というか、ちょっと脇腹つねられて痛くすぐったい!?


「うっさい……。ちょっとユウが格好良かったのが悪い」

「もしかして……さっきのからかいって照れ隠し? あいたたた!?」


 あ、図星だったんだ。つねる力が強くなってる!?

 全く、仕方無いなぁ。


「後、五分だけね」

「……うん」


 この後、両親にからかわれながら夕飯になったけど、一番からかわれたのはこの後、寝る前だった。

 それは来栖さんを家まで送り届け、家に帰って寝る前に起きた。

 ベッドに身体を放り出したら、来栖さんの甘い香りがぽふっと枕とベッドから溢れてきた。

 来栖さんが言ってたけど、本当に二人で寝てるみたい――なんてな。

 さて、枕に顔を埋めてタオルケットを頭から被るかな。今日はエアコンをつけるから冷えるし!


「あれ? 来栖さんから着信? もしもし? 何か忘れ物した?」

「私の匂いまだベッドに残ってる? くんかくんか嗅いじゃダメだからね?」


「しないよ!?」

「あれー? おかしいな枕にキスマークつけておいたのに。うつぶせになって顔を埋めれば気付くはずだよ?」


「え!? 枕にうつぶせになったけど、そんなのついてなかったよ!?」

「ぷっ、あはは。そっかそっかー」


「え? あ、ああああ!? からかわれた!?」


 こんな時までカマかけるの!?


「匂いが薄れたら、またつけに行ってあげるね。その時までイカ臭くしないでよー?」

「あぁ、もう! そんなことしないよ!」


 だから、是非お願いしますっ!

 なんてのはさすがに言えず、来栖さんの楽しそうな笑い声を聞きながら、まぶたを閉じた。

 何かとっても幸せな夢を見た気がするよ。

ポイントが何と1万突破しました。

たくさんの評価ありがとうございます。

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