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そこは地獄のようだった。
怪しい虫に操られて、亡者の群れが新たな犠牲者を求めて集まってきている。
神獣の森において静かに、そしてゆっくりと広がっているアンデッド化現象。
未知の寄生虫によるその現象は死体から死体へ、さらには死体が無ければ生者を襲い死体に変えて、虫の繁殖と活動範囲を広げていた。
新しい繁殖の場に選ばれた『轟氷都市』に集まる死者達。
次の仲間を求めるような、その呻き声を引き裂くように風を切る音と共に三つの影が舞い降り……爆発した!
多くのアンデッドが衝撃に吹き飛ばされ、爆心地にいた数体が肉片となって死者達に降り注ぐ。さらに濃度を増した地獄に降り立った人影……一成達はその場に削ぐわぬ呑気な雰囲気言葉を交わす。
「ったー!めっちゃ痛ったー!くそう……落下の勢いで踵落としとかやるんじゃなかった……」
「アホウ!勢いを付けすぎじゃ!ワレのように前回り受け身で衝撃を逃せばよかったものを……」
「どちらにしても、お二人の攻撃と受け身の衝撃で初手は取れたので結果オーライですね」
「そうだな……できればもっと格好よくキメたいところだったけど……さて、ヤるか!」
土煙の中から現れた少年と少女達は眼前の死者の大群にも怖れる様子もなく、散歩でもするかのように一歩目を踏み出す。
そして、それが合図となり様々なアンデッド達が一成達へと殺到した!
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「俺が突破口を開く!」
一声と同時に俺は加速し、一足先にゾンビ達と接触する!
「っらあぁ!」
気合いの叫びと共にブレーキを兼ねた『震脚』!
グラリと大地が揺れ、先頭のゾンビ達が一瞬、動きを止める!
そこへ狙いを定めてお馴染みの『鉄山靠』を叩き込む!
まるで漫画かゲームみたいな、衝撃波のエフェクトが見えるようなその一撃は、まともに食らった一体を爆散させ、すぐ後ろにいた数体の身体の一部を粉々にし、さらに後ろにいた十数体を吹き飛ばした!
なるべく遺体を損傷させないようにと、力をセーブしたハルメルトの村での戦いとは違い、今は全力全開だ!
ラービとの脳内組手や実戦で鍛え上げ、蟲脳によって強化された身体能力を持ってすれば、常識ではあり得ない程のこの威力を産み出す事も可能である。
ふふふ……仮に格ゲーだったら、超必殺技での一撃死なこの威力……クソゲー認定されていたかもしれないな。
しかし、生きてる者なら明らかに躊躇しそうな出会い頭の一撃だったにも関わらず、アンデッド達は怯んだ様子もなく俺達へと殺到してくる!
ええい、感情が無い奴らは厄介だな!
そうそう、やることはやっておかねば。
「レイ!骸骨兵を呼び出して、ゾンビどもが森に逃げないように配置してくれ!」
「了解しました、御主人様!」
俺の指示に従い、レイが骸骨兵を呼び出す為に集中する。俺はそれを護る為に近づくゾンビを打ち砕いていく。
普通ならゾンビは与えられた命令か、死者の本能に従ってこの場を離れる事はないと思う。
しかし、今この場にいるゾンビはあくまで寄生虫に操られた死体であり、本体である虫が逃走を選べば森に逃げ込む可能性がある。もしも逃げられたら、また数を増した寄生虫とその犠牲者が出る事になってしまう。
そんなイタチゴッコを繰り返さない為にも、最低限この場にいるゾンビは全て片付けなければならない!
「来たれ……」
レイの呼び掛けに答えるように、大地から二体の骸骨兵が現れる。
一体は鎧姿に戦斧を振りかざした戦士然とした骸骨兵。
もう一体は軽鎧の上にローブを纏い、杖を持った魔術師然とした骸骨兵だった。
『うおー!やっと出番だよぅ!よーし、死にたいやつからかかって来いやぁ!』
『……いや、敵はすでに死んでる連中だから』
声の感じや、鎧の形状からこの二人が女性であることは解る。しかし、魔法使いの方はまだしも、戦士系の方のあれはなんだ?
骸骨兵にビキニアーマーとか、素材の無駄遣いにもほどがあるじゃねーか!
『あー、主殿がなんだかやーらしい目で見てるぅ』
『……多分、戸惑ってるんだと思うわ』
魔術師、正解。
つうか、ビキニアーマー骸骨兵なんてどうやっていやらしい目で見ればいいんだよ?
『改めまして、スケルトンジャー・ピンクことセントちゃんです!』
『……スケルトンジャーパープルことトーバーです』
テンションに差はあれ、しっかりと自己紹介する骸骨兵。つーか、骸骨戦隊設定は使い続けるのか……。
「二人は森の前で逃げようとするゾンビを迎撃してください。一匹も逃さぬようお願いします」
レイの命令に二人が頷く。
『……私が森の前に障壁を作るから、セントは障壁が出来るまでゾンビの相手をお願い』
『りょーかい!任せといてトーバーちゃん!』
杖を構え、魔法を発動させようと集中に入るトーバーと、ゾンビを一撃で粉砕出来そうな重量級の戦斧を軽々と振り回すセント。
おお……なんかファンタジー物のワンシーンっぽくて良いなぁ。
「向こうはレイ達に任せて、ワレらも行くぞ!」
ラービの声にハッとなり、俺は再びゾンビの群れと対峙する。
目や口、鼻や耳といったあらゆる穴からチラチラと異形の虫が姿を見せ、まるで品定めでもされてるみたいだ。
やはり骸骨兵や神器の化身であるレイ達よりも俺やラービの方が苗床として興味があるらしく、ほとんどのゾンビはこちらに向かってきた。
「それそれ!どんどん行くぞ!」
城壁の上から飛び降りる際に「投げる」と宣言したラービは、言葉通り迫るゾンビ達を次々と投げて、叩きつける!
ただし、その「投げ」は格闘技的な物ではなく、球技的な意味での「投げ」ではあるが。
さすがに魔獣タイプのゾンビは素直に地面に叩きつけたり、他の人型ゾンビをぶつけたりして対処しているが、迫り来るゾンビ軍団を次々と処理していく。
以前、『七槍』の一人であるトドが召喚した骸骨兵の大群と戦った際にも、ラービは近くにいる骸骨兵を球代わりにして投げつける事でその数を減らしていった。
相手の攻撃してくる運動エネルギーを利用し、自分の力を上乗せして好きな方向に投げつける……言葉にすれば簡単そうだが、それがどれだけの技量を以て実現しているのか、俺には解らない。
触る者みな投げつける今の彼女は、まさに「アンタチャブル」と呼ぶに相応しい。
凄い使い手になったものだとしみじみとラービの勇姿を眺めていると、俺の方にもゾンビが向かってきた。
よーし、俺も負けてられねぇ!
ムエタイ風のしなるようなローキックで一体の体勢を崩し、返す刀でそのゾンビの頭を蹴りあげる!
頭を粉々に砕かれ、グラリと崩れるその体を群れに押し付けるようにして蹴り出し、僅かにたたらを踏んだその群れに向かって、再び全力を込めた『崩拳』を打ち放つ!
またも爆発じみた威力を見せた一撃は、数体のゾンビを巻き込み打ち砕いた!
俺はさらに前進し、某格ゲーっぽく『竜巻のように回転する連続蹴り』で敵の集団を凪ぎ払う。
やがて『拳から波動を打ち出す技』も使えるようになったらいいなぁと想像しながら、覆い被さるように襲いかかってきた四腕熊ゾンビを『竜が昇るようなアッパー』で迎撃し、その胴から頭にかけて抉るように破壊する!
「おらぁ!どんどん来やがれ!」
他の連中の負担を減らすために、俺はゾンビを引き付けるような雄叫びを上げた!
……時間にして三十分ほど経っただろうか。
激しい戦いが繰り広げられた戦場には、もはや十数体のゾンビが残っているだけである。
人と魔獣の混成ではあるけれど、どいつもこいつも傷付いていて満身創痍といった状況だ。
まぁ、すでに死んでるんだけど。
何体か森に逃走しようとする個体もいたが、それらは全てトーバーに阻まれ、セントに切り伏せられていた。
うってかわって、こちら側の被害はほとんどの無いと言っていい。
ダメージといえば、俺がうっかりゾンビに『四の字固め』を仕掛けてリバースされた事くらいだろうか。
某ゲームで継ぎ接ぎ傷だらけのアフロの人が、ゾンビに四の字固めは危険だと教えていてくれたのに……まさに油断大敵だ。
っと、そんな事より……
「来たようだの……」
生き残り(?)のゾンビを遠巻きに見ていた俺の隣に立ったラービが呟く。
「ああ……」
それに答えつつも、俺はゾンビ達から目を離さない。
俺達の視線の先には、ビクビクと痙攣しているゾンビ達がいる。
もう一度死にかけている訳ではない。むしろその逆だ。
皮膚が破れ、肉が溶け落ち、その下から新しい外皮が現れる。
光沢を持つその外皮に合わせるように、爪が、牙が、顎が、角が、触角が……。
ミシミシと音を立てながら変態するゾンビ達は、すでに虫の形をした人……いや、人の形をした虫へとその姿を変えていた。
死体と寄生虫が融合したキメラ・ゾンビ……そう勝手に名付けたこいつらを見るのは、これが二度目。
一度に十数体、しかも魔獣のキメラまでいるこの状況、俺一人だったらかなり苦戦していだろう。
「コイツら、めっちゃ動きが速いから気を付けろよ」
「うむ、任せておけ」
隣のラービが力強く答える。コイツが居れば百人力だ。
触角を動かし、複眼となった眼球を俺達の方を向けながら、キメラ・ゾンビが移動を始める。
それを迎え撃つべく、俺達は左右対称、対となる構えをとり迎撃体勢に入った!