男の子最大のピンチ
ここから実家編です
海から帰って数日後、俺は泰斗さんに家へ呼び出された。
家に入る前に電話を入れてくれと言われ、連絡をするとマンションの一階まで泰斗さんが降りてきた。
「高瀬君……良く来たね。アレは持ってきたかい?」
「はい。でも、京はこのことを……?」
「あぁ、大丈夫だ。何も知らない」
「でも、こんな不意打ちみたいなこと、ずるくないですか?」
「構わないよ。何せ海から帰ったここ数日、京は明らかに浮かれているからね」
俺の問いかけに泰斗さんは意地悪な笑みを浮かべて、肩をすくめた。
あの来栖さんでさえも浮かれてしまう出来事が海で起きた。
いや、もしかしたら付き合ってからずっと浮かれていたのかも知れないけど、俺達は海で一線を越えかけた。
正直、あの時のことを言われるだけで、顔から火が出るんじゃないかと思うほど、身体が熱くなる。
「やるなら今しか無いと思うんだよ」
「……そうですかね? もっと後でも良いと思うんですけど。その、まだ早すぎるんじゃないかなって」
「ダメだよ。後でやらなくて後悔するのは君と京さ。後になってやっておけばこんな思いはしなくて済んだのにってなるだけ。それにこれも良い思い出になる。ほら、ここにお土産もあるし、大丈夫だ。高瀬君ならやれる」
「分かりました。やります」
こうして、俺は覚悟を決めると来栖さんの家にあがった。
そして、一歩中に入った瞬間――。
「ふー、スッキリしたー。あ、泰斗兄さん、アイスがなくなってたから、出かけるときにアイスを買って来てよ。私チョコミントがいいなー」
風呂上がりの来栖さんに出くわした。
赤く火照った身体に、石けんの香り、つやつやの肌、そして、家の中で過ごすためのノースリーブシャツと丈の短いパンツのラフな服装。
俺、こんな来栖さん相手にどこまで持つかな!?
「え、えっと、チョコミントも買って来たよ」
「ありがとー。――え? ユウ? ユウ!? え!? なんで!?」
「えっと、泰斗さんに呼び出されて」
「そ、そっかー。なら、私は邪魔しないように外にいってくるねー?」
来栖さんは頬を赤く染めて、俺の顔をチラチラ見ながら、横をすれ違おうとする。
来栖さんも海に行ったときに一線を越えそうになったことを思い出して、恥ずかしがっているのだろうか。
あの時の続きをしたいなんて女の子からは言えないから、俺から言って欲しいなんて思っているんじゃないだろうか。
――なんて甘い考えはとっくに捨てていた。
「来栖さん、隠し事してるでしょ?」
「ナ、ナンノコトカナ」
来栖さんが俺をからかわずにスルーするなんてありえない。
それこそ泰斗さんに呼び出されたなんて言ったら、えー、私には興味ないんだー。へぇ? とか言いながら、服を少しめくる、みたいなからかいを平気でやってくるはずだ。
でもそうしないのなら、もう俺の意図に気付いてる。
「宿題、後で一気にやると大変だよ。俺も手伝うから一緒に頑張ろう」
「うぅ……やっぱりぃー……泰斗兄さんに呼び出されたって聞いて、嫌な予感はしてたよ……」
そう、来栖さんは宿題を一切やっていなかったらしい。
そのことが泰斗さん一家と実家にばれたらしく、俺に何とかしてあげてくれと救援要請が入ったんだ。
高瀬君が言えば言うことを聞くから、そう言われたけど、本当に聞いてくれてちょっと驚いた。
「まずはアイス食べながらで良いからさ」
「はいはーい……うぅ、マジテンション下がる」
明らかにテンションが下がっている来栖さんに苦笑いしつつ、勉強用具を持った彼女の背中を押してリビングに連れて行く。
そして、向かい合って座って、袋の中身を取り出す。
バニラ、チョコミント、ヨーグルト、オレンジの四種類を取り出し机の上に置き、続けて袋に入ったスプーンを置く。
「ユウ、これスプーンじゃないよ?」
「え?」
言われて机に置いた物を見てみれば、確かにそれはスプーンじゃ無かった。
小さなビニールで封がされた平らな物体。
そして、表には0.01という数値がっ!
ゴムだこれえええ!?
「おい! 泰斗さんっ!? 何してくれてんの!? 保健体育の実習は宿題にないって!?」
悪戯の元凶をとっちめようと席を立ち上がるけど、泰斗さんの姿は見当たらない。
あれ? どこいった!?
これじゃあ、まるで俺が来栖さんとやるために来たように見えるじゃないか!?
「ユウ、そんなにやりたいの? 確かに海に行ったときは中途半端になっちゃったけどさぁ。もっとムードを考えて欲しいなぁ?」
あらぬ誤解!
「ち、違う!?」
「だよねぇ? ユウは私と一緒に勉強しに来たんだもんね? 保険の実技はいらないよねぇ? だから、私がこんなことしても、ユウはマジメに宿題教えてくれるんだよねー?」
来栖さんはそういうと俺の座っている椅子に強引に身体をねじ込んできた。
来栖さんがピッタリとくっつくせいで、シャワー上がりであがった体温が直に伝わってくる。
つるつるでもちもちで、我慢しろっていう方が無理なのにっ!
「泰斗さんにまた見られちゃうよ……」
「泰斗兄さんならさっき出て行ったよ。あのニヤニヤ顔はこういうことだったかぁ。やられちゃったねぇユウ」
「何でそれで京は平気なのさ……」
「ふふ、ユウのドキドキが伝わってくるのが、顔見てれば超良く分かるからかな? ユウがてんぱってる分、私がしっかりしないとーみたいな?」
ぐりぐりと胸をつつかれ、俺は降参の意図を込めて両手をあげる。
これ以上抗おうにも墓穴を掘るだけだし。
「っと、アイスが溶けちゃうね。食べないやつを片付けるついでにスプーン取ってくるよ。……泰斗兄さんのバカ」
来栖さんが俺から離れると、何か急に寂しく感じるというか、気が抜けるというか、何か物足りない気持ちになってしまった。
あれ? おかしいな。からかわれているのが快感になり始めたのか!?
いや、いやいやいや、そんなことないはず。
戻ってきた来栖さんが普通に隣の椅子に座って、密着してこないことにガッカリしてるのも気のせい気のせい。
それに、今日は宿題を一緒にやってくれと保護者の皆様からのお願いだ。
その頼みを裏切って、手を出してしまったら――うん、俺達の交際が大反対されるだろう……。
「ねぇ、ユウ、宿題頑張ったらご褒美が欲しいんだけどさー」
「ご褒美?」
「うん、せっかくだしデートしようよ」
「……それってご褒美なの?」
ただ遊びに行きたいだけじゃ……。
「うん、だってユウと一緒に遊べるんだし、楽しいじゃん。私にとってはご褒美だよ」
「そ、そっか。えっと、どこか行きたいところある?」
「うん、それは宿題が終わってからのお楽しみで。これでユウもちょっとはやる気出た?」
来栖さんの方がよっぽどやる気出している気がするけど、急に宿題が終わった後も楽しみになったのも事実だ。
うぅ、にしても素直に好意をぶつけられると、まだまだ恥ずかしいなぁ。
からかわれるより頭がくらっとくる。
「うん、俺も京に負けないよう宿題頑張らないとね」
「さっすがー。頼りにさせてもらうし。ユウがいれば宿題も余裕だし」
「ノートの丸写しはさせないからな?」
「ちぇっ、……けちー」
さすがにくらっと来た頭でもそれはNGだって分かる。
ということで、俺は口を尖らせる来栖さんを無視して、自分の課題の続きを始めた。
もちろん、ノートの丸写しなんて冗談だったようで、すぐに来栖さんも静かにペンを動かす音を出し始めた。
でも、俺はこれが嵐の前の静けさというか、来栖さんが俺を油断させるための罠だということに気がつかなかった。
俺がそのことに気がついたのは勉強の後、来栖さんが俺を連れてバスにのった時だった。
「ねぇ、京、そろそろどこに行くか教えて欲しいんだけど」
「ユウの良く知ってるところだよ?」
「俺が良く知ってるところ?」
「うん、というか、ほぼ毎日行ってる場所?」
「学校……じゃないよね?」
「違う違う。ユウの家で、お家デートしよ?」
「……はい?」
来栖さんが……俺の部屋に?
あ、やばい。片付けしてない。
「ふふふ、ベッドの下にやらしー本があったりしてー」
「ははは、無い無い」
やっべぇ、PCの履歴とか消さないとやっべぇ!
PCの隠しフォルダーを開けられたら絶対にダメだ!?
「なるほど。パソコンの中かー」
「ハハハ、ナンノコトカナ」
何故ばれた!?
「泰斗兄さんも数分でばれたからね」
「へ……へぇ……それはかわいそうに……」
やばい。人ごとじゃ無い。でも、泰斗さんだってさすがに分かりやすいところにそういう物を保存しないはずだ。隠しフォルダーやフォルダーの多層化とフォルダ名の偽装によって、普通に探しても見つからないはずなのに、どうやってそんなすぐに見つけられるんだ?
「さぁて、ユウはどうかなー? ちなみにフォルダーを探さず、jpgって検索をかければ良いらしいよ?」
あ、うん、それは非常にヤバイ。
一体これからどうなるんだ!?




