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森の木々を薙ぎ倒し、まるで大地を舗装するように神獣の死骸を引きずった跡は続いていく。
お陰で走りやすいと言えば走りやすかったが、以外にも魔獣とのエンカウント率も上がっていた。
森を荒らされ、縄張りを失い凶暴化した魔獣達は走り抜けようとする俺達の姿を見ると、問答無用で襲いかかってくる!
最初の内は倒した魔獣を解体してその肉を保存していたが、作業をしている内に別の魔獣が現れてまた戦いになる……と、いった事の繰り返しが多々あったので、今は襲ってきても二、三発ぶん殴って撃退するスタイルにしていた。
いや、最初から撃退だけにしとけとか、わざわざ解体作業する必要ないじゃんとか言われそうだが、美味しいお肉が手に入るチャンスをむざむざ逃す奴がいるだろうか?
うん、いっぱいいるよね……。
だが、俺達のパーティは食いしん坊が多いのだ!
本来なら襲ってきた魔獣は一匹残らず肉にしてやる所だったが、時間も無いし最低限の食料の確保で我慢した事だけは認めて欲しい。
そんなこんなで途中に焼き肉祭りなんぞをしたものの、俺達は夕刻前にアンチェロンとブラガロートの国境付近に到着した。
だが、そこで俺達が見たものは異様な光景。
ディドゥスのとの国境近くにあった『五剣』が護る城塞都市のような砦がそこにはあった筈だ。しかし、無惨にも街を囲む城壁は破壊され、街の建物は破壊されている。
その破壊跡は、俺達が辿ってきた神獣を引きずった跡とピッタリと重なり、あの巨体がこの惨状を引き起こした事は間違いないだろう。
そして、その破壊跡から街を護るようにそびえ立つ巨大な氷の壁……なにこれ?
一体、何があったんだ……。
とりあえず、疑問がふたつ。
破壊跡の異様さと、氷の壁について。
巨大な物体が激突し、薙ぎ払って進んで行ったことは何となく想像できる。
俺は当初、神獣の死骸を何十頭かの馬や魔獣とかで引っ張って運んでいるのかと思ったいた。だが、これじゃまるで「神獣の死骸その物が動いて砦を破壊した」みたいじゃないか?
状況を眺めながら疑問を浮かべていた時、不意にフラシュ・バックする少し前の光景!
「蟲……か?」
「蟲?」
俺の漏らした独り言をラービが拾って問い返す。
「ああ……ハルメルトの村でさ、村人の死体が蟲と合成されたゾンビになってだろ?あんな感じで、神獣の死骸と蟲を融合させて『神獣ゾンビ』みたいにして動かしたんじゃないかと思ってな……」
割りと適当な思い付きだったが、言葉にしてみると以外と的を得ている気がする。
「なるほどのぅ……確かに『巨体を運ぶ』よりも『巨体自身に動いてもらう』方が手間がかからんしの……」
考えてみれば、あの巨体を運搬する大部隊なんかいれば、否応なしに目立つし足も遅くなる。
そんな形跡が、無い以上はやはり俺の考えは当たっていると思うな、うん。
「もっとも、この一件は間違いなくブラガロートの関係者が引き起こした事じゃろうから、何らかの魔法を使ったという線も捨てがたいがの」
ラービの一言に「あ、その手があったか」と内心で手を打つ。そっかー、魔法かー……。
言われてみれば
神獣ゾンビをコントロールするにしても、人を一人動かすのと、神獣の巨体を動かすのが同等の労力の訳無いよな……。
ただ、この世界での魔法という能力の立ち位置がよく解らない。
思い返してみても、俺が見たことがあるのはマーシリーケさんの『回復魔法』の類いやイスコットさんの武器に魔力素材を組み込んだ『付与魔法』くらいだ。
この世界独特の物と言えば、溶岩が噴き出したり周辺を凍らせたりみたいな力だが、あれは神器の力であって魔法とはちょっと違うよな……?
せいぜい、ダリツ達が武器とかに魔力を込めたってくらいかな?
レイやハルメルトに訪ねてみると、この世界では魔法というものがあまり有効な戦いの手段として使われていないとの返事が返ってきた。
ええ……ちょっとガッカリ……。
「体や体に触れている物に魔力を流して『強化』することは割りと簡単なんです。逆に体から離れた場所に『魔法』として展開させようとすれば、魔力を『放出』して『固定』させ『変換』をしてから『増幅』しなければなりませんから凄く難しいんですよ」
流石、現役の召喚士らしくハルメルトが解りやすく説明してくれる。しかし、呪文でも唱えれば簡単に発動するのかと思っていたが、そんなに面倒な手順があったとは……。
「そこまでして『魔法』を発動させるなら、『強化』の状態で殴りにいった方が早いですから。よほど余裕のある場合か後方で行う『回復魔法』を除けば、戦場で『魔法』を見ることは無いでしょう」
レイの言葉に、また少ししょんぼりしてしまう。
脳筋の方がインテリより強いぜー!って言うのはまぁ、素早い行動が命取りの戦場では解るんだけど、やっぱり異世界って言ったら魔法じゃない?
元の世界には無かった法則にワクワクするじゃない?
俺が期待しすぎただけかも知れないけど、もっと夢とかロマンを感じたかったよ……。
「だけどあの氷の壁……あれは魔法ではないのか?」
ラービの指摘に、俺の中の厨二が再び頭をもたげる。そうだよ、氷壁が魔法ならやっぱり凄い力じゃないか!
そして、あわよくば俺も魔法を……。
「いえ、あれは神器の力でしょう」
あっさりとしたレイの返答に、表面上は普通にしていながら内面の厨二は泣きながら崩れ落ちていった。
「なんじゃ、やはり魔法では無いのか……」
俺の知識から経験を得たラービもしょんぼりしている所を見ると、こいつも心に厨二を飼っているのかも知れないな……。
「魔法でも出来なくは無いでしょうが、相当の魔力と時間が必要でしょうね」
「そうか……ワレも訓練を積めばこんな真似が出来るのかもと思ったのだがのぅ」
解るぜ……魔法が使えたらって思うとテンションあがるもんな。
「流石に『回復魔法』とかなら使えるかも知れませんけど、あんな巨大な魔法は……」
「「使えるの!?」」
俺とラービの声が重なる!
「え?え……?」
「じゃから、魔法!回復魔法ならワレも使えるようになるのか?」
ラービの剣幕に少し狼狽えながらも、ハルメルトはコクコクと頷く。
「は、はい。ラービさんはこちらの世界の方……って言うか生物ですし、魔力の使い方さえ覚えれば……」
その言葉にラービは天を仰いでガッツポーズをする!
いいなぁ、俺は?俺は?
「カズナリさんの場合は……魔力自体はあるみたいですけど、規格が違うというか……」
うん?つまり、どういう事かな?
「すいません、多分魔法は使えません……」
俺は今度こそ、地に崩れ落ちていった……。
ショックではあったが、例えば家電製品でも日本と海外では規格がちがうから使えない……みたいな事なんだろう。
いいさ、ラービが回復魔法を覚えれば生き残る可能性は高くなる。羨ましくなんか……ないやい……。
「すまんのぅ、一成。じゃが安心せい、ヌシの怪我はワレがすぐに治してやるからの!」
抱きつきながらニコニコとラービは言う。くっそー、テンション高いな……気持ちは解るけど。
特撮ヒーローの様な武装の仕方に魔法まで覚えたら……くそっ!格好よすぎるじゃねーか!
まぁ、それはさておき……俺は街を護るような氷壁に目を向ける。
それにしても……街の端から端まで届くような、しかも城壁と同じくらいの高さの氷壁を産み出すとは、同じ神器でありながら『七槍』の『白の槍』とは威力が段違いすぎやしないか?
疑問が顔に出ていたのだろう、レイが少しムッとしながら俺の服の裾を引っ張る。
「同じ槍の神器故に庇うわけではありませんが、『白の槍』とて使う者が違えばもっと恐ろしい威力を発揮していました。ようは所有者次第です!」
うん、それはそうなんだろう。だが、それはここの『五剣』がそこまで神器を使いこなせるだけの達人だと言うことだ。
敵対することはない……と、思いたいが……。
「とにかく、ここにいても仕方ない、街に行ってみるか」
皆が頷き、移動しようとしたその時、
「待て!貴様らは何者だ!」
突然、俺達を制止する声が響いた。