海の家にて
水をかけあったり、ぷかぷか一緒に浮いてみたり、海を満喫する。
一通り楽しんだら、今度は砂浜で城を作ってみたり、砂に埋まってみたり、定番を楽しむ。
いわゆる定番って奴だけど、その定番に来栖さんはちょくちょくからかいを挟んだ。
「なんじゃこりゃあああ!?」
「ユウ、たくましすぎー」
「こんな写真撮らないで!?」
砂に埋まっていた俺の股間あたりに来栖さんは巨大な大砲を作っていた。その塔の隣には球状の物が二つ添えられていて……。
ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃないか! 完成度高いなおい!
とまぁ、そんなからかいを受けたりしつつ、ノドが乾いたから海の家に行くことになった。
「やっぱ暑いからノド乾くねー」
「何飲もうか。あ、でもかき氷なんかも良さそうだな」
「あ、良いねかき氷。かき氷にしようよ。んで、違う味にして交換しようよ」
「うん、そうしよっか」
さすがに間接キスくらいじゃ動揺しなくなったな。
もうそれ以上のことされすぎて感覚が麻痺してるだけだけど……。喜んで良いのかは微妙なところだな。
「かき氷と言えばユウ知ってる? かき氷のシロップって味は全部同じなんだって」
「え? そうなの?」
「みたいだよ。だから、試してみようよ。私はイチゴにするから、ユウはメロンにしてみよ」
ということで、頼んだかき氷が来た俺達は自分の分を一口食べてみる。
うん、ちゃんとメロンっぽい味がするけどな。
「それじゃ、交換、はい、あーん」
うっ、さすがに人がいるところでは恥ずかしいんだけど!?
二人きりなら慣れたつもりだったのに、心臓がバクバクする!?
でも、この動揺をばれる訳にはいかない!
「あ、あーん」
味に集中するんだ。
集中……。あれ? イチゴだな。これが同じ味って嘘だろ?
「ちゃんと味が違う気がするけど」
「うん、色で勘違いするらしいよ。ってことで目を瞑ってみて。どっちがイチゴか当てて見て?」
「う、うん」
言われた通り目を瞑ってみると――あれ? 確かにどっちがどっちか分からない。同じ味がする。
「分からない……すげえ、マジで同じ味がした」
「あ、やっぱり分からないんだ。それじゃあ、私もやってよ」
そう言って来栖さんが口を開けると――。
「あれ? 来栖だよね?」
誰かが来栖さんの名前を口にした。
同じ学校の知り合いでもいるのかと思って周りを見てみるけど、知っている顔は無い。
二年生とか三年生なら確かに顔は見たこと無いし、制服じゃなくて水着だから余計に分からなくなる。
でも、それ以上に俺が戸惑ったのは――。
「来栖さん大丈夫?」
さっき名前を呼ばれた瞬間、ビクッと震えたような……?
しかも、何かちょっと顔色悪いし……。
ん? あれ? 誰か近づいてくる。
「あ、やっぱり来栖じゃん。久しぶりー」
黒い髪、眼鏡をかけて、フリルの水着を着た少女がやってきた。
学校では見たことの無い人だけど、来栖さんの知り合いなのかな?
「高校で遠い所に引っ越すなんて聞いてなかったからさー。マジ驚いたって」
「何でこんなところにいるの?」
「中学の頃のみんなと海行こうってなって。せっかくだから遠出しよってなったんだよ。でも、来栖がいるとかマジでびっくり」
「へー……そうなんだ」
あぁ、来栖さんの中学校時代の知り合いか。道理で俺が知らない訳だ。
でも、それにしては来栖さんがあまり楽しそうじゃないっていうか、嫌がっているように見える。
そう言えば、あまり中学の頃の話は乗り気じゃなかったな。
あの時は男子におっぱいをジロジロ見られたって誤魔化されたけど……。
「久しぶりにみんなに会いに来る?」
「ううん、止めとくよ。今日は彼氏と来てるから、邪魔しないで?」
「へ? 彼氏? どこどこ?」
うん、来栖さんとは釣り合わないのは重々承知だけど、視界に映ってすらいない扱いを受けるのはさすがに凹むぞ。
来栖さんの目の前に座ってるじゃないか!?
「初めまして。来栖さんの彼氏の高瀬祐作です」
「へ? え!? あー……来栖と同じ中学だった香坂です。初めまして」
うわぁ、とっても反応に困っているリアクションをありがとう。
みんなその反応するよね! そろそろ来栖さんに泣きついて良いかな!?
「でも、来栖の彼氏かー。高瀬君も大変そうだよね」
「あはは……毎日からかわれるからね」
「お財布とか気をつけた方が良いよ。いつなくなるか分からないから」
「へ?」
財布? 何のこと?
「ユウ行こ」
俺が財布について聞く前に、来栖さんが立ち上がって俺の手を取って、引っ張ってきた。
まだかき氷も残ってるのに? あーんも途中で止められたのに?
というか、あの来栖さんが何も言わずに立ち去ろうとするなんておかしすぎる。
ここは確かに早く立ち去った方が来栖さんのためになりそう。
そう思って立ち去ろうとした時だった。
香坂さんが元気いっぱいな声で俺達の背中に声をかけてきたんだ。
「あっちのブルーって海の家の前にいるから、気が向いたら来てね。みんなもう来栖が財布を盗んだのは許してるからさ」
来栖さんが財布を盗んだ?
ありえないだろ? あれ? 来栖さん!?
来栖さんが苦しそうに胸を押さえて、肩で荒く息をしている。
これって過呼吸じゃ!?
「来栖さん!」
ダメだ。声かけても苦しそうにするだけで、収まりそうに無い。
しかも、足腰に力が入らないのか、崩れ落ちてしまった。
からかいだったらどんなけ良かったか。
でも、これは分かる。演技じゃ無くて本当に辛いんだ。
ライフセーバーの人は――いた! けど、少し離れてる。来栖さんを置いていく訳にはいかないし。
大きく息を吸い込め! 喉が潰れても良い。とにかく大きな声で呼ばないと!
「すみません! 彼女が過呼吸になってしまって! どうすれば良いですか!?」
「ん? あぁっ! 今行くよ!」
何とかライフセーバーのお姉さんに気付いて貰って、走ってやってきてもらった。
そして、来栖さんの様子を見て貰うと、背中をさすり始めた。
「ほら、落ち着いて。苦しいかも知れないけど息を吸ったら吐くのを止めて。ゆっくり息を吐いて」
でも、来栖さんはライフセーバーのお姉さんの言葉が聞こえないみたいに、息を吸い続けている。
その度に苦しそうな顔で胸を押さえていて、見るに見てられない。
「君、この子の恋人?」
「は、はい、えっと、その急に苦しみだして、どうしたら良いかわからなくて」
「落ち着いて。恋人の君が焦ったらもっと焦っちゃうから。君は冷静に彼女の背中をさすってあげて。今私が言ったことを同じように言ってみて」
「分かりました!」
俺は言われたとおり、来栖さんの背中をさすり、来栖さんの握りしめていた手を上から包み混むように握った。
そして、願うように来栖さんに息を止めるように伝える。
「大丈夫だよ来栖さん。落ち着いて」
すると段々と来栖さんの呼吸が落ち着いてきた。
「ユ……ユウ、もう大丈夫……ありがと」
「はぁー……良かったぁ……」
ライフセーバーのお姉さんもいくつか質問すると、手足の痺れや気が遠くなったら病院に行くように言って、この場を後にした。
本当に良かった。とはいえ、来栖さんはぐったりしていて遊べるような状況じゃないし、休んで貰った方が良いよな。
「泰斗さんに連絡して今日はもう帰ろっか」
「ごめんね……楽しい思い出にしたかったのに」
「もう十分楽しんだよ。それに来栖さんが元気な方が楽しいし」
「……ありがと」
俺は来栖さんに肩を貸しながら、別の海の家に入って涼みながら泰斗さんを待った。
俺の連絡に泰斗さんは慌てて戻ってくると、来栖さんの状態を見てすぐに帰ることに同意してくれた。
「それじゃあ、僕は荷物を片付けてくるよ。高瀬君はここで京と待ってて」
「手伝わなくて良いんですか?」
「いいよ。京を一人にする訳にもいかないし。何かあったらすぐ連絡して」
泰斗さんはそういうと一人ビーチの片付けを始め、片付けが終わると俺達を呼びに戻ってきた。
とりあえず、最後は色々あったけど、無事に戻れるならそれ以上良いことはない。
この時間に帰るとなると、家に着くのは夜だなぁ。晩ご飯は来栖さんが作ってくれるなんて期待していたけど――。
車に乗った来栖さんは力無く俺にもたれかかってきた。
かなり疲れて辛そうだし、手料理は無しだなぁ。それに……財布のことが気になっていて、軽はずみに聞いてしまったら、来栖さんが辛い目に会いそうだし。
香坂さんの言ったことが気にならなくなるまで、あまり話をしない方が良いのかな……。
「良かった。この時間ならチェックイン出来るか」
「え? チェックイン?」
「おや? 京から聞いてなかったかい? 今日は泊まりだって」
「……へ? 泊まり?」
海に入った後は着替えが絶対いるし、超汗かくから多めに持ってくると良いよとは言われたけども、泊まりだなんて聞いてないぞ!?
いや、考えてみれば、泰斗さんと来栖さんが車で話をしている時に宿の予約がうんぬん言っていたっけ!?
「恋人との外泊童貞卒業おめでとう高瀬君」
「ええええ!?」
泰斗さんのからかいに、俺にもたれかかる来栖さんがくすくすと笑って震えたような気がした。




