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「噂には聞いた事があるが……本当にそんなモノがいるのか?」
護衛団長という職業柄、国防に関わる事変に多くの情報網を持つラダマンズが訝しげに問い返す。
彼ほどの立場の人間ですら信憑性の薄い、噂程度にしか聞いていない事柄を根拠に七槍を出撃させるなど、本来ならば絶対にあり得ない。
しかし、ゴルトニグは静かに語り始める。
「少し前に、アンチェロンにて神獣の活動があったのは覚えていますね?」
その場にいる皆が頷く。
「確か……あの国の巨大な森に巣くう、蟲型の奴だったか?大鷲蜂の上位種の」
ビルシュゲルの言葉に、黄金の英雄が頷いた。
「しかし、それは村一つを壊滅させて姿を消したと聞いたぞ。大方、その村の者が余計な真似をしたんで村ごと滅ぼされたのではないのか?」
満足した神獣はそれで姿を消したんじゃ……そう、繋げようとしたラダマンズに、ゴルトニグは首を横に振る。
「神獣という、最大級の脅威に対して、我々も即座に手を打ちました。カルゴン、君が確認したことを、お二方に説明してくれ」
「……うぃーッス」
リーダーから直々に指名され、『黒の槍』の英雄は気だるげに立ち上がった。
「アタシが確認したのは、頭を砕かれて死んでた神獣の死骸ッス……」
やる気無さそうに語り始めた彼女。その言葉の続きを、皆が黙って待つ。
しかし、カルゴンは首を傾げてゴルトニグに向き直り、「終わりッス」と告げて座ろうとした!
「カルゴン、もっと詳しく頼む」
先にリーダーから釘を刺され、仕方なく腰を再び上げたカルゴンは、その時の状況について説明をし始めた。
「アタシが神獣の出現した地区に着いた時には、さっきも言った通り、神獣の死骸があっただけで神獣を殺した奴の姿は無かったッス。周辺には村人と大鷲蜂の死骸も結構、転がってたッスね」
凄惨な場面であったろうに、特になんの感慨もなく語るカルゴンに、騎士長と護衛団長が眉をしかめる。しかし、そんな二人の様子など興味もなさそうなカルゴンは構わず話を先に進めた。
「まー、村人の方は案の定、大鷲蜂に殺られたみたいッスね。ただ、問題なのは大蜂鷲の方なんスよ」
確かに大鷲蜂は手強い蟲型の魔獣だ。しかし、相手はただの村人とは言え、死にもの狂いの反撃を受ければ多少の犠牲は出るだろう。
「ざっと数えて、大鷲蜂の死骸は三百以上。真っ二つにされたり、切断面を焼かれたり、中には素手で砕かれたような死骸もあったッス」
「馬鹿なっ!」
「あり得ん!」
カルゴンの報告に、ビルシュゲルとラダマンズが、同時にテーブルを叩いて立ち上がった!
二人の驚愕も無理はない。
大鷲蜂は鉄のような外殻に覆われており、さらに素早い動きと正確な連携で襲いかかってくる、厄介な魔獣の一種だ。かなりの達人でも生きている大鷲蜂を真っ二つだの殴り殺すだのは、不可能と言っていいだろう。
しかもそれを三百以上。退治の仕方に拘らないとしても、それだけの数を始末するにはかなりの戦力を必要とするだろう。
しかし……仮に神獣を殺せる程の者が居たなら、そんな真似も出来るかもしれない。
自分達が対峙した事のある、大鷲蜂という手強くも身近な脅威。そいつらに起こったその惨劇に、二人の長は背中を走る悪寒を止めることができなかった。
「お二人が感じているように、これは大変な事件です。そのため徒に混乱が広がらぬよう、王と我等『七槍』を除いて箝口令を敷かせていただきました」
重ねて申し訳ないと謝罪するゴルトニグに対し、二人の長は判断を肯定した。
「ゴルトニグ殿の取った手は正しい。我々でさえ動揺を隠しきれんのだから、一般の兵や民ではもっと混乱が広がっていただろう……」
ラダマンズの言に、ビルシュゲルも同意する。
そして、ゴルトニグの行動のついてもようやく納得出来る答えにたどり着いていた。
「……我々が掴んでいる情報をアンチェロン側が知らぬ筈がない。しかし、神獣を殺せるような奴等がいるとの話も聞こえてこない。それはつまりアンチェロンが『神獣殺し』という存在を、秘匿し囲っているということか……」
ゴルトニグは小さく頷く。
神獣は一度出現すれば千人単位で犠牲者が出てしまう、大災害に匹敵する脅威のために国の内外、敵対の有無を問わずに現れただけで各国に通達が回る事になっている。
そんなモノを殺す存在……そんな存在は、即座に公表されるべきなのだ。
「アンチェロンが情報を外に出さぬため、我々も独自に情報を集める事にしました」
正確に言えばアンチェロン側も、この時点では一成達と接触していないために何も知らないのだが、そんな事情を彼等が知るよしもなく、知ったところで対応は変わりはしない。
ともあれ、ゴルトニグの言葉に着席し直した騎士長と護衛団長とが頷き、その経過に耳をかたむけた。
「調査の結果、この滅ぼされた村は表向きには質の良い薬を造る村だったそうです。しかし、裏では禁忌となった邪法、『召喚魔法』を伝えていたことが判明しました!」
『召喚魔法』……その一言に、再び室内の空気が波立つ!
そして、『神獣殺し』と『召喚魔法』……二つキーワードが、ある可能性を浮かび上がらせた!
「まさか……『天魔神』か『地魔神』喚び出されたのではあるまいなっ!」
悲痛な騎士長の叫びと共に、遠く雷の落ちる音を聞いた気がした。
『天魔神』と『地魔神』……。それはこの世界の神話に現れる二つの種族。
かつて太古の世界に破滅の危機が訪れた時、今は邪法とされる召喚魔法によって喚び出されたこの種族達は、凄まじい力で世界を救ったとされてる。
『天魔神』は神器を造り、英雄達の祖となった。
『地魔神』は神獣を創り、魔人達を産み出した。
二つの種族の力により世界は救われはしたが、その後『天魔神』と『地魔神』は争うようになり、世界の人口の四分の三を巻き込んでお互いに滅んてしまったのだという。
やがて神器と英雄の力は人間に受け継がれ、創造主を失った神獣や魔人は野生化していった。
そんな神話の怪物が喚び出された可能性について、さすがのゴルトニグも「はっきりとは言えません」と、言葉を濁す。
「しかし、その調査を含めた今回のアンチェロン攻めは、ご存知の通り失敗に終わりました。現場からの情報によれば、三人の七槍を倒したのは、「素手で戦う」少年と少女の二人組だったそうです!」
素手で戦う。それは、カルゴンの報告にあった大鷲蜂を殴り殺したような形跡があったとの話と一致するのではないか?
点と点が繋がり、線になっていく。
「英雄を蹴散らした謎の二人組、それが一体何者なのかはわかりません……ですが、この少年達の存在を現状の最大級の脅威と見なし、一つ作戦の提案があります!」
ゴルトニグはそこで一度言葉を切り、グルスタ王へと顔を向ける。
それはつまり、国家レベルでの決定次項のために、王の決断が必要ということだ。
が、グルスタ王は迷わず首を縦に振った。
それを受けて、ゴルトニグが出した提案。それは、
「魔法国家ブラガロート、耳尾族の国スノスチ。この二国と同盟を結び、世界の脅威たる『神獣殺し』を隠し有するアンチェロンへの攻撃を進言致します!」
一成達の預かり知らぬ所で、世界が動こうとしていた。