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迸る電撃の矢は真っ直ぐにティーウォンドに向かう!
しかし、身構えた彼のすぐ横を走り去って、その後方で雷を弾けさせて爆発した!
そして、ワンテンポ遅れてドサリと何かが地に落ちる音が聞こえる。
「これは……」
俺たちが見たのは、黒焦げになって地に伏せ絶命している異形の影だった。
「こいつは『スパイダー』と呼ばれるタイプの魔人だね。特徴としては気配を消して獲物に近づき、毒の牙で仕留めてから補食する」
まるで教師のようにバロストが倒れている魔人の解説をする。
言われてみれば、その顔付きは蜘蛛に近く、顎から大きな牙が二本生えていた。これでがぶりとやった後に毒を注入するんだろうなと想像すると、背筋がゾクゾクしてくる。
しかし……ホント魔人てやつは、見れば見るほど気味が悪い。
前にも感じたが、何て言うか別進化を遂げた生命体って感じで、こいつらがいたら種としての系統が滅ぼされる……といった本能的な危機感と拒否感を覚える。
死んだ後なら拝むくらいはしてもいいけど、生きてる間は絶対に許さないよって感情が沸き上がってくる……とでも言えばいいのだろうか。
「じょうじ」って鳴く、火星の某生命体にも遭遇したらこんな気持ちを抱くかもしれない。
逆にキメラ・ゾンビくらいクリーチャーっぽい外見た行動ならここまで嫌悪感を持たないんだけどな……。あれはあれで気持ち悪いけど。
「いやー、集めた魔人の数とその辺に散乱されてる肉片やらを組み合わせた数が違うから、生きてる奴がいるとは思ってたんだけどね。犠牲が出なくて良かった、良かった」
「良い訳があるかっ!なぜあの魔人は私を狙った!」
激昂したティーウォンドがバロストに食って掛かる。
バロストが救ったとはいえ、襲撃寸前まで気がつかなかったのだから、ティーウォンドが少しばかりプライドを傷付けられたんだろうな。
まぁ、仮に俺がスパイダーに狙われていたら、ティーウォンドは遠回しに不注意をなじってラービに自分の頼もしさをアピールしていたんだろうから同情はしないが。
「うーん……この中で五剣の英雄たる君が一番の脅威と見なされたから狙われたんじゃないのかな?」
かなり適当に言ってる感はあるが、バロストの言葉にティーウォンドは満更でも無さそうな表情になる。
暗に一番は君だよと言われたようなもんだから、強さが価値観になりがちな英雄としてはお世辞でも嬉しいんだろう。意外とちょろいな。
「一番、隙だらけだから狙われたのかもしれませんけどね……」
毒を含んだ一言をぽつりとレイが漏らす。
苦笑するラービに気にしてませんよといった笑顔を向けるが、ちょうど正面にいた俺からは彼女から見えない角度の顔半分で、レイを睨み付るティーウォンドの顔がよく見えた。
いや、どっかの男女半分になった悪の幹部みたいな器用な顔芸だな……。
そんな中、トコトコと俺の隣に歩いてきたラービが皆から見えないように俺に触れ、再び念話を飛ばしてきた。
『一成、バロストに気を許してはおるまいな?』
まぁ、それなりに警戒はしている。流石にバロストの言うことを全て信じる訳にもいかないしな。
『いやいや、もっと警戒心を持て。あやつは要注意せねばならんとワレの感がそう言っておる』
なんだか、某実力派エリートみたいな事を言うな……。
とにかく気を付けるよ、俺だってまだ死にたくはないからな。
『うむ……奴は人当たりの良さそうな顔をしてするりと人の輪に入ってくるが、あのキッツいキメラの製作者という事を忘れてはならんからな』
う……そうだった。
そういや、あの時もバロストは魔人を引き連れていたな……。
何を企んでるのか知らないが、なんでわざわざリスクの高い魔人に係わろうとするんだ……?
リスクジャンキーか何かだろうか?
この世界の住人ではない俺でさえ魔人はヤバイと感じるんだから、同じく異世界から来ているバロストだって、嫌悪感を抱いてもいいだろうに……。
もしかしたら、それも帰還に関して必要なプロセスなのかな?
機会があったら聞いてみるか……。
「さぁて、それじゃあヤーズイル殿の所に向かう前にお掃除をしておかなきゃね」
そう言うと、バロストは空中に手をかざして力ある言葉を放つ。
「転送空間」
声に反応して発動した魔法は、彼が手をかざした辺りに渦巻くような黒い穴を発生させる。
「魔人の死骸は放置すると危ないからね。ちゃんと処理しないと……」
ゴミ拾いのボランティアよろしく、何処からともなく道具を取り出すバロスト。そこへコルノヴァに手伝ってもらいながら、手慣れた様子で魔人の肉片やら骸やらをひょいひょい放り込んでいく。
それを見ていたハルメルトが、またも体を強ばらせていた。
気になったので声をかけてみると、彼女は硬い表情で震える声を絞り出す。
「い、いま、バロストがやった事、が……し、信じられないんです」
バロストがやった事?
魔法を使った事か?それとも魔人をぞんざいに片づけていることだろうか?
「ま、魔法です……」
ごくりと息を飲みながらハルメルトは言った。
でも、ハルメルトだって召喚魔法(スライム専門だが)を使える訳だし、そんなに驚愕することかね?
俺の疑問に、彼女は小さく首を振る。
「バロスト……さんは、魔法を発動させるのに必要な手順を全てすっ飛ばしてました」
ああ、そういえば魔力を循環させたり変換したりと何行程が面倒な作業があるって話だったな。
元の世界のゲームなんかだと一言か一操作で魔法が使えるから、そんなにややこしい物だとは思っていなかったが。
「剣士で例えれば、『剣を鞘に納めたまま相手を斬るという結果だけをやってみせた』と言った所でしょうか……何にせよ、流石は英雄と呼ばれるだけの人物です」
なるほど、そう聞くと凄いな。
同じ魔法に係わる者だから、それがどれだけ桁外れな所業か解ったということか。
「お待たせ。いやー、キレイになったよ」
そんな魔法の達人たるバロストは、散らばる魔人のパーツを全て魔法の穴に放り込んで爽やかな笑顔で戻ってくる。
「それじゃあ、早速行こうか」
「行くのはいいんだけど、今の『転送空間』って魔法で行くのか?」
先導しようとするバロストに問いかけた。
しかし、バロストは、まさかまさかと否定する。
「残念ながらあの魔法は生きている者は潜れないんだ。あ、一度死んでから潜って移動先で復活するなら一瞬でヤーズイル殿の所に行けるけど……」
おっ、ビッグアイデア!……ってなるかっ!なんだそのリスクしかない提案は!
やっぱりコイツは危ない。改めて警戒心のギアを上げておかなければ……。
「まぁ、流石に冗談だけどね。じゃ、行こうか。ヤーズイル殿の研究塔までの近道があるから、馬なら一日半もあれば到着するよ」
うん、善は急げ。早速出発しよう。……と、そこではたと気がついた。
人が七人に対して馬が三頭……馬、足りなくね?
……その後、ぎゃあぎゃあと揉めた挙げ句に決定した配分は、
馬Aーラービ、レイ、ハルメルト
馬Bーバロスト、コルノヴァ
馬Cー俺、ティーウォンド
となった。
……なんだ、この馬Cのひどい配置。
はっきり言って最悪だ。が、ラービがこの助平野郎と組むよりはマシだろうと自分を納得させる。
「ハァ……何が悲しくてこんな小僧にしがみつかれなきゃいけないんだ」
心から残念そうにため息を吐くティーウォンド。奇遇だな、俺も全くの同意見だ。
「……君が振り落とされても問題は無いから、私にしがみつくのは止めてくれ」
よーし、上等だこの野郎。どっかが折れるくらい締め上げてやらぁ!
限り無くギスギスした俺達をさらりと流しつつ、一向は『蟲の杖』ヤーズイルの元へと向かう為に、バロスト達を先頭にして近道があるというさらに樹海の奥を目指して進み始めた。