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砦の建物を出て街を駆け抜けながら俺達は城壁へと向かう!
明け方の早い時間にもかかわらずそれなりの人が通りに姿を見せていたが、衛兵達に指示されて皆が家に帰っていく光景が何度か見受けられた。
農家や商人達にはとっては、今の時間帯から様々な仕事があるだろうに随分と素直に家に戻るもんだな。
「魔獣の襲撃などが今まで無かった訳じゃ無いからな、その辺はこの街の連中も心得ているさ」
もっとも今、何が襲撃してきているかは知らんだろうけどな……と、ダリツは付け加える。
まぁ、それもそうだろう。
巨大な神獣の襲撃で城壁が破壊され、謎の戦士に英雄が敗れ、そして今度は未知のアンデッドの群れだ。
今まであり得なかった事が立て続けに何度も起きれば、パニックから暴動に発展しかねない。情報を操作して住人の不安を押さえるのは正解だと思う。
そんな慌ただしかった街中を抜けて、俺達は大門のある城壁へとたどり着いた。
いつもならばこの大門は開いて人々の往来があるのだろうが、今現在は固く閉ざされている。
門の近くには兵士の詰所みたいな建物があり、その中から出てきた数人の兵士が足早に別れていく。そのうちの何人かが俺達に気づき、二人の兵士が俺達の方に駆けてきた。
「いや、また会ったっすねカズナリ君にラービさん!元気にしてました?」
「そちらの少女は見ない顔ですが……この場に連れてきたのだから戦えると考えていいんですよね?」
「あ、ああ……」
親しげに挨拶をされ、俺は曖昧な笑みを浮かべながら返事をする。
……いや、覚えてるよ?たしかダリツの部下のAとB。
でも、それしか覚えていない。
なんとか名前を思い出そうと、蟲脳になってから大幅にアップした記憶量の中からなぞってみるが、彼等の名前はついぞ出てこなかった。
……まぁ、いいか。今は非常事態だし。
とりあえず、門の向こうに殺到しているであろう、ゾンビの群れを確認するため、俺達は階段を駆け上がり城壁の上から外の様子を見下ろす。
するとまぁ、居るわ居るわ。
まるで砂糖に群がる蟻のように、森から出てきたアンデッドが城壁にまとわりついている。
ゾンビ映画なんかで観たことのあるシーンだが、実際に間近でみると映画の主人公達の気持ちが解るな、これは。
しかも、ゾンビは人間だけじゃない。
よく見れば、俺達の食卓にはお馴染みの四腕熊や鬼鹿、一角猪みたいな魔獣の姿も見受けられる。
この世界では魔獣のゾンビなんてものもいるんだな……と、妙な事に感心していると、ダリツの絶望的な呟きが聞こえてきた。
「なんて……事だ……。こんな事があるなんて……」
うーん、まぁ確かに数は多いし、さらに増える可能性を考えるとヤバイ状況ではあるが、ここは一つ広範囲の魔法か何かでドカンと一網打尽にしちゃえばいいじゃないか!
そうダリツに告げると、「そんな魔法が使えるのか!?」とすがるような目で見られてしまった。
いや、そんな魔法を使ってほしいって事だよ?俺が使えるわけないじゃん!
この砦には魔法使いとかいないのか?
そう訪ねると、ダリツは暗い表情で頷いた。
「この砦には、対ブラガロート用に厳選された速攻重視の戦士隊がほとんどで、わずかな回復魔法を使える者しかいない……」
マジか!
いや……しかし、ハルメルトから以前聞いた話では、魔法を使うには面倒な手順とかなりの集中を必要とするとの事だったな。
となると、魔法使いが主な戦力となっているブラガロートに機動力のある兵団で対抗するという考え自体は、割りと間違ってはいないか。
初撃は許しても、二撃目を食らう前に敵陣にたどり着けば勝てる訳だからな。
ただ、敵さんが隊を分けて切れ間なく魔法を撃ち込んできたら負けると思うんだがなぁ……この世界にはそういった戦術が無いのか、もしくは魔法に別の制限があるのだろうか?
まぁ、その辺の考察も後にしよう。
今は群がるゾンビの対処だ。
「例えば、油を撒いて火攻めにしたらどうだ?」
アンデッドと言えば火と聖なる力が弱点というのは、俺の世界ではもはや常識!
もっとも、寄生虫が死体を操っているこのゾンビに聖なる力系は効かないかもしれないが、火属性ならいけるんじゃないか?
「馬鹿を言うな!死骸の処理と言うならまだしも、動いてる間に火をつけて無差別に引火したらどうする!」
めっちゃ怒られた……。
いや、それはそうなんだけど、火が弱点だったりしないの?
「いや、それは大半の生物はそうだが……相手は痛覚の無いゾンビだぞ?」
うん……。言われてみればそうだね。
中の寄生虫を焼き殺すならともかく、無痛の動く死体に火を着けたら燃え広がる危険性の方が高いわな。
なんで元の世界のファンタジーでは死霊系の弱点に火があったんだろう……。
荼毘に伏すとか火葬とか宗教的な背景があったせいか?
しかし、この世界のゾンビは弱点の属性も特に無い強キャラのようだ。あと残された手段は肉弾戦だけか?
だが、ダリツは苦虫を噛み潰したような表情で、とある一点を指で指し示す。
そこには、ゾンビに襲われ今まさに絶命した兵士がいた。だが、死してすぐに起き上がると他のゾンビの様に新たな犠牲者を求めて動き始める。
……兵士には気の毒だが、なんとも模範的なゾンビの増えかただ。
「寄生虫のせいなのか……死者に殺された者が新たなゾンビになるなどと……」
え?この世界だとゾンビに噛まれたり殺されたりしてもゾンビに成らないの?
「人間のゾンビだけならいざ知らず、魔獣のゾンビを相手に犠牲者なしで戦えるとは思えない……しかし、犠牲者が出れば新たなゾンビと成ってしまう……」
八方塞がりな状況にダリツは拳を壁に打ち付ける!
「ティーウォンドはどうしたんだ?」
「彼は氷壁を強化し、維持する為にそちらに向かった」
向こうの壁は破壊されてからそれなりの時間が経っているから氷の壁も脆くなっていたらしい。
確かに街に隣接した氷が無くなれば、一気にゾンビ達は街になだれ込んで行くだろうから、強化しておかねばなるまい。
しかし、そうこうしている間にもただのゾンビから寄生虫と融合したキメラゾンビに変体する個体が出て来るかもしれない。
もしかしたら、虫の特性を生かして飛ぶ奴がてで来る可能性もあるし、あの手強いキメラが多数現れれば、さらに犠牲者は増えるだろう。
……やれやれだぜ。ここは俺達が行くしかないか。
「ダリツ、俺達があのゾンビ達を蹴散らすから、万が一場内に敵が入ってきた時は頼む」
簡単そうに言う俺に、ダリツがポカンとした顔を向ける。
「蹴散らすって……どうやって?」
「殴る」
「投げる」
「突く」
それだけ答え、俺達三人は地獄の亡者みたいに蠢くアンデッドの群れ目掛けて城壁の上から身を躍らせた!