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つ、強い……。
倒れた俺達を見下ろすレイが少女の姿をした鬼に見えた。
「いかがでしたか御主人様、ラービ姉様。これがこの世界の『武術』です」
軽く槍振り、決まったとばかりにレイは言い放つ!
はっきり言って、何が何だか解らないというのが俺の本心だ。
隙があるように見えて、そこを攻めればカウンターを食らうか、捌かれて体勢を崩してしまう。かと言って、隙の無い所を強引に攻めても同じ結果になるだけだ。
見よう見まねや、マンガ知識のなんちゃって武術とは言え、俺もラービも実戦形式(脳内)でかなり鍛えてきたつもりである。そんな技が全く通じないというのは、かなりのショックだった。
「フォロー……と言うわけではありませんが、御主人様にしてもラービ姉様にしても、一撃一撃の破壊力という点では『英雄』を超えた威力を兼ね備えています。ですが、その一撃必殺を活かすまでの前段階がなっておりません」
強くは反論出来ないが、そんなことは無いと思う……。
フェイントとか入れてるし……。
防がれたら次の一手を出せるように考えてるし……。
「残念ですが、全てが拙いと言わざるを得ません。殺気の籠らぬフェイントも、先の展開への読みも」
考えを読まれたのか、ばっさり切られた。
「た、確かにそういった面で俺達が甘いってのは解った。だけど、ここまで一方的になるものなのか?」
俺達は仮にも『七槍』のうち三人を倒したんだ、この世界でも最高峰の強さと言っても良いと思う。
「そうですね……御主人様の世界の格闘ゲームで例えるなら、『高性能なクソ強いボスキャラだけど、プレーヤーが使うと微妙な強さになる』感じでしょうか……」
ああ、超性能でも使う奴がヘボだとダメってやつね。
……ダメなんだ、俺達。
「同じ英雄でも『神器』に適応しただけの英雄と、『神器』を使いこなす英雄では、その実力に大きな開きがあります。今のまま上位の英雄に遭遇すれば……確実に死にます」
脅しではないのだろうが、そこまでちがう物だろうか?
まぁ、確かに『限界突破』を使用して蹴散らしたとはいえ、『神器』を発動させたワイナードは結構ヤバかったと思う。しかし、そんなに言われる程の差が……?
「全く違いますね。『同じ暗殺拳の使い手でも、仮面の三男と世紀末覇者の長男』くらいの差があります」
そんなに!
「ですからこれから御主人様とラービ姉様には、ちゃんと生き残ってもらうためにも武の基本を学び身に付けて頂きます。そして……御主人様はいつの日か、私を存分に振るってくくださる事を願っておらます!」
頬を染め、上気した表情で俺を見つめるレイ。やはり『神器』の化身だけあって、この娘もちょっとおかしいよな……。
よろけながら立ち上がった俺達に満足そうな笑顔を向けながら、レイは両手を広げる。
「では、ご紹介いたします。御主人様達を鍛えてくれる教官達です!」
うん!?一体、誰の事を……。
その疑問を口にする前に異変は訪れた!
突如、何もない空間の地面が盛り上がり、バラバラの武装を身につけた一際立派な骸骨兵達が姿を現した!
その数は十体。
剣士もいれば弓兵もいる、一つの小隊とおぼしきその骸骨兵達は、レイを中心として整然と俺達の前に立ち並ぶ。
っていうか、この精神世界になんで骸骨兵が?
「この骸骨兵達こそ、私との魂の盟約に基づき、死してなお共に戦場を駆ける勇者達!その名も……その名も……」
堂々と紹介しようとして、レイは言い澱む。あ、考えてなかったなコイツ……。
うん、まぁ今まで槍として存在していたんだから、そんなチーム名みたいな物に気を配らんわな。
そんなオロオロするレイに助け船を出すように、一体の骸骨兵がポンとその肩に手を置いた。
「ニュアリ……」
ニュアリと呼ばれたその骸骨兵は元関羽か何かですか?と尋ねたくなる、青龍偃月刀を手にしている。その骸骨兵はレイに力強く頷き、一歩前にでた。
すごいな……。武器や鎧も立派なのだが、何より自分の意思を持って行動しているのが一番のポイントだ。
ただ召喚される指示待ちの骸骨兵とはこの時点でレベルが違いすぎる。
それに、醸し出される「歴戦の戦士」オーラが半端じゃない。
気を抜けば気圧されそうになるのをこらえて、俺達はニュアリと対峙した。
俺とラービを交互に見たニュアリは、何か告げるように口を開き……
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……。
一生懸命に顎の骨を鳴らして見せた。
うん、多分何かを伝えたいのだろう。伝えたいのだろうが……解んない!ちっとも解んないよ!
まるで自分達の意図が伝わっていない事に気がついたニュアリは、他の骸骨兵に振り替えって肩をすくめて見せる。そんな彼(?)を他の骸骨兵達は指を指したり、肩を叩きあいながら体を揺らして笑うような素振りを見せた。
なんだよ、その古い洋画のリアクションみたいなのは……。
その後、どうしたもんかと悩むように顎に手を当てていたニュアリだったが、何かを思い付いたようにしゃがみこんで地面に文字を書き始めた。
なるほど、筆談か。面倒ではあるが、現状では仕方があるまい。
『先ずは初めまして、主殿。我らは『神器・灰色の槍』と共に戦う者達である。此度は、主殿とラービ殿を鍛え上げる事に全力で手伝わせていただく』
文章を書き終えると、ペコリと頭を下げた。それに釣られて、俺達も頭を下げる。
なんとも紳士的な骸骨兵に感心していると、
『ところで、主殿に仕えるにあたって『神器』が今の姿をとった事についてどう思います?自分としては、いくら主殿に受け入れてもらうためとは言え、ちょーっとやり過ぎなんじゃないなかと思う訳ですよ。槍だけに。まぁ、仲間内では「一緒に戦うなら可愛いい方がいい」といって士気が上がった奴もいますがね。ですが、「こんなに可愛いいのに戦わせるのはいかながな物か」と庇護欲に駆られる奴も出てきたりして……』
いきなり捲し立てられた。しかもまだ書き続けている。
「コヤツ……レイの事になると早口になるのが気持ち悪いのぅ……」
「よしなよ……」
ラービをたしなめつつ、俺も全く同感だったために強くは言えなかった。
しばらくして、ようやくニュアリの手が止まり、それから彼が書いた長文を読み始める。八割はレイの事についてだったが、要するにこの精神世界で俺達に対武器戦を初めとして、様々な訓練を施してくれるらしい。
イスコットさんから、軽く対武器戦については教わった事はあった。しかし、今度はガッツリ実戦形式で俺達の身に様々な技術を叩き込むと言う訳か……。
「御主人様には、私達が身に付けているあらゆる技術を身に付けていただきます。生き残っていただくためにも……」
静かに、だが本気の意思を込めて、レイは宣言する。
いつどこで強敵と遭遇するかも解らない為にできるだけ短期間で詰め込むとの考えを口にするする彼女に、骸骨兵達は同意を示す。
だが待って欲しい。いきなり多種多様な技術を詰め込まれても、それは役にたつのだろうか?生兵法は怪我の元なんて言うように、付け焼き刃の技術ではなくしっかり段階を踏んで、学んでいく事が大切なのでは?
「ご安心ください。御主人様の『特殊体質』は記憶力とコツを掴む感覚に優れています。すぐに私達の技術も身に付けられるでしょう」
そう言うレイの瞳からは、一切の慈悲も躊躇も無く持てる全てを叩き込むという、堅い決意が見てとれた。
殺しても死なない、この精神世界故にどんな凄惨な訓練が行われるのかを想像すると背筋が冷たくなる。
「さしあたって、御主人様達に早急に身に付けていただきたいのは『目で見る』よりも『全体を観る』感覚です。これが出来るだけでも攻防に幅が広がりますから」
レイの言葉の意図を汲んで、即座に動き俺とラービを取り囲む骸骨兵達。
「では始めましょう。先ずはレッスン1、『乱戦の中で傷を負わなくなるまで回避しましょう』です」
言うが早いか、俺達に向かって剣が、槍が、矢が、魔法が!
一斉に様々な角度から突き出された!そのいずれも鋭い攻撃が、俺達の体を貫いていく!ぐえー!
死にはしないが、かなり痛い感覚を受け膝を着く。しかし、容赦なく続く攻撃を、なんとかかわして立ち上がる。
その時、チラリと見えたレイの顔。
「もっともっと強くなってくだいませ、御主人様」といった期待に胸膨らませる表情。
その可愛らしくも無慈悲な笑みは、なんだか今後のトラウマになりそうな気がした……。