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インセクト・ブレイン  作者: 善信
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キメラ・ゾンビになった連中の動きは、さっきまでとは比べ物にならない。鈍重なゾンビ時代から見れば、まるで消えたかのような錯覚すらするほどだ。

そんなやつらを迎え撃つ俺達は、合わせたように対になる構えをしながら、接触と同時に拳を繰り出す!


俺が選択したのは、問答無用の連撃で相手をねじ伏せる『翻子拳』!

ラービが選択したのは、素早い攻撃で反撃を許さぬ『詠春拳』!


常に先手を取り、敵に何もさせないという同じようなコンセプトを秘めながら、似て非なる技を振るう俺達。先頭に立って迫っていたキメラ・ゾンビに無数の拳を叩き込んでボロ雑巾のような姿に変える!

だが、当然それでも怯まぬキメラ・ゾンビ軍団。

上等だ、どんどんかかって来やがれってんだ!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


いよいよ乱戦になっていく一成&ラービ対キメラ・ゾンビの一団の戦い。

それをレイと二体の骸骨兵が離れた位置から見守っていた。


『レイちゃんは参戦しなくていいの?』

セントの問いかけに、レイは軽く首を横に振る。

「徒手空拳がメインのお二人の間には入れません」

少しだけ悔しそうにレイは拳を握った。

「いずれお二人には私を使いこなしていただきたいのですが、今だそんな強敵には出会えていません……それが残念です」

はぁ……と、小さくため息をつくレイをセントが慰めるように肩をたたく。

まさに戦友といった雰囲気の二人。だが、そんな二人を尻目にジッと一成達の戦いを眺めていたトーバーが怪訝そうな呟きを洩らした。

『……なんだかあの二人、動きが噛み合ってないような気がする』

呟いて、トーバーはレイとセントに自身の見解が合っているのか伺うように顔を向ける。

骸骨兵であるセントの表情はイマイチ解らなかったが、レイの表情から自分の予測が間違ったいなかった事をトーバーは確信した。


『戦士系でないトーバーちゃんにも解っちゃうんだから、よっぽどかしらねぇ』

「そうですね……精神世界で私達を相手に見せた、一心同体といえるコンビネーションからは数段落ちます」

十数体を二人で相手取り、さらには有利に戦いを進めている一成達だが、わずかな攻撃を食らってしまっている。だが、自分達よりも格下なキメラ・ゾンビからの攻撃を受けてしまっている時点で彼女達から見ればそれは不調の証しだった。


『やっぱりアレかなぁ……ティーウォンドがラービちゃんにちょっかい出してるから、主殿の気が散ってるのかなぁ』

「ティーウォンド……」

『思春期の少年少女に訪れる三角関係のトラブル……いいわぁ……』

色恋沙汰が絡みそうな流れに、ワクワクした物をにじませるセント。だがそんなセントとは対称的に、英雄の名を口にするレイの口調は鋭く冷たい。


「もしも彼が……御主人様とラービ姉様の障害になりうるならば、奴の尻にこれをぶちこんでやらねば……」

本気の意思がこもった小声で、手にしている自身を模した槍にレイは目を向ける。

『……仮にも相手は英雄、主殿の許可なく勝手な事はしちゃだめよ』

トーバーにたしなめられて、冗談ですとレイは返す。

しかし、一成の知識から人格と感情を得たばかりの少女がまだまだ不安定なのを知っているトーバーは危なっかしいなと思いつつ、小さく息を吐いた。


そんな彼女達が見つめる中、戦いは進んでいたが、やがて徐々にキメラ・ゾンビはその数を減らし、最後の一体が一成の技で打ち砕かれて終わりを迎えた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


カブトムシのような角と甲殻を身に付けた一角猪が俺めがけて突進してくる!

「フッ!」

寸前でその突進をかわし、無防備となったキメラ・ゾンビの背中に叩きつけるような太極拳の『金剛搗碓こんごうとうたい』を打ち込む!

金属のような硬い音を響かせ、砕けた甲殻をばらまきながら、猪のキメラ・ゾンビは『金剛搗碓』の打点からくの字に曲がって地面にめり込み、そして動かなくなった。


ふぅぅ……。

残心を怠らず、息を整えながらも周囲を警戒する。

……さすがに、もう動くキメラ・ゾンビはいないようだ。

ようやく警戒を解き、ラービとレイ達に合流する。


「お疲れ様でした、御主人様、ラービ姉様……にしても、ドロドロですね……」

迎えてくれたレイが気の毒そうに言う。確かに、今の俺達はゾンビの腐汁やら虫の体液やらがベッタリと付着している。

……早く風呂に入りたい。

「マーシリーケに洗浄魔法を習っておけばよかったのぅ……」

ラービも悲しげに呟いた。


『それじゃあ、仕事も終わったし私らは還るね。主殿、ラービちゃん、まったねぇ!』

『……失礼します』

明るく手を振るセントに礼儀正しく頭を下げるトーバー。

まったく正反対の態度を取りながら、二人は静かにその姿を消していった。

何だかんだでゾンビを逃がさぬ事が出来たのはあいつらのお陰だったからな。ほんとにお疲れさまだ。


「さて、後始末はここの砦の連中のに任せよう。とりあえず休もうぜ」

俺の提案にもちろん反対意見は無い。

あちらこちらに散らばるゾンビの破片を踏まないように、そろそろと城門の方に向かう。

だが、ふと違和感に気がついた。


妙に静かだったのだ。

勝利の歓声はなく、まるで声を圧し殺すような沈黙。砦全体……とは言わないが、今の戦いを目撃した城壁の上にいる兵士くらいは喜んでもいいだろうに……?

不振に思って城壁を見上げると、一人の兵士と目があった。結構、離れてはいたが、蟲脳で底上げされた視力は相手がいかなその瞳に宿る感情……それは恐怖だった。


いや、なんでだよ!

そりゃ、確かに大暴れはしたよ?

でも、この砦を守ったわけだし、そんなビビられるのは心外だな!

なんだか納得のいかないモヤモヤを抱えつつ、俺達は大門の手前までたどり着いた。まさか、ここで閉め出されたりはしないよね?

幸い、扉はすぐに開かれた。人が通れるくらいにまで開いて停止したので、隙間を縫うようにそそくさと城壁内へと入る。

が、俺達を出迎えたのは、やはり怯えを含む兵士達の視線だった。


「カズナリ、ラービ、あと……レイだったな。ご苦労さん、助かったよ!」

そんな中、兵士達を掻き分けて現れたダリツ達が明るく声をかけてくる。気さくに話しかける事で「ほら、怖くない……」ってことを回りに伝えたいんだろうが、むしろダリツの方が「あんな化け物と知り合いなんか?」みたいな目で見られている。

国境警備兵の隊長なんて肩書きもあるのに、ずいぶんと軽く見られているようで少し切ない。これが派閥ってやつなんだろうか。


「あれ程の数のアンデッドを、本当に君たち三人だけで倒したというのか……」

人波を割ってダリツの後から現れたティーウォンドが問いかけ……というよりは確認するように聞いてきた。

「もちろんだ、ここの城兵が証人だよ」

俺の言葉に数人の城兵が頷く。

それを見たティーウォンドは、頭を抱えるようにしてヨロヨロとした足取りで俺達の方に歩いてくる。何かショックだったんだろうか……?


「素晴らしい!!」

突然叫んで顔を上げたティーウォンドは、そのままの勢いでラービの両手を握る!

この野郎!とは思ったものの、ゾンビの汚汁に怯まない姿勢は少し感心してしまった。

「素晴らしいですよ、ラービさん!」

キラキラと目を輝かせ、ラービに密着するように迫っていく。

しまった!一発殴ろうにも、この衆人環視の前では迂闊に手を出せない!

「美しい上にこれ程の強さを持っているとは……まさに戦いの女神!できればこの砦に残って私と共に皆を守ってほしいくらいです!」

調子に乗ったティーウォンドがさらりと聞き捨てならない事を言う。さすがにこれは殴って良いよな?よし、殴る。

「いい加減に……」

「カズナリ君、君も素晴らしい!まさに英雄の働きに匹敵する活躍だ!」

止めに入ろうとした瞬間、奴は俺の方に顔を向けて称賛の言葉を口にした。

またしてもやられた!

このタイミングで殴りかかれば、俺に対する周囲の連中及びラービの心証が悪くなる事請け合いである。

狙ってか天然かは解らないが、コイツは……手強い!


「いい加減にしなさい……」

ティーウォンドの手首を掴んで、レイが警告の声を発する。

込められた力と、殺気すら漂うその声に流石のティーウォンドも真顔になってレイの方を見た。

「ラービ姉様の手を握りながら御主人様と会話するなど、お二人に対して無礼ではありませか。貴方も英雄の端くれなら最低限の礼節は弁えなさい」

一瞬の沈黙とにらみ合い。

だが、それを解いたのはティーウォンドの方からだった。

「いや、確かに君の言う通り。あまりに大勝利過ぎて少々、浮かれていたようだ」

ラービの手を離し、申し訳ないと俺達に素直に頭を下げて謝罪する。あまりにすんなり謝罪したため、俺もレイもそれ以上は突っ込めず、とりあえずは体の汚れを落として休息を取らせてもらう事にした。


「湯編みと食事の用意はさせておいた。ダリツ、彼らを案内してやってくれ」

にこやかにダリツに頼み、自身は兵達に城外の後始末を命令する。

「それじゃあ、行こうカズナリ。あと、ついでにアンデッド集団について、いくつか聞きたい事が……」

ダリツに先導されながら、質問に答えつつ俺達は砦へと向かう。

その時、歩きながらふとティーウォンドの方に視線を向けた。

そして視線が交差する!

奴も俺を見ていた。同時にレイの事も。

敵意にも近い感情を込めた目は一瞬で消え去り、ティーウォンドは即座に部下達の方に顔を向けたが、あれは見間違いなんかじゃない。


狙った女性えものは如何なる手段を使ってでも手に入れようとする英雄、ティーウォンド。

どうやら俺だけではなく、レイも邪魔者認定を受けたようだ。

まったく……英雄にロクな奴はいないな……。

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