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操縦手、リリィヤ・アンティラ・ニカモ・キルポネン・ヴェストリネン曹長

リリィことリリィヤ・ヴェストリネンさんのお話です。


 連邦構成国、リットリオ共和国の北方。隣国である中央諸国連合との国境沿いに広がる山岳地帯を中心に、「獣の民」と呼ばれる人々が住んでいる。動物の力を身に宿し、自然とともに生きるという独自の信仰を持った人々だ。


 近年ではほとんどが都市や農村に居住し、昔ながらの狩猟生活を行うものは少なくなってきた。しかし、名前の由縁である獣の装束は今だ民族の象徴として受け継がれている。


 リリィヤ・アンティラ・ニカモ・キルポネン・ヴェストリネンもそんな獣の民の一人だ。彼女の長い名は、獣族の伝統的な『本人の名・母の名字・母方の祖母の名字・父方の祖母の名字・父の名字』という命名則に基づいたものだ。しかしあまりにも長すぎるので、普通はリリィヤ・ヴェストリネンと呼ばれている。親しい仲間にはリリィというあだ名をつけられていたが、その仲間は全員この世にはいない。


 リリィは兵舎の隅でキセルをふかしていた。口からは吐く白い煙を、所在なさげに見つめる。


 初めて煙草に手を出したのは、最初の乗員が戦死してからだっただろうか?


 Ⅱ型の群れに巻き込まれたのだ。リリィ以外は見るも無残に踏みつぶされ、コマ切れとなってしまった。


 時々、なぜ自分だけ生き残ってしまったのだろうと考えるが、生き残ってしまったものは仕方がない。狩猟民族らしい死生観のもと、リリィは別の部隊へと転属になった。


 そしてまた、全滅した。


 その時はⅢ型の急襲を受けた。砲塔ごと吹き飛んだが、操縦手のリリィはまた生き残ってしまった。


 こんなことが続けば、周りはリリィを褒め称えるどころか恐れるようになった。


 死神。気が付けばそんな二つ名が広まっていた。誰もリリィを歓迎しなくなった。


 まあ、いいか。リリィは実に素直にそう思っていた。生き残ったことに理由などない。ただ生きているから生きている。生きている以上、自分の使命をやり遂げるしかあるまい。


 なんとなく煙に巻くような口調と、周囲など気にしないというひょうひょうとした態度を身にまとい、リリィは部隊から腫物のように扱われながら日々を過ごした。


 故郷から結婚の催促が来るようになった頃、その知らせはリリィが訓練の合間に紫煙をくゆらしていた時に舞い込んだ。


「ヴェストリネン曹長。何をしている」


「見ての通り、一服中であります」


 リリィはキセルを持ったまま慇懃無礼に敬礼をした。彼女の性格をよく知っている部隊長は顔をしかめるが、特に何も言わなかった。


「貴様の時期配属先が決まった。第513魔導戦車大隊だ」


「513? メロヴィングの第18師団隷下のですか?」


「そうだ。貴様を引き取りたいと申し出があったのだ」


「まあ、物好きもいる者ですねぇ」


「そうだな」


 部隊長が命令書を放り投げる。


「アリアナ・ドメネクという名に聞き覚えは?」


「去年、下士官の養成課程を一緒に受けましたね。訓練小隊が同じでしたよ」


 リリィはよどみなく答えた。


「そうか。彼女がお前を呼んだそうだ」


「はて? ドメネク曹長は通信手で、士官学校も出ていないはずでしたけどねぇ」


「事情は知らん。荷物をまとめろ。配属は1月1日付だ」


「はぁ、了解いたしました、少佐殿」


 リリィは重い腰を上げた。


―――――――


「鉱も座りっぱなしだと、すこし運動でもしたくなるもんだね」


 リリィの軽口に、車長のトナも軽口で答えた。


「床下のハッチから出てみる? Ⅰ型と鬼ごっこできるよ?」


「遠慮しておこう。運動不足の私には激しすぎるよ」


 彼女たちが乗るメロヴィング23は、Ⅰ型に絶賛拘束中であった。


「履帯も切れて、この感じだと転輪も外れてるね。さすがはⅠ型と言うべきかな?」


 何度か脱出を試みていたリリィは完全に白旗を上げた。それを聞いたアリアナは、


「メロヴィング23の装甲はⅠ型の襲撃には耐えられるって聞いたのに……。嘘もいいところじゃない」


「装甲は大丈夫だよ? それ以外がダメなだけで」


「駄目じゃない、それ」


 深く、深くため息をついた。


「結構、賢いんですね……。もしかしたら、どこが戦車の弱点なのかわかっているみたいです」


 装填手のロロットが口を開く。ちょうど彼女の頭上にあるハッチからは、Ⅰ型がそれをこじ開けそうとしている音が嫌に響いていた。


 こういった事例はよく報告されていたため、トナ達は独自の改造ですべてのハッチに鍵をつけている。拘束された時点ですぐに施錠したおかげでしばらくは破られそうになかった。


「私たち、どうなるんでしょうか……」


 不安そうな表情を浮かべるロロット。


「まあ、なるようにしかならねえだろう」


 砲手のエリスが励ます。


「こうなった事例での生存例は多い。何にせよ、そろそろネストへの突撃部隊が動き出す時間だ。『ルーツ・コア』の破壊さえ成功すりゃ解放されるんだ。今晩には兵舎のうっすい汚ねえシーツにくるまれてグースカ眠れるさ」


「それは……、ちょっと嫌なような……」


 ロロットは力なく笑った。


「他の部隊も無事みたいだから、辛抱強く待つしかないかな?」


 トナもあきらめたように力を抜く。


「突撃部隊が出撃して、ルーツ・コア破壊まで……、うまくいけば2,3時間ってところだろうし」


 ネスト。


 大陸通商言語で「巣」を意味する言葉だ。現在ではもっぱら、グルゥ・スー――グルゥ・スーの本拠地、を現す。


 見た目は数十メートルほどの黒い尖塔のようであり、魔力の流れを示す紫色の線が血管のように表面に走っているという。最もこれをじかに目にしたことがある人間はほとんどいない。


 ネストは例外なく85日周期で空から飛来する。落下して来たネストはすぐに大地に根を張り、1時間ほどで先兵であるⅠ型を放出し始める。


 その後Ⅰ型、Ⅲ型が時間を置いて出現するのだが、その差は季節や緯度、標高によって変化するため、ネストは植物的な特徴を持っているのではないかと主張する学者も存在するのだ。


 ネストの内部にはルーツ・コアと呼ばれるものが存在し、それがグルゥ・スーを生み出している。ルーツ・コアを破壊すれば、ネストは急速に劣化、崩壊し、そこから生まれたグルゥ・スーも同じように土に還る。


 だからこそ、ルーツ・コア破壊が対グルゥ・スー戦に置いて最大かつ最優先の目標なのだ。連邦軍が保有する最新の兵器も、コア破壊のための突撃部隊に配備されている。そのせいで、おとりを務める舞台は旧式兵器が固められてしまうというあおりを食らっているほどだ。


「突撃、うまくいきますかね?」


 ロロットが不安を口にする。しかしエリスはそんな不安を一蹴した。


「突撃部隊の中核はエリートの第501魔導戦車大隊だぞ? それに第403砲兵大隊も参加している。403といえばイサベル43魔導自走突撃砲を配備した連邦最強部隊。こんなちゃちなネスト、一瞬で木っ端みじんだ」


「確かに、急に本気出してきたよね、上も」


 アリアナが同意する。トナもうなずいた。


「今回は初動対応に失敗して、一個師団を失いかけてる。国内的にも体裁が保てないし、なによりネストの破壊にここまで手間取ると、国際的な恥だもん。中央諸国連合や西部統合王国の介入を許すことにもなりかねない。だから虎の子を出してきたんじゃないかな?」


 ネストの襲来は国内問題ではなく、国際的な、人類存続にかかわる大問題だ。もし一国で対応できないと諸外国に思われてしまえば、最悪強硬的な軍事介入もあり得る。


 実際10年前の初襲撃で大敗を喫した東洋帝国はそれを口実に各国軍の駐屯を許し、半植民地状態となっているのだ。


「まあなんにせよ、早く助けてもらえるんならこれに越したことはないんだけどねぇ。ずっと座ってるとしっぽが挟まっちゃってね、少し痛いんだ」


「え、リリィのしっぽってホントについてるの? 飾りじゃなかったの?」


「耳と同じだよ、ドメネク曹長。魔道具の一種でね。本物のオオカミの尻尾なんだ」


「へぇ……」


 その時、戦車が大きく揺れた。


「な、何?」


 トナがのぞき穴から外を見る。すると、外の光景が少しずつ動いていることがわかった。


「……運ばれてるみたい」


 トナがそういうと、全員の脳内にある予感が横ぎる。


「あの……、いったいどこに……」


 ガタガタと震えながらロロットが尋ねると、リリィは少しばかにしたように答えた。


「アリが獲物を連れ込むところなんて決まってるだろう? 兵長。巣穴以外にないじゃないか」


「巣穴ってネストのことですよねぇぇぇぇっ!?」


 ロロットの悲鳴がメロヴィング23を震わせたのだった。


獣の民……連邦北部から連合南部にかけて住む人々の総称。動物の神の加護を受けるという独自の信仰を持っており、自分の家の守護動物に扮する伝統がある。気質は家によって違うが、一般に保守的で同じ守護動物を持つ家との結婚を望む傾向がある。ヴェストリネン家はオオカミであり、オオカミのごとき戦士であるべきとの家訓を持つ。動物の扮装は魔道具も用いており、聴力や感覚なども存在する。

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