砲手、エリス・ブレア軍曹
今回はエリスに焦点を当ててみました。正直自分も手探りで書いている話ですが、こうしてかき上げるたびに彼女たちのキャラが固まっていくみたいで楽しいです。
連邦軍魔導戦車兵といえば、他の兵科に比べ昇進や昇給が比較的早いことで知られている。別に二階級特進≪戦死≫が多いという皮肉ではなく、いや、厳密にはそれもあるのだが、普通に昇進を重ねる人間もいるという事だ。
理由といえば、対グルゥ・スー戦に置いて最前線に立ち、戦死率は軍内最悪。部隊の充足率は常に6~7割という、運用に難のある魔導戦車部隊に少しでも人を集めようとした結果だ。
エリス・ブレアも、わずかながら魔導適性が認められると、半ば強制的に軍に入隊した。
半年の訓練部隊を二等兵として過ごし、正式配備後に一等兵に、戦車学校に入学して兵長に昇進し、卒業とともに伍長になった。一般に魔導戦車に乗員するものは伍長以上の下士官だ。兵は徴兵されてきたものがほとんどであり、彼らが戦車に乗ることは連邦ではほぼない。
その後エリスはまじめに訓練を重ね、前線に出ることこそなかったが、戦車砲手としてまずますの評価を残していた。
彼女の命運が大きく狂うことになったのは、軍曹に昇進するための試験を受けた時だ。
「この度第2試験中隊の中隊長を務める、トナ・ワレンシュタイン少尉候補生です。本試験は渡河した敵戦車部隊を状況開始前まで押し戻す防衛線となります。敵は一個中隊。戦力的には同等です。本結果は皆さんが受験中の下士官昇進試験に反映されることとなるので、心してください」
戦車の上に立つまだ少女と言っても差支えないような若い兵士を、エリスは少しだけバカにしたように見つめていた。
士官学校の学生など、戦術理論は立派だが実戦ではろくに役に立たない人物である。というのが、現場の下士官たちの総評だ。卒業したばかりの若い士官が、老下士官を統率しきれず逃げだすこともままある。
エリスも部隊内では若手だが、それでも実戦経験は豊富だ。実際にグルゥ・スーと対峙した経験もある。
だからこそ、トナを、若い教本の内容しか知らなさそうな上官を侮っていたのである。それが間違っていることは彼女の指揮する戦車に乗ることですぐに思い知ることとなった。
「第二小隊は右翼から敵後方に侵入してください。第三小隊は左翼から。第一小隊は正面で敵を受け止めつつ後退します。敵主力を我の陣地深くに侵入させたうえで、右翼・左翼から一気に包囲・せん滅してください。砲兵はそれぞれ戦車部隊と行動を共にし、戦車護衛に努めて下さい」
「……は?」
エリスは首を傾げた。他人もそう思ったらしい。すぐにトナの指示に反論する声が聞こえる。
『ワレンシュタイン中隊長。恐れながら意見具申しますが、教本にあるように、河川沿いに防衛線を敷いて上陸前の敵をたたくべきでは?』
しかし、トナの返事は早かった。
「ロムルス小隊長、私の指示に従えないならば、中隊長権限を持ってこの場であなたを解任します。これは命令です。従ってください」
『……承知しました。指示に従います』
エリスは内心舌を巻いていた。トナが恫喝したロムルスは経験豊富な現役の曹長で、尉官に昇進するためにこの試験を受けている人間だ。歳もトナよりは一回り上だったはずで、そんな人間の意見をきっぱり棄てられるような士官候補生は見たことがなかった。
とんでもない奴が来たな。その意味はどうであれ、皆の思いは一致していた。エリスはそんな中口を開く。
「……ワレンシュタイン少尉候補生殿、せめて包囲戦を取る理由を教えていただけませんかねぇ?」
砲手と車長の位置関係上、エリスはトナの顔をしっかりと覗きこむことができた。そしてはっとする。
トナは仮面のように張り付いた顔だった。一切の喜怒哀楽も見えない。
「……緊張、してるのか?」
思わずそう尋ねた時、トナははっとエリスを見た。初めて、彼女の人間らしい一面を見た気がした。
「ええ。少し」
なめられてはいけない、と思ったかは知らないが、トナはぶっきらぼうにそう言った。
「そうこわばるこたぁねえよ。訓練だ。弾が当たったって死にはしない」
「……ありがとう、エリス」
「中隊長さんが緊張して指揮が執れねえなんてお笑いだからなぁ。勘弁してくれよ、まったく」
エリスは笑い飛ばす。
「それで、作戦の意味は?」
トナは通信手に、中隊共通チャンネルに合わせるよう指示した後、マイクを意識しながら話し始めた」
「確かに、15年策定の連邦陸軍野外戦闘教本における敵上陸時の対処行動は、沿岸に防衛線を敷いて、接近してくる敵を追い払う、ってことになってる。でも、それは砲兵の支援を受けた状態であることが前提で、今日の演習の想定には当てはまらない」
今日は、トナ達1個戦車中隊の他、一個歩兵中隊が指揮下に入っている。
「75mm戦車砲じゃ、相手が使ってくる戦車揚陸艇を行動不能にはできないし、歩兵が持つ短迫撃砲や軽量対戦車砲も効果は薄い。それに、せっかくの戦車が無駄になっちゃう」
そこで、敵を一度こちらに上陸させたうえで包囲、せん滅を行うのだという。
「私たち第一小隊は一度敵正面で迎え撃って、やられるふりをして後退する。相手は多分迎撃してくるから、そうしたら、さっき言ったような包囲陣を敷いてください。戦車だからこそ、迅速な包囲が形成できます。各員、自らの職務に全力を尽くしてください」
トナはそういって通信を終えた。
「ふ~ん」
エリスはにやりと笑う。
今回のような上陸阻止戦において、敵を一度領土に上陸させるトナの戦法は現場指揮官には嫌われる傾向にある。
しかしトナは、実際に反発してきた人間をすっぱりと切り捨てる姿勢を見せたことでこれ以上の反論を封じた。軍隊というのは上官には絶対だ。そして今行われているのは昇進をかけた試験であり、無駄に上に突っかかることは得策ではないと向こうもわかっているのだろう。
だからこそ、トナはこんな普通ではやろうとも思わない作戦を強行できるのだ。
「勝てるのか、それは?」
エリスの問いかけに、トナは初めて笑った。
「勝つんですよ。みんなの力で。私は道筋を立てるだけです」
「はっ、じゃあそこで座って待ってろ。お望みの戦果、届けてやる」
エリスの言葉に、他の乗員もうなずいた。
これより半日後、この演習は、トナ達の圧倒的勝利に終わったのだった。
――――――
「トナ、覚えてるか? あんたが少尉候補生だった時の合同昇進試験だ」
「うん。あの時はメロヴィング22に乗ってたけど」
「あいつは足は速いけど砲はいまいちだったからなぁ」
「なに思い出話に花咲かせてんのよっ!! 割とピンチなんだけどっ!?」
アリアナが転げ落ちそうになっている体を支えながら叫んだ。
「いや、なんか急に思い出してさ。走馬燈ってやつ?」
「縁起悪いわよっ!」
とんでもない弁解を始めるエリスを叱責する。
「まあ、この状況からは手も足もでないっていうか……」
「あんた車長でしょっ! ちょっとしっかりしてよ!」
「ははは……。ごめんなさい」
現実逃避気味になっていたトナも素直に反省する。
五人の乗るメロヴィング23はグルゥ・スーⅠ型によってネストへと運ばれていた。Ⅰ型が中に乗っているトナたちのことなど考えてくれるはずもないので、戦車は大きく右に傾いている。
サスペンションも何もなく、ひどい揺れだ。ロロットなどはすでに顔を蒼くしていた。
「と、トナ少尉……は、吐きそうになったら……」
「空薬きょうによろしくね、ロロット」
「ガム食うか? 楽になるぞ」
エリスが制服のポケットからガムを取り出し、
「キセルもあるよ。気分が変わる」
リリィもキセルを差し出した。
「車内で禁煙は勘弁してほしいんだけど。ってかなんでみんなそんなに余裕なのよっ! これからどうなるかもわかんないのよっ!」
一人アリアナの叫びがむなしく響く。
トナはふと時計を睨んだ。事前の予定では、ネスト破壊部隊がすでに出撃している時間だった。グルゥ・スーの群れを反対側に引き付ける、という前提が崩壊した以上、破壊部隊がネスト本体にたどり着けるかもわからない。
だかもう、連邦に余裕はない。出撃は強行されるはずだ。
「ふー」
トナが大きく息を吐くと、一瞬静寂が下りた。
みなわかっているのだ。現状がいかに危機的状況か。車内にいる限り死にはしないが、それ以上何もできないという事を。このままこの先に待つのは市だけだという事を、本能的に理解していた。
「まあ、今は待つ時かな」
トナはぼそりとつぶやいた。
「そうだな」
エリスも同調する。
「ただ、その時が来たら、……、頼むぞ、トナ」
「了解。そのための、車長だからね」
トナはいつも浮かべるような曖昧な笑みを浮かべた、しかしその眼にはいつかの演習の時と同じ、鋭い光があった。
リリィヤ・ヴェストリネン……曹長。リットリオ共和国南チロー州出身。大陸歴1901年9月28日生まれ黒髪のロングだが普段は髪をまとめている。獣の民の生まれで、オオカミの耳と尾を持つ。よくキセルをふかす。生き残ることにかけては天性の直感を持つが、それが仇となり死神ウェストリネンという不名誉なあだ名をつけられた。