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インセクト・ブレイン  作者: 善信
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その少女はなんと言うか、白いといった印象だった。

見た目は大体、小学生の高学年くらいに見えた。

あまり詳しくはないが、ロリータファッションというのだろうか、フリルやリボンが多めなワンピースに、膝上位までのブーツを履き、頭には大きめなリボン。それらは全て白で統一されていた。

日本の首都圏で探せば、似たような格好の連中は数人くらい見つかりそうだが、彼女ほどの可憐さと雰囲気を纏った人物は中々いないだろう。

白磁のような肌に、やや灰色がかった背中まで流れる髪。唯一、赤みを帯びた瞳でこちらを見つめるその姿は、整った顔立ちも相まってまるで精巧な人形のようにも見えた。


そんな彼女は、トコトコと俺達の前に歩いて来るとペコリと一礼して頭を下げた。

釣られて俺達も警戒しながら会釈をする。

仮にも戦場であるのに、日本人的な挨拶をしている自分達がひどく場違いな気がして、つい頬が緩みそうになった。いかんいかん、油断は大敵。

正体不明のこの少女……一体、何者なんだ?


「はじめまして、御主人様。そして、ラービ姉様」

鈴が鳴るような心地好い声で、聞き慣れない呼ばれかたをして、俺達は顔を見合わせた。

御主人様?ラービ姉様?

うん、ラービ姉様ってのは、まんまラービの事だろう。

お前、妹いたのか?と目で訴えると、知らんとばかりに首を横に振る。


んで、御主人様ってのは誰だ?……俺?

困惑する俺に、ラービが「こんな少女に御主人様呼ばわりされるなんて、何をやらかしたんじゃこの野郎!」的な無言の圧力をかけてくる!

いやいや、知らんよ!?マジでこの子とは初対面ですよ!?


見知らぬ少女の唐突な一言で、戸惑う俺達だったが、そんな空気を察してか、彼女は一つ咳払いをして再び口を開いた。

「唐突で申し訳ありませんでした。先ずは自己紹介をさせていただきます」

ああ、そうして貰えるとありがたい。

「このような姿ではありますが、私は通称、神器『灰色の槍』。真名を、『灰色白骨グレイ・ホワイト』と申します」

自己紹介されて、ますます訳がわからなくなった。

まぁね、何となくだが、事の流れから彼女が神器絡みである事は、薄々予想できたよ?

でも『灰色の槍』そのものが擬人化して、さらにそいつから御主人様呼ばわりされるのは、どういう事だ?


そんな俺達の疑問に答えるように、少女は状況を説明するため語り始める。

「先程、私は御主人様を取り込もうとしました。でも、精神世界での戦いに長けたお二人に返り討ちにあうという結果を得て、私は悟ったのです。この方達なら、私がお仕えするには相応しいと」

瞳を潤ませ、熱の籠った視線を俺達に向ける少女。なんだろう、背中がムズムズするような感じがして落ち着かない。

「今まで私を振るってきた英雄達とは、協力関係ではあったものの、主従関係ではありませんでした……。ですが、歴代の英雄よりも強く、殺伐とした他の英雄には無い心の余裕を持ち、悩むラービ姉様を受け入れる器の大きな御主人様は、まさに私を支配するに相応しい御方!」

見た目に似合わず、グイグイと押してくる少女の目がガチ過ぎてちょっと怖い。

いや、俺、割りと適当なだけだし、あまり過大評価されると困るなぁ。


だがそんな俺の内心も知らず、彼女は服が汚れるのも構わずにその場に伏せて、まるで土下座でもするように深々と頭を下げる。

「ここに臥してお願い致します。どうぞ我が真名『灰色白骨』の名を忠義の証しとしてお受け取り下さい」

いや、ちょっと待て。君の熱意や覚悟は伝わってくるのだが、小学生くらいの女の子に土下座させてるこの絵面はヤバイ!

何処から非難の声が聞こえてくるかもしれない……そんな風に警戒していると、突然、怪鳥の鳴き声のような声が辺りに響いた!


その声の主は……槍を失った元『七槍』、デイドゥスの英雄トド・イジュカイラ!

信じられない物を見たと言わんばかりに頭を振って取り乱し、すがるような声で『神器かのじょ』に訴えかける!

「なぜ……なぜです!私を認めてくださった『神器アナタ』が、なぜそんな小僧にっ!」

泣きそうなその声とは裏腹に、殺意の籠った視線で俺を睨みながらトドは叫ぶ!

涎を撒き散らして絶叫するその姿は、英雄というより捨てられた狂信者という方が似合っていて、悲哀よりもヤバイ印象のほうが強すぎた。


ドン引く俺達を横目に、トドはさらに叫び続ける。

「わ、私は、『神器アナタ』の為にっ!か、家族を捧げ、多くの命を、供物として捧げではありませんかっ!なのにっ!」

ますます取り乱しながら、トドは訴える。

ええっ……。『神器コイツ』、そんな生け贄じみた事を要求してくるの?

マジあり得ないと言った俺達の視線に、少女は首を横に振って、ため息をつきながら迷惑そうな表情をトドに対して向けた。

自分に向けられている感情は無視し、ただ『神器かのじょ』が自分を見ているという事実に、トドは薄ら笑いを浮かべる。

正直、かなり気持ち悪い。


「おお……そうです、私を……」

ブツブツと呟きながら、少女にむかってヨロヨロとゾンビのような足取りでトドは近付こうとする。しかし、

「ハッキリ言って迷惑です!もう、貴方との関係は破棄されましたので、今後は敵として認識させてもらいます!」

バッサリと切り捨てるように言いはなった少女の言葉に、放心したような表情でトドは立ち止まる。

容赦ないなー。まぁ、ストーカーじみた相手には、このくらいハッキリ言った方がいいのかも知れないが。


「は……え……?」

一応、トドが逆上して少女に襲いかかったら助けに入れるよう、(俺はまだダメージで動けないため)ラービが身構えていたが、どうやらその心配は無さそうだ。

敵視されてい事に混乱したトドは呆けたように少女を眺めるだけで、ショックのせいか身動きがとれないようである。

さらに、少女は畳み掛ける!


「第一、私が生け贄を求めたかのような言い種は、風評被害も甚だしい。アナタが殺したいから殺しただけでしょう?それを私のせいにされるのは、ひたすら迷惑です!」

あ、そうなんだ。

「倒した相手を骸骨兵として使役する能力」なんてのを発揮しているもんだから、てっきりトドと相性がいいのかと思ってた。


「強者を討ち、共に修羅の巷を進む盟約を結んだ者を骸骨兵として使役するのが私の本来の能力。有象無象や女子供を取り込み、数を増やすだけのアナタのやり方は、元から気に入りませんでした」

ガクガクと揺れるトドの下半身から、言葉の槍にめった刺しにされている心証風景が見えるようだ……。

「私が力を貸した事で増長しましたか?増える骸骨兵に自分が強くなった気がしましたか?」

図星を突かれたのだろう、トドは力なく崩れ落ちると、その場にヘタリ込んだ。

「全ては錯覚です。アナタは……たまたま私に適合しただけの、英雄未満なのですから」

それが止めだった。

力に取り付かれ、口実をつけて己の欲求を満たしていた外道の末路はなにも残らぬ虚無か……。


「彼に殺された者達の魂は、すでに開放してあります。もはや、彼に戦う意思も手段もありません」

廃人のようになったトドを一瞥して、少女は俺に報告してきた。仮にもパートナーだった相手なのに、ドライなものだなぁ……と思ったが、心が通じ合わない者同士ならこんなものなのかもしれない。

反面教師になったコンビの姿を眺め、チラリとラービを見た俺は、俺達はそうなるまいと心に誓った。


さて、何はともあれ、一先ず決着がついたなら俺の体も回復させてしまいたい。ラービに回復薬をもらおうとすると、彼女は悪戯っ子じみた笑みを浮かべ、俺に飲ませる薬を、自分で飲んでしまった。

何をしてるんだと抗議しようとすると、口中に薬を含ませたラービが、自身の唇をチョンと指差す。

ああ、口移しで飲ませようってか。本来ならふざけんなとツッコミを入れて別の薬瓶を貰う所だが……。


俺は彼女の肩を押さえると、ラービの唇に自分の唇を重ねた。

彼女の驚愕と、甘い薬が口中に伝わってくる。

効果はすぐに発揮され、体中の痛みが消え去って体力が回復していく。

やがて、薬をすべて飲み干して、細い糸を引きながら俺達の唇は離れた。

と、同時に、顔を真っ赤にしながら俺を見つめるラービ。

つーか、仕掛けたお前が照れるなよ。こっちも恥ずかしくなるわ。


「か、一成……」

「なんも言うな」

戦闘が一先ず終わって、テンションが上がっていたのと、ちょっとした心境の変化があっただけだ。だからなんも言うな。

「ほれ、向こうも終わらせよう」

終息しつつあるが、城壁での小競り合いも終わらせるべく、討ち取ったディドゥスの英雄達を抱えて俺は踏み出す。

そんな俺の後ろを、何か言いたげなラービと『神器しょうじょ』がゆっくりと着いてきた。

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