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急速に意識が覚醒し、体に五感が戻ってくる。
精神世界から帰還し、目を覚ました俺がまずした事……それは胃の中の物を吐き出す事だった。
ハァハァ……。
涙目で先程食べた物を全部リバースした俺は、肩を震わせ荒く呼吸を繰り返す。
あー……ヤッバイ!武器ってマジでヤッバイ!
いや、武器の優位性を舐めていたつもりは全くなかったんだけど、改めてそのヤバさを実感した。
当たらなければどうという事はないと思っていたが、当たったら酷い事になるんだよね。今さらだけど。
身体能力で遥かに俺達が上回っていたダリツ達と揉めた時とか、英雄とはいえタイマンだったコルリアナやワイナード戦の時は正直、緊張はしたが脅威は感じなかった。
だが、レイの呼び出した骸骨兵達に、精神世界で鎧を身に付けていなかったとはいえああも蹂躙されるとは思ってもいなかった……。
こちらの攻撃は防がれ、ほんの僅かにできた隙を別の骸骨兵が突いてくる……烏合の衆にはあり得ない、本当の集団戦というものを見せつけられた気持ちだ。
しかし、それ故に俺は一つの疑問を持つ。
「か、一成ぃ……」
すぐ隣で覚醒したラービが、目覚めると同時に俺にしがみついてきた。その体が俺同様に震えている所を見るに、彼女が受けた精神的ダメージの大きさが解ると言うものだ。
なんせ、物理攻撃にはかなりの耐性があるラービの体を「ぶった斬れば関係ねーぜ!」とばかりに切断しまくりやがったからなぁ……。
さすがのラービも心底参ったのだろう。俺は震えるラービの体を、労るように抱き締めてやる。
よしよし、怖かったろうな……。
頭を撫でたりしているうちに、なんだか震え方が変わったり、「うへへへ……」といった妙な笑い声が腕の中のラービから聞こえてくる気がするけど、とりあえず気のせいだろう。
気のせいであってほしい。
「いかがでしたか?私達の戦い方は?」
最後に覚醒したレイが俺達に声をかけてくる。その声はいつも通りで、俺達を圧倒したことに対する特別な感情は含まれていない。
つまりは、勝って当たり前という訳か……。
だからこそ、俺は頭に浮かんだ疑問を聞かずにはいられなかった。
「レイ……お前、俺達と戦った時には手を抜いてたのか?」
そう……今回、俺達はレイを含む骸骨兵軍団にボロ負けした。
しかし、初めてレイ……いや、『灰色の槍』と戦った時には、二人がかりでフルボッコにしたのだ。あれから数日しか経過していないのに、これほど差が開くとは思えない。
「いいえ。御主人様達と戦ったあの時……あれは確かに私の本気の実力でした。私はあれから……そう、成長しのです」
手抜きを否定するレイの言葉に嘘はないように思える。だが……成長?
「あの頃の私は今のような明確な自我を持たない、言わば『神器』としての本能だけで活動をしていました。しかし、御主人様達に敗北し、その知識をラーニングする事で自分の中に蓄積されていた達人達の技術を我が物とする事を覚えたのです」
少し興奮してきたのか、レイは身振り手振りを交えながら熱く語り続ける。
「私に『敗北』と更に上を目指す『成長』という概念を与えてくださった御主人様こそ、我が主として相応しい御方!ですから共に行きましょう、武の高み!術の極みへ!」
感極まったようにうち震え、上気した顔で俺を見つめながらレイはその心情を吐露した。
なるほど……成長しただけでなく、目標を見据えて努力する事も学んだみたいだな。これじゃあ、今の俺達では勝てない訳だ。
何かの切っ掛けさえあれば、劇的に人が変わるという事が稀にあると聞く。まさに今のレイがそうなんだろう。
だとしたら……そんな彼女から認められた俺が、いつまでもヘタっている訳にもいかないじゃないか!
いや、レイだけじゃない。ラービだって俺なんかに想いを寄せてくれている。
思えば今までの人生で、ここまで誰かから期待され、慕われた事があっただろうか?
いいや、無い!
ラービやレイから俺に対して向けられている想いを再認識した今、なんだか気持ちが高揚し、力がみなぎるような感覚が全身に湧いてくるのを感じる!
そう、何かの切っ掛けで劇的に人は変わる。そして、今の俺が感じているものこそ、その切っ掛けなのかもしれない。
俺は空いている方の腕でレイも抱き寄せる。
「一成!?」
「御主人様!?」
腕の中で二人が戸惑うような表情を見せる。しかし、嫌がるような素振りは見せずに体を預けてくれていた。
押さえられない気持ちが溢れ、さらに彼女達を抱き締める。
「ラービ……レイ……ありがとうな。俺は……やるぜ!」
何がありがとうで、何をやるのかは自分でも解らない。だが、自然に沸きだしたその言葉は、俺の真実の気持ちなんだろう。
再び精神世界での骸骨兵達を交えた訓練をする事を誓い、レイに告げる。ラービも、「ヌシと一緒なら……」と恐怖を乗り越えて共に強くなる事を選んでくれた。
後から冷静に考えれば、死というドン底を体感した状態から、期待されているという充実感を感じる事。その起伏が激しすぎて若干、錯乱していただけかもしれないが……やる気が出たから良し!
「あのう……皆さん、大丈夫ですか?」
完全に蚊帳の外だったハルメルトに恐る恐る声をかけられ、俺達は正気に戻る。いかんいかん、すっかり彼女の存在がアウトオブ眼中だった。
彼女からしたら、いきなり飛び起きたかと思ったら盛大に吐いて、その後感極まったように抱き合うという訳の解らない状況だもんな。
とりあえず、簡単に心情を説明し、狂った訳では無い事を理解し安心してもらう。
ハァ……なんだかすごくに疲れた……。
精神的な疲れもあってか、ゴロリと横になった。そんな俺にそっと近づいてきたレイが小さく尋ねてくる。
「御主人様、先程の精神世界での戦いで武器の脅威と優位性はご理解いただけたと思いますが、今後も素手で戦うスタイルをお続けになりますか?」
少しの心配と、自分を振るってもらえるかもといった少しの期待の込もったレイの質問に、俺は首を縦に振った。
心なしかしょんぼりするレイには悪いが、『対人戦に特化した技術』というのは、今後の事を考えても鍛える必要があると思う。
それに、元の世界の誰かが言っていた「男にとって拳は最初にして最後の武器」という言葉。
その言葉に共感する故に、それを鍛えたいという考え方が俺の根底にあるのも大きいだろう。
あと、口にしたら「厨二かっ!」とか言われそうだから言わないけれど、素手で武器をもった相手に勝つって格好よくない?
まぁ、そんなこんなでひたすら疲労感を覚えた俺は自然と眠りに落ちていく。
今日のペースでいけば、明日の夜にはハルメルトの村まで到着できるだろう。
さっさと寝て……明日に……備えよう…………ぐぅ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一成達が休息していたその日の夜。
神獣の森と呼ばれる巨大な森の北西部、アンチェロンとブラガロートの国境付近に築かれた、『五剣』の一人が守護する城塞都市に巨体を揺らしながら近づく怪しい影があった。森の木々よりも大きいそのシルエットは、まるで頭を無くした馬鹿でかい蟲のようにも見える。
その存在にきづき、警戒と迎撃の為に慌ただしくなる町の様子を嘲笑うかのように、その巨大な影は都市を囲む城壁へと激突していった!