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充填手、シャルロッテ・クロンホルン伍長

お久しぶりです! 週一でしようと思ってた更新、さっそく二週間かかってしまいました……。申し訳ないです。本編、どうかお楽しみください。


「ロロット」


 シャルロッテの愛称である「ロロット」の名を呼ぶのは、里にいる家族と昔からの友人だけだった。


「なぁに? じいちゃん」


 ロロットは無邪気に祖父に抱き付く。当時はまだ6歳。里の外では、大戦争の戦局悪化が叫ばれ、人類絶滅という言葉が大衆の間に漂い出したころだ。しかしロロット達エルフ族の村はいずれも辺境。グルゥ・スーが襲来した地域とはかなり離れており、大戦争の話は、大人たちの間でも物語の中のことのように扱われていた。


「お前の、父ちゃんと母ちゃんのことだべ」


「パパとママ? どげしたん?」


「実はなぁ、父ちゃんと母ちゃんは、……、お国のために戦わなんだいけねぇくなったんだべ」


「え?」


 祖父の言葉を、幼いロロットが理解するには少しの時間が必要だった。よく周りを見れば、祖父の顔は悲しみに沈んでおり、祖母は土間の片隅にしゃがみ込んですすり泣いていた。


 エルフ族の伝統的な作りの家――かまどと台所を備えた広い土間と居間が直結している――であるクロンホルン家に自治政府の職員が訪れた日の午後のことあった。


 エルフ族は独自の宗教と文化、言語を持つ民族として、連邦政府から一定の自治権を与えられていた。連邦各地にエルフ自治政府が点在しており、その一つ、マルコス自治公国にロロット達は住んでいた。


 連邦構成国並みの自治権に加え、エルフ文化保護の観点から、連邦軍への兵役義務も実質免除されていた。しかし、戦局の悪化によりそうもいっていられなくなったのだ。


 もともとエルフは、一般人に比べて高い魔導適性がある。グルゥ・スーには魔導兵器しか効果がないと分かると、各国はエルフの徴兵を大々的に進めるようになった。


 そして今回、ロロットの両親に召集令状が下ったのだ。連邦の徴兵は男女平等。数の少ない魔導兵ともなれば、招集年齢はすでに17から40にまで拡大されている。


「ロロットー、出てきんしゃい。母ちゃんら、出発するよぉー」


 祖母の呼ぶ声が聞こえたが、ロロットは馬小屋から出ようとしなかった。


「うっ、ううっ」


 彼女はうずだかく積まれた藁の中ですすり泣いていた。甘えん坊だったロロットにとって、両親が一気に離れてしまうことは耐えがたいことだった。


「ロロット」


 その声に、ロロットはふと顔を上げた。


「ごめんねぇ、ロロット」


「ママ?」


 母親がロロットを見下ろしていた。優しくほほ笑むその瞳には、涙がうっすらと溜まっていた。


 母親はロロットを強く抱きしめる。


「ママがね、すぐ戦争終わらせてぇ、絶対ロロットのところに帰って来るから。絶対だから。だからぁ、いい子にしとってねぇ」


「いやだぁ! ママと一緒がいいべっ!」


 ロロットは大粒の涙を流しながら母親の体にしがみついた。


「ごめんねぇ」


 そんなロロットに、母親はただ謝るだけだった。


 それから二年後。


 連邦大統領が対グルゥ・スー戦争の完全終結を宣言してから2か月後、両親は里に帰ってきた。


「ママ? ご飯だべ?」


「……うん」


「パパ、じいちゃんが呼んでるべ」


「……ああ」


 二人はまるで、魂が抜け落ちたかのようになってしまっていた。何を言っても上の空で、一日中縁側でぼうっと宙を見ていることしかしなくなってしまったのだ。


「……じいちゃん」


 小学校を卒業し、義務教育を修了したロロットは祖父に打ち明けた。


「おら、……働こうと思う」


「…………」


 祖父は悲しく目を伏せた。


 両親はすでに働き手としては全く役に立たず、クロンホルン家の家計は老いた祖父母の農作業によってのみ支えられていたのだ。


 二人の妹と二人の弟は今だ学校に通わなくてはいけない。しかしその余裕も、もはや家にはなかった。


「……今時、小学校しか通ってないよぉな子、雇ってくれるトコなんてないべ」


 祖父は絞り出すように言う。


「大丈夫だべ、じいちゃん」


 ロロットは少し笑って一枚のチラシを祖父の前に差し出した。


『連邦軍はあなたを求めているっ! 28年新兵募集』


 軍の募集要項だった。グルゥ・スーのネストを一時滅却したとはいえ、やつらの襲撃はいまだ継続中である。連邦軍はその対処のため今に至るも動員をつづけ、慢性的な人手不足に陥りつつあった。


「志願兵で行けば、お給料もいいべ。いろいろ手当も出るっていうから、ルルやオクトの学費だって払える。じいちゃんもばあちゃんも楽できるべ」


「だけどなぁロロットっ!」


 祖父が怒鳴った。ロロットの知る限り初めてのことだった。


「おめえが、怖がりのおめえができる仕事じゃないべっ! おめえが無理する必要はねえ!」


「いいんだ!」


 ロロットは強く言い切った。


「パパとママの代わりに、……今度はおらがみんなを守んなきゃいけねえんだ。……大丈夫、おら、もう大人だべ?」


「ちまこい癖によお言うべ……」


「もうっ! そんなこと言わねえでほしいべ!」


 こうしてロロットは、連邦軍に入隊した。魔導適性は魔導兵になるには不足していたが、魔導兵器を扱うものとしては十分合格ラインに達していた。


 ロロットは戦車部隊へと配属されることが決まり、充填手としての共育を受けることになる。


 充填手というのは魔導戦車に特有の役割だ。戦車砲に砲弾を装填すると同時に、魔力を充填することが主な仕事である。魔導適性が高い兵士がこの役割を担うことが多く、操縦手や砲手と言った他の役割よりも魔導的な専門性が高い。


 怖がりは合い変わらずだったが、ロロットには才能があったらしい。


 魔導弾の充填速度は新人のそれをはるかに凌駕しており、ベテランの充填手と遜色ないほどだ。ただ情緒不安定であり、そういった内面的素質が彼女の評価に大きな影響を与えた。


 結果教育を終えたロロットの評価は、「充填手としては極めて優秀だが兵士としては不適格」というよくわからないものとなっており、トラブルを恐れた現場戦車部隊には敬遠されてしまうことになる。


 配属期限がギリギリに迫った時、ロロットに声をかけてくれたのが第18師団第512魔導戦車大隊第二中隊第三小隊、トナ・ワレンシュタインが車長を務める第三小隊三号車「サクラ03」だったのだ。

 

------------


「…………」


 誰も、一言も発しなかった。


 ただロロットのすすり泣く音だけが、静かな車内に響いていた。先ほどまでの揺れももうない。


「……ねえ、トナ」


 アリアナが口を開く。すでに日没を迎えており、その表情をうかがい知ることはできなかった。


「失敗したんだろうねぇ、コア破壊」


 トナは悟ったように言うのだった。


 グルゥ・スーの大きな特徴の一つとして、昼行性があげられる。連中は太陽が出ている昼間にしか動かないのだ。日が落ちると、まるで燃料の切れたエンジンのようにぷっつりと動きを止めてしまう。


 だからと言ってその隙に攻撃ができるかといえば、そうではない。何もしなければ動かないが、こちらから手を出せばすぐに目を覚まし、昼間と同じように暴れまわる。


 その上グルゥ・スーは夜の闇などお構いなしに正確にこちらに向かってくるのだ。こうなれば夜間戦闘は完全にこちらの振りでしかならず、よほどのことがない限り避けられるものとなっている。


 そのため、コアの破壊は日中に行わなければならないとされているのである。日没を迎えた時間になってもグルゥ・スーが崩壊していないという事は、何らかの理由があって作戦が決行されなかったか、あるいは失敗したかの二通りしかない。


「で、ワレンシュタイン少尉殿? これからどうする?」


 リリィが尋ねた。それに答えたのはエリスだ。


「順当にいけば脱出だが……」


「げ、現在地もわからず、視界も確保されない状況で車外に出ることは危険では……?」


 ロロットがぼそりと言った。


「悩ましいところよねぇ」


 アリアナもふぅ、とため息をついた。


 トナは懐中電灯をランタン替わりにつけると、地図を広げる。


 そしてネストの落下地点に鉛筆で小さくバツ印を描いた。


「誘導作戦だと、東の方に群れを持っていく予定だったから……」


 そこから大きく東、地図上だと右に酔った楕円を描く。グルゥ・スーが進出していると思われる範囲だ。東西に約40キロ。南北に20キロほど。


「私たちが捕まったのが、ここで……」


 楕円の右上付近に、グルグルと丸印を書き加える。


「Ⅰ型の移動速度と、地形を考えて……」


 トナの眉にしわが寄った。地図の端に計算式を描き、何度か検算を行ったうえで、その結果に沿って縮尺に合わせた線を引っ張る。


「現在地は、この辺かな?」


 たどり着いたのは、楕円の左によった真ん中付近。南北を大きな山で囲まれた谷のような地形の場所だった。


 ネストまでは数キロの位置にあり、昼間なら目視できるだろう。最も今は月明かりもない夜なので、付近は真っ暗だ。



「………」


 トナは黙って地図をにらんだ。


 ここから導き出される選択肢は3つだ。一つは朝までここに籠城。もう一つは徒歩で逃げる。3つ目が、戦車を修理してそれに乗って逃げる。


「……ねえリリィ。この戦車、直せそう?」


「さあね、損害をこの目で見ないことには何とも言えないかな」


 戦車の修理は、軽微なものであれば乗員が現場で行う。しかしこのメロヴィング23は感触だけでも足回りは全滅しているとみて間違いはなく、積んである予備の転輪に履き替え、履帯をつけ直し、その他の修理を明かりの少ない夜間に行うことは難しいだろう。


 トナは二つ目の選択肢を捨てた。ちなみに籠城は最初から考えていない。


「歩き、か」


「夜間行軍? ちょっと勘弁してほしいわね」


 トナのつぶやきを耳聡く聞き取ったアリアナが文句を言う。


「ならここで残っとけ」


「う、わかってるわよ。訓練時代あんまり好きじゃなかったってだけ……」


「アリアナ、いつも傷だらけでボロボロだったもんね」


 トナはそういいながら、またため息をついた。


 夜間行軍には危険が多い。特にグルゥ・スーの占領地域を生身で歩いて渡るなど、自殺行為に等しい所業だ。


 夜で相手の活動が止まっているとはいえ、視界の効かない中で歩くのはいくら軍人といえど危険なのだ。


 この位置から東西に逃げれば、夜明けまでに占領地域を出ることは難しいだろう。逃げるとすれば南北の山越えルート。しかし、それをこの時間に行えるのか……。


 トナはほどなくして決断した。


「みんな、この車両を放棄する。荷物を求めて退避。山を西に迂回しながらグルゥ・スー占領地域を抜け出すよ」


 



 

 



中々難産で、切りのいいところまで書こうと思ったら時間がかかってしまいました……。あとちょっと長い。

ご意見、ご感想等お待ちしています。よろしくお願いします!

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