開戦
こんな作品を書いておいてなんですが、作者は軍事関係は素人に毛が生えたレベルです。詳しい方いらっしゃりましても暖かい目で見つめて頂ければと思います。
大陸歴1919年7月。奴らは突如として来襲した。
「ねえママ? どこ行くのー」
幼い少女が自分の手を引く母親に尋ねた。母親は固い表情のまま答える。
「おうちのほうにね、恐いこわーいお化けが出るんだって。だから、みんなで逃げてるのよ」
親子は徒歩で逃げる避難民の列にいた。列は広大な麦畑が続くこの道の先まで続いており、どこまで伸びているのか見当もつかない。みなほとんど荷物も持たず、不安げな表情でとぼとぼと歩き続けていた。
空は憎たらしくなるほどの晴天で、白い雲が点々と浮かんでいる。牧歌的な風景と、絶望にまみれた避難民が悪い夢のような風景を作り出していた。遠くからは砲声が時々聞こえてくる。
開戦から一か月、奴らによる占領地域は加速度的に増え、多くの人々が故郷を追われていた。多くの人々が、当てのない逃避行を続けていた。この親子もまた、そんな人々の一部だ。
「お化け? トナ怖い!」
少女は顔をしかめる。母親はそんな少女を安心させるためにやさしい笑顔を作った。
「大丈夫よトナ。ママもいるし、街のみんなも一緒でしょ? それに、パパがお化けと戦ってくれてるからね?」
「ほんと?」
「本当よ、トナ。さ、もうちょっと行ったらお化けのでないところに……」
母親がそう言いかけた時、列の前から歓声が上がった。声は波のように伝播し、親子のもとにまで届く。
「魔導兵だぞ!」
「魔導兵が来てくれた!」
「これで勝ったなぁ」
急に笑顔になり、安堵の声を上げ始めた人々に、少女は困惑してあたりを見回す。
「どーしたの? ママ」
母親は答える代りに少女を抱き上げた。
「ほら、トナ。お空見てごらん?」
促されるままに空を見上げると、何かが飛んでくるのが見えた。それも何体も。
すぐに正体がわかった。人間の女性たちだ。彼女たちは紺色の連邦陸軍魔導飛行兵装に身を包み、自動二輪車のようなものにまたがって飛んでいた。
「魔導兵のみなさんよ」
母親は誇らしげに言う。少女も目を輝かせていた。彼女たちが乗っている魔導式飛行戦闘機はその名の通り、魔導兵が持つ魔力を変換して空を飛ぶ新兵器だ。
そして、まるで人々に威容を見せつけるように低高度を行く。機体の横に輝く連邦のシンボルマーク、三連星までもがはっきりと見えた。
魔導兵。この国、この世界の英雄。かかる大戦争に勝利するための切り札だ。その姿があるだけで、先ほどまでの絶望は完全に吹き飛ばされたようだった。
少女の目は輝く。
「すっごーい! かっこいい!!」
「ね? あの人たちがお化けなんかやっつけちゃうんだから」
「強いんだね!! トナもあんなふうになりたいなー」
「……ごめんね、あなたには無理なのよ」
母親は無邪気に笑う少女に、悲し気に謝った。少女はその謝罪の意味を理解できず首を傾げる。
魔導兵になるためには、相応の魔力がなければならない。魔力量は先天的な適性があり、少女は早い段階で、魔力敵性はほとんどないとされていた。
どんなに憧れたとして、少女は英雄には成れないのだ。
だがそんなことを知らない少女は、憧れの目で空を見上げている。
「うーん。あ! ママ、お空の上の方にもまどーへーさんいるよ!」
少女は魔導兵たちのさらに上を指さした。
「え? どれどれ?」
親子は目をそばめて空を見る。
白い綿雲に、黒い点がいくつもあった。
「増援かしら?」
点はみるみる大きくなっていく。
「おい、ありゃなんだ……」
「魔導兵、じゃないぞ?」
魔導兵なら、援軍ならば、彼女たちの後ろから来るはずなのに、その黒い斑点まったくの逆、今まで避難民辰が逃げてきた方向にあった。
群衆に戸惑いとざわめきが広がっていく。やがてそれは、
「おい……、ありゃ化けもんだ! エトリサに出た化け物だっ! ……『グルゥ・スー』だぁっ!!」
目の良い誰かの叫びによって、一瞬で恐慌に変わった。
「トナっ!!」
母親は娘を抱きしめるが、パニックを起こした人々によってもみくちゃにされていく。
「ママぁ」
「大丈夫よっ! 魔導兵の皆さんが守って」
少女の目の前で、1人の魔導兵が爆散した。すでに姿も捕らえられないほど加速した影が、高速で魔導兵に突っ込んだのだ。
「あ」
少女は茫然としてその光景を見つめる。彼方から飛んできた『化け物』になすすべもないまま撃墜されていく魔導兵たちが、少女の瞳に映った。
「ママ、まどーへいーさんたち、落ちてくるよ?」
「え? どういう」
母親が言い切るより先に、爆発した機械の破片が、親子の上に降り注いだ。
そこから先のことを、少女は、トナ・ワレンシュタインは覚えていない。ただ一つ確かなことは、この後、自分は天涯孤独の身になってしまったという事だけだ。
―――――――――――
大陸歴1929年。
「諸君らは10年前の大戦争を経験した者たちだろう」
初老を迎えた女性教官は、校庭に集められた兵士たちを前にそう問いかける。
ここは大陸南部連邦陸軍、クロニカ戦車学校。陸軍の戦車兵を養成するための学校であり、今集められているのは先日訓練課程を終えたばかりの新兵たちだ。
「あの大戦における人類の、そして魔法の無力さを、諸君らは十分に思い知ったはずだ。我々が必死こいて崇めていたものがどれほどもろいものだったかをな」
話を聞く生徒たちの中に、その中にトナは立っていた。短髪の茶髪に整った目鼻。美人と言っても差支えのない少女だった。黒を基調とした戦車兵装に身を包み、まっすぐ教官を見つめていた。
「そして、あの大戦で見せた人類と魔法の底力も知ったはずだ」
教官は一人一人の顔を見つめる。
「諸君らは、時代が時代なら半端者の魔導士と蔑まれていただろう。しかし、これのおかげで、諸君らは連邦を救う英雄となり得る。我々は化け物、グルゥ・スーなどには決して屈さない。諸君らはその人類の意思を体現する存在となるのだ」
教官は背後に記念碑として飾られていた一輌の戦車を指さした。大戦争の戦局を一転させた新兵器は魔導兵に代わる人類の守護者ならんとしてここに鎮座している。
「成績と希望により、諸君らはこれからそれぞれの道を歩むこととなる。士官候補生として士官学校へ進むもの。実戦へと配備されるもの。技師として工廠へ赴くもの。しかし、諸君らの腕が、頭が、その体が国民を、国家を救うことに変わりはない」
教官は一度言葉を切る。そして大きく息を吸おこむと、腹の底から怒鳴った。
「諸君らはこれより、この戦車を駆り、人類の仇敵であるグルゥ・スーの脅威より国民を守る英雄となるっ! この誇りを胸に、各員全力で任務に当たれっ! 我々の力を見せつけろっ!!」
「「「はっ!!」」」
意気揚々とした声が響く。
トナもまた、繊維に満ちた眼差しで敬礼をしていた。
「もう、誰も死なせない……」
彼女の口元からそんな言葉が漏れた。
そしてトナが戦車長として実戦に参加するのは、一年ほど後の話だ。
閲覧ありがとうございました。感想、ご指摘などお待ちしております。
☆用語解説☆
大陸南部連邦……この惑星唯一の大陸の南部諸国が結成した連邦。国土のほとんどが平地で、農業が盛ん。国土面積は世界最大で、また比較的温暖な気候である。北で国境を接する中央諸国連合とは領土問題を抱えており、歴史的に険悪な関係。