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俺達を呼び止めたのは、砦の方からこちらに向かってくる数人の衛兵らしき集団だった。
これはちょうどいいと、砦への案内を頼もうと声をかけようとしたが、それより先に槍を突きつけられる!
「こんな所で女子供が何をしている!一体、何処から現れた!」
妙に興奮……と言うか異様に警戒している様子に、いきなり何だよととは思うが、砦の状況を見れば仕方がないか。
「怪しい者じゃない……って言っても説得力は無いよな。あー、俺達はこのデカイ『何かが移動した跡』を追ってここまで来たんだ」
「なにっ!」
衛兵達の警戒心が上がったのか、突き付けられる槍に力が込められるのが感じられる。
もう、そんなにビビるなよ!
「怪しいとは思うだろうけど、まずは落ち着いてくれ。俺の名は双葉一成。ナルビーク王子の許可を得てこの森に来たんだが、この跡を発見して追跡してきたんだ」
王子の名を出した途端に、衛兵達の間にわずかながら緊張が解けた様な雰囲気が流れる。
だが王子の名前では有名すぎるのか、衛兵達は「誰でも知ってる偉い人の名前を出して誤魔化そうとしてんじゃね?」的な事をヒソヒソと話していた。
「そうだ、この辺に国境警備部隊はいないか?そこの部隊長のダリツって男と顔見知りなんだが」
「ダリツ殿と?」
彼らにとって王都にいる偉い人よりも、もっと身近な人物の名が出たため、話に食いついてきてくれた。
「ならばちょうどいい、ダリツ殿はいまこの『轟氷都市』に来ている。面通しをしてもらうので、少し待ってもらいたい」
え?ここにいるの?
そりゃ、確かにちょうどいい。色々と情報が入手できそうだ。
衛兵の一人がダリツを呼ぶために砦の方に戻って行ってから二十分程が過ぎて……ようやく先程の衛兵がダリツを伴って戻ってきた。
「おお、本当にカズナリ達じゃないか!久しぶりだな!」
久しぶりと言うほど日にちは経っていないと思うのだが、まぁ気分的には確かに。
ラービ、ハルメルトはともかく初めて会うレイの事を少しいぶかしんだようだが、信頼出来る仲間だとだけ説明しておく。
「それで、お前達はこんな所で一体何をしているんだ?」
もっともな質問だが、一般の衛兵に聞かれては不味い話かもしれない事もあるだろうから、ダリツをこちら側に呼んでから声を抑えて説明する。
「なるほどな……」
俺達の行動を聞いてダリツは納得したようだが、その表情は暗い。
「むしろ確認のために聞きたいんだけど、あの砦の有り様はやっぱり神獣……『女帝母蜂』の死骸がやったのか?」
死骸がやったのかとは自分でもおかしな聞き方だとは思うけど、詳しい情報が纏まっていない以上はありのままに起きた現象を聞くしかない。
「うむ……あの村でお前達が殺した神獣の死骸がなぜか動きだして砦を襲撃……いや、ただ通過しただけだな……。そのまま砦を通過して、ブラガロートの方へむかっていった」
うーん、やはりあの破壊跡は神獣の仕業か……。
「だがな、問題はそれだけじゃない……いや、むしろこちらの方が重要だ」
神妙な面持ちで話すダリツに、何やら嫌な予感がする。
「……イスコットが我々を裏切った」
……は?
ダリツの言葉の意味がよく解らずに、俺は間の抜けた声を出してしまう。
イスコットさんが裏切った?なんで?
「私も直接現場を見た訳ではないが、報告があった状況からするとそう判断するしかない」
そう言って、ダリツは俺達にこの砦にあった襲撃の顛末を語ってくれた。
……話を聞き終えて、なんと言えばいいのか解らなかった俺は腕組みをしたまま項垂れる。
ダリツからの説明を要約するとこうだ。
まず、神獣の死骸が森の方から現れて城壁を破壊した。
その巨体を止めきれないと判断したこの砦を護る『五剣』の一人、『轟氷剣』の英雄ティーウォンドは、街を護るためにあの氷の壁を生み出して神獣が住民の方に進まないように防いだ。
神獣が反対側の城壁を破壊し、ブラガロートに向かって行くのを追跡しようとしたティーウォンドの前に二人の人物が立ち塞がる。
一人は黒い全身鎧に身を包み炎を纏う戦斧を構えた戦士。
そしてもう一人はブラガロートの英雄『六杖』が一人、『蟲の杖』ヤーズイル・クルスト。
ティーウォンドは戸惑いながらも剣を振るうが、ヤーズイルの命令に従った黒い戦士との激闘で重傷を負ってしまう。
なぜか止めを刺さずに……と言うか興味も無かったようで、二人はティーウォンドを放置して去っていった……。
とまあ、これがこの砦で起きた事らしい。
ううん……話に出てきた黒い戦士ってのは間違いなくイスコットさんだろう。って言うか、彼以外に英雄を撃退できる強さを持ち、炎を纏う魔法武器を扱える人物がいるなら話は別だが。
まぁ、他にそんな奴はいないと思ったからダリツもイスコットさんだと判断したんだろう。
しかし、解せない。
『六杖』の一人だかなんたが知らないが、何故イスコットさんがそんな奴に付き従っているんだ?
『蟲の杖』なんてネーミングの神器からして、あの死体に寄生する蟲を操っていたのはそのヤーズイルって奴の可能性が高い。
しかし、自らの獲物に手を出されてあのイスコットさんが黙っているだろうか?答えは多分、否だと思う。
「御主人様……『蟲の杖』についてお耳に入れたい事が……」
クイクイと服の裾を引っ張り、レイが俺に耳打ちしようとする。なんだろう、ダリツに聞かれたら不味い話か?
「『蟲の杖』はあらゆる昆虫系の魔獣を操れる神器だったと記憶しています。ひょっとして、御主人様と同じ蟲脳であるイスコット様もその力で操られているのでは……」
マジか!そんな神器があるのかよ!
これはヤバイ……ヘタこいたら俺も操られてしまう可能性があるって事じゃないか?
いや、俺だけならまだしも、ラービやレイもいもずる式に操られるなんて状況もあり得る。そうなったら目も当てられない!
くっ……無敵の蟲脳にまさかこんな天敵が居たなんて。
「どうしたカズナリ。何かわかった事でもあるのか?」
少しでも有利になる情報を欲しているダリツがグイグイと迫ってくる。
イスコットさんが自分の意思で裏切った訳では無さそうだというのは、良い情報ではある。しかし、蟲脳の事を秘密にしている現状でどう説明したものか……。
「……先程、ワレらが死体に寄生する謎の虫によって襲われた話はしたな。イスコットも似たような虫に寄生され、『蟲の杖』の英雄に操られておる可能性が高い」
機転を利かせたラービが、俺の代わりにダリツに説明する。ナイスフォローだ!
「人を操る寄生虫……なるほど、そんな物がいるなら……」
ダリツが若干困惑している事から、いままでそんな虫の報告例は無かったんだろう。仮にそんな寄生虫がいたら、歴代の『蟲の杖』はもっと危険視されていてもおかしくないしな。
「この一件には、あの『星の杖』が絡んでいると俺達は見ている」
『星の杖』と聞いて、ダリツが嫌そうな顔になる。まぁ、気持ちはわかるけど。
「バロストが虫型の合成獣を作り、ヤーズイルがそれを操っている……」
「恐らくそんなところじゃろう。早々に手を打たねば、深刻な状況になるぞ」
動く神獣の死骸に、英雄クラスの強さを持つイスコットさんが操られている状況もヤバイが、寄生虫の合成獣が大量生産されたら本気で手に負えなくなる。
『蟲の杖』に直接操られる可能性がある俺達にしても、敵が体勢を整える前に何とかしたい。
「よし……とりあえず、お前達にはティーウォンド殿に会ってもらおう。場合によっては兵を貸して貰えるかもしれないしな」
ダリツの提案に俺達は頷く。今は猫の手を借りてでも、早急に事態を解決しなければ!
俺達はダリツを先頭に、城壁の破壊された『轟氷都市』に向かって歩を進めた。




