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ストーカーの理由

 考えてみれば、最初から違和感があったんだ。

 そもそも、俺が飯野さんに好かれる理由がない。証明終わり! うん、自分で言っておいて元も子もないな……。


 まぁ、それは悲観過ぎる発想だけど、他にも色々疑う点が多かったんだ。


 まず飯野さんは俺を気遣う振りをして、来栖さんの評価を下げるようなことを何度も言っている。

 それに、生徒手帳を見つけてくれて、俺とぶつかった時も、身長差からするとあの被さり具合はあり得ないことが分かった。

 ……来栖さんが実演してくれたからね。躓いてこけた振りをした来栖さんを抱きかかえながら後ろに倒れると、普通は胸元に頭がくる。どれだけ近くで倒れても精々おでこに俺の唇が当たるぐらいだった。

 その時の来栖さんがやたらご満悦だったのは、また今度の話にしよう。

 大事なのは、唇が触れるような倒れ方をするのなら、倒れた相手、つまり飯野さんが自分から唇を重ねるように動くしかないってことだ。

 そして、その動きを来栖さんはバッチリ見ていた。

 その動きの意味は最初分からなかったけど、やってみたら分かった。キスを自分からしにいくための動きだと来栖さんは言った。

 となると、何のためにキスをしたかになる。


「この前、わざと転けて俺とキスして、喧嘩させようとしたでしょ?」

「わ、わざとじゃないよ。あれは本当に事故で」

「まぁ、あれが事故だったとしても喧嘩しちゃったと知っているように聞いたよね。俺と来栖さんが気まずくてお互いに話さなかったところを写真に撮って、知っていたからじゃない?」

「そんなことないよ! ただ、普通に考えれば、喧嘩しちゃうかなって――」


「そう、そこだよ。普通に考えれば、飯野さんが来栖さんのことを男に緩いって噂を俺に言ったんだよ? それこそスーパービッチギャル子さんなんてみんなに言われている来栖さんが、キス一つしただけで喧嘩するような人だと思うの? 普通に考えればしょうがないなーとか笑って済ませるんじゃないかって考えるよ?」

「そ、そんなこと……」

「でも、俺と来栖さんをストーカーしていたなら、気まずい空気が流れていたことを知ってもおかしくないよね?」


 もし、自分だったら彼氏が違う女にキスするのが嫌だというのは正しいけれど、飯野さんは来栖さんと自分は全然違うと考えているはずだ。

 それなのに、同一視するのはやっぱりおかしいんだ。だって、見下している相手なんだから。


「ち、違うよ。私そんなことしてない」

「それじゃ、最後にもう一つ。今回のストーカーを見つけようって言ったのが、俺と来栖さんが違和感に気付いた最大の理由なんだよ」


「え?」

「囮になってストーカーを見つけるってアイデアをくれるだけなら、多分気付かなかったよ。でも、飯野さんを誘わないといけないのは、おかしいよね?」

「な、なんで?」


「だって、飯野さんがストーカーを一緒に探す意味なんて無いよね? 犯人像を言い当てたら、後は俺に任せるか、来栖さんに直接言えば良かったんだ。でも、そうしなかった」

「それは高瀬君が心配で……」


「うん、俺が心配なら、来栖さんが彼氏とデートする現場に尾行しろ。なんて言わないよね? 警察に届ければ良いって言うはずだよ? 俺も来栖さんも心配だって言うのなら、俺と来栖さんがデートして囮になって、飯野さんがストーカーを見つければ良いんだ」

「あ……」

「でも、そうしなかったとなると、俺に飯野さんがついていく必要があったんだよ。自分も盗撮の被害者振るために。だから、恋人の振りをして、誰かに写真を撮らせたんだ。そうすれば、自分は疑われないだろうから」


 それどころか、同じ盗撮の被害者として、俺と来栖さんの間に割って入ることすら出来ただろう。


「一人じゃ気付かなかったと思うけど、来栖さんと二人で話し合ったら、飯野さんが怪しいってなった訳さ。確信はなかったから、ここで見つけるまで半信半疑だったけどね」

「来栖さんには内緒って言ったのに話したの!?」

「うん、来栖さんにストーカーのヒントを見つけたら教えてって言われたからね」


 俺は悪びれずに言い切った。

 俺は先に来栖さんとした約束を守ってちゃんと話をした。それを後悔するつもりも、悪いと思うつもりも無い。だって、俺は来栖さんの彼氏だからね。

 全く、あの約束が無かったらどうなってたことやら。

 来栖さんを守るためって勝手に突っ走って、飯野さんの策略にはまっていたよ。

 ま、とりあえず、これで後はスマホの写真を指摘すれば、言い逃れは出来ないはず。

 後は飯野さんが来栖さんに謝れば一件落着だ。


「来栖……来栖、来栖! みんなもあなたもみんな来栖ばっかり!」

「い、飯野さん?」

「あんな女のどこがいいの!?」


 逆ギレされた!?


「そうよ! 私があいつの写真をばらまいて、スーパービッチって言ったのよ!」


 うわっ、しかも、特に聞いてもないことまで暴露した!?

 いや、ストーカーだった時点で何となくそうかもしれないとは思ったけどさ!


「ちょっと顔が良いだけなのに! ちょっとおっぱいがでかいだけなのに! 何であんなのが人気な訳!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!?」

「むかついたのよ。私よりみんなにちやほやされて! 大学生の素敵な彼氏がいて! 私が好きな人から《来栖がダメだったら飯野に告白しようぜ》。なんてことを聞かされて! だから、あいつが色々な男といる写真を撮って、ばらまいて、ビッチだって広めて、嫌われ者にしてやろうと思ったのに!」


 うわぁ、ダメだ完全に手がつけられなくなったぞ。


「それなのに、何でよ!? 何でビッチになって余計人気になってんのよあいつ!? 私バカみたいじゃん!」


 あぁ、逆にビッチなら土下座すればヤらせてくれるみたいなノリになっちゃったもんなぁ。んで、それに俺が拍車をかけたと。

 何というかやることなすこと全て裏目に出てるなぁ。

 でも、そうなってしまって逆に歯止めが利かなくなったんだろうな。自分が間違えてるなんて思いたくないだろうから。


「だから、高瀬をあいつから奪って、悔しがらせようとしたのに! そのためにクラスの女子達に高瀬の評判をあげさせたのに!」


 あはは……。分かっていたとは言え、やっぱり傷付くなぁ。

 途中まで本当に良い人だと思っていたし、先に告白されたらOKと答えたかも知れないと思えるくらいには、素敵だと思っていたから。


「それが俺にちょっかいを出した理由?」

「しょうがないでしょ!? 高瀬以外奪える人がいなかったんだから! 高瀬みたいなつまらない人でも! あいつの彼氏の一人なんでしょ!?」


 うわー、散々な言われようだ。ここまで言われると凹むを通り越して笑うかも。


「何で笑ってるの? そんなに私がおかしい?」

「多分、来栖さんの知っている人と全員知り合っても、奪える人って俺だけだよ」


「は?」


「だって、来栖さんが言っている大学生の恋人って、来栖さんの従兄弟のお兄さんだよ」

「……従兄弟?」


「うん、他の人も親戚のオジサン、お兄さんの友達とかだし」

「え……?」

「あの写真に写っている人全部集めても、来栖さんの彼氏は俺だけだよ」

「嘘……嘘だよ!? だって、あんなにみんなにちやほやされて、好きだって告白されてるのに……あんなに仲良さそうにあの大学生と歩いてたのに!? 自分だって彼氏がいっぱいいるって言っていたのに!?」


 まぁ、信じられないよなぁ。俺ですら最初は信じられなかったし。

 だから、初めて泰斗さんを見たあの日、もしあの場から逃げたりしていたら、俺はきっと今頃来栖さんと別れて、飯野さんに吸いこまれるように側にいただろう。

 でも、きっとそうなったとしても、飯野さんは幸せにならなかったと思うんだ。


「ねぇ、飯野さん。飯野さんは自分がちやほやされたいからとか、来栖さんの持っている物を奪って来栖さんを悔しがらせようって思って、来栖さんに嫌がらせをしていたみたいだけど、そんなことする必要なんて無かったと思うよ」

「え?」


「自分で言ってたよ。好きな人に、来栖がダメだったら飯野に告白しようって聞いたって。飯野さんはその人にちゃんと向き合って欲しかっただけなんだよ。来栖さんに対する嫌がらせなんて、その時、振られちゃった八つ当たりでしかないんじゃない?」

「止めて……止めてよ」

「だから、多分、俺を来栖さんから奪ったとしても、お互いに真っ直ぐ向き合えなかったよ。そんなことになっても飯野さんは全然嬉しくないでしょ? 誰かと比べないで真っ直ぐ見て欲しいって自分で言っているんだから」

「そんなこと! ……そんなこと高瀬に言われなくてもっ……分かってるよぉ……。うわああああ!」


 うわっ、やっちゃった!? 泣き出しちゃった!?

 どうしよう!? って、あ、来栖さんが建物の陰からこっちを見てる。


 来栖さん助けて!


 目でそう訴えてみる。きっと近くで隠れて話を聞いていた来栖さんなら、助けにきてくれるはず。


 はずなんだよなあ!?


 何なのその親指をぐっと立てたポーズは!? 泰斗さんも何肩すくめて笑ってるの!?

 あぁ、もう、分かったよ。自分で責任とるよ!

 泣き止むまで待つよ! 頭でも撫でて慰めちゃうからな!?

 結局泣いた飯野さんの落ち着け方が分からず、俺は飯野さんが泣き止むまでずっと彼女の頭を撫でて待った。


「何でよぉ……」

「え?」

「何で……何で優しくするの? 怒ればいいじゃん……最低な女だって。私の方がビッチだって」

「俺に怒る権利は無いよ。怒るかどうかは嫌がらせされた来栖さんが決めることだから」

「でも、私、高瀬にも嫌がらせしたのに……」

「あはは……。実は何度も飯野さんにドキッとした手前、怒ったらブーメランというか……来栖さんに会わせる顔がないというか……」


 だって、怒ったら、飯野さんに言い寄られて喜んでいたのに、実は全然自分に興味が無かったってことに対して、怒ったことになっちゃうもんなぁ。

 それってある意味、俺が浮気したみたいなもんだし……。


「何よそれ。本当にへたれだね。高瀬君は」

「うぐっ、地味にへたれって言われるの気にしてるんだけど……」


 まぁ、でも、うん、俺はへたれだし、来栖さんに代わって怒ることは出来ないけれど、彼氏として言うことはちゃんとある。


「来栖さんにちゃんと謝ってね? 謝らなかったらへたれな俺でも怒るから」

「……うん」


 ほっ、良かった。

 飯野さんも泣き止んだみたいだし、これで後は明日学校で謝ってもらって一件落着かな。


「あ、あのさ、高瀬君、もう一個聞いてみても良い?」

「うん?」

「……私に幻滅した? 委員長とか優しいとか言われてた私がこんなことするなんてって」


 飯野さんは不安そうな目で俺を見つめてくる。

 多分、嘘はついて欲しくないんだろうな。ちゃんと自分を向いてくれる人が欲しくて、こんなことをしちゃったんだから、俺も正直に答えてあげないと。


「うん、ここで飯野さんを見つけた時、すごくガッカリしたよ」

「……そっか。だよね」

「でも、今は違うかな」

「え?」

「飯野さんも、純情な女の子だったんだなぁって思ったよ。好きな人には真っ直ぐ自分に向いて欲しいだけでこんなことしちゃうのは、恋心が暴走しすぎだとは思うけどさ」


 そういう意味では最初に告白された時から、飯野さんは飯野さんだったんだな。

 ちゃんと振り向かせるから、っていう言葉が今となっては違う意味に思えるよ。

 あれは、私をちゃんと見てって意味だったんだ。

 もし、そのお願いを俺がちゃんと受け止めてあげられていたら、もっと違う結末になっていたかな。


「……うん、やっぱりそういう所なんだね。つまんない人なんて言ってごめん」

「へ? 何が?」

「ううん、何でも無い。……ありがとう」


 お礼? 

 って、あ、飯野さんが自分で立ち上がった。

 そっか。ようやく落ち着いてくれたんだ。


「明日、来栖さんにあったら今までしたこと謝るよ」

「うん。えっと、もう遅いし、送って帰ろうか?」

「ううん、今日は一人で帰りたい気分だから。気持ちだけ受け取っておくね」


 飯野さんはそういうと、くるりと踵を返して人の波に消えていった。

 一度も振り返ること無く、真っ直ぐ歩いている後ろ姿を見る限り、多分もう変なことはしないと思う。


「おつかれ。ユウ」


 来栖さんが俺の手をとって立ち上がらせてくれた。


「来栖さん……見てるなら助けてよ」

「ううん、私じゃあ、ユウを助けられても、委員長までは助けられなかったから。それじゃあ、また繰り返しになっちゃうでしょ?」

「……そうかもしれないけど」

「それに言ったでしょ? 彼氏がモテるって彼女としては結構嬉しいし」


 浮気すると結構怒るくせに。

 なんてのは絶対言えないけど、機嫌はとっても良さそうだ。

 いつものニマニマした顔じゃ無くて、穏やかに俺を見つめて微笑んでいる。

 へぇ、こういう顔もするんだ。泰斗さんに見せていた顔とはまた違うなぁ。

 ――なんて感動したら負けなんだよなぁ。


「んー? 何かな? 私に見とれちゃった? それとも、がんばったご褒美にキスでもして欲しいとか?」

「もうスーパービッチギャル子さんなんて呼ばれないし、彼氏も親戚だって分かってるんだから、演技しなくてもいいんじゃない?」

「そうだねぇ、確かに告白を断るための演技はもういらないね?」


 うん、そうだ。これからは素直な来栖さんの新しい一面を――、ん? 今何て言った!?


「今、何かさりげなく変なこと言わなかった!?」

「あはは、そういうところ、ホント好きだし。どうする? せっかく目の前にホテルあるし寄ってく?」


 来栖さんが着崩したブラウスに指を引っかけ、黒色のブラジャーをチラリと見せつけてくる。

 え? 黒いフリフリ!? それが噂の勝負下着ですか!?


「えぇっ!?」

「あははは。pure boyにはまだまだ早かったかな? 驚き過ぎだよ?」

「くっそー! 卑怯だ! ここでそれは卑怯だあああ!」

「あはは、こっちはまだまだお預けだね」


 頑張って意識しないようにしていたのに! 泰斗さんと入った時からムラムラじゃない! モヤモヤしてたし!

 その心境で下着をチラリと見せつけられた俺のやり場の無い気持ちはどうすればいいのさ!?


「ほら、帰ろう? 泰斗兄さん気を利かせて先帰ったし、送っていってよ。私の彼氏君」

「うぅ……そうだね。帰ろうか」


 ストーカー事件は解決したし、来栖さんがビッチ呼ばわりされていた原因を突き止めたけど、あんまり俺と来栖さんの関係は変わりそうにない。

 来栖さんのからかい好きは素だったっていうのが、今回知れた一番残念な事実かも。

 結局、みんなにスーパービッチギャル子さんと言われていたのが、俺個人を誘惑しまくる俺専門ビッチギャル子さんに変わっただけーー。

 ん、あれ? 意外と悪くない――って何を考えてるんだ俺は!?


「ねぇ、ユウ」

「はいっ!?」

「ありがと」


 ちゅっ。

 そう言って来栖さんは俺の頬にキスをした。


「童貞はまだ卒業させてあげないけど、頬キス童貞はこれで卒業だね? 大人キスより後になっちゃったのは、まぁ、気にしない方向で」

「う、うん」

「あはは、さっき、やらしい顔してナニを想像してたのかは聞かないであげるね?」

「何でっ!?」


 何で気付いたの!?


「あはは、声裏返ったし。ほら、腕を組んであげるから、おっぱいは当たっても仕方無いって思ってあげるよ」


 そう言ってピッタリくっついて来栖さんは歩き出す。というか、むしろ当ててきてるよね!?

 そんなこんなの、何だかんだで、残念な落ちになったけど、俺は意外と楽しいなんて感じていた。

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