表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インセクト・ブレイン  作者: 善信
84/188

84

ここまで似たり寄ったりな、悪趣味全開の真似をするような人間が何人もいるとは思えない。

それに、以前もバロストはアンチェロン側に密かに侵入してきているという前科がある。


「この巨大な物を引きずったような跡は、まっすぐブラガロートの方向に続いていますね」

レイは道のように村に残された、移動の跡が延びる方向を見ながら報告してきた。


様々な状況からするに……恐らく奴が神獣の死骸を狙い、何らかの手段で運びだした後に追跡を振り切る為、村人の死体をキメラみたいなゾンビにしのだろう。

そして、イスコットさんは足止めのゾンビの相手をせず、それを追っていった……と推理するが、どうだろうワトソン君?

「なかなかの推理じゃな一成ホームズ先生。で、ワレらはこれからどうする?」


そうだな……本来なら、いったん王都に戻って王子とかにブラガロート行きの許可を貰った方がいいんだろうが、先行しているであろうイスコットさんが心配だ。

俺より強い人だしそうそう不覚は取らないと思うけど、敵陣に乗り込んでる訳だし……英雄と敵対する事が火を見るより明らかなこの状況は軽視できない。

何より、バロストが、蟲脳インセクト・ブレインである事を考慮すれば、その危険度は相当なものだろう。


「この引きずった跡がまっすぐブラガロートに向かっているなら、途中で『五剣』が守護する国境の砦にぶつかる筈です。とりあえずはそこまで進んでみてはどうでしょう?」

ああ、ディドゥスとの国境近くにあった『岩砕城壁』みたいなのがあるのか。

そういえば以前、ダリツがアンチェロンの英雄は各国の国境付近に展開してるって言ってたっけ……。


うん、あんな馬鹿でかい神獣の死骸を引きずって行けば嫌でも目立つだろうし、『五剣』がいる国境の砦ならば協力か情報が得られるかもしれない。

レイの案を採用し、俺達はひとまずアンチェロンとブラガロートの国境を目指す事にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


陽の光が差し込むわりに、薄暗い印象を受ける長い廊下を一組の男女が歩いていた。

立派な法衣の上にフード付きのマントを纏って前を歩く男と、その後ろを研究者のローブ姿で一歩下がって付いていく女……。


三十代半ばほどの男は一見、穏和そうな表情を浮かべて、初対面の相手にも親しげに絡んでいくような人懐っこさを醸し出している。

しかし、見る者が見ればそれがただの表面上のものでしかない事を見抜くかもしれない。

そんな男が機嫌良さそうに語りかけている女は、ローブの下からでも解るくらい女性らしい体型に褐色の肌がいかにも健康的で、研究者用のローブを着ていなければ魔術師のイメージを持つ者は少ないだろう。

短めの髪に眼鏡の奥の鋭い眼光も相まって、鎧でも着ていれば前を歩く男の護衛だと言っても誰もが納得してしまう雰囲気があった。


男が纏う法衣は、ブラガロートが誇る英雄である『六杖』の一人である事を証明する物であり、その法衣に彩られた紋章は当代の『星の杖』の所有者である事を示す。


男の名はバロスト・ガテキン。

突如この国に現れて先代『星の杖』に師事し、一年と経たずに『六杖』の座を委譲された天才魔術師である。

そして、女の名はコルノヴァ・チャカ。

かつての先代『星の杖』の一番弟子でありながら、今はバロストの助手として付き従う、俊英の名も高い魔術師だ。


そんなバロスト達に不意に呼びかける声がした。機嫌良さそうに話していたバロストの言葉が止まり、声のした方に視線を向ける。

彼の目線の先、通路の奥から近付いて来る二人の人物。

一人は、バロストと紋章こそ違うものの似たような法衣を身に付けた五十代くらいの初老の男。そして、もう一人は黒い全身鎧に身を包み無言で従う巨体の戦士。


「ああ、これはヤーズイル殿。ごきげんよう」

声を掛けてきた初老の男にバロストが挨拶を返す。

ヤーズイル・クルスト。

バロストと同じ『六杖』の一人であり、『神器・蟲の杖』を所有するブラガロートの英雄の一人である。


「先に君の研究棟を訪ねたのたが留守だったのでな……城の方から来ると言うことは、王の呼び出しでもあったのかな?」

「ええ、ディドゥスから急使が来ておりまして、色々と雑用を承っております。まるで使い走りですが、新参者の悲しい所ですよ」

言葉とは裏腹にヘラヘラと笑みを見せながらバロストは答える。

「いやいや、仕事を任されるのは期待されている証拠よ。それにしても、ディドゥスからの急使とは一体何事かな?」

興味を示したヤーズイルに、バロストは小さく頭を下げる。

「申し訳ない……一応、極秘の使者らしく内容は機密事項なので……」

国の英雄である『六杖』にすら口止めをするあたり、かなりの重要機密なのだろう。そんな物を詮索しても無駄と判断したヤーズイルは、バロストを訪ねた本題に入る事にした。


「君を訪ねたのは他でもない、君から貰った情報の成果があったので礼をしに行ったのだ」

「ほう……と、言うことは、あのヤーズイル殿の研究棟の外にある『アレ』が……」

「うむ、アンチェロンにあった『神獣の死骸』だよ」

ニヤリと笑い、ヤーズイルは頷いた。


「あらゆる虫を操る我が神器『蟲の杖』でも流石に神獣は操れはしない。しかし、その死骸に君の開発した合成獣キメラの一種である『傀儡蟲かいらいちゅう』を寄生させる事でコントロールは可能に成った。お陰で素晴らしい研究材料を入手することが出来たぞ」

やや興奮気味にヤーズイルはバロストの手を握る。

「それはよかった。私としても傀儡蟲の実験成果があったならば、開発者冥利に尽きます」

「いや、それだけではない。こやつを見よ」

そう言ってヤーズイルが後ろに立つ全身鎧の人物をペチペチと叩く。

「君の情報にあった『蟲に寄生され強化された人間』だ。我が『蟲の杖』で見事に支配下の置く事が出来たわ」

「ほう……」

少し興味を引かれたようにバロストが声を漏らす。

「強化と聞いてどれ程の物かと思っていたが、まさか『五剣』の一人を圧倒する程の戦士だとは思ってもみなかった。まさに最高の護衛を手に入れた気分よ」

「なんと、『五剣』を……」

バロストの表情に素直な驚きが現れる。


「おお。神獣の死骸を運送中するには、アンチェロンの国境際にある『轟氷剣』が護る砦を突破する必要があったのでな。そこでぶつかった際に、かの英雄を圧倒しよった」

まあ、残念ながら倒しきれなんだがな……と呟くヤーズイルの言葉を聞きながら、バロストの思考は別方向に飛んでいた。

しかし、そんなバロストの内面に気付く事なくヤーズイルは嬉々と語り、最後に再び礼の言葉を口にした。

「ともかく、君には大きな借りが出来た。今後、何かあったら私に出来る事なら最大限の協力をしよう」

「それは心強い。その際には是非お願いいたします」


最後に「王に呼ばれているから」とヤーズイルは王城に向かい、二組は別れた。

彼らが姿を消してから、初めてコルノヴァが口を開く。

「ヤーズイル様は随分とご機嫌でしたね……。しかし、よろしいのですか?あの異世界人達は先生の実験体候補だったのでは……?」

「なに、少年が一人いただろう?男の実験体は彼で十分さ。むしろ実験体として貴重なのは、女達の方だしね」

そうなのですかとコルノヴァは首を傾げる。

「蟲脳の女に人型の魔物の少女。解剖するか、合成獣の苗床にするか……いやぁ、色々と夢が膨らむね!」

「なるほど、女性の方が実験の幅が広がりますね。ですが、合成獣の苗床ならば私を使っていただいてもよろしいのですが?」

自身を実験台にする事を提案するコルノヴァに、バロストは苦笑した。

かつては同じ師を仰ぐ姉弟子であった彼女だが、今では「洗脳きょういく」の甲斐もあって我が身よりもバロストの実験を優先する立派な「下僕じょしゅ」となっている。

そんな彼女に満足しながら、「優秀な助手を使い捨てにはできないよ」と頭を撫でた。


「『自分の世界に帰る為の研究』というエサは撒いてある。その内、接触する機会もあるさ」

独り言のように言うバロストではあるが、その時は案外近いと予想している。

「異世界人を支配下に置き、神獣の死骸なんて物を手に入れたヤーズイル殿は、いずれ大きな火種になる。私達はそれに巻き込まれないように遠目で観察していよう」

もちろん、利があれば首を突っ込むがね!と付け加えるバロストに、コルノヴァが頷いてみせる。


(ああ……この世界は楽しい!)

自分の知識欲や実験欲を満たせるこの世界をバロストは満喫している。

「そうだ、確か魔人との交配に成功した実験体がそろそろ出産する頃じゃなかったかな?」

「はい、実験体五二号……ああ、師匠のお孫さんでしたね」

「うん?そうだったかな?いやぁ、師匠にはご自身のみならずご家族まで私の実験体になってもらって……本当に感謝しかないな」

「先生の研究の礎になれたのですから、師匠も喜んでおられるでしょう」

かつての師、そしてその家族までも非道の実験に関するモルモット扱いでありながら、この二人に悪びれた様子はない。

己の欲望に忠実に、そして貪欲に手を染めていく研究者達は、これからの楽しい計画について語りながら、自らの研究棟という悪魔の実験場に向かって歩を進めていった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ