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通信手、アナリア・ドメネク曹長

 アリアナ・ドメネク曹長が第513魔導戦車大隊に配属となったのは、戦車学校を卒業してすぐのことだった。


 当時、グルゥ・スーの襲撃が第513魔導戦車大隊の警備地区に起きることはなく、アリアナはもっぱら通信手として訓練に励むことになる。


 配置換えが伝えられたのは、大規模な人事異動が行われる年末。


「トナ・ワレンシュタイン少尉ですか?」


「そうだ。戦車学校では同期だったと聞くが」


 アリアナが所属していた第3中隊長が資料を眺める。


「ええ、そうですね。士官学校に進学したんですよ、あいつ」


「彼女は戦車長として我が部隊に配属されることに決まった。戦車乗員の編成で、君を指名してきたんだ」


「ほぉ……」


 戦車の乗員は一蓮托生、生死すら共にする運命共同体だ。そんな理由もあり、同じ車両に乗る乗員は戦車長がある程度自由に決定することができる。その権限を使って優秀な乗員を引き抜いたり、逆に無能と思った人間は外すのだ。

 

 最も、新任戦車長のトナがこの権限を使うのは珍しい。


 アリアナは不敵に笑った。


「……トナ、じゃなくて、ワレンシュタイン少尉が着任されるのは?」


「1月1日だ」


「了解しました。命令、謹んでお受けいたします」


 アリアナは敬礼する。そしてすぐに自室に戻ると、ペンを手に取った。


「優秀な奴集めてあげましょうかね、あのおバカさんに」



 トナ・ワレンシュタインを車長とする第513魔導戦車大隊第2中隊第3小隊3号車、車両固有呼称サクラ3が結成されるのは、この十日後のことだった。


――――――


「第二防衛線司令部との通信は30分前に途絶。グルゥ・スーの最前列はすでに第三防衛線のキルポイント7キロ手前まで接近中だそうよ」


 前線に向かう車内で、アリアナが報告を読み上げる。


「総司令部は『ネスト』掃討部隊の出撃を前倒しすることを決定。1400には開始するらしいよ。日没までに片をつけたいんでしょうね」


「……第二防衛線の残存部隊は?」


 トナの問いに、アリアナは地図をにらみながら答えた。


「おそらく私たちみたいに反撃を加えつつ敗走してるんだろうけど……。わたしたちの任務は残存部隊の撤退を支援しつつ、第三防衛線に合流することだって。よろしくね、トナ」


 現場に展開している兵力を10とすると、第一防衛線には5、第二防衛線には3、そして第三防衛線に割り振られた戦力は2である。


 本来なら、第一防衛線でグルゥ・スーの趨勢をこちらに向けさせたうえで、第二防衛線に合流して8の戦力で迎撃。さらに敵の威力を削いで第三防衛線に置いて最大戦力をもってせん滅する予定であった。


 しかし第一防衛線での撤退に手間取ったうえ、第二防衛線が全滅に近い被害を出したとなれば、第三防衛線などもはやあってないようなものである。だからこそ、司令部は残存兵力を各所からかき集めているのだ。


「まあ、上の見通しが甘かったんのよねぇ。第18師団だけで何とかしようなんてそもそも無茶なのよ。素直に19師団とかも呼んどきゃよかったのに」


 アリアナの恨み節に、トナは苦笑しつつ同意した。


「まあ、活躍の場を見せるチャンスだったからね。でもこれで師団長は更迭だよ、きっと。それに、それだけじゃないし……」


「敵の侵攻が早すぎるってこと?」


「うん。冬にしては随分早い……」


 第二防衛線の放棄はあらかじめ決定されていたとはいえ、こんな潰走の予定ではなかった。何かしらのイレギュラーな事態が発生した取るべきだが、


「司令部がつぶれちゃ報告も何もないわよねぇ」


 アリアナはため息とともに通信機をみつめた。


「理由はわからないわけじゃないけどね」


 ふとリリィが口を開いた。


「Ⅲ型が出現したとみるべきじゃないかな?」


「Ⅲ型……?」


「そうだね。連中なら砲兵と戦車に囲まれて比較的安全な後方の司令部を、一突きにできる」


 トナは青ざめた。


「……アリアナ」


「わかってる」


 アリアナはすぐに指揮車に通信をつないだ。


「こちらサクラ3。前線の状況を鑑みるに、Ⅲ型の出現が考えられます。対Ⅲ型対処行動に移るべきです」


『Ⅲ型だと? 今回のネストは落下後36時間しか立っていない。航空兵器も出していない以上Ⅲ型の出現はありえん』


「…………。了解しました。作戦行動を続行します」


 アリアナは通信を終える。


「駄目ねトナ。やっぱⅢ型が出てくるなんて考えられないわよ」


「Ⅱ型の出現が早かった以上、Ⅲ型が出ないとは言い切れないのに……」


 トナは砲塔ハッチから顔を出し空を見上げた。ちょうど太陽が天頂を過ぎた頃であり、太陽光が目に刺さる。


 あわててポケットからサングラスをかけ、もう一度空に、特にネストのある方角に目を凝らした。


 よく澄み渡った青空の中に、黒い斑点が見えた。一つ、二つと斑点は増える。


 トナは砲塔に潜り込むと叫んだ。


「0時の方向よりⅢ型接近を確認。数多数。至急報告の上無線封鎖っ!」


「了解っ!」


 アリアナは事態急変を知らせる緊急信号を打ちこの知らせを伝えると、対処行動に従って無線の電源を切った。


「戦車停止。魔導変換装置も切って」


 トナはリリィにそう命じると、展視孔から空をにらんだ。ゴマ粒ほどだったⅢ型の姿はもはやはっきり見えるほどまで接近していた。


 それは巨大なトンボだった。ただ全身が真っ黒で、例にもれず体長は5~6メートルほどある。


「あいつら……」


 グルゥ・スーⅢ型。あの日トナの目の前で魔導兵部隊を全滅に追いやった連中だ。


 Ⅲ型は高速でこちらに向かってくると、


「Ⅲ型接近、衝撃に備えてっ!」


 戦車隊に向かって突っ込んできた。体当たりによる自爆。これがⅢ型の攻撃方法だ。


 地面にぶつかったⅢ型は大爆発を起こし、地面に大きな穴をあける。


「天におられる我らの神さまぁぁ。どうか私たちを守って下さいぃぃぃ」


「さっきからうるさいぞロロット! 無線切ってるから気づかりゃしねえよ!」


 ガタガタとお祈りを続けるロロットの頭をエリスが叩く。


 Ⅲ型は電波と魔力を探知してこちらを探知するといわれている。だから魔導士や、通信量の多い指揮車両、司令部なんかが優先的に襲われるのだ。


「今、あいつらはさっきまでの電波や魔力を頼りにやみくもに突っ込んでるだけ……。だから、大丈夫」


 トナは半分自分に言い聞かせるように言う。Ⅲ型はトナ達のすぐ近くに落下、爆発する。35トンの重量を誇るメロヴィング23が大きく揺れた。


 空から落ちてくるⅢ型を撃墜するには仰角が足りない。だから襲撃時にはじっと耐えるしか方法がないのだ。


 襲撃は始まった時と同じく唐突に終わった。


 永遠に続くかのように思われたが、時計で見れば数分に満たない時間だった。


「もう、行ったのかな?」


 トナは潜望鏡を覗いてあたりを見回した。周囲はクレーターだらけになっており、Ⅲ型の威力を物語っていた。


 そして後方に目をやった時、


「……っ! サクラ1が」


「どうしたのトナ!」


「サクラ1が、小隊長車がやられた」


 第三小隊長を乗せたメロヴィング23が砲塔と車体が吹き飛んだ無残な姿をさらしていた。弾薬庫に引火したのか、煙を上げて炎上している。生き残った乗員の姿はなかった。


 第三小隊の損害はこれだけだが、これで小隊は頭を失ってしまったのだ。


「……トナ、次はあなたよ」


 アリアナは一瞬眉をひそめた。小隊長が戦死した今、階級的に次に当たるトナが小隊指揮を執ることとなる。


「わかった。アリアナ、発煙筒準備。電波はまだ使えないから」


 アリアナは車体横に設置されているピストルポートから発煙筒を突きだした。


 濃い紫色の煙が車外に排出される。これは『我が指揮を執る』という事を示す色だ。これを目視した仲間たちは主砲を上下に振ることで返事をした。


「戦車前進。中隊本部と合流して、作戦を続行する」


 トナの命令により、第三小隊は動き出した。


 まもなくして、小隊は森に入った。戦車一両が通れる未舗装の道を縦列で進んでいく。


「第二防衛線司令部はここから3キロ西のエルデ村役場に置かれていたから……」


 トナは地図を広げる。


「生存者がいるなら、たぶんこのあたりに」


 その時、砲声が森に響いた。


「……3時の方向、距離700だね」


 リリィが言う。トナはその方向に進むよう指示を出した。一輌は街道で待機させ、もう一輌は自らとともに進ませる。


 ちなみにこれらの指示は、トナがハッチから身を乗り出し身振りによって行った。無線封鎖時の典型的な指示方法だ。


「さすが獣人は違うわねぇ。頭の犬耳は伊達じゃないって?」


「まあね」


 褒めるアリアナにリリィは得意げに笑い、右のレバーを手前に引いた。戦車は道を外れ、森の中へと入っていく。


 森はこの地域によくある針葉樹林であり、メロヴィング23なら何とか木々の間を縫って進めるほど。他が苦戦する中、リリィは器用に操縦レバーを操り森を進んでいく。


 やがて針葉樹の向こうに、一輌のメロヴィング23が見えた。しかし、


「マジか」


 エリスが絶句する。


 そのメロヴィング23は車体の周囲をグルゥ・スーⅠ型に囲まれていた。その様子はまさに、アリに捕食されようとしている芋虫のようだった。


 群がられたメロヴィング23は砲塔を旋回させたり、機銃を使ったりして必死に抵抗しているがⅠ型がひるむ様子はない。


「おいトナ。大丈夫か、アレ」


「……装甲をかみ切られるってことはないだろうけど、あのままじゃまずい」


「どうすればいい?」


「弾種榴弾。時限信管をセットして。車体に直撃しないぐらいで爆発するように。できる?」


「わがりました!」


 充填手のロロットはハッチから顔を出した。


 手には木でできた単眼教のようなものが握られている。これは狩猟民族であるエルフが獲物との距離を正確に測るために使用する一種の魔道具だ。目力が込められた水晶が筒の中に入っていて、出口につけられたメモリと連動して測量を行う。


 魔力に頼らず距離を測定できる道具もあるのだが、ロロットやエリスは正確性を求めてこちらを愛用していた。


「距離は338……。弾速から考えると弾着までの時間は……」


 ロロットは素早く計算を済ませると、榴弾の時限信管を調節した。そしてすぐに装填を済ませる。


「準備いいですよ!」


「了解。目標、友軍車。撃て」


 放たれた榴弾は着弾寸前に爆発した。爆風で群がっていたⅠ型が吹き飛ぶ。


「これで連中の目はこっちに向いた。エリス、掃討頼んだよ」


「ああ、まかせときな。こいつが勝てる唯一の相手だからな」


 怒り狂ったように顎を鳴らしながら、Ⅰ型はこちらに向かってきた。


「後退っ!」


 トナが後退を命令、同時にハンドサインで同伴車に指示を出す。


『サクラ4は回り込んでわれの戦闘を補佐せよ』


 群がっていたⅠ型は総勢7匹。戦車2輌で相手をするにはかなり厳しい数字だ。


「アリアナ、無線使っていいから、待機中のサクラ5に救援を要請。周囲を警戒しつつ敵集団をせん滅する」


「はいよ」


 アリアナは手早く通信を入れた。


 トナは再びハッチから身を乗り出す。周辺に他のグルゥ・スーの姿はないが、ここはもう占領地域だ。いつどこから奴らが姿を現すかわからない。


「あんまり暴れるとお友達が集まっちゃうからなぁ」


 トナは面倒臭そうに呟くと、砲塔内部に戻り咽頭マイクに手を当てた。


「エリス、弾種徹甲弾。目標Ⅰ型距離320。……撃て」


 正面から迫ってきたⅠ型の頭部が、エリスの放った弾によって吹き飛んだ。そして再生する間もなく、回り込んだサクラ4が胸部のコアを打ち抜く。


「次、距離310……、撃て」


 連携は再び成功し、もう一匹の駆除にも成功する。


 しかし、Ⅰ型は素早い。こちらが装填、充填を行う間にどんどんと距離を詰めてくる。


「街道まで一時撤退。あの車両にも戦闘に参加するように伝えて」


 トナは最初にⅠ型に取り囲まれていた車両も小隊に加え、撤退しつつ射撃を行った。しかし、移動しながらの射撃はほとんど当たることはない。


 トナ達は街道まで戻ると迫りくるⅠ型に対して横列陣形を取り迎え撃とうとした。


「あいつらが森を出たところで一網打尽にする。せめて行動不能にして、次の攻撃までの時間が稼げるようにするよ」


 トナの命令に答えるべく、第三小隊の4輌は砲を森に構える。


「さあ、来い……」


 Ⅰ型は姿を現した。


「え?」


 ただし、彼女たちの背後から。


 車体に衝撃を感じたトナが振り返り、後方の展視孔から外を覗くとⅠ型の顔が目の前に迫っていた。


「ぜ、前進っ!」


 トナは慌てて叫ぶ。リリィがアクセルを一杯に吹かすが、何かが転輪を噛んでいるらしく、ガガガ、という音とともに動かなくなった。


「砲塔旋回、目標後方! 振り払って!」


「駄目だ、がちがちに固められた! 動けねぇっ!」


 エリスが怒鳴り返す。


「き、機銃! 機銃で……」


「Ⅰ型には効かねえよ! それにメロヴィング23の機銃は前方と同軸。後ろの敵には撃てねえんだ!」


 その時、車外からガチン、という音が聞こえた。トナは青ざめる。


「少尉殿、履帯が切られちゃったみたいだ。思ったより賢いね、あの蟲。どうする? 直すかい?」


 リリィは人ごとのように報告した。


「む、無理ですよ、こんな状況じゃ~」


「……車内で待機。アリアナ、救援要請と、小隊車の安否を確認して。今からは持久戦だよ」


 トナは車長席に倒れ込む。


「はぁ……」


 こうして第三小隊は、戦闘能力を失ったのだった。


トナ・ワレンシュタイン……連邦陸軍少尉。連邦構成国の一つ、メロヴィング共和国リリージェ市出身。1911年7月1日生まれ。茶髪でボブカット。大戦争時に両親を失う。身長161センチ。


アリアナ・ドメネク……陸軍曹長。イサベル共和国リンド・デ・ドール郡出身。1909年12月28生まれ。金髪のショート。元々歩兵だったが、戦車兵に転向した。要領が良く昇進も早い。身長165センチ。

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