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その横顔に

 女の子の部屋、それも彼女の部屋は、童貞の俺にとって刺激が強いというか、居心地がすごく悪いというか、通された瞬間にガチガチに緊張した。

 可愛らしいピンク色のベッドに、もふもふなクッション、部屋の壁にかけられた制服。あぁ、やばい。超緊張する。

 俺、今本当に来栖さんの部屋にいるんだ。


「あはは、ユウ、緊張しすぎだよ。さすがにそこまで緊張されると、何か私まで緊張してくるし」

「ご、ごめん。女の子の部屋って入るの初めてで……」

「ふふ、女の子童貞卒業だね」

「部屋をちゃんとつけて!?」


 意味深に笑いながらいきなりぶっこんできたよ。

 でも、緊張しているのは確かだし、いつも通り接してくれるのは助かる……のか?


「ほら、深呼吸して落ち着いて?」

「あ、うん、そうだね。ありがとう」


 来栖さんに言われた通り、大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。

 あ、来栖さんの匂いがする。って、そりゃそうだよな。来栖さんはここで暮らしているんだし、そこにベッドがある訳だし……。


「私の匂いをたっぷり吸い込んでやらしー」

「げほっ!? ごほっ! げほっ!」

「あはは。慌ててる慌ててる」


 誰のせいだよ!? 来栖さんが余計な一言言わなければ落ち着いてたよ!

 呼吸一つでからかわれるなんて予想出来るかぁ!


「ほら、お詫びに椅子とクッションかしてあげるから座って」

「お詫びになってないって……まったく」


 勉強机に二人で並んで座って、教科書を広げる。

 ファミレスの机より狭くて、椅子も密着気味になる。

 来栖さんと近いせいかな? 来栖さんの匂いがさっきより濃くなっている気がして、頭がクラクラしそう。


「一応勉強する訳だし……えっちなのは無し」


 ここでそれは卑怯だと思うけど、言ってくれて逆に覚悟が決まったよ。


「……頑張ります。それじゃあ、まずこの基本問題から復習してみよっか」


 こうして、俺も一緒に隣で問題を解いてみる。

 出来るだけ来栖さんの身体を意識しないように、問題に集中するためだ。


 俺と来栖さんのペンの音だけが二人きりの部屋に響く。

 そんな中、来栖さんの部屋にいて、隣に密着しているせいで、彼女の匂いに包まれているみたいな感じがする。まるで、後ろから抱きしめられているみたいだ。

 落ち着きながらもドキドキする。そんな不思議な空間で集中出来る訳もなく――。

 チラチラと来栖さんの方を見てしまった。


「ユウ、出来たよ」

「う、うん」


 やべ、動揺してるのがバレタかな?

 俺は必死に体裁を取り繕いつつ、来栖さんの出した答えと自分の出した答えを見比べる。


「うん、当ってる」

「ホントに?」

「うん、ちゃんと公式と基本は覚えたんだね。んじゃ、次の問題もやってみよう」

「分かった」


 そうやってマジメに頑張る来栖さんの横顔がいつもと違って、とても綺麗で、思わずペンが止まる。

 うーん、とか、えっと、とか独り言が零れてきて、その一生懸命さが伝わってくる。

 その横顔を見ていたら、何だかその頬にキスをしたくなってきて――。


「ん? ユウ? どうしたの? 顔赤いよ? 風邪ひいた?」

「……大丈夫」

「大丈夫じゃないよ。明日風邪で学校休んだらテスト受けられないでしょ?」


 キスしたいと思った自分が恥ずかしくて赤くなったなんてとても言えないよ!

 しかも、気遣ってくれているのはすごく伝わってきて、余計言いづらくなる。

 あぁ、本当に長い夜になりそうだ……。耐えろ俺……。


 そうして、一緒に勉強していると時計は10時を軽く回っていき――。


「そろそろ帰るよ」


 女の子の家に泊まる訳にもいかないしね。

 うん、割と今ですら理性が危ないのに、泊まったら本当にやばいことになる。うぅ、こういう所がへたれなのは分かっているけどさ! えっちなのは無し言われたしさぁ!


「あ、もう、こんな時間かぁ。早いなぁ……」


 来栖さんが名残惜しそうにそんなことを言う。

 俺も耐えている時は長く感じていたけど、終わってみるとあっという間な気がして、来栖さんと別れるのがもったいなく感じた。

 それでも、ちゃんと帰らないといけないんだ。


「勉強はかどったみたいで良かったよ。ここまで出来れば、明日のテストは大丈夫。お互い頑張ろう」

「ありがとう。表まで送るね」


 マンションの前に送ってくれる。たったそれだけのことが嬉しく感じるし、エレベーターで一緒に降りる時間すらもっと長引いて欲しいなんて思ってしまう。

 でも、時が止まる訳なんか無くて。


「それじゃあ、また明日学校で。ご飯美味しかった」

「うん、また明日ね」


 今日に区切りをつける言葉を交わす。

 けれど、やっぱり後ろ髪を引かれてしまって、歩き出す一歩が重い。

 多分、俺は来栖さんに何かを言って貰うことを期待してしまっていて――。


「あのさ、ユウ」

「は、はい!?」

「今日勉強見てくれたお礼に、何でも一つ私にしていいよ?」

「……はい?」


 今来栖さんなんて言った……?

 何でもしていいって言った!?


「おっぱいとか触っても良いよ?」


 俺、寝ぼけてるのかな!? それとも来栖さんも眠くて理性が飛んでるのかな!? 

 今とんでもないこと言ったぞ!?


「えっと……本当に何でもしていいの?」

「……うん。私はスーパービッチギャル子さんじゃないけど……、ユウなら良いから」


 どういう意味だ!? 俺なら良いからって、俺相手ならビッチギャルってことですか!?

 って、俺も思考がおかしくなってる!?


「そ、それじゃあ……来栖さん、……いいかな?」

「う、うん、どうぞ?」


 あぁ、うん、へたれでも、ここまで言われたら――格好付けなきゃいけないだろ!


「え?」


 俺は来栖さんに近づくと、彼女の頬に口づけをした。

 今度はちゃんと目を瞑らず、来栖さんの頬をしっかり見て、外さないように。


「……勉強に一生懸命になってる来栖さんの横顔、すごく綺麗だったから……」

「あはは。ここでほっぺにちゅーとか。ユウってマジピュア。へたれというか。おっかしいの」

「わ、笑わないでよ!? すっげー勇気出したのに!」

「うん、知ってる。だから、すっごく嬉しい」


 来栖さんはキスされた場所を大事そうに指で撫でて、少し涙を浮かべながら微笑んだ。

 あぁ、その顔が見られただけで、勇気を出した甲斐があったと思える。

 でも、同時にすごく恥ずかしくもあり――。


「そ、そ、それじゃ、また明日」


 俺は慌ててその場から逃げるように立ち去った。

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