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部屋を出て、漂ってくる香りに誘導されるように食堂に向かい、その扉を開く。
十数人が一度に食事を取れそうな、ちょとした広さの部屋の真ん中には大きなテーブルがあり、先に到着していたマーシリーケさんとハルメルトが俺達を出迎えてくれた。
俺とレイは二人の対面に座り、ラービが料理を運んでくるのを今か今かと待ち受ける。
「おう、揃ったようだの。では食事にしようぞ」
奥の厨房から顔を覗かせ、俺達の到着を確認したラービが、ワゴンに料理を乗せて登場してきた。
ワゴンに乗せられた三つの大皿に山と盛られているのは、俺にとっては懐かしい、お馴染みの料理である「餃子」である。しかも、皿ごとに微妙に見た目が違う事から、それぞれに調理法や中身の餡に特徴がありそうだ。
「今日の昼のメニューは新妻ラービ特製、三種の餃子じゃ!タレもいくつか用意してあるので、好きな物を使用するが良いぞ!」
何が新妻だとツッコミたくなるが、彼女はここに帰ってきてからずっとこの様子なので華麗にスルーしておく。
なにはともあれ、いただきますと俺とラービとレイは手を合わせる。
初めの頃はこの作法をする俺達に、「何やってんの?」って感じのマーシリーケさん達だったが、よほど目に余る物でなければ他所の世界の文化や風習には口を出さない方がいいと解っているために、今では気にも止めていない。
さて、用意された三種の餃子。
一つ目は野菜が多目の餡を包んてある揚げ餃子だ。
軽い口当たりの餡からは野菜特有の甘味のあるスープが滲み出し、カリカリの皮とシャキシャキした葉物野菜の歯応えが二重のアクセントになって楽しませてくれる。
二つ目は肉がたっぷりの餡を包んだ、スタンダードな焼き餃子。
数種類の香辛料をふんだんに使っており、ボリュームはありながらもしつこくなく、パリパリに焼けた皮の風味も相まってどんどんと食が進む。
三つ目の餃子は魚のすり身をベースにした餡の水餃子。フワフワの餡には細かく刻んだ根菜が混ぜてあり、モチモチした皮も含めた柔らかい食感に時おりカリッとした確かな歯応えを与えてくれている。それをタレで食べるも良し、一緒に出されたスープに戻して食べるも良しと、味に変化をつける事で飽きを来させない作りになっていた。
そして、何よりも注目すべきは、餃子と同時に登場した炊きたてのご飯!
正確には米に似た穀物なのだが、日本人のDNAに訴え掛けるようなその香りと味は、もうこれ米でいいよねってなってしまう。
異世界でありながら、元の世界と似たような食事ができる……これに関しては、ラービに感謝あるのみである。
感謝あるのみなのだけれど……。
「ほれ、一成。あーん♪」
ラービが俺の前に餃子を差し出し、ニコニコと微笑みながら食べさせようとする。
ううう……。
実は『岩砕城壁』の戦いの後から、なんのスイッチが入ったのか、ラービはずっとこんな感じだった。
いや、多分スイッチを入れたのは俺がやった「薬の口移し」の時なんだろう。だからまぁ、自業自得ではあるんだが……。
こう言っちゃ何だけど、ラービの愛がすごく重い……。
いや、嬉しいと言えば嬉しいんだ。ただ、もうちょっと時と場所を選んでほしいというかさ……。
正直、元の世界にいた時はこういう事をやってるバカップルを見ては、「爆散しろ!」とか思いつつも羨ましいとも思っていた。
でもね、こうなってみると、俺はアイツらの精神力の高さを見誤っていたんだなと素直に思う。
人前でこんな事を平気でやれるくらいお互いの事しか見えなくなるって、どんな「領域」に踏み込んでいるんだ?
マジである意味、悟りの境地なんじゃなかろうか?
そんなある意味、幸せな苦痛を感じながらも、恋愛暴走特急と化したラービの押しに非モテで乾いた青春を送っていた俺が勝てるハズもなく……差し出されるがままに、餃子を口に含む。
うむ、美味い。
「どうじゃ?美味いか?」
普通に美味かったので素直にそう告げると、ラービはパッと表情を輝かせて「ほれ、こっちも食べてみよ!」と、別の皿の餃子を差し出してくる。
ああ……自分のペースで食べたい。だが、一度そう告げた時にすごく寂しそうな顔をされて以来、強く言えなくなってしまった俺の弱さよ……。
遅々として進まぬ俺とラービの食事ペースを尻目に、他の三人はハイペースで餃子を消費していく。
おい、レイさん!君の主が困ってますよ?
しかし、レイはそんな俺の心の声も知らず、一心不乱に飯をかっ込む。ダメだ、この『神器』。
そんな中、ある程度腹が満たされたであろう、マーシリーケさんが遂に助け船を出してくれた!
「ラービ、そろそろカズナリのペースで食べさせてあげなさい。料理が温かい内にお腹一杯食べてもらいたいでしょう?」
そう言われて、ラービがハッとしたような表情になる。
「そ、そうであったの……。料理が冷めてしまっては本末転倒じゃった」
ようやく我に帰ったラービは、俺から離れて自分の席でテーブルに向き直った。
「すまんな、一成。ささ、温かい内に堪能しておくれ」
ふう……ようやく開放された。
ありがとう、マーシリーケさん!
所で「人の目の前でイチャイチャしやがって」って目が語ってるのは俺の気のせいですよね……?
それからしばらくして、ようやく食事が終わった俺達は分担して後片付けを済ませて、ハルメルトが淹れてくれたお茶を飲みながら今後の予定に着いて話し合う。
「そういえば二、三日後くらいに王都で戦勝パレードがあるんでしょ?アンタ達はそれに出たりするの?」
マーシリーケさんの言う戦勝パレードとは、当然『岩砕城壁』での戦いの勝利を祝っての物だ。今回は、ディドゥスの英雄三人を捕虜にし、『神器』を二本(レイを入れれば三本だが)も滷獲した大勝利だった為に王都で大々的に祝おうということになったらしい。
「俺達は出ませんよ。あくまで裏方って事で王子と話はついてます」
突然、どこの馬の骨とも判らない俺達が「『七槍』をぶっとばしました!」なんて言われても国民も訳が判らないだろうし、だったら自国の『五剣』が偉業を成したとした方が国民の士気も上がるだろう。
そもそも、俺達は禁忌とされている召喚魔法でこの世界に呼ばれたんだから、ヘタをすれば国の暗部をさらけ出さなければならなくなってしまう。そんな事をすれば、折角の戦勝ムードに水どころか液体窒素をぶっかけるような物である。
まぁ、俺達も悪目立ちしたくはない立場だし、表に出ない分貰う報償金に色を付けてもらったから特に文句もない。
「そういえば、帰還魔法についてはどうなんだい?」
ハルメルトが調べているであろう魔法の状況について尋ねると、彼女の表情が少し曇る。
「王城の図書館や歴史編纂の史料などを確認していますが、正直な所まだ手がかりも掴めていません……」
申し訳なさそうにハルメルトは項垂れる。
一応は禁忌扱いしていたとしても、そこまで徹底的に抹消するものなんだろうか……?
よほど恐れられていたのか、何処かに情報が独占されているのか……なんにせよ、俺達が帰還するにはまだまだ時間がかかりそうだと言うことだけは解った。
「そういえば、イスコットさんは大丈夫なんですかね?」
俺達が、『岩砕城壁』に向かってから少しして、イスコットさんは『神獣・女帝母蜂』の亡骸から武具の素材を回収するためにダリツ達と共に、いまは壊滅してしまった元『召喚士達の村』に行っていると聞いた。
あの村が存在した巨大な森は、危険な魔獣が跋扈し、魔法国家ブラガロートとの国境も近い割と危険地帯でもある。
魔獣くらいなら俺でもどうにかなるレベルの奴しかいないから心配はないのだが、問題はブラガロートの英雄である『六杖』。俺達はその内の一人である、『星の杖』を名乗るバロストという奴にちょっかいを出された事があった。
この世界で『魔人』と呼ばれるオーガやゴブリンといった連中を従え、尚且つ悪趣味な操り人形を使役する、できればかかわり合いになりたくない英雄。そして俺達と同じ、異世界から召喚された蟲脳。
俺よりもかなり強いイスコットさんの事だから大事はないと思うが、それでもやはり心配ではある。
そんな事を考えていると、マーシリーケさんが、
「それじゃあ、カズナリ。あんたイスコットの所にちょっと行ってきなさいな。ついでにハルちゃんも連れてさ!」
そんな提案を持ちかけてきた。
「ハルメルトを?」
つい、問い返してしまう。
確かにスライム召喚士のハルメルトなら並みの魔獣からは身を守れるだろう。しかし、万が一バロストなんかとエンカウントしてしまったら……。
それに、彼女が生まれ育った村が壊滅しているのだ。そこに彼女を連れていくのは、少し気が進まない。
「私からもお願いします!」
俺の心配とは裏腹に、ハルメルトは強い口調で同行を申し出る。
「……大丈夫なのか?」
「はい。この王都に資料が乏しい以上、もしかしたら村には何かの手がかりが眠ってる可能性があります。それに……」
ハルメルトはぐっと拳を握り、顔を上げる。
「皆の埋葬はダリツさん達がしてくれたそうなので、せめて私は皆を弔ってあげたいんです」
埋葬の場に立ち会えなかった事が悔しかったのかもしれない。だからせめてこの機会に、村人たちの冥福を祈って弔ってやりたいのだろう。
うむ、そういった理由があるなら、俺も男だ!全力でこの子を守ってやらねば!
「まぁ、ワレもレイもいる。どーんと泥船に乗ったつもりでおるがいい!」
「タイタニック級のヤツにです!」
それ沈むヤツだから!乗っちゃダメなヤツだからっ!
冗談にしたって止めてくれ!余計なトラブルに巻き込まれそうで不吉すぎる!
危ないネタを振り撒く二人に呆れていると、マーシリーケさんが一枚のメモを渡してきた。
「ついでにこのメモの材料を集めて来てよ。回復薬とかの備蓄が減ってきたから、新しく作って置きたいのよね」
なるほど、採取クエスト。そういうのもあるのか……。