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落ち着きを取り戻し、ティーウォンドと対峙すべく部屋に戻った俺の目に飛び込んで来たのは、ラービを抱き締ようとするティーウォンドの姿だった。
その光景を見た瞬間、俺は何かを考えるよりも早く駆け出して、一気に詰め寄る!
奴がラービに抱きつこうとする一瞬前に、覆面狩り超人の必殺技を彷彿とさせる俺のラリアットが炸裂!
吹っ飛んだティーウォンドはそのまま壁に激突した!
慌てたダリツが、ティーウォンドのそばに駆け寄っていく。
「テメェ!何をしようとしてやがる、このセクハラ野郎!」
セクハラとは違う気もするが、とりあえず勢いでカマしながら俺はラービを庇うようにして立ちふさがった。
が、そんな俺の行動に対するツッコミは、突然背後から入れられる!
「ヌシはいきなり何をしておるんじゃ!」
後ろから俺の頭をひっぱたきながらラービが叫ぶ!
ええぇぇぇぇぇっ!
何でぇぇぇ!?
危うい所を颯爽と助けたのに、何で俺が怒られるの?
「貴重な回復薬を使ってまで治したというのに、ヌシがアヤツを再び仕止めてどうする!」
「そんなもん知るか!お前が危ないって時に躊躇なんかできるわけないだろ!」
あ、しまった……。
つい感情的に言い返してしまったが、これじゃまるで逆ギレじゃないか。
確かにラービの言い分は正しいし、これから戦力を借りねばならない相手に対して、俺の今の行動は軽率すぎた。
うぐぐ……ほんのうっかりでティーウォンドの狙い通りにまた俺の株を下げてしまったかもしれない。
怒濤のような説教が来るかもしれないと身構えていたが、それらしい言葉が全く襲って来ないので、俺はチラリとラービの様子を伺う。
と、予想に反してラービは顔を赤らめ、笑っているのか戸惑っているのか、良くわからない表情を浮かべていた。
「ワレのピンチに……後先考えないとか……かっこよすぎじゃ……」
何やら小声でブツブツ呟いていたラービだったが、ハッとしたように頬をペチペチと叩いて真顔に戻ると、俺の方に向き直る。
「と、とにかくじゃ、ヌシはワレの旦那さ……ゴホン、ワレらのリーダーなのだから、軽率な行動は慎んでくれ!」
いつもだったら俺の事を「自分の男」とか「彼氏」とか言うラービが俺を「リーダー」と呼んだ辺り、彼女が俺に責任の重さを自覚させようとしている意図を感じる。
レイからの期待の大きさや、ハルメルトの安全を守る事も考えれば、確かに俺の責任は重い。
……もっと精神的に大人にならなきゃなぁ。
誰かからの期待や責任を背負う以上、いつまでもガキのままではいられない。ましてや俺の判断一つで誰かの命が失われるかもしれない異世界だからな、ここは。
己の行動を反省し、ラービの言葉を胸に刻む。
とは言え、腹立たしいティーウォンドをぶっ倒した事に関しては反省しないけどな!
「やれやれ……いきなりの攻撃とは余裕が無さすぎやしないかい」
不意に掛けられた声に驚き、そちらの方に顔を向けると、埃を払いながら吹き飛ばされたティーウォンドがダリツの手を借りもせず、ゆっくりと立ち上がる姿が見えた。
こいつ……かなりキレイに一撃が入ったっていうのに、ほとんどダメージを受けていない?
先程までの痛々しい包帯だらけだった姿とはうって変わって、力が満ち溢れるような今のティーウォンドは今まで見てきたような英雄達に匹敵……いや、それ以上のプレッシャーを感じさせる。
これが神器を真に使いこなす達人の圧力ってやつなのか……。
「おお、すまなかったなティーウォンド。怪我は無かったか?」
ダメージ具合を尋ねるラービに、ティーウォンドはニッコリと笑みを返して平気ですよと答える。
「まぁ、なかなかの威力ではありましたけどね。それにカズナリ君がラービの危機だと勘違いしたせいですし……彼を責めたりはできませんよ」
僕も紛らわしい真似をしちゃったなぁ、と笑いながら今の行動に一件を水に流そうとしていた。
だが、一瞬だけ俺に向けた視線……そこには明らかな敵意が入り混じっていたのを俺は見逃さない!
「いやぁ、それにしてもスゴい回復薬ですね。怪我も体力もすっかり回復したにも関わらず、まるで力が沸き出すようにみなぎっている」
神獣『女帝母蜂』の御用達である黄金蜂蜜を使用した回復薬は効果テキメンだったらしい。
まぁ、あの地獄のような筋肉痛や関節痛を一瞬で癒す程の薬効なのだから効くとは思っていたが、満身創痍の包帯男を全快させてしまうとは……実はマーシリーケさん、とんでもない物を作っていたんだなぁ。
「さて、僕が全快した以上はそちらの要望に答えて、人手を貸すことを検討しなくてはいけませんね」
「ティーウォンド殿、それは……」
言いかけたダリツをティーウォンドは手で制する。
「ダリツ……君の言いたい事も解るが、これは信義の問題だ。僕が『怪我が治れば人手を出せるかもしれない』と言いい、実際なの治してもらったからには、それに答えなければならない」
ティーウォンドの言葉に俺は正直、少し感心していた。
恋愛サイコパス野郎ではあるが、ダリツが言っていた通り、それさえ無ければ非の打ち所がない好漢という評価もまんざら間違っていないのかもしれない。
「なんにせよ、人員の選抜や編成には二、三日はかかると思います。部屋を用意させるのでそちらで休んでいてください」
本当ならすぐにでも出発したい所だが、向こう側の都合もあるだろうしそこは仕方がない。
ティーウォンドは一人の兵を呼び出し、呼び出された兵が彼の指示を受けて部屋の外に走っていく。
しばらくしてから、先程の兵が戻ってきて用意した部屋に案内しますと俺達に声をかけてくる。
まぁ、あと俺達に出来ることは待つこと位しかないし、兵の案内に従ってゾロゾロとこの医務室を後にした。
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一成達が兵に案内されて医務室を出ていったために、この部屋に残されたのはティーウォンドとダリツの二人だけになった。
途端に、ティーウォンドは首を押さえてベッドに倒れ込む。
「いやぁ……ラービさんがいたから格好つけたが、効いたなぁ……なんだ、あの少年の一撃は」
予想以上のダメージを受け、一成がただ者ではない事を理解したのをこれ幸いと、ダリツはティーウォンドに声をかける。
「ティーウォンド殿……ラービに手を出すのは自重してもらえませんか?貴方の方にも、彼らに関する資料や報告は届いているでしょうに」
「……確か『英雄クラスの力を持つ異世界人』……だったかな?今の一撃を考慮すれば、その報告に間違いがないと判断できるね」
「解っていただけたなら、英雄並みの力を持つカズナリ達を敵に回すような真似は……」
「それは違うよ、ダリツ」
ラービにちょっかいを出す事を諌めようとするダリツに、ティーウォンドは言葉を遮って否定する。
「違う……とは?」
訝しげにダリツは問い返す。この困った性癖の英雄には一体、何が見えているというのだろうか……?
「こう見えても、僕は女性を見る目はそれなりにあるつもりだ。そしてラービさんが素敵な女性であるある以上、僕は相手が英雄だろうがなんだろうが引くつもりはない。それに……」
だからそれで揉めたら元も子もないだろうがと叫びたくなる気持ちをグッとこらえて、ダリツはティーウォンドの言葉の続きを待つ。
「僕とラービさんが結ばれれば、異世界人の脅威を減らし、アンチェロンの戦力が増やせるんだよ?」
なぜ、そう前向きに考えられるのか?強引な手を使って、一成だけならともかく、イスコットやマーシリーケまで敵に回したら目も当てられない。
「僕には今、四人の妻がいる」
突然、的はずれな事を言い出した英雄に、ダリツの目が点になる。
今の彼の言葉は事実だ。王都のとある屋敷にティーウォンドの第一夫人から第四夫人、四人の妻が同居している。
「彼女達にはそれぞれ愛する恋人がいて、婚約者がいて、夫がいた。だけど最後には彼女達自身が僕を選び、妻となることを受け入れた」
その話も知っている。この男の妻達は、元いた愛する人達とキッパリ別れて彼と共にいることを選んだという。
「恋人は潰す。そして、愛する人が心から僕の元に来れるよう、どんな手段でも使う」
呟くように語るその顔は、戦場の強者のそれだ。
「ラービさんも同じさ……恋人を見限り、僕の腕に抱かれて本当の愛を知ることになる……だから、カズナリを恐れるよりも、彼女が僕に靡くよう協力してくれ」
それが国益にも繋がると、ティーウォンドはダリツに告げる。
普段は清廉潔白で、多くの者から慕われるかの英雄は、それが絶対的に正しい事なのだと信じて疑わない。だから、今の四人の妻を手に入れられたのだ。
そして、いま五人目の妻候補に狙いをつけている。
この人ならば、ラービを落とすかも知れない……ダリツの脳裏にそんな思いが浮かぶ。
そう、アンチェロンの兵として、倫理観を抜きし、国益を考えればティーウォンドの言葉に従う方が正しいのだろう。
……すまないな、カズナリ。ヤケ酒くらいは奢らせてもらうから勘弁してくれ。
ダリツは心の中で、これから恋人を奪われ、傷心するであろう異世界から来た少年にそっと詫びを入れるのだった。
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