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砦に戻った俺達は、早々に風呂を目指す。
その途中、俺達の姿を見つけたハルメルトが、笑みを浮かべて駆け寄って来て抱きつこうとする……寸前で、その足は止まった。
まぁ、この汚汁にまみれた姿では仕方がないけれど、満面の笑みが急速に曇り思いきり引かれてしまうとちょっと悲しい。
その後、ラービを徹底的に綺麗に洗うと宣言したレイに賛同したハルメルトは、二人と共に女風呂に向かい、一人残された俺もその辺の兵士に道を聞きながら男湯へと進んでいった。
体を洗い、俺以外に誰もいないのを良いことに物のついでと鎧の汚れも洗い流す。
ひとまず綺麗になった鎧を軽く拭き取って脱衣場に置いた後、再び浴室に戻って湯船に浸かる。
ゆったり湯につかっていると、ふと向こうでは美少女達がキャッキャッ、ウフフしながら洗いっことかしてるんだろうな……などという妄想が頭を過った。
……健康的な男子である俺がいやらしい妄想してしまうは仕方がない事であり、それによって身体が反応してしまうのも仕方がないと言えるだろう。
幸い風呂場には俺一人であり、溜まっているものを吐き出すには絶好のチャンス……。
湯気に紛れながら、俺はおもむろに下半身に手を伸ばした。
「ふぅ……」
ナニをしたとは言わないが、身も心もスッキリした……。
蛇足ではあるが、あの三人娘は使っていない事だけは言っておこう。
賢者のような静かな心持ちで、俺は用意してもらった服に着替えて一旦鎧を置くために寝室に向かう。流石は神獣を材料にしているだけあって、撥水性に優れているのかもう鎧は乾ききっていた。
いや、水洗いしただけなのにここまで綺麗になるなど流石は神秘の素材で出来ているだけの事はあるなぁ。
「おう、一成。ヌシもさっぱりしたみたいじゃな」
途中の通路で同じく風呂上がりのラービ達とばったり出会った。
ラービ達三人も用意された簡素な服に着替えているが、野郎と美少女では湯上り姿の価値が違う。
火照った体に、熱っぽく頬を染めた表情。まだ濡れた髪と、時おり流れる汗は本人の意思とは無関係に回りの男達を魅了する。
なんて格好だ!お兄ちゃんは許しませんぞ!
もう少し上に何か羽織りなさいと注意すると、
「いや、暑いし……それに、ヌシと同じ格好じゃよ?」
なんて、無自覚に言ってくる始末だ。いや、変に自覚されても困るけど。
大体、ラービは体表を変化させれば、着替えなんて自由自在の癖に……とにかく、そんな人目を引く格好でうろうろしていてはいけない!
問答無用で部屋に戻らせて、もう少し整った格好をさせてから食堂へ向かった。
その後、食事を済ませて軽く仮眠を取ることにする。日はすっかり昇っていたが、やはり明け方近くに起きて大暴れしたし、食事で腹がふくれたから眠くなってきた。
動き、食って、すぐ寝る。
野性動物じみた行動ではあるが、どうせ今後の行動についてまともに打ち合わせが出来るまでにはしばらくかかるだろう。だったら今は本能の赴くままに惰眠を貪らせてもらう!
おやすみ!
……翌朝。
そう、翌朝だ。仮眠のつもりが、なぜか全く目が覚めずに丸一日近くも眠ってしまっていた。
えらく時間を無駄にした思いが沸き上がるが、逆に言えばそれほどの眠りと休息を必要としていたのかもしれない。
何はともあれ、ブラガロート潜入の為の打ち合わせをしなければ。
ベッドから起き上がろうとした時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。どうぞと促すと、扉を開けて入ってきたのは見覚えのある男……たしか、ダリツの部下A!
「やっとお目覚めッスね!早速で悪いんスけど、ブラガロートの一件で話があるそうなんで、皆さんに集まってほしいとの事ッス」
ちょうどいいタイミングで目が覚めたみたいだな。
「わかった。悪いけど、建物内は不馴れだから案内をお願いしていいかな?」
「了解ッス。ラービさん達にも収集かけてるんで、会議室に向かってると思うッス」
ふむ。俺達を一斉に集めるってことは、大体の作戦や出せる戦力がほぼ決まったって事か。他国への潜入は初めてなんで、どんな作戦を展開するのか少し楽しみではあるな。
そんな事を考えながら、俺はダリツの部下Aの後に付いていった。
「申し訳ない事だが、この砦から兵士を貸し出す事はできなくなった……」
会議室に集まった俺達を前にして、そんな第一声を放ってティーウォンドが頭を下げる。
奴を回復させることで、ブラガロート内での活動に必要な人員を借り受ける約束だったが……まぁ、こうなるかもしれないなと、少しだけ予想はしていた。
「アンデッドの大量発生が原因……かな?」
俺の問いに、意を得たりといった感じでティーウォンドは頷く。
「昨日、例の大量のアンデッドによる襲撃と、その原因について王都に報告したところ、大規模な『アンデッド及び原因となる寄生虫の撲滅作戦』が行われる事になった」
やはり、そうなったか。
死体に寄生して生者を襲い、とんでもない速度で増えていくヤバイ寄生虫を放置できる訳がない。早々に手を打たなきゃ、下手をすれば国が傾く。
「作戦内容としては、王都側、この砦、そしてグラシオの国境付近に配置してある『雷舞城塞』からも兵を出して三方向から神獣の森を探索、これを殲滅するというものだ」
なるほど。アンデッドを森に封じ込めて、しらみ潰しにしていく作戦か。
なかなか妥当ではあると思う。
「そんな訳で大兵力を用いるこの作戦と、砦の防衛の為に確保しなければならない人員でどうしても兵が必要なんだ」
まぁ、確かに他国への潜入と国家の命運が掛かった大規模な作戦では、後者の方が重要視されるよな。
しかし、そうなると潜入作戦は俺達だけで行う事になりそうだ。
だが、土地勘もなく、情報を入手する方法も乏しい俺達だけではトラブルが続出するだろうなぁ……。
極力、揉め事を起こさぬ為にどんなコスプレをして潜入すれば目立たないだろうか……そんな事を考えていると、ティーウォンドがコホンと一つ咳払いをして口を開いた。
「だが、君たちに力を貸すといった約束は守る!この度のブラガロート潜入作戦には、この私、『轟氷剣』のティーウォンド・バングが同行させてもらう!」
………………………は?
何を言ってるんだ、コイツは?