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バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バロストぉ!
目の前にいる人の良さそうなおっさんが、あのエルフっぽい種族の生首からナメクジがこんにちはしたような気色悪い合成獣を作った張本人だというのか!?
それじゃあ、あの俺達に言葉をかけてきた女の人は、後ろの褐色美女?
もっとマッドなサイエンティストをイメージしていた俺は完全に意表を突かれてしまっていた。
「その節は悪かったねー。魔人をけしかけるつもりは無かったんだけど、近くにいた君達に奴等が反応しちゃってさ」
おそらく俺達が初めて魔人と対峙した時の事を言っているんだろう。
しかし「てへペロッ!」って感じで言ってはいるがあれはかなり洒落にならない状況だった筈だ。
なんせ、グラシオの耳長族と魔人を繋ぎ会わせた合成獣を遠隔操作しながら、人類の敵たる魔人の群れを先導し、他国であるアンチェロンの領内で移動していたんだから完全に役満!アウトだ、これ。
だが、当のバロストには焦りの色も見えず、むしろこの出会いに感謝といった雰囲気だ。
しかも、現在地は国境を挟んだわずかな空白地帯みたいな所なのに、また魔人の群れを引き連れてるとかアウトの上塗りじゃねーか!
なのに、なんなのその余裕?
「いやね、私も君達と同じく異世界から召喚された身だからねぇ。同じ境遇の者同士、ちゃんと話をしてみたかったんだよ!」
「異世界から……?」
嬉々としてペラペラ話すバロストの言葉に、気になるワードがあったらしいティーウォンドがチラリとハルメルトに目を向ける。
あれ?ダリツから報告とか受けてないのか?
まぁ、何かしらのすれ違いはあったのかも知れないが、あんまりハルメルトをじっと見るもんだから、完全にびびって畏縮してしちゃってるじゃないか。
あんまりなので、俺は二人の間に入ってハルメルトを庇うように立ち塞がった。
そんな俺の行動に興味を無くしたのか、ティーウォンドは再びバロスト達に視線を戻してその話に耳を傾ける。だが、それは話の内容を聞くというより、さらなる罪に問う材料を探しているようだった。
「ところで、君達がこんな場所にいるという事は……ひょっとして、ブラガロートへの不法入国でも企んでいるのかな?」
バロストのすばりな指摘に、ティーウォンドが剣の柄に手をかけた!
「察しはついていると言うことか……今の魔人の襲撃はキサマの仕業だな」
端々に殺気を含ませながらティーウォンドは言葉を続ける。
「では逆に問うが、キサマこそ魔人を引き連れて何を企んでいる!」
睨み合うティーウォンドとバロスト(というか、奴の後ろに立つ褐色美女)。
剣を握る手に力が籠り、魔法を放たんとする手に魔力が集まる!
「こらこら、コルノヴァ君。物騒な気を放つのはやめなさい」
一触即発な空気の中、のほほんと仲裁するバロストの声が響いた。と、同時にティーウォンドとコルノヴァと呼ばれた褐色美女の間に張り詰めていた気配が弛緩する。
「いやいや、誤解しないでくれ。君達がブラガロートに潜入するって事は私達『六杖・蟲の杖』のヤーズイル殿に関してだろう?」
すでに王から「ブラガロートの英雄達は『蟲の杖』に関連する事に限っては手出し無用」との通達が出ているとバロストは告げるた。いいのか、そんな機密を話してしまって……?
「でもねぇ……ヤーズイル殿と私は少し因縁があってね……」
因縁?
同じ『六杖』の英雄同士で揉めているとでもいうのか?
「彼は私が創った『傀儡虫』という虫型のキメラを持ち出してしまってね。ちなみに、動物の死体に寄生してそれを操る特性があるんだけど、知らない?」
やっぱり、あの寄生虫を作ったのはお前かい!
まぁ、あのグロい生首キメラを作るような奴だからあり得るとは思っていたが……。
「知っているどころではない!あれのせいで、どれだけ迷惑を被っているか……」
怒りに震えるティーウォンド。しかし、コルノヴァと呼ばれた褐色美女が口を開く。
「あれはヤーズイル様が勝手に持ち出したのですから先生に罪はありません。むしろ被害者と言ってもいい」
「そんな言葉だけで「はい、そうですね」なんてなる訳がないだろう!事実、被害が出ている以上は作った本人にも責任はある筈だ!」
「いや、全くもってその通り!」
あろうことかティーウォンドに賛同したのは、たった今責められていたバロストだった。
そんな彼にコルノヴァが非常に複雑な表情を向ける。
「先生……先生が奴の言うことに賛同してしまうと、弁護をしていた私の立つ瀬がありません……」
悲しげなコルノヴァをまぁまぁと宥め、バロストはこほんと咳払いを一つした。
「いや、確かにそちらの『轟氷剣』殿が言う通り、私にも責任はある……」
神妙な、それでいて芝居掛かった口調に身振り手振りを加えた、若干のオーバーアクションでバロストは力を込めて言葉を絞り出す。
「我がブラガロートは人口も他国に比べれば少なく、魔道具の開発には長けていても作物の生産が乏しい。それゆえ、元々は開墾のための労働力として死体を使えないかと考えて開発したのが『傀儡虫』なんだよ」
ふむう……確か、元の世界のゾンビも、本来は罪人を薬物で意識朦朧の状態にして労働させたりするのが起源だったとか聞いたことがある。その状態の罪人が動く死体みたいだったから誤解が広がったとか。
「だからこそっ!私は今の『傀儡虫』の使われ方が悔しい!」
腕を振り上げバロストは叫ぶ!
「私はヤーズイル殿を止めたい!故に、彼の御仁を止めようとする君達に力を貸したいと思っているんだ!」
いい放って俺達に手を伸ばすバロスト。そんな先生に、パチパチと無心で拍手するコルノヴァ。
うーん……嘘くせー!なーんか、嘘くせー!
芝居掛かった台詞といい、派手なオーバーアクションといい、何て言うか全体的に胡散臭い。
「わざとらしい物言いは止めな。バロスト……お前、嘘をついているだろう……?」
だから、俺は一つカマをかけてみることにした。
胡散臭いという心象以外に根拠はないが、俺にそう指摘されたバロストは妙に真面目な顔つきで、俺にまっすぐ視線を向けてくる。
「……よく見破ったね」
ニヤリと笑みを浮かべながら、バロストはすんなりと何かしらの嘘をついていた事を認めた。