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長い夜の始まり

「晩ご飯ちゃちゃっと作っちゃうから、ユウは座って待ってて」


 麦茶の入ったコップを机に置かれ、座るよう促される。

 しかも、その指定席は料理をする来栖さんが見える場所で、特に意図せずとも来栖さんが料理をしている姿が見えてしまう。

 ザクザクと心地よい音がテンポよく刻まれていた。


「お弁当作れるから分かってはいたけど、手慣れてるね」

「まーねー。惚れ直しちゃった?」

「そういう風にからかわなければね……」


 俺の些細な反撃に来栖さんはくすくす笑っている。

 俺は俺で実質的に惚れ直したと言っているようなことを、言ったと気付いて目をそらした。

 すると、棚の上に飾ってあった写真が目に入る。


 来栖さんのいない泰斗さんが小さい時の家族写真と、俺の知っている泰斗さんと一緒に写る来栖さんの家族写真だ。


「来栖さんっていつからこっちに引っ越してきたの?」


 写真を見比べていたら、ふとそんなことを聞いてしまった。


「高校に入るちょっと前からかな」

「それじゃあ、実家は離れたところにあるんだ」

「うん、と言ってもしょっちゅう転勤するから、実家の場所がコロコロ変わるんだよね」


 来栖さんはそんなことを言いながら苦笑いした。


「中学の頃の友達に会いたくなったりしない?」

「全然? 今はユウがいるし」


 いきなりの不意打ちはズルい!


「あ、ただ、あんまり中学の時の話はしたくないかな」

「え、何で?」

「男子達が私のおっぱいジロジロ見てキモかったから?」

「あ、ごめん……」


 それは確かに思い出話としたは話したくない物だ。

 というか、俺も見ちゃってるから、このまま聞いたら墓穴掘りかねない!


「ユウも結構見るよね? 男の子ってやっぱおっぱい好きなの?」


 既に掘ってたー!? 墓穴が出来て俺埋まってたー!


「うっ、また、答えにくいことを……」

「しょうがないよねー? 男の子だもんねー?」


 キッチン越しに栗栖さんがニマニマした表情を見せる。

 うぅ、くそう、楽しんでるなぁ来栖さん。

 そんな来栖さんの視線から逃げるように麦茶に手をかけたら――。


「やっぱ見るだけじゃなくて触りたい?」

「っ!? ごほっ!」


 危なっ!? 危うくお茶を盛大に噴き出すところだった。

 口つける前で良かった。

 というか何なの!? 何か家に誘われた時から来栖さんの言動も危ないぞ!?


「く、来栖さん、俺も一応男の子なんで……あまり煽ると、その、困る」


 それこそ変な想像しちゃうから。エプロン姿の来栖さんを後ろから抱きしめるとか妄想しちゃうから!


「抱きしめたくなっちゃう?」

「うん、後ろからギュって、って、何言わせるつもり!?」

「あはは。それやってもらったらちょっと嬉しいかも。今は火とか包丁使ってるからダメだけどさ」


 本当にやったら、どうするつもりだよ。全く。

 そんなこんなでからかわれること数分後、来栖さんお手製のオムライスとスープが出来上がった。

 ってこれは!?


「お待たせ。ケチャップでハート書いておいたよ」

「あ、ありがと……」


 何というか来栖さんのこういう臆面もなく出来るのは本当に尊敬出来る。

 それに比べて、俺はまだちゃんと好きとも言えてない。

 ちょっとした申し訳無さが芽生えたけど、そんなものは来栖さんのオムライスですぐに溶けて消えた。


「あ、やっぱり美味しい……」


 卵はフワッとトロッとしてるし、ちゃんとケチャップライスを巻けている。

中のケチャップライスも味がしっかりして、とってもおいしい。

 料理上手だなぁ。

 昔から得意なのかな?


「うん、上手くできて良かった」

「来栖さんは昔から料理が得意なの?」

「え? 何で?」

「慣れてるなーって思って。ちょっと練習しただけじゃこんな風に作れないよなって」

「ううん、料理を教えて貰ったのって、高校入ってからだし、三ヶ月くらいかな?」

「え、それでこんなに上手になれるんだ。すごいなぁ。マジで美味しいよ」

「味見はするんだけど、やっぱりできあがったのを食べるまではドキドキだよ。お弁当だと冷えて味変わっちゃうし」


 そういえば、初めてお弁当をくれた時も、あーんする振りをして自分で食べて、味見して美味しいとか言ってたっけ。

 実は俺が食べる前に急に味に自信がなくなって、確かめたくなった。とかならかわいいな。

 まぁ、来栖さんに限っては、俺をからかいたいの方が割合高そうだけどさ。


「ユウ、何ニヤニヤしてるの? あ、彼女がおいしい手料理作ってくれて嬉しいとか?」

「うん、嬉しい」

「っ!? そ、そう? なら、また作ってあげてもいいよ。何か食べたい物あったら私に言ってみ?」

「そうだなぁ。それじゃあ、カレーが食べたい」

「カレーかぁ。うん、分かった。練習しとく。出来るようになったら教えるね」


 あ、練習するんだ。

 それじゃあ、もしかして、今日のオムライスとか、お弁当も?


「オムライスとお弁当はどれくらい練習したの?」

「そうだねー。オムライスは一週間くらい練習したなぁ。泰斗兄さんには卵に穴が空いたり、巻くのに失敗したりしたオムライスを何日も食べて貰ったっけ。お弁当は高校入ってユウを見つけてからだから――って、何言わせてるの!? 今の無し! 忘れて!」


 あ、やばい、照れている来栖さんかわいい。正面から顔見られなくなる。

 俺のために、なんてのは思い上がりだと思うけど、一生懸命練習してくれた物を食べさせてくれたのはとても嬉しい。

 そんな気持ちを抱きながら、晩ご飯を二人きりで食べる時間を楽しむと――。


「……あのさ、ユウ。これ食べ終わったらだけどさ」

「う、うん」


 突然本題が来たな!?

 何で家に呼ばれたのか。その理由を俺はまだ聞いていない。

 おかげで妄想ばかりが先走って、来栖さんの部屋で大人の階段を上ってしまうんじゃないかと思ったこともある。


「私の部屋でさ……」


 え? 来栖さんの部屋で……?

 あれ、マジ? え、何で来栖さんもじもじしてるの!?

 これはまさか――!?


「数学、もう一度教えて……」

「数学!? あ、はい、数学。だよね。数学だよねー。……え? 数学!?」


 妄想に取り付かれた頭が、現実に追いつけず完全にバグった。

 いや、というか数学だとしても、ちょっと待て。さっきファミレスでやったばかりだぞ?

 え、これは単なる言い訳で、一緒にいる理由が作りたかったとか、そういう風に思って良いの?


「えっと、さっきの勉強でまだ分からないところがあった?」

「ううん……せっかくユウが教えてくれたから、忘れないようにしたくて……。でも、一人だとまた忘れたり、分からなくなりそうだから」


 あぁ、くそう! そう言われたら色々な意味で協力したくなるよ!

 妄想ばかりしていた自分がバカみたいに思えるよ。

 夜は長いよ、とかからかいまくってきたのも、もしかして、これを頼むため? 照れ隠しだったってこと!?


「それじゃあ、夜は長いよっていうのは、勉強まだまだ教えてってことだったの?」

「うん。その……ユウにせっかく教えたのに忘れちゃうバカだって思われるのが嫌で、ギリギリまで黙ってた」

「バカになんてしないよ。むしろ、ちょっと惚れ直した」

「え!? マジ!? 何で!?」

「内緒」


 本当に来栖さんは色々なことで頑張ってるって分かったから。なんて言える訳がない。

 言ったら、絶対に調子に乗って、俺をからかうだろうから、今、この時だけは内緒にして、俺がちょっとだけからかっちゃおう。


「せっかく惚れ直したんだから、呆れられないように勉強がんばってよ?」

「うっ、し、仕方無いなぁ! 勉強は嫌いだけど、がんばるよ!」


 そう言って意地を張る来栖さんの表情に、俺は笑いを一生懸命こらえた。

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