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休みの前に

 あの後からずっと気に掛かっていることがある。

 十年前からずっと好きだった。

 来栖さんは確かにそう言った。

 ということで、学校帰りに聞いてみたりするんだけど。


「ねぇ、来栖さん、俺達って小さい頃に会ってるの?」

「さぁ、どうだろうね? 小さい頃は覚えてないし」


 という感じに何処吹く風で流される。

 うーん、何か思い出したくないことでもあるのかな。


「というか、そんなことより、夏休みの予定立てようよ? 再来週から夏休みだよ! 夏休み!」

「あぁ、そうだった。再来週から休みか」


 初めて来栖さんと過ごす夏休み、やりたいことはいっぱいある。


「色んな童貞が捨てられそうだねぇ?」

「……来栖さんが期末テストで赤点取らなければね?」

「あっ……」


 あ、目を反らした。


「テスト、明日からだよ?」

「いやっ!」


 あ、耳を塞いだ。


「勉強した?」

「聞かないで……」


 ……道路にうずくまった。


「突然、教えて欲しいことが有るからって聞かれて、何だと思ったら、明日のテストに出る問題教えてだもんな……」


 ということで、来栖さんに勉強を教えるためにファミレスに向かっていた訳だ。

 うん、実は来栖さんはあまり勉強が得意じゃない。

 テストの度に赤点スレスレを取るらしい。


「数学なんて何の役に立つのよぉ……できなくても何の苦労もしないってー」

「出来ないから今苦労してるんだよ……ほら、立って。早く席とって勉強するよ。俺も付き合うから」

「……私たちもう付き合ってるよ? ねぇ、ユウ、これから大人の階段を――」

「このままだと学年の階段が上れなくなるからな!?」

「ゆ、ユウがからかっても動揺しない!? そ、そんなに私の成績ってヤバイの?」

「そうなの! 一緒に卒業したいんだから、さっさと行くよ。それに夏休み遊べなくなるのは嫌でしょ?」

「うぅ……それは嫌だけどー……」


 何故か照れる来栖さんの手を引っぱり、何とかファミレスに到着する。

 そして、隣に並んで教科書とノートを広げた。

 とにかく今日は色気に惑わされないぞ。

 来栖さんに勉強させて、何としても赤点を回避させないと。


「明日は英語と数学か。英語から先に手をつけよう」

「あ、英語は大丈夫。というか英語だけは大丈夫」

「え、そうなの?」

「うん、何となくで60点くらいは取れるよ」


 そうなんだ。だったら、心配の種が一個減った。


「なら、数学だね」

「……うぅ、数字と式を見ただけで目が回りそうになる……。こんなの覚えらんないよ」

「落ち着いて来栖さん。問題全部覚えようとしないで、まずは公式を覚えよう」


 基本を教えたら、次は基本問題を解いて貰って――。


「あ、そこ計算間違えてる」

「うぅ、ユウのオニー、悪魔ー、すけべー。私の計算見ないでおっぱいでも見てろー……」

「さりげなく変なの混ぜないの。ほら、ここまでは出来てるから、もう少しだけ集中して」

「はーい……。うぅ、ユウが本気だぁ……」


 うん、これで分かったことがある。

 来栖さんはやっぱり勉強が得意じゃ無い。

 そして、勉強している時の来栖さんは弱る! からかいの切れが鈍くなる!

 何というかすごく新鮮な気分。

 それに、マジメに教科書とノートに向き合う横顔が、一生懸命でかわいい。

 テストが近くなったら、こうしてまた勉強に連れだそうかなって考えちゃうくらいだ。


「ユウ、これであってる?」

「うん、正解」

「へへーん、頑張ったご褒美に撫でても良いよ?」

「うん、良く出来ました」


 来栖さんに言われた通り、来栖さんの頭を撫でる。


「ふふふ、それじゃあ、もうこれで勉強終わっても大丈夫だよね?」

「んな訳ないでしょ。ほら、今度はこの問題だよ」

「ユウ、マジ鬼畜!?」


 うん、勉強に誘ってホント良かった。危なっかしくて目を離せないよ。

 そうして、外が暗くなるまで勉強に付き合うことになって――。


「はぁー! でっきたー!」

「うん、基本問題は解けるようになったね」


 最低限、赤点を回避できる点数くらいは取れそうだ。

 これなら、明日は大丈夫。ん? 明日は大丈夫?


「ね、ねぇ、来栖さん、英語以外に大丈夫な科目はあるの?」

「……数学と同じくらい全教科得意だよ」

「明日も勉強ね……」

「……はい」


 へとへとになって机に突っ伏す来栖さんが力無く返事をする。

 あぁ、もう、仕方無いなぁ。


「暖かい飲み物とってくるね」

「ありがとー……」


 ここで眠っても困るし、コーヒーを淹れてこようかな。

 俺は来栖さんに断りを入れると、一度席を立ってドリンクバーの方へと向かった。

 そこでコーヒーを淹れながら、来栖さんの頑張りを思い出す。


「頑張ったご褒美に甘い物おごってあげようかな」


 パフェとかどうだろう? いや、晩ご飯前だし、軽いアイスクリームか?

 そんなことを思いながら、コーヒーカップを手に取ろうとすると――。


「なぁ、不良でもファミレスで勉強するんだなぁ」

「まぁ、不良でも単位がないと卒業できねーし? 不良でも卒業したけりゃ勉強すんじゃね?」


 他校の男子生徒がドリンクバーの所でそんな会話をし始めた。

 見覚えのある学ランだな。確か、凪理なぎり高校かなりの進学校の制服だ。

 他の学校もテストが近いから勉強する場所が被るのはありえるけど、不良? 誰のことだ?


「でも、あの金髪のギャル、めっちゃかわいくなかった? ってか、おっぱいでかかったな」

「ちょっと俺声かけてこよーかな」

「マジで? 行っちゃうのか?」

「あぁいう不良の子ほど押しには弱いとか言うしさ。勉強教える代わりに保健の実技でも教えて貰う、なんちゃってな」


 ちょっと待て。その特徴にあてはまる人は――。


「勉強、教えてあげようか?」

「ん? 誰? あー、凪理高校の人じゃん、頭良い学校だっけ?」


 やっぱり来栖さんのことか!


「お、嬉しい。知ってるんだ。そうそう俺凪理通っててさ、良かったら一緒に勉強しない?」

「んー、お誘いは嬉しいけどパス。そっちの人達頭良すぎてなに言ってるか訳わかんなそーだし」

「そう言わずにさ。俺以外にもいるし、みんな教え方うまいから」


 そう言いながら凪理の男子が来栖さんに手を伸ばした。


「俺の彼女に何か用?」


 その手を俺は何とかギリギリに掴む。


 俺は凪理の男子が来栖さんのことを話しているのに気付くと、コーヒーと自分の飲み物をドリンクバーに放り出して、追いかけたんだ。


 間に合って良かった。来栖さんに手を出されなくて。


「へ? あんたが彼氏?」

「そうだけど」


 いや、そこで俺と来栖さんを何度も見比べないでよ。

 え? こいつが? みたいなこと絶対思ってるだろ。

 まぁ、不釣り合いなのは重々承知なんだけどさ。


「それは悪かったね」


 その言葉が聞けて、俺は凪理の生徒の手を放した。

 すると、案外あっさり引き下がってくれた。


 良かった。聞き分けのある人達で。


 ――何てこの時までは思っていたんだけどな。

 凪理の生徒がさっきのもう一人と合流すると、多分わざと俺達に声が聞こえるようにこう言いやがった。


「あのビッチ、彼氏持ちだった」

「あー、まぁ、見るからにビッチだったもんな」

「でも彼氏の方はすっげー普通だった」

「彼氏だと思い込ませてるだけじゃね? きっと貢がせてるんだって」

「うわー悪女じゃん。よかったー。引っかからなくて」


 あまりの酷い言われように腹が立って仕方無かった。

 文句の一つでも言ってやりたかったけど、来栖さんは――。


「放っとこ。あいつらユウが羨ましいだけだから」


 そう言って俺の腕を引っ張って座らせた。

 うーん、来栖さんがそういうのなら、別に良いけど――いや、やっぱりむかつくなぁ。

 来栖さんのことを何も知らずにビッチだの、貢がせているだの酷いことを言われた訳だし。


「あっ」

「ユウ?」


 俺は思いついたことを来栖さんに耳打ちした。

 その内容を聞いた途端、来栖さんがニヤリといつもの調子で笑う。

 どうやら俺の仕返しに乗ってくれるみたいだ。


 ということで、俺達は広げた教科書と筆記用具を片付けると、わざと凪理の生徒がいる机の側を通った。


「それじゃあ、後は私の家で続きしよっか」

「そうだね。あ、でも、夕飯どうしよう」

「そんなの私が作るに決まってるじゃない? というか、大事なのはその後でしょ?」

「あぁ、今夜は寝かせないから」

「もう、今日はほどほどにしてよ? 明日も学校なんだから。この前はおかげで二人揃って遅刻したし」


 わざと聞かせるように話した。

 その瞬間、凪理の生徒はポカンと口を開けて俺達を見つめ、しばらくすると、悔しそうに唇を噛んで目を反らした。

 そして、そのまま俺達は会計を済ませてファミレスを出ると――。


「ぷっ! あはは、ねぇ、ユウ見た? 最後のあいつらの顔」

「あんな悔しがるなら、最初から来栖さんのことバカにしなければいいのに」


 自分達で来栖さんのことを不良とかビッチ呼ばわりしておいて、いざ目の前であぁいう話をされると悔しいとか、どんだけ自分勝手なんだ。


「え? 最初から?」

「あぁ、えっと……飲み物取りに行った時にさ。あいつらが不良でも勉強するんだなって、来栖さんのことバカにしてたから……」


 来栖さんは不良じゃない。見た目が派手で、勉強が出来ないだけだ。


「やっぱこの髪の色じゃそう思われるかぁ。地毛なんだけどなぁ……」


 来栖さんは前髪をつまむと、髪の毛をくるくると指で遊ばせた。

 あれ? なんだろう? 何か昔、こんなことがあったような気がする。

 確か、あの時、俺は――。


「俺はその髪の色、すっげー格好良いって思うよ」


 あぁ、うん、確かそう言ったんだ。


「っ!?」


 あれ? 来栖さんが急に真っ赤に?

 あ、あぁ!? そりゃそうか。女の子に格好良いなんて言ったら怒られるか。


「ま、間違えた! その髪の色かわいいって思うよ」

「あ、ありがと……やっぱり覚えてるんだ……」


 ほっ、良かった。でも、さっきのあれは一体誰に言った言葉だったっけ。

 確か、似たような金髪の男の子のケイトに――。


「でさ、ユウ。この後なんだけど、家で続きをするんだよね?」

「そうだね。ファミレスは出ちゃったし――え? 何を?」

「あのね? 今日泰斗兄さんも叔父さん達もいないんだよ?」


 ニマニマ笑いながら来栖さんが俺の腕をギュッと掴む。

 そして、耳元に口を近づけて来て――。


「だから、朝まで二人きり」


 そう囁いた。

 ごくり。

 い、いや、冗談のはずだ。さっき俺が仕掛けた悪戯を、さらに俺に仕掛けようとしているだけだ。

 ふっ、さっき勉強で来栖さんのからかいを尽く回避した俺だ。

 いくら勉強が終わってキレを取り戻しても、もうからかわれないぞ。


「冗談だよね?」

「……本気だよ?」


 そう言って来栖さんはガラケーを取り出すと、誰かに電話をかけ始めた。

 その繋げた先は――。


「泰斗兄さん、今日ユウを家に連れて行っても良い?」

「えぇっ!?」


 あ、あれ!? マジで泰斗さんに許可貰ってる!?

 何を言っているかまでは分からないけど、確かに泰斗さんの声が聞こえるぞ!?


「はい、ユウ。泰斗兄さんが話したいって」

「は、はい」


 ちょっ、来栖さん冗談じゃ無くて、本気なの!?

 お、俺を家に連れ込んでどうするつもり!?


「やぁ、高瀬君、泰斗です」

「こ、ここ、こんばんは!」


「ははは、どんだけてんぱってるんだよ? そんなに我が家で京と二人きりになるのが嬉しいのかな?」

「ほ、本当にお邪魔して良いんですか?」


「あぁ、もちろん。ただ、条件が一個だけあるよ」

「条件ですか?」


 何だろう? お土産でも持って行った方が良いのかな。

 って、そんな訳ないよな。

 多分、来栖さんには手を出すなよ。とか、襲うなよ。とかそういう注意だ。


「今からコンビニ行ってゴム買ってきてね」

「分かりました。コンビニに行って――何買わせるつもりだよ!?」


「え? だって、避妊は大事だぜ? 勢い任せに高校生でできちゃった結婚は大変だぞ? まぁ、京のやつはそれでも喜びそうだが、高校中退で高瀬君も就職はしたくないでしょ?」

「そういう話じゃなああああい!?」


「ぷっ! あはははは! ホント高瀬君って最高っ! 京の言う通りだ。大丈夫。冗談だよ」


 あぁ! もうこの人達はぁあああああ!

 何なの!? 親族揃って何なのさ!?


「まぁ、従兄弟とはいえ、兄としては万が一の心配もあるのさ」

「万が一の心配の仕方がおかしい気がするんですが……」


「まぁ、高瀬君が自分から手を出す度胸が無いのは知っているから、安心してくれ」

「だから俺を何だと思ってるんですか……」


 いや、まぁ、その通りへたれですけど。


「京の選んだ彼氏だ。京を悲しませることはない奴だけど、京が求めたら手を出してもおかしくないからね」

「っ!?」


「あはは、今の息づかい。何を想像したかは聞かないであげるよ。まぁ、そういう訳で、京に気付かれないよう買って来てね」

「冗談じゃなかったの!?」


 なんてこったい……。


「泰斗兄さんなんだって?」

「……家にお邪魔しても良いって」

「にしては、何か動揺してたけど? なーに聞かされたのかな?」

「……言えない」

「へぇー、そっかー。それじゃあ、聞かないまま家に案内してあげるよ」


 聞かなくても分かってるみたいな顔してるよね!? そのニマニマした顔絶対分かってるよね!?

 でも分かった上で連れていかれるってことは――ことはどういうこと!?

 俺、これからマジで来栖さんの家で二人きりになっちゃうの!?


「夜は長いよユウ。覚悟してね?」


 俺一体どうなっちゃうの!?

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