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ダリツに先導されて『轟氷都市』に入った俺達は、真っ直ぐ町の奥にある要塞かされた建物を目指す。
通りすぎる間、街の様子を横目で眺めていたが思った以上に落ち着いた雰囲気で少し感心する。
突然の天災みたいな状況でも混乱した感じがないのは、ここの統治者への信頼の高さ故だろう。
これから会う『轟氷剣』の英雄とは、一体どんな人物なのか……。
ブラガロート側と面する城壁に一体化した四階建ての砦、その一階の奥にダリツは俺達を案内していく。本来なら四階で様々な指揮を執るティーウォンドは、現在一階の医務室で治療を受けているそうだ。
「回復魔法とかあるんだろ、もう、全快してるんじゃないのか?」
「いかに回復魔法とはいえ、治療と回復は同時に出来ないからな……」
ダリツの言葉に首を傾げた俺に、ハルメルトが補足してくれる。
「この世界で言う回復魔法は、怪我をした人の自然治癒力を増幅して治療をする物なんです。だから、怪我人の体力が少ないと治療するにも時間がかかってしまうんです」
なるほど……こう、ゲームみたいに呪文一発、即全快!みたいなイメージがあったけど、本人の体力次第じゃ怪我の重さによっては時間がかかる訳か。
でも、それだと重傷者は体力無くなっていきなり死亡したりするんじゃ……?
「その可能性もゼロでは無いので、様子を見ながらこまめに回復魔法をかけるのが通例ですね。だから、マーシリーケさんの回復魔法には感激しました」
目をキラキラさせてハルメルトは言う。そう言えばあの人の回復魔法は、怪我と体力回復が同時だったな。
「そうなんですよ!マーシリーケさんの魔法は、私達の知る魔法とは体系が違うんです!回復魔法にあの洗浄魔法、あれは魔法の概念に革命をもたらすと思って私も習っています!さすが異世界の……むぐっ!」
興奮して捲し立てるハルメルトの口を慌てて塞ぐ。ちょっと落ち着け!
「……異世界云々は秘密事項だろ」
口を押さえながらハルメルトの耳元でささやくと、ハッとしたハルメルトがコクコクと頷く。
やれやれ、好きなことになると回りも見ずに早口になるのは誰でも一緒か……。
「ここだ。ここでティーウォンド殿が治療を受けている」
ダリツが示したのは、一般兵士が利用する医務室の出入口から少し離れた部屋の扉。お偉いさん用なのか、重傷用の集中治療室なのかは解らないが、とにかく妙な緊張感が漂っていた。
「少し待っていてくれ」
そう言い、ダリツはノックをして部屋の中に入っていく。おそらく、ティーウォンドと会話ができるかを確かめに行ったんだろう。
少しして、中にいるダリツから部屋に入るように促された。
一応、病室なのでそろそろと入っていくと、部屋の一番奥のベッドに腰かけて、俺達を見据える包帯だらけの男がダリツと共に迎えてくれた。
品定めでもするかのような目線は、あまり俺達を歓迎していなさそうだったが視線が俺から女子に移るや否や、途端に慈しむような優しげな物に豹変する。
「やあやあ、よく来てくれた。僕がこの砦を預かる『轟氷剣』のティーウォンドだ」
声の感じや見た目からして、二十代半ばくらいだろうか?
包帯の巻かれていない顔半分から判断するにかなりの色男なんだろう。
それにしても、神器を使いこなす達人と聞いていたためもっと歳上を連想していたのだが、以外にも若かったため少し拍子抜けしてしまう。
……いや、外見や歳だけで判断するのは危険だな。
包帯だらけの男は、にこやかに名を告げてベッドから立ち上がろうとした。が、当たり前の如くよろめいて俺達の方にふらつきながら倒れ込んでくる!
進路上にいたラービがその体を支えようとするが、瞬間的にこの男に怪しいものを感じた俺は間に割って入り、彼女の代わりにティーウォンドを受け止めた!
「チッ!」
小さい、しかし確実に悪意の籠った舌打ちが俺の耳に届く。
こいつ……やっぱり、わざとラービの抱きつこうとしやがったな!
「いや、すまない。客人を前につい無理をしてしまったよ」
完璧とも言えるよそ行きのスマイルで早々に俺から離れたティーウォンドは、少しふらつきながらもベッドに戻っていく。
その後ろ姿を油断なく見つめながら、俺はラービの肩に手を置いて念話で注意を促す。
『気を付けろ、あのスケベ野郎わざとお前に抱きつこうとしてたぞ』
しかし、注意を促す俺にラービは満面の笑みを返す。
『おい……』
『んふふ……解っておる。ヌシが心配せんよう気を付けよう』
なんか知らんが嬉しそうなラービの態度にムッとなる。
見知らぬ野郎に抱きつかれそうになって何を浮かれてやがるんだ?もうちょっと危機意識を持ってもいいだろうに。
しかし、そんな心配をよそに何故か上機嫌のラービにますますイライラが募る。
『……何がそんなに楽しいんだ?』
『ん?別に楽しい訳ではないぞ』
『それにしちゃ、ずいぶんご機嫌じゃないか』
『んふふ、そりゃあ誰かさんがヤキモチを妬いてくれておるからのぅ』
はぁ?なんだそりゃ……。
『何を勘違いしてんだよ、俺はお前に隙があるから注意しただけだろ』
俺の言葉にカチンと来たのか、ラービの語気が少し荒くなる。
『別に隙なぞありはせんわ!大体、怪我人がよろめいたら助けてやるのが当たり前じゃろう!』
『あんな下心丸見えの野郎に手助けなんか必要ないだろ!』
『大怪我しておるのは事実じゃろうが!小さいことを言うでないわ!』
売り言葉に買い言葉!俺達の念話はどんどんヒートアップしていく!
「なんじゃ、普段はつれない癖にこんな時ばかり!これだから童貞は!」
「童貞は関係ないだろうが!いちいち指摘すんな!」
突然、大声で罵りあう俺達に、部屋の中の全員がビクリと一瞬震える!
あ、しまった。
つい念話から普通の声に出てしまった状況を誤魔化すように、日本人特有の愛想笑いを浮かべてラービに目配せをしようとする。しかし、彼女はプイと横を向いて目を合わせようともしない。
くっ、こいつ……。
「なんだか解らないが、女性に対して大声で迫るのは感心しないな、少年」
ラービを庇うように口を挟むティーウォンドに、再びイラッとさせられる。
元はと言えば怪我にかこつけてラービに抱きつこうとしたお前が原因だっつーの!
だが、当のラービは「解っておるのぅ」といった感じで、うんうんと頷いている。
……んん、いや落ち着け。
今は結構な緊急事態だ。深呼吸、深呼吸!
うん……ムカつきはするが、俺の態度も良くなかったな。
ちょっとラービにちょっかい出そうとする奴が現れて、ラービがちょっと優越感を俺に見せただけじゃないか。
確かにアイツの言う通り、普段あまりつれない態度を見せていたからまぁ、ラービの言い分も解らないがでもないわ。
それに、ラービの正体を知らない野郎から普通の女の子扱いされたら多少は舞い上がっても仕方がないよな。
だけど、俺の普段の気持ちとかさぁ……なんつーか、わざわざ口に出さなくても解るだろって言うかさぁ……。
「お嬢さん、そちらの彼氏に辛く当たられたらいつでも僕の所へいらっしゃい。仲直りから新しい恋の相談まで、誠心誠意お付き合いしますよ」
怪我をしている自分より、貴女の事が心配だと余計な一言を添えてティーウォンドはラービにウィンクして見せる。
ずいぶん元気じゃねーか、この野郎!
ああ、解った。こいつは敵だ。俺が童貞拗らせてるとかそういうのを抜きにしても、息をするように女を口説いてかっ拐おうとするこいつは全ての男の敵だ。
ティーウォンドを睨み付ける俺。
事も無げに視線を受け流すティーウォンド。
男二人の間でなんか妙な優越感に浸るラービ。
今一ノリについてこれないレイとハルメルト。
またこの人の悪い癖が出たと内心頭を抱えるダリツ。
突発的に顕になった人間関係の渦は、医務室の空気をさらに重くしていった。




