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ん……んん……
まぶしい陽の光が降り注ぎ、俺の意識は覚醒していく。
『岩砕城壁』での戦いから数日が経ち、ようやく休みを迎えられた俺は、完全にだらけきっていた。
太陽の高さから、今の大体の時間を測ると昼間近の11時過ぎ位だろうか?
こんな時間まで寝るとは、元の世界での土曜日みたいな過ごし方だ。ほら、日曜日は朝から見たい番組があるしね。
異世界に来てからしばらく経つけど、欠かさず観ていた特撮ヒーロー番組はどんな展開を迎えているのだろう……。
陽が射し込む窓の向こうの青空を眺めながら、そんな事をぼんやり考えていた。と、腹の辺りに適度な重みのある違和感を覚え、そちらに目をやる。
そこには広いベッドで横になり、俺の腹を枕代わりにして眠る少女が一人。
『神器』である『灰色の槍』の化身にして、今は俺を主と付き従う白い少女「レイ」の姿があった。
まるで猫のように眠りこけるレイの頭を撫でながら、あの数日前の戦いについて俺は思いを巡らせていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
いまだに『岩砕城壁』の壁際で一進一退を繰り返す両国の小競り合いを横目に、俺は倒したディドゥスの英雄達を捕縛するべくサクサクと処理をしていた。
ワイナードを掘り返して取り敢えず生きている事を確認したが、このダメージならばしばらくは目を覚まさないだろう。
次いで絞め落としたナディが目を覚ましてから暴れないように両肩の関節を外す。乱暴ではあるが、捕縛するロープとか無かったし、流石に彼女が着ている服をロープ代わりにするのは色々と問題があるので仕方がなかったのだ。お、俺だってこの場に一人だったら……。
そして、若干精神が壊れぎみになっているトド。どう扱って良いのか解りかねたので、取り敢えず絞め落としました。
目が覚めたら現実を受け入れてるといいけどね。
そんな英雄三人を軽々と担ぎ上げ俺は、蟲脳のお蔭とはいえ結構逞しくなったなぁと感慨に耽りながらラービに声を掛ける。
しかし、ラービは俺の呼び掛けに反応せず、なにやら自分の唇に指先を当ててぼんやりとしていた。
「おーい、ラービさんよ!」
「ふえっ!?な、なんじゃ?」
近付いて声を掛けると、今度は弾かれたように驚きながら返事をする。仮にも戦場だというのに、どれだけぼーっとしてたんだ。
「悪いんだが、両手が塞がってるから『赤の槍』と『白の槍』を拾ってきてくれないか?」
「う、うむ。心得た……」
ギクシャクと返事をしながら、トコトコと『七槍』が落とした槍の方へ歩いて行く。
明らかに様子が変なのは……やっぱり先程の薬の口移しのせいなんだろうなぁ。
どうもラービは俺をからかったり誘惑する時には強気なくせに、こちらが攻めに回るとポンコツになるきらいがある。
そんなラービが『神器』に手を伸ばそうとしたその時!
「いけません!ラービ姉様っ!」
『神器』の少女が制止する声を上げた!
その声に、思わずラービも手を引っ込める。
「『神器』を迂闊に触ってはいけません!適合者以外が触れれば、厄災というトラップが発動します!」
厄災!?なにそれ?
「たとえば、『赤の槍』を適合者以外が持とうとすれば高熱による火傷を負いますし、『白の槍』なら冷気による凍傷でダメージを受けるでしょう」
怯える俺達に、『神器』は丁寧に説明してくれる。なるほどなー、そいつは痛そうだ。
「さらに火傷により皮膚が槍に張り付き、皮ごと引き剥がさなければそのままジワジワと体を焼かれていきます。そして、凍傷で血の通わなくなった指を切り落としてでも手を離さねば、やがては全身が凍てつき死に至ります」
痛そうなんてもんじゃなかった!
大事にいたる前に対処法はありそうだが、それでもかなりのダメージを負う事は確実だという、なんともいやらしいトラップである。
「同じく『神器』である私ならば厄災は発動しないので、そちらの二本の槍は私が持ち運びます」
そう言って二本の槍を拾い上げた『神器』の少女は、ラービと共に俺の所まで戻ってくる。
なんとなく手持ちぶさたっぽいラービに「んじゃ、こっちを頼む」とナディの体を渡し、この戦いを終わらせるべく俺達三人は『岩砕城壁』に向かって歩を進め始めた。
「よし、行くぞラービ!それと……」
『神器』の事をなんと呼んだものか、一瞬、言葉に詰まる。
『神器』?『灰色の槍』?『灰色白骨』?
とにかく本人の意見を尊重しようと、なんと呼べば具合が良いのか聞いてみた。
「私の真名は御主人様に捧げてありますので、御主人様から新たに名を付けていただきたいです」
むぅ、またも名付けイベントか……。正直、俺ってあまりネーミングセンスは無いと思うんだがなぁ……。
とりあえず、ラービにも何か良い名前の案が無いものか尋ねてみた。
「ん……そうじゃな……『灰色白骨』じゃから『グレート』とか……」
うん、お前に聞いた俺が間違ってた。俺より独特なセンスの持ち主だったな、そういえば。
当の『神器』が「そんな第四部主人公の口癖みたいな……」といった表情でがく然としているから、ラービの案はまず却下。
さて、そうなると……。
「安直だけど、真名から文字を取って『レイ』でどうだろう?」
そう告げると、少女は嬉しそうに承諾してくれた。
「まるで、全てを切り裂く拳法の使い手か、超感覚を持つ宇宙世紀のパイロットのファミリーネームみたいで素敵です!」
そう言って誉めてくれた。……誉めてくれたんだよね?
というか、なんでこちらの世界の『神器』がそんなマニアックな事を?
不思議に思って聞いてみると、最初に俺を乗っ取ろうとした時に俺の記憶や知識をラーニングしたからとの事。
まるでラービの再来だ……。
それにしたって、某死んでも代わりがいる女の子のキャラっぽいと言うならまだしも、強キャラっぽいと喜ぶあたり、この子はやはり武器の化身なんだなとしみじみ思う。
さて、名付けも済んだし、後は向こうの決着をつけよう。
それから俺達は、ぶっ倒した英雄達と滷獲した『神器』をこれ見よがしに掲げて、戦闘中の両陣営に喧伝する。
俺達の戦いの余波や、トドが使役した骸骨兵が消滅したあたりでなんとなく指揮官を失った事を察していたディドゥス側にもはや戦意はなく、やはり敗北していた事実を知り蜘蛛の子を散らすように撤退していった。
そこから追撃戦に移ろうとする『岩砕城壁』の連中を制し、気絶している英雄を引き渡して、後の事を頼んでおく。
こうして『岩砕城壁』の攻防戦は、アンチェロン側の勝利という形で幕を閉じた。
とりあえずその日は勝利の宴を堪能し、一晩過ごしてから俺達は王都に帰還する事にする。
その際、『英雄』と『神器』を一ヶ所に置いておくと万が一の事があるかも知れない為、二本の『神器』は俺達が王都に持ち帰る事にして、後の残務処理をコルリアナに押し付け……任せて、俺達は王都に向かって出発した。
そうして王都に戻ってから、ナルビーク王子と今回の戦いの後処理についての話し合いをし、報償金を受け取ってから今に至る……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「結構、ハードだったからな……こんな日があってもいいよな」
未だに気持ち良さそうに眠る、レイの頭を撫でつつポツリと呟く。とにかく、弱肉強食の異世界だ。休める時にはしっかり休んだ方がいい。
だから、惰眠を貪っていようと、だらけきっていようと、これは必要な休息なのだ。
決して、帰ってきた時にマーシリーケさんから「英雄を仕留めた寝技とかに興味があるから、ちょっと手合わせしよう?」と言われてビビって引きこもっている訳ではない!
そんなマーシリーケさんとの会話を思いだし、小刻みに震え始めた俺の元に鼻孔を刺激するような、なんとも香しい芳香が届き、思わず腹がクゥと鳴る。
次いで聞こえてくるラービの声。
「ごー、はー、んー、じゃー、ぞー!」
その声に釣られるようにしてレイが目を覚まし、同じく腹を鳴らしながら体を起こす。
「おはようございます、御主人様」
「ああ、おはよう」
寝起きの挨拶を交わし、それじゃあ行くかと彼女を促す。
頷いたレイは立ち上がる俺の後に続き、最低限の身支度を済ませる。
部屋の扉を開け放ち、俺達は「食卓」という新たな戦場に向かって歩き出した。