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虫との合成獣と化したゾンビの動きは突然素早い物となった!
その不意打ちのような緩急の差に一瞬の虚を突かれた俺の脇を、数体のキメラ・ゾンビがすり抜けていく。狙いは後方の三人娘か!
虫の本能かゾンビの判断か……知性が残っているとは思えないが俺より女子供の方が簡単な獲物と見たのだろう、唾液とも体液ともとれる液体を大きく開いた口から撒き散らしながら距離を詰める!
高速で近づいたキメラ・ゾンビが飛びかかった次の瞬間!
ある者は高速移動の勢いそのままにラービに投げられ、大地に叩きつけられ頭蓋を砕かれる!
そしてまたある者はレイが繰り出す神速の突きに貫かれ、その身に無数の風穴を空けられていた!
思わぬ反撃に、一瞬だけゾンビ達の足が止まる。そして、その一瞬があれば十分だ!
ゾンビ達の後方から飛び込むような一撃の『箭疾歩』で追い付いきつつ一体の頭を砕き、勢いをつけたまま『八卦掌』の円を描くような『走圏』の動きに移行して、軌道上のキメラ・ゾンビ達を打ち倒していく!
ラービ達に狙いをつけた連中をひとまず一掃し、三人の安否を確認する。
「とりあえずワレらに怪我はない。しかし、一斉に来られたらヤバイかもしれん……」
単に撃退するだけならなんとでもなるが、ハルメルトを守りつつ高速で動く奴らが一斉攻撃してきた時に対処する術がない。
せめてスライムで防御壁を築いてくれればとは思うが……今の傷付き放心したいるハルメルトではまともに召喚はできそうにない。
「御主人様、ラービ姉様……ハルメルト殿の護衛は私に任せて、お二人は敵の殲滅に集中してください」
レイが提案してくる。が、さすがのお前でも、一人じゃ無理だろう……?
しかし、「彼等にも手伝ってもらいます」と言うや否や淡い光が彼女から発せられ、二体の骸骨兵が姿を現す。
ロングソードとシールドを構えた灰色の鎧を纏う骸骨騎士と、斧槍を肩に担ぐオレンジ色の鎧の骸骨槍兵。
たしか、ジーユとラリー……だったか?
『いたいけな少女を護る任を頂けるとは騎士冥利に尽きる!彼女には指一本触れさせん!』
盾と剣を打ち鳴らし敵を威嚇するように吠えるジーユ!
『メガネっ娘を狙うたぁ許せんよなぁ……腐った根性叩き直してやる!』
趣味丸出しの台詞と共に斧槍を振るって見せるラリー!
騎士と槍兵、二人の骸骨兵とレイがハルメルトを三方で囲んで防御陣を形成する。
互いの攻撃範囲が被らない、それでいてフォローもバッチリといった最適な間合いを確保したこの陣形は、いかに素早いキメラ・ゾンビでも簡単には破れまい。
よし、これでハルメルトは安心だ!
俺とラービは、彼女達から少し離れた場所に移動して、背中合わせになりながら敵と対峙する。
新手の骸骨兵による防御陣を手強いと見たのか、キメラ・ゾンビの大多数が俺達の方に狙いを定めてきた。
だが、一人の時なら兎も角、俺とラービのコンビ前では、数に頼った素早いだけが取り柄の連中など殺虫剤を向けられた小バエの群れに等しい!
連携もなく、ただ高速でデタラメに襲いかかってくる連中をシンプルに迎撃し、追い打ちを掛けて確実にその数を減らしていく。
やがて……ものの数分でレイ達の方も含めて、立っているキメラ・ゾンビは一体もいなくなっていた。
未だに数体が断末魔じみた鳴き声を漏らしており、その中にはハルメルトの姉だった個体も混じっている。
しばらくすれば力尽きるだろうがまだ死ねずに苦しむ姿が逆に哀れで、俺はこれ以上苦しまぬように止めを差す事にした。
たが、歩き出そうとした俺の脇を一人の少女が追い抜いていく。
「ハルメルト……」
声を掛けた俺の方をチラリと振り返り、泣きそうな……それでいて悔しい想いと怒りが混ざったようなうつろな笑みを見せた。
ゾクリと背筋に寒気を感じるようなその表情に危うい物を感じて、俺は彼女の横に並び立つ。
ハルメルトは姉だった物の前に立つと、空中に召喚するための魔方陣を描く。
「ごめんね、お姉ちゃん……」
ポツリと呟き、魔方陣から流れ出るような大量のスライムを召喚していく。
「生き残った私がお姉ちゃんを……皆を弔わなきゃダメなのに、こんなことになっちゃってさ……」
ハルメルトが悪い訳じゃない。
そう言ってやりたかったが、彼女は彼女なりにこの召喚士の村で最後の一人として責任と決意を心に秘めていたんだろうな……。
そんな彼女に、部外者である俺が何を言っても恐らくは届かない。ハルメルト自身が納得のいくケジメをつけるまで、この惨劇の風景は彼女の心から消える事はないだろう……。
やがて、召喚したスライムが形を変えてゆき、グネグネと蠢いてとある形に固定される。
その形は……巨大な拳!
ハルメルトの怒りが表現されたようなその拳は、ゆっくりと……そして大きく振りかぶられた。
「必ずケジメはつけるから……こんな真似をした奴に、絶対に報いを受けさせるからね……」
姉の骸に誓いを立て……降り下ろされたスライムの拳が、虫の息だったキメラ・ゾンビを粉々に打ち砕いた……。
ハルメルトが砕いた大地……。そこに彼女の姉が無惨な骸を晒す前に、俺は『震脚』で地面を揺さぶりって遺体の上に土を被せる。
この震脚はハルメルトの怒りを肩代わりしたものでもあり、俺の決意表明でもあった。
すなわち、死してなお辱しめられた村人達の無念を晴らしてやるといった誓いである。
まぁ、確かに村人達とは見ず知らずと言ってもいいくらいの関係だが、仲間であり妹と同じくらいの年頃であるハルメルトの心を傷付けたお返しはしなければなるまい。
何より死体を弄ぶこの行為には心底、嫌悪感を覚える。こういう悪趣味な奴には、二度とこんな真似をしないように体で覚えさせなきゃな!
……文字通り虫の息だったキメラ・ゾンビ全てに止めを差し、すでに息耐えていた他の遺体を一ヶ所に集めて埋葬する。
やはり死体の焼却には抵抗があるそうだ。
まぁ、これだけ破壊されてしまえば再びゾンビとなる事はないだろうから、土葬でも大丈夫か?
骸骨兵にも手伝ってもらって、ゾンビと成った村人全員を埋め終わり墓標を建てた所で手を合わせる。
ハルメルトは何やら手を合わせたり、祈るようなポーズを取って死者の冥福を祈っていた。
「う……うう……」
いつしかハルメルトは泣いていた。
そんな少女をラービが抱きよせ、頭を撫でる。
「ワレの胸でよければ、いくらでも貸してやる。今は泣くがよい……」
言われるままにハルメルトはラービの胸に顔を埋めて嗚咽を漏らす。
『傷心の少女の前では我々のような男衆は無力ですな……ラービ殿、よい女ではありませんか』
ジーユは呟き、そして俺の方に振り向いて頑張って下さいと言葉を残し、レイの中には還っていく。
うーん、なんとも爽やかな骸骨兵だ……。
『あのメガネっ娘に伝えてくれ、主殿。光らせるのは涙じゃなくてレンズだけで良いってな……』
意味のわからない台詞を残してラリーもレイの中へ。
何なんだ今の伝言は……。メガネマニア特有の決め台詞か何かだろうか……?
「とこれで一成……ワレは今回のゾンビ騒動を起こした奴に心当たりがあるんじゃが……」
ハルメルトを慰めながらのラービに、俺は一つ頷いた。
「ああ、俺も一人思い浮かんだよ……」
答え合わせはするまでもない。
俺達が浮かべたのは、以前この神獣の森からアンチェロンの王都に向かう際に、魔人の群れを率いて襲ってきた人物。
死体を継ぎ合わせ、虫を寄生させた操り人形で俺達を出し抜いたブラガロートの英雄、『六杖』の一人。
「星の杖」の継承者、バロスト・ガテキン。
俺達と同じ蟲脳であることを自称する、悪趣味過ぎるあの人物の声が脳裏によみがえって来ていた。