95
「うん?よく聞こえなかったかな?私がブラガロート潜入に同行すると言ったんたが……」
いや、聞こえたよ。聞こえたし、言葉の意味を理解した上であえて言わせてもらうけど、何言ってんだお前……。
三方向からの同時作戦を展開するって自分で言っておきながら、指揮官的な役割のティーウォンドがなんで俺達の潜入作戦に加わるんだ?
「君達が困惑するのも当然だから説明させてもらう。王都から派遣される人材を除けば、森林内では索敵能力や情報収集能力の高い国境警備兵が今作戦の要になるだろう」
森の中という視界が通りにくく野性動物や魔獣が多い場所ではいわゆる『森林探索兵』的なスキルを持っている奴らが確かに有利だろう。
そいつらが目となり耳となって部隊の道標になるのは当然だと思う。
「ダリツを始め、国境警備兵の部隊長に率いられた数組の部隊とそれらを統轄する『五剣』の一人、『雷舞剣』のサイコフ・フォクサーという男が今回の作戦指揮を執るため、言ってしまえば私は外れても問題は無い」
む!新たな『五剣』情報!名前だけだが……。
しかし、ずいぶんと簡単に自分抜きでも大丈夫なんて言うもんだな。
英雄なんて肩書きがあるから、大規模な作戦から外されたら悔しがるもんだと思ったんだけどな……。
「しかし、良いのか?ヌシがこの砦から離れ、兵士もかなりの数がアンデッド掃討作戦に出るとなると、好機と見たブラガロートが動くかも知れんぞ?」
「いえ、ブラガロートが動く事はありません」
尤もなラービの問いに、ティーウォンドはきっぱりと答える。
随分と自信があるようだが、その根拠はなんだ?
「我々が潜入するという情報を、それとなくブラガロートに流してあります」
ティーウォンドの言葉に、皆が一瞬、固まる。
何を考えてるんだ……?
頭の中でティーウォンドがとった一手の意味を考え、そして一つの可能性が浮かび上がる。
「……ブラガロートの動きを縛るためか」
俺の一言に、ティーウォンドは「ほぅ……」と感心したように声を漏らした。
ラービは俺の言葉に察しがついたようだが、レイとハルメルトはピンと来ていないようなので少し説明する。
「つまり、今回の事の発端はブラガロート側が『アンチェロンに潜入して神獣の死骸を強奪した』事にある訳だが、国をあげて非難するんじゃなくて、こっそりと英雄を送り込む事でこれ以上は事態を大きくする気はないという意思表示をした訳だ」
ブラガロートとしては、他国から神獣の死骸なんてヤバイ物を堂々と奪い取った形のため、アンチェロンから正式に非難されれば申し開きもない。
あげく、他の国に乗っかってこられでもしたら、とんでもない被害が出ることも予想される。
で、今回のアンチェロン側の動き……ようは、引き金になった事案は見逃すから、これからお前らの国で起こる事にも干渉するなといった暗黙の取引だ。
もちろん、例の寄生虫の駆除を優先する以上、守りに隙ができる為にブラガロートからちょっかいを出されたら困るという事情もあるんだろうが。
「アンデッド化させる寄生虫についても、こんな物をばらまいてると他国に知れたら袋叩きに遇いかねない。それだけに今回の一件は国の関与は無く、一英雄の独断という可能性が高い」
確かにあの寄生虫はヤバすぎる。どこの国でも許しはしないだろう。
やたら目立つし、色々と雑な点が多い事からティーウォンドの言う「英雄の独断」というのもあり得るかもしれない。まぁ、単独犯とは限らないが。
「もちろん、直接的な交渉があった訳ではないが、仮に一英雄の独断だろうと国に責任が無いわけではない。故に、事を大きくしたくないであろう、ブラガロートが妨害をしてくるということは無いと判断した」
ティーウォンドの推測は多分合ってる。
でもなぁ……。
「自分の所属する国を潰しかねない真似をする英雄なんているのか?」
素朴な疑問をティーウォンドにぶつける。
「普通ならあり得ない……しかし、英雄の中には何より我欲を優先させる者もいる」
ああ、コイツもそういうタイプだった。
「ともあれ、大手を振ってブラガロート内を闊歩出来るわけではないが、標的である『蟲の杖』を倒すなり捕縛なりするまであちらからの干渉は無いと思われる。出発は明日の朝。他に聞きたいことはあるかな?」
いつの間にか仕切られてるのが気に入らないが、とりあえずは同意しておこう。
「よし、それじゃあ、明日の朝に砦の入り口に集合だ。今日の内にしっかりと準備をしておいてくれ」
簡単すぎる打ち合わせを終えて、それぞれの準備をするために解散する。
だが、あてがわれている部屋に戻る時、俺の中で一つの不安要素が頭をもたげていた。
「何か心配事かの?」
おそらく顔に出ていたのだろう。ラービ達が怪訝そうな顔で俺を覗きこんでいた。
「いやな……確かに最優先事項は『蟲の杖』をなんとかしてイスコットさんを助ける事なんだけど、バロストの野郎が関わってくるかもしれないと思ってな」
「ああ……」
俺の口にした名前を聞いた途端に、ラービとハルメルトはうんざりしたように顔をしかめた。
「……そのバロストという人物は、そんなに面倒な相手なのですか?」
唯一、バロストと面識の無いレイが真面目な表情で問いかけてくる。
だから、俺はファーストコンタクトの時に起こった事について説明してやった。
「……でな、件の寄生虫だけど、自然発生じゃなくバロストが創った合成獣じゃないかと睨んでる」
「確かにあの寄生虫の発生と拡大には人為的な関与があるような気がしていましたが……」
俺の話を聞いた後でも、レイはやや懐疑的な雰囲気だ。まぁ、無理もないけれど。
「ですが、そうなると今回の一件で、そのバロストが関わってくる可能性がありますが……それをティーウォンドに話しておかなくてよろしかったのですか?いけすかない奴ではありますが、今後に支障があるかも知れませんが……?」
「バロストが俺達みたいな『蟲脳』じゃなければ話していたんだけどな……」
そう、俺が懸念していたのは、「バロストも『蟲の杖』で操られている可能性」だ。
確かにバロストは悪趣味で何を考えているか解らないし、あの寄生虫も奴が創った物かもしれない。
が、仮にイスコットさんと同じようにバロストが操られているだけならば、今回の件で罪に問えるのか?
そして、面倒なのは奴が『星の杖』という『六杖』の一人という地位を得ていることだ。
暴走気味な『蟲の杖』だけならば、最悪死んだとしても不問にされるかもしれない。
しかし、『星の杖』にまで何かあったらブラガロートも黙っているかどうか……。
『蟲脳』であることは隠しておきたいが、『六杖』という公的立場はいやでも目立つ。
寄生虫を開発した危険人物かもしれないが、『蟲の杖』に操られる被害者かもしれない。
……本当に面倒くさい奴だよ。
「そんなわけで、俺達の立場とか国同士の色々なパワーバランスを考えると、うかつに情報を漏らせないって事だ」
説明し終わり皆を見回すと、ラービは納得したように頷き、レイとハルメルトは俺の事を見直したような顔で見ていた。
「さすが御主人様……そこまで考えを巡らせていたとは」
「はぁ……カズナリさんは私とあまり歳も変わらないのに、どうしてそこまで考えが及ぶんですか?元の世界では何か特殊な訓練でも受けていたんでしょうか……」
いやいや、そう大したもんじゃ無いんだが……感心したような、尊敬するような目を向けられ、少しこそばゆい。でも、悪い気分ではないな。
ふっふっふっ……伊達に父さんの蔵書だった「三国志」や「史記」を読み込んじゃいないぜ。漫画版だけどな!
ちなみにリスペクトするのは、漫画じゃ冴えないおっさんだったけど、正史を調べたら格好良かった魯粛さんです。
さて、話し込んでいる内に寝室まで戻ってきた。後は各人で準備を済ませて明日に備えよう。
部屋に入ろうとした時、不意にレイが俺の袖口を引いた。
耳打ちするような仕草を見せたので、彼女に耳を近づけると小声で問いかけてきた。
「明日からの道中、ティーウォンドがラービ姉様にちょっかいを出してきた場合、私はどう動けば良いでしょう?」
ふむう……。
少し考えてからこう答える。
「とりあえずは、手出し無用だが過度の接触を試みた場合は殴ってよし。万が一夜這いとかかけてきたら、槍で突いてもいい」
了解しましたと告げて、レイはすでに三人部屋と化したラービの寝室に駆けていった。
まぁね、異世界の二国間の問題に干渉するなら慎重にもなるけど、俺達に直接降りかかる火の粉なら払わなければならん訳ですよ。
だから俺ではフォローしきれないところを彼女が受けてくれるなら、すごく助かる!
頼んだぞ、レイ!
頼もしい神器に期待しつつ、明日の準備をするため、俺も寝室へと入った。