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「同盟か……それが可能ならば、確かにアンチェロンに『神獣殺し』が居たとしても恐るるに足らんな」
ラダマンズが重々しく呟く。
現在、『七槍』の内の三人が欠け、大幅に戦力が低下しているディドゥスにとってその同盟が成れば、正に起死回生の一手になるだろう。
しかしそれは、他国に今のディドゥスが弱っている現状を知らせる事にもなる。そんな斜陽気味な国と対等な同盟を結ぼうとする国があるだろうか?
答えは否である。
相手よりも強大であるなら、いかに困っていようが対等の条件を結ぶことは難しくはない。しかし、明らかにこちらが下と見られれば、いかなる無理難題を吹っ掛けられても受け入れるしか無いのだ。
そして、『七槍』の欠けた今のディドゥスはどの国から見ても格下と見なされるであろう。
「今の我々には他国と対等に条件を結べる程の武力に欠けている。かと言って、同盟がなった時に押し付けられるであろう、後方支援の類いに応えられる余裕はない」
攻める事よりも護る事が多い護衛団長のラダマンズの言葉には重みがある。
彼の言う「押し付けられるであろう後方支援」。
それは自国だけでなく、ブラガロートとスノスチの軍備や兵糧といった、三国分の負担をディドゥスが賄わなければならない状況になると言う予想。
普通ならばあり得ない条件だが、そんな無茶振りをされても飲み込まなければ同盟が成らないくらいに今のディドゥスは窮している。
だが、黄金の英雄は静かに笑う。
「ラダマンズ殿の危惧も尤もです。しかし、かの二国は対等な条件でも同盟を結ぶでしょう」
あまりにも自信に溢れる物言いに、ラダマンズもつい言葉を無くす。
「何か根拠があるのか?」
代わって尋ねたビルシュゲルに、ゴルトニグは答えた。
「どの国の英雄にも問題児が居るからですよ、うちの様にね」
ディドゥスの英雄の問題児……それは紛れもなく、今回アンチェロンに捕縛された三人だ。
敵味方の入り乱れる戦場で、それらの区別なく『神器』の力を振るい、徒に死者を増やすワイナード。
味方には過剰な罰を、敵には必要以上の拷問を、己の楽しみの為に行うサディストのナディ。
無用な殺戮を好んで行い、使役する骸骨兵を増やす事に執着するトド。
彼等は確かに一騎当千の強者ではあるが、味方からも恨まれるような輩でもあるのだ。そして、そんな英雄はディドゥスだけでなく、ブラガロートやスノスチにも居るのである。
「つまり、今回の同盟による『神獣殺し』の討伐は、裏の目的として『将来的に害となる英雄の排除』も含んでいます」
ゴルトニグの言葉に、ビルシュゲルとラダマンズは手が震えるのを感じていた。
ようは、今回のアンチェロン攻めは『神獣殺し』が英雄に勝るかどうかの試金石だったということだ。
本来ならば絶対にあり得ないが、問題のある英雄を捨て石としてぶつけ、そのまま英雄が勝てば良し、勝てずとも良しの実験的な戦闘。
そして神獣殺しが勝利したことによって、害のある英雄の排除は可能だということが証明されたのだ。
「『害のある英雄の排除』に成功した後に、『他国の英雄と共同で神獣殺しという脅威の討伐』、そして『壊滅させたアンチェロンの領土を分割』。これ等のメリットを良く言い含めれば、ブラガロートもスノスチも乗ってくるであろうよ」
静かに事の成り行きを見ていたグルスタ王が口を開き、それにゴルトニグも頷いてみせる。
「な、なるほど……一石三鳥の作戦だと理解はできた……。しかし、君達は同じ七槍として思う所はないのか!?」
『緑の槍』のランガルは黙って頷き、『黒の槍』のカルゴンは「アタシ、あいつら嫌いなんで」の一言で切り捨てる。
そして、ゴルトニグが水を飲んだコップを新しい物と取り換え、彼が口を付けた物を懐にしまいながら、ロージャも「ゴルトニグの言うことは全肯定」と言わんばかりに首を振る。
リーダーであるゴルトニグの元に統率された今の四人しかいない『七槍』は、確かに問題児含めて七人いた時よりも手強そうに見えた。
「念のために聞くが、捕虜になっている三人については?」
「人質交換や身代金の要求は必要ありません」
「滷獲された神器についてはどうする?」
「アンチェロンを落とせば回収はできます。今は預けておいても良いでしょう」
そこまで確認して、ビルシュゲルは肩をすくめる。
「まったく、恐ろしい男だな君は」
おそらく、『神獣殺し』なる者がいるかもしれないという情報が入ってから、すぐにこの計画は動いていたのだ。
わざわざ英雄の投入を公表し、大々的にアンチェロン攻めを喧伝したのは真の目的を何者にも悟らせない為だろう。
「誉め言葉として受け取っておきます」
ゴルトニグはニコリと笑い、会議は同盟の使者への選抜に移行していく。
脅威を逆手にとり、更なる繁栄を目指すために。
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【『岩砕城壁』攻防戦から五日後】
【アンチェロン王都・異世界人の屋敷】
裏で蠢く他国家間のやり取りなども知らず、密かに話題となっていた神獣殺しの一人である双葉一成。
その日、彼は与えられた一室で昼近くになるまで惰眠を貪っていた……。
二回の予定だった番外編が三回に……。
次からまた主人公視点に戻ります。