09
課題をクリアして拠点に帰還した俺を、イスコットさんとマーシリーケさんは笑顔で迎えてくれた。
「おー、良い型の四腕熊だね。加工する材料には十分だ」
「って、カズナリ!ちゃんと血抜きしないと肉に臭みが残るって言ったのに」
二人して俺そっちのけで熊に夢中。酷くね?俺、死にかけたのに……。
そんな不満が顔に出ていたのだろう、イスコットさんが苦笑いしながら俺の肩にポンと手を置く。
「いやいや、ちゃんとカズナリの事も心配してたよ。それに四腕熊を単独で狩れたんだから……出来たんだろ、『限定解除』」
ん?何故それを……あ、ひょっとして、このテストの目的って俺に『限定解除』を身につけさせるために仕組んだ物なのか?
確かに、すでに『限定解除』を使える二人と違って、俺は今回初めてそれを体験した。訓練ではない、命のやり取りをする実戦の中でしか得ることのできない境地。それを体得させるために、四腕熊のような格上の強敵にぶつけたのだとしたら……
「いやー、四腕熊とかカズナリには手に余る魔獣だからねー。食い殺されなかったんだから、『限定解除』が出来たって事よね」
うん、深読みしすぎでした。なんだよ、俺が生きて帰った結果からの推測かい。
もう、不貞腐れるのもバカらしくなった。
まったく、この二人は他人の生き死にについてシビア過ぎる。やはり、死んだらそれまでってスタンスは二人の元いた世界、戦場が身近な日常といった世界の価値観なんだろうか?
だとしたら、二人の態度に薄情だと腹をたてる自分が器の小さいクソガキに思えてしまう。平和な日本にいた俺には想像もつかないような、過酷な現実を過ごしてきた二人にしてみれば、俺なんか確かにぬるすぎると感じてもおかしくはないしな。
「ところでカズナリ、四腕熊以外に何か捕ってきた?なんだか甘い香りが…… 」
マーシリーケさんがスンスンと鼻を鳴らす。その仕草が犬っぽくて内心ほっこりしたのは秘密である。
「ああ、そうなんですよ。これを……」
俺は風呂敷包みをテーブルの上に置き、包みを解いて例の蜜の塊を披露する。キラキラと輝く金色の蜜塊がその姿を現すと、二人の視線はそれに釘付けになった。
「いや、四腕熊を追ってる時に偶然、見つけたんですけど、これが美味いのなんの……。二人とも、どうか食べてみてくださいよ」
言うが早いか、二人はほぼ同時に手を伸ばして蜜塊の一部をむしりとると、口の中に放り込む。
「「んんんんんん~~…………っ!!」」
口内で起きているであろう甘味の爆発に、二人は言葉にならない喜びの声を発する。
うん、あれのファーストインパクトはスゴいよね。俺自身も体験した、あの衝撃と歓喜に全身を震わせる二人を見て、ついウンウンと頷いてしまう。
喜びの涙を流し、夢中で蜜を食べていく二人。
恍惚とした表情で、身悶えしながら口から蜜を溢れさせるマーシリーケさん。正直、大変エロうございました。
眼福じゃ、眼福じゃ、ありがたや、ありがたや。
ちなみに、同じように悶えていたイスコットさんは割りと見苦しかったのでスルーで。
しばらくして、蜜塊を全て食べ終えたイスコットさんとマーシリーケさんは、ぐったりとした感じでテーブルに突っ伏す。疲れたというよりも、幸せの余韻に浸っていた二人は大きくため息をついた。
「……いや、なんというかスゴいな。この世界に来てからこんなに美味い物を食べたのは始めてだ」
「同感……。それに、この蜜の薬効はスゴいよ……これをベースにしてらかなり質の高い回復薬を作れそう」
回復職の血が騒ぐのか、マーシリーケさんはいかに調合するかを計算しながらぶつぶつと呟きだす。
「いやぁ、ありがとうカズナリ。素晴らしい味だった」
「うん、甘味は久々だったから、すごく美味しかったよー。所で、まだこの蜜が採れるなら、是非手に入れたいんたけど…………」
二人に喜んでもらえたようでなにより。もっとも、マーシリーケさをんは違う方向にも火がついついたようだが。
そんなこんなで、作戦決行まで後四日。俺達は様々な準備に追われた。
イスコットさんは人数分の装備を調え、マーシリーケさんは例の蜜から高い効果の回復薬を製作する。
俺は俺で、装備の材料となる魔獣狩りを手伝ったり、蜜の洞窟からごっそりと蜜を回収したりと、パシリ……サポートに撤した。
だが、何よりキツかったのは『限定解除』による二人との組手。はい、ぼろ負けでした。
二人とも強いのなんの……。イスコットさんはパワーと頑強さが凄まじく上昇し、まさに鉄の城!攻めても堅く、防御を砕く攻撃は「剛よく柔を絶つ」そのものである。
逆に、マーシリーケさんはスピードと感覚神経の強化。目にも止まらぬ速さと、あらゆる敵の攻撃を回避してカウンターを決める。
それぞれが元の世界で戦っていた時のスタイルを強化するような『限定解除』の能力だった。
ちなみに俺は全てのパラメーターが上昇するバランス型。まぁ、元の世界である日本ではスタイルを確立するほどの戦いなんて無かったから、当然と言えば当然か。可もなく不可もない、良く言えば万能型、悪く言えば器用貧乏。
うん、地味だ!何て言うか、勇者の仲間四か五って感じだ!
若干、自虐的だが今作戦では実際にサポートばかりだし、本当にそんな感じだから仕方がない。
まぁ、足を引っ張らぬように気を付けよう……。
……そして、作戦決行の夜。
空に月はなく、やや曇っているためにわずかな星の明かりしかない。たが、今の俺達にはそのくらいの光があれば、昼間と同様とまではいかなくても、黄昏時くらいの光景に見えるくらいに夜目が効く。夜の森を突っ切り、目的の村まで進むのに支障は無かった、
俺達はイスコットさんが製作した防具を身に付けながら、軽くアップをしていた。
全員が闇に溶ける黒で統一された一団。だが、イスコットさんがそれぞれの要望を取り入れて製作したために、色以外は統一性がまったく無い。
例えば俺は軽装鎧をベースにしたNINJYAスタイル。忍者じゃなくてNINJYA。所謂、外国人が想像するタイプのアレである。目だけ出した全身黒装束に、直刀代わりに数本のナイフを装備。腰のポーチに薬や小道具を入れ、気分はすでに忍の者!
フフフ、分身の術とか使えそうだぜ。出来ないけど……。
マーシリーケさんは俺と同じように軽装鎧がベースだったが、最大の違いは、鎧部分以外がピッチリ張り付くようなスーツで、体のラインがもろに出る、少々、目のやり場に困る装備だった。
マーシリーケさん曰く、戦場では相手の目を引き、一瞬でも隙を作れれば儲けもの。視線誘導もしやすいこの手のスタイルは効果的なのだそうだ。まぁ、確かにスタイル抜群なマーシリーケさんのボディラインが丸わかりだから、対峙すれば集中は乱されるだろう。
ただ、「ガチの殺り合いになるとあんまり意味無いけどね」と語り、光源も無いのに眼鏡を光らせるマーシリーケさんからは歴戦の強者といった迫力を感じた。
俺達二人とは対対照的に、イスコットさんは愛用の全身鎧の夜間迷彩使用。マーシリーケさんとは真逆の意味で目を引くタイプである。
長身に加え、愛用の斧を構える姿は闇に溶けつつ異形の影となり、見た者にトラウマを植え付けるレベルで恐ろしい物になっていた。
「ハッタリも大事だよ」と彼は笑うが、本人の実力も敵対者にとってはトラウマレベルなのが洒落になっていない。
「さて、行きますか」
アップを終え、村までの先導を務めるイスコットさんが声をかけてくる。
俺もマーシリーケさんも頷き、準備は出来ている事を伝える。
さぁ、元の世界に帰るために!
俺達は闇に潜り、溶け込むようにして夜の森に突入した。